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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
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4.彷徨ひて……見つけし場所

 

 晴華が、突然俺の前から走り去ってから……2週間が過ぎた。

 

 あの日の夜、俺は夢を見た__。

 晴華が去って行く__。

 何度も何度も、晴華のうしろ姿に向かって叫ぶ……。

 晴華の名前を叫ぶ俺の声が、響き渡っている。

 そして……ああ、これは夢なんだと確信したときに……目が覚めた。

 当然、それは夢であって、全てが現実だった。

 

 この2週間……俺は、じっとしていた訳ではない。

 彼女に電話も掛けたし、メールも送った。

 しかし、電話には出て貰えずメールの返事はこなかった。

 そして、自分が段々臆病になっていくのがわかるんだよな。

 これ以上嫌われたくないって……。

 しつこいって思われたくないって……。

 

 俺……嫌われたのか? 俺が何したっていうんだよ。

 女装のバイト辞めてれっきとした男に戻るって、宣言しただけじゃないか……それが、ダメだったのか?

 それとも、あの流れで告白しようとしたのがいけなかったのか?

 それとも……、もっと前に失敗してたのか? 俺は……。

 もしそうなら、いつなんだ? どのタイミングなんだよぉ。

 もう、訳が分かんないよぉ! 誰か教えてくれよぉ! 

 あのバイトを辞めるのは……俺にとって……俺にとって……チキショー!!

 

 まぁ。どのみち大学受験があるから、バイトは当分休まなければならなかった訳だし。

 受験といっても推薦で入るのだから、簡単な試験があるだけ。

 晴華に再会()った時は、既に進学も決まっていた。

 楽して大学に入る為、エスカレート式の今の高校を選んだ。

 学費は他の学校より、かなりお高い。なので、俺はバイトする事を余儀なくされている。当然だな。

 

 頭を使うか、身体を使うか……俺は身体を使う方を選んだ。

 世間の受験生が頭を使って、教科書や参考書に噛り付いて問題集なんかに取り組んでいる時、俺は身体を使って金を稼ぎまくっていた訳だな。

 あのバイトは、女装する事を気にしないでさえいれば、割りの良い仕事だ。

 てっとり早く金を稼ぐには、最高のバイトだったんだ。

 クソッ、今さら戻れやしないし……。

 俺だって戻りたくない……、別にあのバイトがどうのって訳じゃないけど……。

 なんだか、俺はその気になれなかった。

 

 

 春が来て、晴華に会えないまま、俺は大学生になった。一応な。

 

 

 取り敢えず俺はバーテンのバイトに在りついた。

 女装のバイト代と比べると溜息が出るほど少なかったが、そんな事も言ってられない。

 俺には生活が掛かっているんだからな。

 案外、早く見つかって良かったとさえ思っている。

 あっちのバイトも似たものだけど、何せ男として働くのが初めてなんだなぁ。

 ま、思ったよりは楽しくやっている。

 先輩にカクテルの作り方を教えて貰い、今ではシェーカーを振る姿もそれなりに様になってきた。

 結構、こういうとこ器用なんだな俺って。

 なんて、嬉しい発見であったりもする。

 

 客層はなかなか良い方だと思うぞ。

 ギャーギャー騒ぐような客もいないし。かと言って、紳士・淑女っていうようなお堅い感じでもない。

 程よく飲んで、程よく遊ぶって感じかな。

 俺はバイトの中でも一番年下だから、可愛がって貰ってる。

 特に女性客に人気があるみたいだ。

 

「カズぅ~。いつものお願いね~」

「カズオぉ~。こっち向いてぇ~」

「腹か立つくらい綺麗な顔してるんだから~。好きよ♡カズオ」

「カズぅ。握手して~!」

 

 まっ、こんな感じかな。

 勿論、悪い気はしない。どっちかって言うといい気分に決まってる。

 俺はカウンターに立つ時は男化粧をするようにしている。

 伊達に女装のバイトしていた訳じゃあないぜ。

 キラキラお目々から、キリッと男らしい涼しげな目元まで、自由自在さ。

 眉毛も濃くなく薄くなく、太くなく細くなく。

 一般的に高感度の高い形を、チョイスしている。

 そして、アイラインだ。睫毛の根元に細い線を描いていく。アイラインを引いていることがバレないように。バレれば興醒めもいいとこ。あくまでも睫毛の濃さをアピるんだ。

 

