49.晴華の苦悩。
「まひる。なんだか変った、雰囲気が違う」
これが、晴華の第一声だった。
彩との電話を切ってから、俺は晴華に電話した。
これは、賭けだ。
いきなりの誘いで晴華が来てくれるか?
もちろん、餌付きで……。
晴華への餌は『まひる』だ。
今までのデートで俺が何も感じてなかったと思うか?
晴華の本心は計り知れないが、『加州雄』より『まひる』の方が、晴華を釣りやすい。
コホン……。
ま、まぁ、言い方はマズイがこれを使わない手はないだろ?
俺には、これから厳しい事案が待っているんだ。
ポイント、ポイントで勝ちを得ながら進めていきたいじゃないか。な?
でだ。俺は、初めて『まひる』で電話したのさ。これで、1ポイント。
次は、晴華を『まひる』でメロメロにする。
その為に、念入りに化粧もした。
セコイか? そう思われたなら、大成功だ。
俺は、思いっきりセコイ手を使おうと決めたんだ。
思いっきりだぞ。
俺の目指すとこ?
『え~! そうなの? 加州雄。それでもいい、私は加州雄が大好きなの』
なんてバカみたいか? 多分な。
結果は分からないさ。でも、何でもやってやる。
いつの頃からか、俺は赤フチを目指していたんだ。
諦めてた。赤フチは特別なんだって。
赤フチだから、旦那さんを理解できたんだって。
旦那さんは、ラッキーだなぁって、羨ましかった。
だけど、赤フチは言ったんだ。
『一度愛したら、愛されたら。それを忘れることができなかった』
俺と晴華は長い間お互いの気持ちも知らずに、相思相愛だった。
その年月を忘れられるか? そんなことできない。……筈だ。
少なくとも、俺にはな。
セコかろうが、強引だろうが。狙った獲物は逃さない!
ネ。ヒロさん。
何でも真正面から攻めるのが、正しくないときだってある筈さ。
俺は、晴華が欲しいんだ。
俺の人生に……、晴華がいてほしいんだ。
悔いだけは残したくない。
どんな、画策でもやってやる。
ネ。ヒロさん。
晴華は息を切らせながら、走ってきた。
前もって『まひる』だと言ってあったので、迷うことなく俺の前にやって来た。
俺を見て戸惑っている様子が、可愛い。
俺は首を傾げ、晴華の顔を覗き込んだ。
「うふ♡ 何が? どう違うの?」
晴華は恥ずかしそうに、少し顎を引いて上目遣いに俺を見る。
くぅ~。その角度、最高! 可愛い~♡
欲しい! 絶対、欲しい~! 晴華じゃなきゃヤダ~。
俺は晴華の前に肘を出して言う。
「お譲ちゃま。腕をお貸しします。今日は姉妹でいいかしら?」
「うん! お姉ちゃん!」
晴華は、嬉しそうに顔を綻ばせ大きく頷いた。
その瞳はキラキラとして、まるで子供が欲しかったオモチャを買ってもらったみたいだ。
そうか、そんなに嬉しいか?
その調子で、俺に惚れるんだ。離れたくないくらいに……。2ポイント。
俺たちは腕を組んで歩いた。
擦れ違う人達が俺に向ける視線……。
探っているのか? 男か? 女か?
二度見する奴までいる。
オマエ達に俺はどう映っているんだ?
俺は晴華を見た。
晴華は、まるで自分の姉を自慢しているような顔をしている。
堂々と顔を上げて歩く。
行き交う人の表情を見ては、クスクスと小さく笑い。
俺を見て微笑む。
晴華。そんな顔だったのか? 今まで気づかなかったよ。
お前だけを見てきたつもりだったのに、俺は全然見えてなかったんだな。
俺が見ていた可愛いさは、氷山の一角だったんだなぁ
今日はゲーセンには行かない。ショッピングだ。
晴華に似合う服を買おう。それと、靴。
うん。いつもより、オトナっぽい服と靴。
俺は何着も晴華に試着させた。
フィッティングルームのカーテンの隙間から、覗き見する。
「ダメ~。まだ着てない~」
「どうして? お姉ちゃんが、見てあげるからぁ」
「きゃ~! ダメ~ったらぁ。アハハハ」
なんて言いながらも、次第に大胆になっていく晴華。
おいおい。そこまで脱いでいいのか? 安心し過ぎだろ。3ポイント。
俺たちは狭い試着室の中で身体を寄せ合っていた。
晴華は俺から腕を離さなかった。俺も晴華を離さなかった。
カラオケBOXで、お互いが狂ったように歌う。
狭い部屋の、小さなラブチェア。
お互いの歌に拍手し、踊り、時には抱き合い……
こんなに密着度が高いデートは、今までになかった。
俺の中に欲が生まれる。
離したくない。ずっと一緒にいたい……。
でもまず、カミングアウトだ。
曲が終わり……。ジュースを飲んで息を整える。次の歌は入っていない。
今だ……。
「晴華……」
俺が晴華に、話しかけようとしたとき。
「ずっとこうしていたいなぁ。まひると……」
そう言ったのは、晴華だった。
へっ? まひる?
