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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
53/146

53.生きる実感とは?

 

 『一人で生きてやるんだ!』


 と言っても、どうやって生きていく?

 俺はまだ学生だし、学費稼ぎながら一人暮らし……。

 ゲイバーの稼ぎだけでいけるのか?

 家賃、食費、光熱費、電話代、税金、健康保険……。

 ちょっと考えただけでもコレだけの出費があるんだよな。

 いったい幾らかかるんだぁ?

 生きてくだけで出て行く金が半端ないじゃないか。

 将来は性転換手術も考えてだな……貯金? できるのか?

 性転換に備えてホルモン治療もしていかなきゃだし……。


 病院によって多少の差はあるが、国内での性別適合手術(男→女)は患者の全額負担で費用は約200万円弱。

 タイへ行けばかなり安く手術が受けられるらしいんだが。


 障害って言うくらいなんだから保険適用にしろよぉ。

 だったら、3割負担の約50万円強で済むんだよなぁ。

 けど、そうなったら予約とか殺到するだろなぁ。

 なんでも、日本で手術が可能な公的な病院は3つ、執刀できる形成外科医も4、5人。

 受け入れ可能な病院と医師が圧倒的に不足しているらしい。

 今でも、カウンセリングでさえ打ち切る病院が続出してるって聞いた。

 そう考えると赤フチには、ホント感謝しなきゃな。うん。


 よし! 一人暮らしだ。

 まず、そこから考えてみよう。

 何だかワクワクしてきたぞぉ。

 だってそうなると男の格好なんかする必要もなくなる。

 自分の思いのまま自由に生きてられるんだもんなぁ。


 俺は一人暮らしを夢見た。

 部屋のレイアウトとか、日常の生活、女として生きる事に何の遠慮もいらない空間を思い浮かべる。

 それは楽しくて、俺の今までの人生の辛酸を払拭してしまうほど魅力的だった。



「あら~、まひるぅ。やけにご機嫌ねぇ、何かいいことあったの?」

「ああ、竜子さん。んふふ、ちょっとねぇ」


 竜子さん。ノーマルにして妻子持ちのお姉さん。

 本名が『竜男』で、竜子。

 昔、かなりヤンチャしてたって言ってた。

 暴走族だったり、チンピラ紛いの事をしてきたらしい。

 でも、今の奥さんと知り合って真面目になったとか。

 子供が二人いて、普段はいいパパさんなんだと。


 前にチラっと見たことがあるんだけど、背中に腰の辺りから肩に向かって昇り竜の彫り物がしてあった。

 その時は、ヤバ~って思ったけど。

 話してみると全然いい人で、ふつうに兄貴って感じだ。

 メイクもかなり上手いし、他のお姉さん達に負けてない。

 凜さんの男版だな。あ……凜さんも男だったか。


「やだ~、意味深な含み笑いなんかしてぇ。まひるったら、スケベ~」

「もう! そんなんじゃないわよぉ」

「彼女とうまいこといってんの?」

「もう、バッチリよ! ずっと一緒にいようねって言ってくれたのぉ」

「まひるの相手って女の子よね?」

「うん。そう、女の子」

「へぇ。嬉しいよねぇ、そう言ってくれるのってぇ」

「でねぇ。一人暮らししよっかなって考えてる最中なの」

「そうなんだぁ。夢多きってとこかな?」

「えっへ~。そんなとこかしらぁ」


 竜子さんのお客さんは昔なじみが多くて、ヤバそうな人がよく来る。

 見かけに寄らず感じのいい人ばっかり、言葉使いは荒いけどテーブルにつかせて貰いたいと思う部類のお客様だ。

 それに、そんな気の知れた人達の中でも竜子さんは男に戻ったりはしない。

 徹底して女を演じきっている。

 まぁ。正味、男だからなんだろうと思う。

 他のお姉さん達が時々男に戻るのは笑いを取る為の、いわばギャグだ。


「オカマ舐めてんじゃないぞ!」


 ってヤツね。結構、受けるんだよなコレ。

 しかし、俺は竜子さんがこのギャグをやったのを見たことがない。

 竜子さんはオカマじゃないから、多分このギャグはやりにくいのかも知れないな。


 でもって、努力家だ。

 お姉さん達の女技術を学ぶ姿勢は、天晴れと言う他ない。

 俺もかなりの努力家と自負しているが、竜子さんもなかなか尊敬に価する努力家だと思っている。


 俺も含めてだけど男は女に比べると手が大きいんだよな。

 そのことを気にしているお姉さんは多い。

 お姉さん達はそれを隠す為に色々な工夫をしているんだ。


 ほとんどのお姉さんは、手を小さく見せる為に手を少し丸めて膝の上に置くんだ。

 なるべく身体に近い場所にそっとな。


 お酒を作るときでも指先を使って小指を立てたりしながら手を流れるように動かす。

