48.好きだから、怖い。
長尾は、顔を真っ赤にしながら……。
まるで告白でもしたような顔をして、俯いた。
ま、ある意味告白に近いもんはあるけどな。
確かにコンテスト以降、コイツの俺への献身ぶりは賞賛に価するものだった。
しかし、それは罪滅ぼし的なものだと思っていたんだ。
それをいいことに、俺はコイツを重宝な男としていたのは否めない。
だぁ~、やっぱ邪悪だなぁ。俺は。
で? 姫ってなんだ?
「カズオ、お前がゲイでなくて良かったよ。お前に迫られたら、俺はきっと断れないだろうからな。はっはっは……」
「迫るか!!」
何言ってんだぁ。
姫はどうした? 姫はぁ?
「俺は、両方好きだぜ。シレっとした男のお前も、女のお前も……。俺にとっては、どっちもお前だ」
「へっ! 何、言ってんだよ。鳥肌もんだぜ……」
「だろうな。俺だって自分がキモイよ。こんなことが言えるなんてな。今日だけだ。お前が
病気のことを俺に言うまでのこと考えるとさ。結構、勇気……いったんじゃね? 俺はバイトして解ったんだ。あの世界って、ヤッパ特殊じゃん。お姉さん達とか見てて……勉強したっていうか、男とか女とか関係ないってさ」
「長尾……」
「俺。どっちでもいいよ。お前が男でも女でも。カズオはカズオだ」
く、くさい。臭いぜ長尾。
その臭さが……目に沁みらぁ~。
俺は感動した。思わず目頭が熱くなる……。
で、姫は?
「で、この先どうすんだ?」
「え? この先? ああ、金ができたら手術を受ける」
「晴華ちゃんは? 知ってるのか?」
「まだ、知らない。家族と彩とお前……。ママだな」
「彩ちゃん?」
「あぁ。麻由が……。妹が駆け込んだんだ。俺達は幼馴染だからな」
「駆け込んだ?」
「あいつの中では……消化しきれなかったんだな。そりゃそうだろ? 昨日までお兄ちゃんだったのが、今日からお姉ちゃんだ。そう簡単に受け入れられるか? お前の兄貴が明日から、女になるって想像してみろ」
「……ムリ」
「だろ? どんなけ理解しようって思っても、頭では解るけど……気持ちがついていかないってことあるじゃん?」
「そうかもな、家族は存在が近いだけに複雑だよな」
「だから……。受け入れるって作業からスタートしなきゃならない。まず、ベクトルを自分に向けてな。彩がいてくれて良かったよ。でも、ママやお姉さん達は違う。俺を含んでくれるんだ。あの人達にはそんな作業は必要ないからな。そんな包まれた中で、俺はヒロさんに女にしてもらったんだ」
「ひっ! お、お前!」
「ば! やってないよ! 勘違いすんな!」
「お前の言い方が悪いんだよ! あ~ビックリしたぁ」
「許してくれたんだよ。お前は女になっていいんだって……。そういうふうに言われたのは初めてだったんだ」
「ふ~ん。許してもらった……か。なんか、解るような気がする。何に対しても、そのままでいいんだって言われたら、もの凄く安心するもんな」
「あぁ。長尾、お前の言う通りだ。俺、片意地張ってたとこあったよ」
「アハ。初めてじゃないか? お前が俺の意見に賛同するなんて」
「そうか? そんな事ないぞ」
「いいや、俺の知ってる限りでは初めてだ」
そんなことないよ。お前は純粋で真っ直ぐだ。
歪んでたのは俺なんだよ。
だから……。
『姫』を教えてくれ。
「おっ。着いたぞ。俺、帰るわ。お前の母ちゃん、俺の顔見たら心配すっだろ? 行けるよな。ほな、しゃいなら~」
「え? お、おい! 待てよ。ちょっとぐらい……」
「いいよ~。お母さんによろしくな~」
そう言いながら。長尾は実に爽やかに帰っていった。
さながら、王子様だ。
俺は、遂に『姫』の謎を訊けなかった。
まぁ、どうでもいいけどねぇ。
チェッ……姫ぇ。
それから、俺は2度程。
ヒロさんを思い浮かべてマスターベーションした。
しかし、2回とも自己嫌悪に陥る結果にしかならなかった。
女の心で気持ちが高ぶって、身体が火照ってくる。
『ヒロさん』と呟きながら、俺は親愛なる相棒を敏感な場所へと移動させ……。
抱かれたい……。
最後の夜に交わした口づけ、甘い囁き。首筋に這わされた、ゾクッとするあの指の感触。
抱すくめられた瞬間、この身体を溶かしてヒロさんと融合してしまいたいと思うほど……。
身も心も、俺の全てをヒロさんの胸に預けた。
瞳、唇、指の動き、グラスを持つ手……。
俺は、俺が持っているヒロさんの情報のありったけを思い浮かべて身悶えた。
頭の中で、あの逞しい胸に抱かれている妄想を繰り広げながら絶頂を迎え……果てる。
我に返ってみると、それは男の行為であって……。
現実を知るだけのものでしかなかった。
『男性の行為で自分を慰めることを、虚しく感じるようになるわ』
赤フチの言った通りだ。
晴華を思ってするのとは全然違う。
ホントだ。これは……キツイわ。
最近お姉さん達の俺を見る目が、違うような気がする。
なんだろう?
