41.花と俺。
『イベントなんて知らないよ。アイツの誕生日は皆に宣伝してあるから、イベントみたいなもんだけどさ』
やっぱり……。あのバカ!
自分のことばっかり考えて……晴華の気持ちなんか、ちっとも分かってない。
会わなくなったら自然消滅するとでも思ってんのかね?
お互い中学から好き同士で……。まぁ、その事をお互い知らなかったんだけどね。
だけど、ずっと会ってなかったにもかかわらず今の、今まで好きだったくせに。
会わないだけで消滅するくらいなら、とっくに消えてるよアンタなんか。
晴華の心の中から……。
そうじゃないから、今なのに……。ったく、分かってないんだから。
『そうよねぇ~。アイツの誕生日だからイベントみたいなもんって、聞き間違えてのかもぉ』
『きっとそうだよ。で? やんの? サプライズ』
『うん。おもしろそうじゃない?』
『いいよ。俺も混ぜてくれるよね?』
『当然よぉ。長尾がキーマンなんだからぁ』
『そ、そうなのかぁ? 彩ちゃんに言われると、メチャうれしいなぁ』
『だから。さっき言ってたように、予約しといてくれる?』
『いいよ。任せといて、いい席とっとくよ』
『ありがとう! 感謝するわぁ』
『で、プレゼントとかは? 決まってんの? 俺、準備しようか?』
『それは大丈夫。もう決まってるから』
『へ~。ちなみに、何? 教えてくれる?』
『晴華よ』
『へっ? 晴華ちゃん? なんで?』
『あの二人、最近会ってないのよねぇ。加州雄のバカがバイトばっかして、何考えてんのか……』
何考えてるのかは、手に取るように分かる。
私を見くびるんじゃないわよ。
『そうなんだぁ。で、キューピットってか? 優しいなぁ。彩ちゃんはぁ』
『ま、そんなとこね。加州雄のバカのことはどうでもいいけど。晴華が可哀そうでさ』
『そうだよなぁ。女を待たす男はダメだよね。彩ちゃん』
『まっ。人によりけりだけどね』
『そ、そうだよね。よりけりだよね。彩ちゃん』
『とにかく、加州雄にはバレないようにお願いね』
『承知! だけど、バカだよなアイツも。会えなくて自棄になるんだったら、会えばいいのに』
『何のこと?』
『え? 晴華ちゃんと会えないから自棄になってんじゃないの? アイツ』
『ヤケって?』
『アイツ。毎日、ぐでんぐでんに酔っ払ってさ。最近、変だなって思ってたんだよ』
なんですってぇ? 毎日、酔っ払ってるですってぇ?
自分で勝手に晴華を遠ざけておいて、自分はヤケ酒くらってるってかぁ?
はっ! まったく、呆れてものが言えないわ。
待ってなさい! 加州雄。
思い知らせてやるからね!
9月14日__。
「ふぇ~。たまんねぇな……この暑さ。30℃超えてるじゃないのかぁ~」
「もう、9月の半ばだぜ。さすがにそれはないだろ。お前、髪切れよ。ちょっとはマシになるんじゃないか?」
「ば~か。これは俺の商売道具だ。ここまでするのに大変だったんだから、簡単に切れるか!」
「だよな~! 去年の大学祭。驚いたもんな~! いや~。参った参った。俺はお前に惚れちまうかと思ったよ」
「はっ! 言っとけ。俺は男に興味はない。それに純愛なんだ」
「晴華ちゃ~ん!! ってか?」
「うるせーよ!」
今日は俺の誕生日だ。
昨日、店の予約表を見てみたら、結構な組数が書いてあった。
頑張るぞ~! 今日はチップも期待できそうだしなぁ~。
いつ稼ぐ? 今でしょ!
「なぁ、カズオぉ。最近、晴華ちゃんと会ってんの?」
「え? なんでだ?」
「い、いや。お前バイトばっかしてるしさ。い、今『純愛』って言ってたじゃん」
「あぁ、そうだな。あんまり……会ってない。ってか、2ヶ月くらい……」
「えっ? 2ヶ月ぅ~? なんでぇ? 何で、そんなことになってんだよ」
「う……ん」
俺も、分かんなくなってきた。何で晴華を遠ざけてるのか。
こんな事、意味ないよな。
「長尾……」
「なんだぁ?」
「実は、俺さぁ……」
「ん? 実は?」
コイツはいい奴だ。
それに男だし……は関係ないか、ゲイバーのバイトも一緒だし、お姉さん達の事情とかも知ってる。
だからって、お姉さんの誰々がゲイとかなんとか一切口にしたことはない。
今、俺がコイツにカミングアウトしたって……。
そりゃぁ、最初は驚くだろうけどさ。
コイツなりに、上手く消化してくれるんじゃないかなって思うんだけど。
でも、俺がやろうとしてることは、晴華に言う前に一人でも多くの味方をつくっておこうって、セコい考えからなんだよな。
だけど、俺が俺の秘密をひとつでもコイツに渡してしまったら、俺の人生にコイツを巻き込んでしまうかも知れない。なんか、そんな風に考えてしまうんだよ。
家族は仕方ないとして、彩を巻き込んだ。
で、長尾……か? 次に、晴華?