 それだけで、涼しげなキリッとした男らしい眼の出来あがり。

 このラインを描くのに、最初1時間くらい掛かっていたが今では15分くらいで描けるようになった。

 この事はバイト仲間には秘密だ。絶対、言わない。

 企業秘密、営業戦略とでもいうか……仮面だな。

 ファンデーション一塗りで……違う人格になれる仮面……みたいな。

 

 まぁ。そのお陰で俺は、女性客と気軽に会話する事ができる。

 たまに手を振ってくる客に、ウィンクなんて芸当でさえ遣って退けることができるんだ。

 

 この店に来て約2ヶ月……正直、もう限界か……。

 身体の底に、どんよりとしたフラストレーションが溜まりつつあるのを感じる。

 

 そんなある日、前のバイト先から連絡がきた。

 元締めの純子姉さんのメールには、

 

『助けて~! カズオちゃ~ん。あなただけが頼りなの。今度、大口のイベントが入ってウチのチームと幸子のチームで請け負うことになったのぉ~。このイベントに成功すればこの業界で私達の格も上るっていうぐらいの仕事なの~! 今、人を掻き集めてる最中。お願い! カズオちゃん。あなたのその美貌を私に貸してくれないかしら?』

 

 だと。へっ、また女装かよ。やっと足抜けできたっていうのに、今更……。

 かといって、こんなに必死で頼んできてるのを無下にもできないよなぁ。

 純子さんかぁ~、随分と世話になったしなぁ~。 

 そうだ! 今のバイトのシフトが入ってなかったら行くって事でさ。

 そうすりゃ断るにも、ちょっとは柔らか味がつくだろうし、相手も察してくれるかもな。

 俺はやんわりと断る為に、取り敢えずシフト云々かんぬんのメールを送信しておいた。

 よしっこれで良しっと。

 

「お~い! 加州雄~! もうすぐ10時だからゴミ出ししておいてくれや~!」

「は~い! やっときま~す」

 

 カンウンターの中でグラスを磨いてると、チーフが厨房から叫んだ。

 おっと、もうそんな時間か……。

 厨房とカウンターの下、あとトイレのゴミっと……ああ、灰皿灰皿。

 店中のゴミを集めて回った俺は、裏道に続く階段を上っていった。

 両手に一杯のゴミ袋を持って外へでると、煌びやかな夜の街が夜空を照らしている。

 この街はいつ眠りにつくんだろう……着飾った女達が通り過ぎる男に声を掛けている。

 男は嬉しそうな顔をしているが、首を横に振りながら……家路に着いたのだろう、早足にその場から離れていった。声を掛けていた女の1人が中指を立てて何やら叫んでいる。

 掌を返すってこの事だな……などと思いながら、ゴミ袋を店の路地裏の大きなゴミ箱に突っ込んだ。

 

「あ~! もう少しで上がりかぁ~」

 

 俺は少し歩道に出て、腕を挙げ身体を伸ばした。

 今日は平日、それにしては人が多いな。

 行き往く人達を、ただぼんやりと眺めていたら、目の前に淡く輝く光が見えた。

 あっ! 晴華!

 歩道の向こう側に女友達と歩いている。

 おい! こんな時間に何やってんだよ。こんなとこで! 男に声なんか掛けられたらどうすんだよ。

 俺の心が急にヤキモキしだした。

 道路を渡って……と、ガードレールに手を掛けたとき、晴華の悲しそうな顔が浮かんだ。

 途端に、俺は動けなくなってしまった。

 はぁ~。

 溜息を吐くと、身体の力が抜けてしまった。

 晴華がいるところが、ポッと光って見えたのが俺にとって良かったのか、悪かったのか……。

 単なる、俺の未練がさせる仕業なのか……。


 そんな事を考えながら、ヨロヨロと店に戻るといつもの女性客達が、俺のことを待っていてくれた 。

 

「もう~! 遅い~! カズぅ~沙也加、寂しかったぁ」

「ああぁ、すみません。ちょっと手間取っちゃって」

「バツだぁ~!! 今日はカズを酔わすぞぉ~」

「「「賛成!! 賛成!!」」」

「私ぃ~。カズをお持ち帰りするんだぁ~」

「あー!! ズルイ~。私も~」

「私も~」

「ハハハハハ。勘弁してくださいよ~。俺、まだ未成年だし酒飲めないっスよ」

「ダーメ! マスター! カズにコレとおんなじヤツ~!!」

 

 マスターは困ったような顔をしながら、結局バーボンのロックを俺の前に置いてウィンクした。

 おいおい、オッサンよぉ。口元、笑ってっぞ!