 決して、ボトルをガシッと掴む事なんてしない。

 竜子さんも他のお姉さん達に漏れず、優雅な手の動きで客前を捌いている。

 たいしたもんだよ。うん。

 前にママが言ってた。


「竜ちゃんはね、自分に学もなければ技術もないって。自分勝手に生きてきたから。でも、家族ができたときにどんな事をしてでも養うって決めたんだって。プライドとかそんなもので飯は食えないって、面接で真剣に言うのよねぇ。だからって、何でこの店なのぉ? って、聞いてみたら奥さんがホステスしてたんだって、お腹が大きくなって店に出られなくなったときに『私が教える通りにしたらアンタだってホステスできるんじゃない?』って、笑っちゃうわよね。そんな事考える奥さんいるぅ? 確かに竜ちゃんは男にしては小柄だし、女装したら綺麗だったけど最初は全然使いものになんかならなかった。だって歩き方もグラスの持ち方も、仕草全部が男なんだからぁ。でね、無理なんじゃないかって言ったら『もう少し待ってください。嫁に特訓してもらいますから!』だってぇ。もう私、可笑しくってぇ。そしたら、竜ちゃんどんどん女っぽくなってくるじゃない? そんな竜ちゃん見てたら、私感動しちゃってさぁ。家族を守るってことに必死なんだって思ったの。でも、奥さんも頭いいわよね。ホストクラブなんかで働かせたら、すぐに女がついちゃって大変よ。竜ちゃん男前だしね。それにくらべてここなら浮気の心配もないし。それに、奥さん結構売れっ子だったみたいよ。自分の客に『私のダンナがゲイバーで働いてるから行ってみて』なんて言って、面白がってきた客が長続きしてるのよねぇ。お陰でうちも大助かりよぉ。こんな夫婦もいるのよぉ、世の中何が正しいやり方なんて決まってないってことよねぇ」


 家族を守る為に女装して働く男……。

 う~ん。言葉の響きはもひとつなんだけど、かっこいいなぁって俺は純粋に思っていた。


 この店にいる人は皆、かっこいいと思う。

 前に長尾と話したときも


「お姉さん達って、生きてるって感じするよなぁ。俺、この店好きだ」

「長尾、ケイズの方辞めたのか?」

「ああ。現実的にシフト入れなくってよ。でも、こっちで結構入れて貰ってるから、パッサリと切った」

「生活ってか、学費イケんのか?」

「いけるとこまで頑張るよ。せっかく大学行ったのに中途で、サイナラ~は嫌だからな」

「だよなぁ」

「俺は、生きてるって実感がもてる仕事見つけるんだ」

「生きてるって実感ねぇ」


 そう考えると俺はこの店で、ただチヤホヤされているだけの時間を過ごしてるような気がしてきた。


 なんか……つまんねぇな、俺って。

 そんなことを思いながら仕事をしていると、つまらぬミスをするもんなんだ。

 俺は一週間でグラスを10個割った。

 別に自腹ってわけじゃないが、さすがに肩身が狭くなる。

 グラスに触れるのも怖くなってくる。

 あちゃ~! 負の連鎖が止まんねぇっぞぉ。

 勘弁してくれぇ!


 そんな時、竜子さんが


「なに腐ってんのよぉ、まひるぅ。今度、家に遊びに来ない? うちの嫁がまひるに会いたがってるの」


 って、声を掛けてくれたんだ。


「えぇ? 本当? 嬉しい!」


 俺は竜子さんの奥さんに興味があったから二つ返事で、お邪魔することになった。

 自分のダンナをゲイバーで働かせる奥さんだぜ?

 赤フチ以来の、そそる話じゃな~い?


 はて? 服装はどっちのを着ていけばいいんだ?

 竜子さんはノーマルなんだし……。男か? 

 だよな。うん。

 俺は髪をまとめて、兄貴に服を借りて出かけた。



「こんにちはぁ! お邪魔します」

「いらっしゃ~い! まぁ! あなたがまひるちゃんなのねぇ。会いたかったわぁ。竜ちゃんったらあなたの話よくするのよ」

「ええ? そうなんですか? まいったなぁ」


 綺麗な奥さんだ。売れっ子だったというのも大いにに頷ける。うん。

 小さな子供を抱っこして……。

 多分、下の子だな。

 足元にもう一人女の子が恥ずかしそうにこっちを見ている。

 俺は女の子の目線まで腰を屈めて、挨拶した。


「こんにちは。お名前は?」

「ホラ、ごあいさつして」


 奥さんが女の子にそう言うと、その子は俺を見て微笑みながら挨拶してくれたんだ。


 すると突然、俺は胸が熱くなって……。

 泣き出してしまった。


 竜子さんと奥さんが驚いて


「どうしたんだ? まひる。潤子、何があったんだ?」

「わ、分からないの、急に……。新が挨拶したら……」

「新が? 何て言ったんだ?」




『こんにちは、アラタです。お姉ちゃんのお名前はなんていうの?』






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