ああぁ。わかんないよぉ。
「何だよ。カズオぉ。何か、言いかけてやめるなよ。気持ち悪いじゃんかぁ」
「すまん。何でもないんだ」
「なんだよぉ……。気になるなぁ」
「何でもないってんだろ。さ、行くぞ。きょうも稼ぐぞ~」
「はぁ~? 何、言ってんだかぁ」
「いらっしゃいませぇ~!」
「まひる。誕生日おめでとう!」
「きゃ~。レイちゃんもマコちゃんも来てくれたんだぁ。ありがとう」
「あたりまえよぉ。私達、まひるのファンなんだからぁ。はい、コレ」
「うわ~! 綺麗なお花ぁ。ありがとう!」
「いらっしゃいませぇ~!」
「カズぅ~。おめでとう!」
「沙也加さん! わぁ、きてくれたんだぁ。嬉しい!」
「あたりまえよぉ。私はカズのファン第1号よ。絶対、お持ち帰りするんだからぁ」
「アハ、沙也加はそればっかりぃ。まひる、おめでと」
「ありがとう。美香さん、ゆっくりしていってねぇ」
「木下さぁん。大きなお花ありがとう。まひる幸せぇ♡」
「おお、まひる。すごい花だな。通路が花だらけじゃないか。ママの誕生日も凄かったが、まひるもたいしたもんだ」
「ありがとうございます」
綺麗な花を抱えて、お客が次々と来店してくる。
長尾と店に着いた時、俺達はビックリした。
エレベーターから店の入り口までズラッと並んだ、花、花、花。
プレートには“「美無麗。まひるさんへ。お誕生日おめでとう」って書いてある。
「ひゃ~! すっげぇなぁ。カズオぉ!」
「お、おお……」
さすがに、反応に困る。
全部、俺宛て?
「なんか、芸能人みたいじゃね? ケイズの方でも誰かの誕生日パーティやってたけど、ここまでじゃなかったねぇ」
「そ、そうか?」
す、凄すぎる。
いつのまに、こんなことになってんだぁ?
俺一人の誕生日に、こんなに……。
「しあわせ……。まひる」
「げっ。いきなり、まひるモードかよぉ。まぁ、分からんでもないがな」
「私ひとりに、こんなに……。お花屋さん、大変だったわね」
「そっちかよぉ。何軒もあるんだから大丈夫だって。って、そんな事どうでもいいじゃん。早く店入ろうぜ」
「ええ」
「だから。やめろって、俺といる時はカズオでいろって」
「なんで? まひるはイヤなの?」
「……殴るぞ」
そうか……。長尾はイヤなんだ。知らなかった。
危うく、カミングアウトしそうになったな。
しばらく、保留だ。アブナイ、アブナイ。
一回目のショータイムが終わった。
俺は、花やプレゼントのお礼に各テーブルを回る。
ありがとう。ありがとう。ありがとう。
こんなに幸せなのは、私がゲイバーに勤めているから?
そうよね、最初から女だったらここでバイトすることもないし、女装コンテストに出ることもない。
普通に女の子で、コンテストを見る側、客席に座ってる側。
この人達にとって、私はあくまで“綺麗な男”なのよ。
他のお姉さん達もそう。
心は真面目に、真剣に女なのに……、お客にとっては究極は男なのよね。
だからなのかしら? ショータイムがあるのは?
キャバや、スナック、ラウンジ……。女性がメインの店では“女”ってだけで客が来るもの。
可愛い女の子や、綺麗な人に入れあげて金を使い捲くるオッサンなんかもいる。
だけど、私たちには、少なくともこの店のお客にはそんな人はいない。
あくまで“男”なのよ。
私を女として見ている人がこの中に、どれ程いるのかしら?
私を女として……。
愛してくれる人がいるのかしら……。