い、今。まひるって言わなかったか?
そ、そりゃ。今日は俺は、まひるだけど。そこは、加州雄でしょ? 晴華ちゃん。
「晴華?」
「あっ、つきあうとかじゃなくて……」
「え? つきあうとかじゃなくて?」
「あっ。えっと……そうじゃなくて」
「そうじゃなくて?」
な、なんだぁ? この展開はぁ?
つきあうとか、つきあわないとかの前にだな。
俺の話を……。
「か、加州雄。私、加州雄とつきあえないの!」
「へっ?」
晴華? 今、俺はもの凄くショックなんだが……。
このまま、その話しの続きを聞いていなければいけないのか?
その話は、どこへ行くんだ?
だが、思いとは裏腹に俺の身体は、完全に固まってしまっていた。
「私とつきあうと、加州雄に迷惑っていうか嫌な思いさせるかもしれない。でも、婚約者がいるとかじゃないのよ。この先命が短いとか、どっかに引越しちゃうとか、そんなことじゃないの。一緒にいようと思えば、ずっと一緒にいれるわ。加州雄が嫌じゃなければね。だけど……多分、結婚はできない。も、勿論。加州雄に好きな人ができたら……結婚したいって思う人ができちゃったら。一緒にはいられないけど……。わ、私はずっと加州雄が好き。まひるが好き」
いったい、何の話をしているんですか? 晴華さん。
俺は晴華が息も継がずに一気に話す訳の分からん話を聞きながら、目を瞬いていた。
「こ、これは、告白なのよ。私、ずっと……加州雄の長くて細い綺麗な手を見たときから、加州雄が好きなの」
「手?」
おお、やっと声が出たぁ。
「私。男の子が苦手で……。誰か女友達が傍にいないと、男の子と話すことができなかったの。私の傍には、加州雄も知ってるように彩がいてくれたの。かと言って、女の子に恋愛感情をもったことはないのよ。でもある日、加州雄の手を見たとき……初めて、男の子に胸がキュンってなったの。でも、なかなか近寄れなくて……」
俺に胸キュン? 手に胸キュン? どっちだ?
そこ大事だぞ、晴華。
と、とりあえず4ポイント目にしとくか……。
「結局、卒業して会えなくっちゃて……。諦めるしかないって思って、諦めたの。彩が『加州雄のことが好きになれたんだったら、他の子も好きになれるよ』っていってくれたから、頑張って男の子と話せるようになろうとしてた」
彩~、よけいな事しやがってぇ~。
言いに来いよなぁ。
『晴華が、アンタのこと好きだって言ってるよ』って
俺はすぐに飛んでいったぜぇ!
「でも、ダメだった。誰とも話せるようにならなかったの。生徒会とか、当番とかは別よ。個人的にとか、プライベートね」
いいんだぁ! いいんだよぉ、晴華ぁ。それでいいぞぉ。
ん? じゃ、あの地下鉄の相手は何だ?
嬉しそうに楽しそうにしてたじゃないかぁ!
あれはプライベートじゃなかったって言うのか?
「でね。あの日、加州雄に会った時。女装してたけど、すぐに判ったの加州雄だって。私……、泣き出しそうなくらい嬉しくて。でも、会うたびに……嬉しいんだけど。何か、違うって。加州雄が女装のバイト辞めるって言ったとき解ったの……」
何だ? 何がわかったんだ?
っていうか。晴華、何でそんなに切羽詰ってるんだ?
「私、まひるが好きなの。まひるじゃなきゃダメなの」
おいおい、晴華。まひるは俺だぞ?
「私……。私、レズなのよ」
は? はい~?
話いくとこ、そこだったのねぇ。




