42.誕生日プレゼント
一回目のショータイムが終わった。
俺は、花やプレゼントのお礼に各テーブルを回る。
長尾たちが、バタバタしだした。
入れ替えか……。よし、化粧直しだ
控え室に入ると、凜さんが
「まひるぅ。凄いじゃなぁい。帰りにお花、少しちょうだいねぇ」
「はい。いいですよ。私の家には入りきれませんから。母は喜ぶと思うけど」
「お母さん、お花好きなの?」
「ええ。大好きですよ。家の周りなんか鉢植えがズラっと並んでます」
「うふ。何か、想像できるからいいわぁ。私もしばらく帰ってないし……」
「実家にですか? なんで?」
「うふ、バカね。こんな姿になった息子が帰ってきたら、それこそ噂のネタにされるだけ。私は帰るからいいけど、家族は違う。『息子が何しようっても、どげんことなか!』なんて、開き直れる人達じゃないからさ」
「そうなんだぁ……。色々ありますよねぇ」
「そう、人生色々よ」
そう言って、凜さんは寂びしそうに笑った。
それから、次々とお姉さん達が花を持って帰りたいと言ってきた。
ホラな。皆、ふつうに女なんだ。
男が花なんか欲しいって言うかぁ? ないない。
部屋に飾って、ウキウキしながら愛でるんだよ。
可愛いよなぁ。感動しちゃうよ。
お姉さん達は、真剣に女を生きてる。
心底、女なんだ。
家族に理解してもらってるお姉さんや、そうでないお姉さん。
彼氏がいて幸せそうな人もいる。まぁ、この場合BLなんだけど……。
この前なんか、皐月さんが
『あ~ん。アイツぅ、女と浮気してたぁ! 殺してやるぅ』
って、叫んでた。
マジかよぉ。両方イケんのかぁ、すげぇなぁ。
なんて、思ってたけど。これも、人生色々のうちか?
俺の人生は……。
次に、赤フチに会う時『性転換手術受けます』って、言おうと決心している。
その為に晴華から遠ざかった。
晴華に話してからでもよかったんだが、彼女の顔を見ると……男になってしまう。
踏ん切りがついてないのかな……。
たかだか、晴華が他の男と話してただけで……。
女になりたい気持ちは変わってない。
それどころか、早くって思うほどさ。
ふむ。なんか、考えが錯綜してるな……。
こんなんで赤フチに会っても、ちゃんと話せるかどうか……。
「お客様ぁ。入りま~す」
ボーイが控え室に顔を出して、俺たちに声をかけた。
「「「はぁ~い!」」」
扉の前にズラッと並んで、お客様を迎える。
圧巻だぞ。
そして、扉が開く__。
「「「「いらっしゃいませ~!」」」」
「おめでとう! まひるぅ」
「ありがとう!」
「きゃ~! まひるだぁ!」
「だっこしてぇ!」
「ダメ~。私ぃ~」
この手のファンは多い。
イヤじゃない。俺は女が好きだから。テヘ。
女の子を抱き締めるのは好きだ。柔らくて、フワフワしてて……。
そして、俺も抱かれたい、抱き締められたいと思う。
そこんとこ微妙なんだなぁ。
男に抱き締められたいんじゃないんだよなぁ
ふむ。レズ疑惑、再び……。
2回目のショーが始まった。
あれ? あそこ前の席……。まだ、誰も来てないのか?
ショー、始まったぞぉ。
「今日は、まひるの誕生日に来てくださり、ありがとうございます。見ましたぁ? あの花、花、花」
「「「見たぁ~!!」」」
「もう! 悔しいわ! あんなにお花をもらえるなんてぇ。羨ましいったらありゃしない! そう思わなぁい?」
「「「思うぅ~!!」」」
「そうよぉ。花を贈られるって、女の幸せのひとつよねぇ。まひる! ここへ来て、ちゃんとお礼言いなさい!」
「「「そうだぁ! まひる~! 言え~!」」」
茜さんがステージから俺を呼んだ。
照れるなぁ。
俺はドレスを摘んで、テレテレでステージに上がる。
「今日は本当にありがとうござます。まひる、最高に幸せですぅ!」
そこまで言ったとき、扉が開いた。
ここからは遠くて見えない。さっきの空席のお客だな。
ショーは、もう終わったよ。残念だな。
しかたない、俺がサービスしてやるか。
「いらっしゃませ~。今、お着きですかぁ? 今、あなたの噂してたとこなのよぉ。遅いわねって、あんまり心配かけないでよねぇ」
お客がどっと笑う。
だが、俺は長尾に案内されている客を見て言葉に詰まった。
晴華……? ……彩。
「あ、あ……。い、いらっ……しゃい……ま……せ。ようこ……そ」
なんで?
あ、どうしよう……。
急に頭の中が、真っ白になってしまった。
「……」
「あら~! 残念ねぇ。ショーは終わったけど、まひるがサービスするから待っててねぇ~」
俺の様子に気づいたのか、茜さんが咄嗟にフォローに入ってくれた。
「いいなぁ~。私にもサービスしてよぉ。まひるぅ」
「あとでねぇ」
俺はウィンクをしながら……。
急いで、控え室に向かった。
何故だ? なんで晴華が来るんだ。
……彩だ。彩の考えだ。きっと、そうだ。
「お~い。まひる、なにやってんだぁ? 晴華ちゃん来たぞ~」
「おい! 長尾。お前、知ってたのかよ」
「ああ、彩ちゃんに頼まれてさ。ホラ、ここ。いろどり様って」
「いろどり様ぁ?」
ほんとだ、書いてある。気づかなかった……。
ったく、定食の名前じゃないってんだよ!