皆とよく目が合うんだよなぁ。
だけど目が合った途端、パッと逸らされたりして……。
気分悪いぞぉ~。俺、ハブられてるのか?
なんて思ったが、話してるとそうでもないんだなぁ。
「ねぇ、凛。何か解った?」
「分からない。っていうかぁ。もし、そうだったら……。私、まひるのこと嫌いになっちゃうわぁ~。いやだぁ、そんなのぉ」
「何言ってるのよ。だいたい、アンタが言い出したことじゃない」
「アンタも言ってたじゃない。まひる、変わったって~」
「私だけじゃないわよ~。み~んな言ってるわ、綺麗になったって。ねぇ、チカ」
「そうよ。なんかぁ、柔らかくなったっていうかぁ。子供、子供してないのよね。落ち着いたっていうかぁ」
「そうそ、余裕を感じるのよ。恋を知った女が輝く……サナギから蝶へ。って感じしない?」
「やっぱ。何か、あったのよ~」
「いや~!! やめて~。それって、相手は誰になるのよぉ」
「バカねぇ。そんなの決まってるじゃな~い?」
「いやいや。それ以上、言わないでぇ~」
「ちょっとぉ! アンタ達。いいオッサンが、何ごちゃごちゃ言ってんの?」
「ママぁ~。教えてぇ、覚悟はできてるからぁ。まひるはヒロさんと……」
「バカねぇ、何もないわよ。ヒロさんはそんな人じゃないわ。ちゃんと、わきまえてる人よ」
「じゃぁ、何? あの子が、魔法にかかったとでも言うのぉ?」
「あ~ん。あんなに綺麗になれるんだったら、私にもかけてぇ~」
「アンタには、ムリよ。アンタは消してもらいなさい。布を取ったら、パッ!」
「うるさい! それは魔法じゃなくて、手品じゃないのさ!」
「ハッハッハッハッ。手品はよかったなぁ」
「「佐々木さ~ん!!」」
「ねぇ。佐々木さん、何か聞いてない? ヒロさんからぁ」
「何も聞いてませんよ。仮に聞いてたとしてもお話できませんよ」
「いや~ん。佐々木さんの、いぢわるぅ~」
「ハッハッハッハッ。困りましたねぇ。でも確かに、まひるさんは綺麗になられた。私が思うに、彼女は魔法をかけられたのではなくて……」
『魔法を解いてもらったのではないでしょうか?』
俺は、彩に電話した。
直接、晴華に電話する勇気がなかったんだ。
でも、カミングアウトの決心はついている。オシ!。
「もっひぃ~。加州雄ぉ、どうひたのぉ。珍ひいじゃん、電話こけてくるなんて~」
「おまえ、何か食ってるだろ~。飲み込んでから、出ろよな」
「私が食べてるとこに、アンタがかけて来たんじゃない」
「ああ! そうだよ。すまなかったよ!」
もう! コイツは一言いうと、十返ってくる。
カチンとくるなぁ。
「喧嘩したくてかけてきたんなら、切るよ!」
「違うに決まってるだろ!」
「じゃ、さっさと言いなさいよ」
何なんだ、この高飛車女はぁ。
チッ。
「あぁ、このあいだの……。時間……、経っちまったけど。悪かったな」
「ふ……ん。失言したって認めるのね」
「あぁ、認める。ごめん」
死にたいなんて、心に思ってても言葉に出すもんじゃないよな。
ほんと、ヤケッパチもいいとこだ。
「で? それだけじゃないでしょ?」
「長尾に話した……」
「そう。……で、なんて?」
「男でも女でも……俺は俺だって」
「ふっ。まぁ、そんなところでしょうね」
「あぁ。バイトのお姉さん達見てたら、どうでもいいって感じだって」
「で、決心したのね? 晴華」
「あぁ、決めた」
「そっか。「晴華なら大丈夫だよ」なんて私には言えない。分からないから……」
「あぁ、分かってる」
「……怖いね」
「あぁ、怖い」
あまりの怖さで心臓が痛い。
身体が震えてる。
マジ。ビビってる。
「そして、加州雄の最善だね?」
「あぁ。俺の最善の選択だ」
「行って来い。頑張れ」
「おお! 行って来るわ」
俺は電話を切って、鏡に向かった。
いつもより念入りな化粧。
膝上15cm、黒のワンピース。
髪は……まとめずに、片側に流す。
結構、伸びたなぁ。
携帯を手に取り、『はるか』の名前を指で弾く。
「はい。もしもし……」
「もしもし。晴華? まひるよ。今から私とデートしてくれない?」




