44.禁断の入口。
「あ~ん、悔しい! 何で、まひるなのよぉ~。あんなに必死でアピってのに~!」
「しかたないじゃない~。ヒロさんが決めたんだから~。諦めなさぁい。アンタ、ガツガツし過ぎたんじゃないのぉ。ミエミエなのよぉ」
「おだまり! アンタだってそうじゃない。なんで、今日に限って睫毛が二重なのよ! さっきまで、一つだったじゃない! まひる! アンタ、ヒロさんと何かあったら承知しないからぁ~」
何があるってんだよぉ。
ゲッ! ヒロさんって……そっちなのぉ~?
じゃあ。よけい、ないない。
そういう人って、鼻が利くって……。
そういう意味で、俺に声なんか掛けない筈だ。
ん? じゃぁ、どういう意味で声掛けたんだ?
まぁ、とにかく、
「大丈夫ですってぇ。私はそっち系に興味ないんでぇ」
「ほんと? ほんとよね? まひるぅ。私、ヒロさんに賭けてるのよぉ」
凛さんが、さめざめと泣き出した。
おいおい、勘弁してくれよぉ。
俺だって、お姉さん達との人間関係壊したくないんだからぁ。
「ママぁ。やっぱり断った方がいいのかなぁ」
「何、言ってるの大丈夫よ。取って食われるような事なんかないわよぉ」
「と、とって食う~?」
「冗談よぉ。ヒロさんは、そんな人じゃないわよぉ。アッハハハハ」
ウソだ。絶対、ウソだ。
じゃ何で、凛さんがあんな泣き方すんだよぉ。
俺……。パンツ2枚、穿いて行こうっと。
二日後__。
う~ん。何着て行こうかなぁ?
麻由の服は子供っぽいし、俺の服は……男だし。
いくら、ラフな格好でも……。
やっぱ、女でないとなぁ……。
一応、店の大事なお客様なんだから、失礼のない程度にって思うんだけど。
何せ、こんなことは初めてで……。
お姉さんに、借りればよかったかぁ?
いやいや。駄目だ、貸してくれる雰囲気じゃなかった。
困ったなぁ……。
あっ! あれだ。
「母ちゃ~ん。このあいだ、せっかく買ったのに穿けなかった白のレギンスどうしたぁ?」
「タンスの引き出しに直した筈だけど……。何よ。アンタが穿くのぉ? 嫌味な子だね~」
「いいじゃん。貸してよぉ、何ならいっそのこと貰ってやろうか? タンスの肥やしを増やしてもしかたないじゃん」
「痩せたら穿くんだから、貸すだけだよ!」
「ちぇ~。痩せるのかよぉ~。そのままの母ちゃんが、一番可愛いよん」
「もう! 親をからかうんじゃないの!」
上手い具合に、俺は母ちゃんのレギンスをゲットした。
お! ピッタりじゃん。へっへ~。
で、タンクトップの上に、あのブラウスを羽織る……っと。
よし。これでいい。ちょっと、中性的でいいかもしんな~い。
……パンツ、2枚いるかな……?
とりあえず、俺はヒロさんとの待ち合わせ場所へ向かった。
もうすぐ10月。
だが、日差しは強く。容赦なく俺の肌を焦がしてしまいそうだ。
日焼けは嫌だぁ~。
俺はいつものように、影を辿りながら歩く。
駅のロータリーで待っていると、黒塗りの車が目の前に止まった。
お! ベンツだ。
運転席のドアが開いて、ドライバーが降りてきた。
こういうのって、お抱え運転手っていうのかぁ?
かっけぇ~。
その運転手が、後ろの座席のドアを開けた。
どんな人が降りてくるんだるう。
最近はベンツも見かける分には珍しいものではない。
しかし、人には興味ある。
俺が首を少し伸ばして、遠目でそうっと中を覗こうとした時。
「吉村様ですね?」
運転手が俺に声を掛けてきた。
「へ? は、はい。そうですが……」
「どうぞ、お乗りくださいませ」
「え? い、いや俺。待ち合わせしてて……」
俺が、後ずさりしながら運転手に答えていると、
「まひる。何してるんだ? 早く、乗りなさい」
車の中から、ヒロさんの声が聞こえた。
「ヒロさん!」
「早く乗って」
「あ。は、はい!」
ひぇ~。びっくりしたなぁ。
ベンツでお迎えだぜぇ。ますます、かっけぇ~!
