55.心の充電。
潤子さんと俺は大いに喋った。
こんなに心を開いて話すことができるなんて……。
なんて楽しいんだぁ!!
話題は一応俺の病気のことから始まって、体験談とか色々。
潤子さんは何でも知りたがった。俺は何も隠す事なく全部話した。
自分でも驚いてる。
心が開いてるってこういうことなんだなって実感したんだ。
恥ずかしい話をお互いに言い合ったり、俺が痴漢に合った話は大ウケだった。
だろうなぁ。あのオッサン真面目に元気にしってかなぁ。
厳重注意だけじゃ、お仕置きにもならないだろうけどな。
潤子さんは前彼や前々彼のことを話した。
この時は、さすがに小声でコソコソとな。
そりゃ、竜さんに聞かれちゃマズイっしょ。
俺の恋バナは、やっぱりヒロさんのこと。
しかも最近のことだから、
「きゃ~! 生々しい~。でも、それって浮気じゃ~ん?」
「やっぱり~? 私もそう思ったんだけど、もう気持ちが止まらなかったんだも~ん」
「で? やったの?」
「ううん……。やってない。ってか、してくれなかった」
「誘われたら?」
「う……ん。やってたかも」
「最低~! この浮気モノ~! 成敗してくれるわ~!」
「ごめんなさ~い、もうしません! 晴華一筋で行きます。誓います!」
「でも、わかるわ~! もうドキドキなのよねぇ。相手の手の動き一つ一つに目が離せないのよねぇ。で、触られたとこがぁ……」
「ビリビリビリ!!」
「そうそう! 痺れてぇ、ああもう立ってられない私を支えてぇ! って感じで身体を預ける。すると彼が私の身体をぐっと抱きしめてぇ」
「ああ~ん。ゾクゾクしちゃうぅ♡」
「ねぇ、まひるはどんなふうに抱かれるのが好き? 私は胸にすっぽり入り込む感じでギュッてされるのが好き~! そっと見上げると、彼が私を見つめててぇ」
「私は後ろから背中全体を相手の胸に預けてもたれるように……彼が腕を回して私の胸の下辺りで組んで、首筋に彼の息が掛かるの……横をむいたら彼の顔があってキスするのぉ~」
「きゃ~! ってそれ、ヒロさん? 晴華?」
「やめて~、それって拷問よぉ!」
酒の勢いっていうのは恐ろしい……。
俺は、何もかも吐き出した。
心の中の洗いざらいをだ。
麻由に対して後ろめたくて、母ちゃんの言い方にカチンってきて、彩の……尤もな言葉に行き場をなくして……。
一人で生きてやるんだ?
売り言葉に、買い言葉みたいなもんだな。
はっ! まるで子供だ。世間のことなんか何にも解っちゃいない。
竜さん達でさえ、今はこんな風だけど……。
ギャンブル、女遊び、金銭トラブル、DV紛いの事も少し……。
潤子さんの手首に薄く残る何本もの傷跡。
そんなこんなを乗り越えて今があるんだ。
潤子さんの屈託のない笑顔を竜さんは守ってるんだなって思った。
そして、潤子さんもまた……竜さんを守っている。
決して広いとは言えないこの住まいがそれを物語っているようだ。
一見、乱雑に置かれているように見える衣服やオモチャ、備品は良く見ると一つ一つそれぞれのジャンルに分けられていた。
誰もが、迷うことなく目的の物を手にする事ができるように工夫されている。
きっと、潤子さんのアイデアなんだと思う。
新ちゃんが書いた絵もラップで巻かれてキレイ飾られていた。
ああ。あれならずっと、あのままで保存されるだろうなぁ。
「ねぇ。まひる、お風呂入る?」
「へ? い、いや。それはいいわ、そこまではちょっと甘えられないわ」
「あっそ。じゃあ、ちゃっちゃと片付けて寝るか」
「うん」
俺たちは食べ散らかしたテーブルを片付けながら、くっちゃべっていた。
「ふ……ふぁ……ふぇ、えぇぇぇ……あぁぁぁぁ~ん。あ~~~ん」
「ヤバ! オッパイだ。あちゃ~、飲みすぎたぁ。キララ、酔っ払うんじゃないかなぁ。まひる、ごめ~ん。後、頼むわ」
「うん。いいよぉ」
潤子さんは慌てて、下の子“きらら”ちゃんにオッパイを与えにいった。
俺は洗い物を済ませテーブルを拭きながら、時計を見ると、
「げぇ、もう夜中の3時かぁ。早え~」
全く時間を気にせず、喋り捲ってわけだな。
ふっ……。つい、思い出し笑いをしてしまう。
暫くすると、潤子さんがリビングに戻ってきて俺の寝床を作ってくれた。
その布団はお日様の匂いがして……。
俺はいつの間にか……。眠りについていた。
ドンッ!!