「彩ちゃんだから、“いろどり”っていいだろぉ?」
「よ、よけいな……」
「へ? 会いたかったんじゃないのか? 彩ちゃん、そう言ってたぞ。早く行けよ。待ってるぞ」
くっ。せっかく……。晴華断ちしてたのに……。
彩の奴……。微妙だけど……。
う、嬉しいじゃないかぁ~!
化粧、直さなきゃぁ~。
晴華はぁ、ピンクが似合うねって言ってくれたんだぁ~。
あ~ん。片眉、薄くなってるぅ~。描いて、描いて。
うん。キリッっと眉になったぁ。
テカリも押さえてっと。
よし! カ・ン・ペ・キ! まひるぅ。
で、深呼吸……。
顔を作り直す……。けだるく……、苦悩……、憂い……。
よし……。
「おまたせ~」
俺は、晴華の前に立った。
そのとたん、作った顔はどっかへいった。アハ。
「ま、まひる。お誕生日おめでとう」
おずおずと差し出すその手には、花が……。
晴華……。
「ちょっとぉ。何とか言いなさいよぉ」
くっ、黙ってろ……お前は後だ。
今は、晴華だ。
こんなに緊張して……上目遣いが……。
可愛い、上目遣いが……。
“媚”になってしまっている。
俺に媚なんか売るなよ! 媚びるなよ!
くっ……。
「晴華ぁ、久しぶりぃ。ありがとう」
「かず……、ま、まひるの言った通りね。お客さんいっぱい、凄い。外のお花も凄いね」
「うん。ほんと、ありがたいわ。感謝してるの。晴華、帰りにお花持って帰ってね」
「え? いいの? ホントに?」
「うん。お姉さん達も、持って帰るのよ。だって、誕生日は今日だけだもの。お花は、まだまだ咲けるのよ。長生きさせてあげて」
「うん。わかったぁ。ありがとう!」
晴華ぁ。素直だよなぁ。
お前を見ているだけで、俺の周りは「お花畑」になってしまうぜぇ。
「はんっ! 絞まりのない顔しちゃってさぁ。見てられないわねぇ」
「言っとけ!」
俺は晴華から、目が離せなかった。
俺たちは、まるで空白の時間を埋めるように……喋り捲くった。
楽しかったぞぉ!
晴華の顔がどんどん変わっていくんだ。
明るく、朗らかに変わっていくんだ。
よかった。あんなふうに……、俺を見てはいけない。
機嫌をとるように、俺と接してはいけない。
そうさせていたのは、俺だけど……。
「ごめん。私、ちょっとお手洗い」
「「うん。いってらっしゃ~い」」
晴華が席を立つとすぐさま、俺と彩は顔を付き合わせた。
「お前な~! いらん、お節介やいてんじゃねぇぞぉ!」
「あ~ら。そんなこと言われる筋合いはないわぁ。鼻の下デレ~と伸ばしてたのは誰かしらぁ?」
「鼻……。な、なに言ってんだぁ? 俺がいつ鼻の下伸ばしたんだよ!」
「鏡でもみたらぁ~? 鼻の下が床に引きずってるわよぉ~。お~っほっほっほっほ」
かぁ~! ムカつくぅ~!
「いい加減にしろよぉ~!」
拳を握る手に、力が入る。
「おまたせ~。ちょっとね、長尾くんとお話してたの」
晴華が戻ってきた。
「「おかえり~」」
「なに? また、喧嘩してたの?」
「「そ、そんなことないわよぉ。ねぇ~」」
俺と彩はテーブルの下で蹴り合いながら、笑顔を作った。
「最近、私とまひるは仲がいいのよぉ。ねぇ、まひるぅ」
「そ、そうよぉ。だってぇ、私たち幼馴染だもんねぇ」
彩と俺は顔を引きつらせながら、笑顔で答える。
「この間もさぁ~。秘密を打ち明けてくれた……痛ったぁ!」
「まあ! 彩ちゃん、どうしたのぉ!」
「アンタの足が、私の足の上に乗ってんのよ!」
「へっ? あ~ら、気がつかなかったわぁ~。ごめんなさいねぇ」
「アンタねぇ~!!!」
「どうしたのよぉ、二人共ぉ!」
晴華が慌てて立ち上がった。
ちっ! ここまでだ、覚えてろよ。彩!
そして、閉店間際までいた晴華と彩をエレベーターまで送った。
長尾が晴華を楽しませながら前を歩いてる。
「ねぇ、加州雄」
「なんだよ!」
「一々、突っ掛からないでよ……。ゲリラ……、悪く思わないでよ」
「あ、あぁ、そうだな。礼、言うべき……だな」
「そんなの、いらない。ただ……」
「ただ?」
「男とか、女とかじゃなくて……
人として……
人を、傷つけないで……」
そう言って、俺を見上げる……。
彩のデッカイ瞳が……、潤んでいた。




