5.変態で悪かったな!
俺って……綺麗なのか?
青白い顔、細い腕。
とても筋肉質とは言えない体。
俺の美的感覚からすると、『綺麗』という表現から最も遠いところにある容姿。
純子さんと出会ったのは高校2年の時だ。兄貴に連れられてゲイバーへ行った時。
『あら~! まぁく~ん、可愛い子連れちゃって~。私の大好物よ~、このタイプ。ねぇ、お姉さんといいことしな~い? 何から何まで手取り足取り教えてあげるわよ~。っていうかぁ教えたいわ~。そそるぅ~』
『馬鹿言うな! 俺の弟だ。変な事吹き込むんじゃねぇぞ!』
『何言ってんのよ。自分で連れて来といてそれはないんじゃない? それに私が何を教えても、覚えるか覚えないかはこの子次第じゃないの~。ねぇ~? っと』
『あ……加州雄です』
『カズオちゃんね。感じいいわこの子。磨き甲斐あるわよ~』
『冗談言ってないで、酒作れよ。ママ』
『あら。ごめんなさ~い。カズオちゃんは? 何にするの? お酒はダメよね』
『あ、コーラで……』
『は~い。あけみちゃ~ん! コーラの濃い~の持ってきてぇ~。今晩この子落とすから~』
『ば~か。そんな事したらコイツが腹壊すだけだろ。オイ! 加州雄。このオッサンには気をつけろよ』
『ちょっと待てやぁコラ~!! 誰がオッサンじゃぁ~!! NGワード言いやがったなぁ! ぶっ殺してやる!! みんな~! まぁくんの一気が始まるわよぉ~!!』
『『『おおおおおぉ!!!』』』
『『『♪まぁくんの男らしい一気が見てみたい♪!! 一気! 一気! 一気! 一気! 一気!! わぁーー!!』』』
店に入ってから、ものの30分も経ってないのに兄貴は一気飲みでグラスを空けた。
ひぇ~。
何だよこの雰囲気。すっげ~!!
大人の世界って、こんななの?
着飾った女(?)の人達、子供のように燥ぐ大人たち。
煌びやかな世界を目の前に俺はワクワクが止まらなかった。
未成年の俺にとって、何もかも初めての体験だ。
俺は純子ママの軽快な会話に、当たり前のように引き込まれていった。
会話だけではない。手振り身振りが見ていて気持ちが良いのだ。
気持ちが良いと言うのが妥当かどうかは分らないが、流れるような動作が見ていて飽きないっていうか。
俺は、純子ママの美しい手の動きに見惚れていた。
この人……男なんだよな~? さっき輩飛ばした時、さすがの迫力に『わ! 男出た!』って思ったけど……すっげぇなぁ。
今は、女の人にしか見えないや。
腕なんか真っ白で、染みひとつ無いっていうか……日焼けとか、半端ないぐらい気ぃつけてるんだろうなぁ。
肌もなんかふわふわしてそうで……触ってみたいなぁ。
背は高い方だよな……170……以上はあるよな。
スリットから見え隠れする太腿なんか、モロ女。
男の足みたいに筋肉質でもないし……最近流行っている棒のような太腿でもない。
お尻から膝に向かっていい感じに細くなっている……。
作ってるのか、持ってるものなのか分かんないけど……触らせてくれないかなぁ。
などと思いながら、純子ママの肢体に魅入っているとママと目が合った。
おっ、ビックリしたぁ~。
薄っすらと浮かべている笑みに、俺は心臓が飛び出るかと思うぐらいドキッとした。
顔も綺麗だよなぁ。
整ってるっていうか……肌もすべすべしてそうで……。
……見過ぎだ……な。ちょっと失礼だよな。
ま、まぁ。こんな事は、男として正常な反応だろうと思う。
いくら男であっても完璧なまでの女。
世間の女性達よ……女に生まれたからと言って、胡坐掻いてる場合じゃないぞ。
あんまりジロジロ見るのも失礼かと思い視線を逸らすが、ついつい俺の目が純子さんを追いかけてしまう。
チラチラと彼女を盗み見ては、周りをキョロキョロと見回す。
そんな挙動不審な俺に、純子さんがウィンクをしてニコっと笑ってくれた。
そして、席を立ったかと思ったら俺の横にすっと腰を下ろした。
ウオ! ち、近い。
彼女は俺を見て、微笑みながら俺の手を取り、自分の手のひらに乗せた。
「綺麗な指をしているのね」
低音だが耳障りの良い声。
彼女はそう言うと、テーブルの上の小さなスプーンをそっと持ち上げた。
スプーンでアイスクリームの上に掛かっている苺ジャムをほんの少しだけ掬うと、俺の中指の爪の上に乗せ、俺の爪をピンク色に染めた。
「うふ♡ やっぱり。ピンクが似合うわ」
そう言って悪戯っぽく笑うと、俺の目を見つめたまま俺の指を持ち上げた。
な、何ですか? 何するんですかぁ?