凛さん、羨ましがるだろうなぁ。
ふむ。あんまり、話さない方が身の為かも知れないぞ。
「こ、こんにちは。驚きました、車で迎えに来てくださるなんて」
「せっかく、若い女の子とデートするんだから。少しはカッコつけないとな」
「そんなぁ。わざわざ、カッコつけなくても。ヒロさんはカッコイイですよぉ」
「それは、嬉しいねぇ。そんなこと言ってくれるのは、まひるぐらいだな」
「また~。ウソばっかりぃ、今日だって内心ハラハラなんですよ。お姉さん達に睨まれたら、ヒロさんのせいですからね」
「そりゃ、悪い事したなぁ」
「そうですよぉ。うふふふふ」
「あははは……」
そうしているうちに車は高級ブランドの店が立ち並ぶ、街並みに入っていった。
しぇ~。俺、初めて来たよぉ。すっげぇなぁ。
窓にかじりついて、外を眺めていると。
車が、一軒の店の前で停車した。
運転手が先に降りて、車の前をグルっと回って後ろの座席のドアを開ける。
「到着でございます」
「あ。あ、はい」
「まひる。早く降りなさい」
「は、はい」
な~んか、緊張するよなぁ。
車から降りるとそこは、ルイズ・ビトンの前だった。
ま、まさか……。ここか?
「何をしているんだ? 入るよ。まひる」
「え? あ……。は、はい」
マジ~!! いいのかぁ?
うわ~! ヤバイ、また緊張してきたぁ。
ヒロさんは、店員らしき女性と話している。
俺が少し離れたところで、待っていると……。
「まひる。こっちに来なさい」
と、手招きした。
俺は、頷いてヒロさんの方へ……、
「じゃあ、頼むよ」
ヒロさんが、さっきの女性にそう言うと。
「かしこまりました。少々、お待ち下さいませ」
と、言い。頭を下げて、奥に入って行った。
「まひる。こっちへ来なさい。ここに座って……、コーヒーは飲むかな?」
「あ、はい。飲みます」
ヒロさんはニコッと笑って、傍にいた人に声をかけた。
「ああ。君、コーヒーを二つ……。砂糖は?」
「あ、ブラックで……」
「うん。ブラックを二つ、頼むよ」
「はい、かしこまりました。すぐにお持ちします」
何なんだぁ。この雰囲気は……。
まるで、セレブじゃないかぁ~!!!
超一般市民の俺は、店の中をキョロキョロと見回す。
高そうなバッグがズラ~っと、並んでいる。
靴、時計、アクセサリー、服……。
まるで……、宝石箱やないかぁ~!!
ううぅ。欲しかった、バッグが……。目の前に……。
俺の目は、新作のバッグにクギヅケになった。
「いい目をしている……。気に入ったのかい?」
「え? い、いや。きれーだなーって……」
「こちらは新作でございます。お手に取ってご覧になられますか?」
「い、いえいえいえ、けっこうです。大丈夫です、見てるだけでいいです」
ふぇ~。まいったなぁ。
この空気……。落ち着かないなぁ。
今の俺って、絶対挙動ってるよな。
そんな事を思いながら、俺はヒロさんの方を見た。
ヒロさんは、ソファーのシートにもたれながらじっと俺を見ている。
いっ! な、何見てんのぉ。
もしかしてだけど、もしかしてだけど……。
こんな、俺を誘ったことを後悔してるんじゃないの~。
今さらだけどねぇ。
「お待たせしました」
暫く、ヒロさんの視線に晒されていると(そんな感じだったんだもん)
さっきの女性が、4~5着の服を持って現れた。
しかも、全部“黒”
「黒……ばっかり?」
「まひるは、店で白っぽい衣装が多いだろ」
「そう言えば……そうですね。大概、ママのチョイスなんですけど」
「多分、色が白いからかな? 身体もスレンダーだし、よく似合っている」
「ありがとうございます」
「だけど、私とデートする時は黒を着てくれないか?」
「え? ええ。いいですよ」
俺が、そう答えるとヒロさんはまた、優しく微笑んだ。
この顔に、お姉さん達は皆、参ってる。
分かる気がする。
男に興味が無い俺でも、グラっとしそう……。
いやいや……。ないない。
俺は、女性が持ってきた服を次々と試着した。
着替えてはヒロさんの前でお披露目する。
恥ずかしかったぞぉ。
その度に、ヒロさんは、
「うん、よく似合う。さっきのもいいが、これもいいなぁ。まひるは何でも似合うんだなぁ」
って、一々絶賛するんだ。
かぁ~! 俺はモデルじゃないっつうの~。
「よし! それだ。それにしよう。どうだ? まひる」
「え、ええ。そ、そう……なんですか?」
「なんだ、気に入らないのか?」
「いえ……。気に入ってます。ってか、全部。文句なしです。……なんですが」
「じゃ、いいじゃないか。それを着てこれから、食事に行こう」
だぁ~! 待ってくれ!
「ヒロさん! お、俺。も、もらえません! こんな……」
俺は慌てて、拒否った。
俺は着替えながら、見たんだ。
全部の服の値段を……。
ゲ! じ、じゅうさんまんえ~ん!!
試着した服全部が、10万円を下らない……。
俺は久々に、縮み上る思いをした。何がじゃ? どこがじゃ?
こんな、ペラッペラの服が……。13万円……。
値札を見る俺の背筋に、ヒヤリと冷たいものが走るのを感じる。
やっぱ、パンツ2枚穿いてくればよかった……か。