「ゲハ! ぐぅ!」
「こら! アラタ! お姉ちゃんの上に乗っちゃダメだってば!」
俺は一瞬メディシンボールを落とされたのかと思った。
いやいや。ここは……。
「お姉ちゃ~ん。ご飯、ごは~ん」
目をあけると、新ちゃんの可愛い顔がすぐ目の前にあった。
「まひるぅ、ごめんねぇ。痛かったでしょう?」
「ううん。大丈夫よ」
「顔、洗ってきて。アラタぁお姉ちゃんのタオル持ってきてぇ」
「はぁ~い。お姉ちゃん、こっち、こっちぃ」
俺は新ちゃんに手を引かれて洗面所まで行き、顔を洗った。
洗面所にはちゃんと来客用の歯ブラシとタオルが置いてあった。
こういう些細な気配りが、心に沁みるもんなんだよな。
俺が歯を磨いていると、それを見ていた新ちゃんが、
「アラタもぉ、アラタもぉ」
「アラタぁ、アンタさっき磨いたでしょぉ。まひるぅ、そこの子供用の歯ブラシ口に銜えさえてぇ。何もつけなくていいからぁ」
「わかったぁ。はい、歯ブラシ」
俺が歯ブラシを渡そうとすると、彼女はパクッって歯ブラシに食いついた。
アハハハハ。おもしろ~。
子供っておもちゃみたいだ。
リビングに戻ると、
「まひる。コーヒー?」
潤子さんはキララちゃんをおぶって朝ごはん用意をしていた。
「あ。う、うん。ありがと、竜さんは?」
「今日は、卸売り市場のバイト。もうすぐ帰ってくるよ」
「市場?」
「そう、昨日の鯛もそこで分けてもらったの。新鮮な物が手に入るからいいわよぉ。子供にもね」
すっげ~。前に新聞配達のバイトもしてるって聞いた事あるけど……市場って。
どんなけ働くんだよぉ~。
「お! まひる、起きてたか。ただいまぁ~」
「おかえり~」
「パパぁ~、おかえり~」
よく見るシーンだ。帰ってきた父親に娘が走り寄っていく……。
ほのぼのぉ~。って感じでいいなぁ。
「ったく、お前らはぁ。いつまで話し込んでたんだよ! うるさくって、俺は寝不足だ!」
「「ごめんなさ~い」」
俺と潤子さんは顔を見合わせて、ペロっと舌を出す。
「おお。飯食ったら、もっかい寝るぞ!」
「はいはい。竜ちゃん、パンはバター? ジャム?」
「半分、半分にしてくれ」
潤子さんは焼けた食パンの上にバターとジャムを乗せて、竜さんに渡す。
店の竜子さんとは全然違う。
男“竜男”がそこにいた。
竜さんは朝ごはんを食べた後、本当に寝てしまった。
知らなかったとは言え、悪い事しちゃったなぁ。
潤子さんは子供たちの散歩のついでに送っていくと言ってくれた。
俺は新ちゃんと手を繋ぎながら、ゆっくりと駅に向かう。
たったそれだけの事で、俺は優しい気持ちになっていた
。
子供ってすごいなぁ。
繋いでる手が温かい……何かが身体に流れ込むような感覚。
優しさの充電……。そんな感じがした。
「竜ちゃん、まひるのこと心配してたよ。最近、何かあったのかなって」
「え? 竜さんが?」
「うん。初めて見たときから、気になってたんだって。いっつも気が張りつめたような子が入ってきたんだって言ってた」
「……そうなんだ」
俺は竜子さんと、そんなに絡んだことはない。
俺はいつも長尾とつるんでたし、竜子さんは仕事が終わったら即効で帰ってしまう。
アフターなんかに顔をだしたことはない。
今日、その理由がわかったんだけど……。
「噂でまひるの病気の事、聞いてさ。テレビでドキュメンタリーやるから録画しとけって、帰ってきてから真剣に見てたよ」
婆ちゃん達が見た番組かなぁ?
だけど、そんな時間を俺の為につくってくれたんだ。
「女になれない俺と、女になりたくてなれないアイツと……。気持ち……あんまり変わらないんじゃないかなって意味不明な事、ぶつぶつ言ってさ」
俺の知らないとこで俺を心配してくれてる人がいる。
俺を理解しようとしてくれている人がいるなんて……。
「り、竜さんって。いい旦那さんですね」
「うん! 世界一の旦那さまだよ!」
そう言って笑う潤子さんの笑顔が、朝の光に照らされて……。
とても、眩しかった。