彼女はジャムでピンク色に染まった俺の指を、そっと口に含んだ。
ボン!! プシュー……。プスプスプス……。
その瞬間、俺の身体の中の全ての回線が……ショートした。
いや、ショートする前に電流が走った。ってのが正解だ。
男だと分っているのに何でだ? 気持ち悪くない……。
だってぇ! キレイなんだも~ん。
やば!
「うふ♡ 満更じゃないわよね。カズオちゃん♡」
「うぃっす。メロメロですよぉ。ママ」
「んっ。憎らし~い。上手くあしらわれちゃったぁ~」
ママがしな垂れ掛かるように俺に抱きついた。
ああ、いい匂いだぁ。
ずっと嗅いでいたい……って、俺は変態か!
『変態』__。
何でこの世に、こんな言葉があるんだろう。
実際、俺は変態かも知れないと思っていた。俺は女の子が好きなのだ。
当たり前だと思うだろうが……異常に好きなのだ。
これも、人によっては……と思うだろうが……。好きで好きで堪らないのだ。
俺の部屋には、ボンッ、キュッ、ボンッ。のポスターが一杯張ってある。
普通の男子……思春期の男の部屋だ。ポスターを見ながら身悶える事だってある。
俺だって健全な1人の男だからな。
男の奴等がこんなポスターをどんな思いで眺めているかを知ってるか?
触りたい……抱きたい。×××××した~い! って。
はぁはぁ……。 すまない……興奮してしまった。
だいたい予想はつくと思う。だろ?
しかし、俺は違うんだ。
俺は、俺は、俺はあの豊満な胸、括れたウエスト、肩に突き抜けるような鎖骨、甘い果汁が詰まっているかのようなヒップ……。
あれもこれも何もかも! 俺の物にしたいんだぁーー!
……伝わっているか? 言い換えよう。
そう。俺はあんな風になりたいんだ……。
小学校の頃、同級生の女の子が持っていた髪留めが欲しいと思ったのが最初だ。
クラスで一番可愛い女の子……その子の持ち物が欲しいと、男なら誰もが思っても可笑しくなかった。
それを持っているだけで一緒にいるような気分になれるとか……。
その子との距離が縮まったような錯覚……とか。
だが、俺は違うんだ。
それを身につけることで彼女のようになれるかも……って思ったんだ。
友達が彼女に対する思いや考え方を聞きながら、焦りに近い……嫌な汗を掻いたのを覚えている。
それからは、友達と同じ感覚を養おうと努力した。
彼らが思うように、感じるように、感じた時どんな行動を取るのか……真似てみた。
だが、どれも俺とは違うと思い知らされるばかりだった。
ナニカガ……チガウ。ナニカ……ヘンダ。オレガ……ヘンナノカ?
そう思った。
それから俺は、俺自身を見なくなった。
人に合わせ、人の言う事に何でも頷き。冗談を言い、いつもふざけて……道化だな。
クラスで1番面白い人であり続けた。クラスで1番変な人になりたくないからな……。
だが、そんな俺にも転機が訪れたんだ。
そう、女の子を好きになったんだ。
それが、晴華だ。
俺は晴華に夢中だった。晴華派・彩派ができたのもその頃。
晴華の一挙一動が俺をどれだけウキウキさせたことか……その頃から、俺には信頼できる俺だけの相棒ができたんだ。ちょっと遅いかも知れないが……。ほっとけ!
やがて、いつも遠巻きに晴華を見ることしかできなかった俺と晴華には、別れがやって来た。
卒業だ……。
俺は俺自身を恨んだよ。心底恨んだよ。最後の最後まで……晴華に近寄る事さえできなかった、小心者の自分を憎んだ。
高校に入って、ただなんとなく過ぎていく日々。学校へ行くのも親の手前みたいな……。
そんなある日、通学電車の中で凄く綺麗な女の人を見たんだ。
周りの男どもが落ち着かないのが手に取るように分る。マジ、スッゲ~美人だった。
勿論、俺ももれなく落ち着かない男どもの仲間に入っていたさ。
彼女は周りの視線なんか何処吹く風って感じで、目的の駅に着くとさっさと電車から降りていった。ま、あたりまえだわな。
俺が思うに、彼女に釣られて降りた奴もいるんじゃないかな?
問題はその後だ。俺は彼女が座っていたシートから目が離せなかった。
ドキドキ……胸の鼓動が、だんだん大きくなってくる。
ジリジリとその席に近寄り……まるで、フワフワのソファにでも腰を下ろすような気分で、シートに座った。変だろ?
その席に座って、彼女を感じた時……俺は悟ったんだ。何も変わってないって……。
愕然としたよ。
だって、俺はちゃんと女の子が好きで(まだ、晴華のことが好きだったんだな)思い浮かべて、恋しくて、恋しさ故に身悶えて……何処にでもいる男の気持ちや、感覚を身につけていると思っていたんだから。
友達と女の話をしていても『そうそう……そういうの、堪らないよなぁ』なんて共感してたんだから。
なのに、その席に座った俺が何を考えたと思う? 何を呟いたと思う?
“ 俺は彼女のようになりたい……。”
へっ(笑)……だとよ。