 

 酒を飲んだ事がないと言えば、嘘になる。

 コンパニオンのバイトの時なんか、ガンガン飲んでた方だ。っていうか、飲まなきゃやってられないってんだよ。

 酒臭いオヤジが、擦り寄ってきて『まひるちゅあ~ん』って、言いながら身体を撫で回しやがる。

 うううっ……思い出したら鳥肌が……。

 あっ、『まひる』って言うのは俺の源氏名。

 明るくて清楚な感じだろ? 好きなんだよな清楚って。

 晴華のイメージなんだけど……は、おいといて。クゥン。

 

 その晩、俺はロックを2杯と水割りを3杯飲み干した。までは覚えている。

 久しぶりの酒だったこともあったせいか、かなり酔っ払ってしまった。

 常連のお客さん達が、俺に何か言いながら楽しそうにしている。が、何も分らない。

 マスターもチーフもバイトの先輩たちも何だか楽しそうに笑っている。

 俺も俺なりに楽しかった……と思う。

 だけど、全部が無声映画をみているようだった。

 

 

 翌日、頭の天辺直径10cmの範囲に重いものが乗せられ、そこを中心に2秒間隔でそのぐるりを、何かでぶっ叩かれているような頭痛と共に目覚めた。そのガンガンする痛みは、ご丁寧に俺の頭の中の隅々まで移動しながら燥ぎまくっている。

 それに伴う吐き気は、半日以上収まることがなかったが、それらを除けば何か失敗をしでかしたようでもなかった。

 

 バイトの先輩が言うには、なんと俺はボトル1本空けてしまったそうだ。

 それを見ていた女客達が、俺にもっと飲ませようとしてボトルキープしだしたそうな。

 マスターが『よくやった』と言わんばかりに、笑顔で缶コーヒーを奢ってくれる。

 どうせなら、俺としてはスポーツドリンクの方が良かったんだが……。

 

 酔っ払った俺は、服を脱ぎかけたとか(俺は露出狂か?)女性客一人一人に抱きついては“愛してる。絶対に君を離さない”とか"生まれ変わってくる時間がズレただけだ、前世で君と僕は恋人同士だったんだ“とか”いつになったら僕の眼差しに気がついてくれるの“とか言いながら、キスしまくっていたらしい。

 

 ……言わない。そんな事口が裂けても、絶対言わん!!

 シラフでは……な。

 

『お陰で、お姉さま達は大興奮よ。キャーキャーお前の名前を連呼してよ、ちょっとでもお前に触ろうとしてたな。大盛り上がりさ。お前、結構いい芸持ってんのな。面白かったよ。見応えあったぜ』

 

 あと、泥酔状態の俺を連れて帰ろうとした沙也加さんから俺を取り戻すのに苦労したとか……。

 良かった。貞操は守られた__。 

 そしてチーフが言った。

 

『俺は、あのオネェ言葉にそそられたねぇ~』

 

 褒めてねぇよ!! 

 

 

 それから2~3日経ってから、純子さんから電話が掛かってきた。

 俺がメールで事を済まそうとしていたセコい企みは、純子さんの直電で消滅してしまった。

 

『こんな大切な事メールなんかで済まされちゃ、たまんないわ!』

 

 と、痛いところを突かれ、泣く泣くOKする羽目になってしまった。

 あ~。やられたよぉ。さすが純子さんだよなぁ。俺の考える事なんかお見通しってかぁ?

 

 と言う訳で、俺はコンパニオンのバイトに来たのだ。

 

「ちわーっす! 純子さ~ん。家に帰ってる時間なかったんで、ここで化粧していいっすかぁ~?」

「いらっしゃ~い。カズオちゃん嬉しいわ、また一緒に仕事できるなんて。そこにある道具何でも使って~」

「うぃっす」

「今、衣装合わせしてるから~。楽しみにしていて~。今日はカズオちゃんに取って置きの衣装があるから~」

 

 はいはい……アリガトウさんでございますっと。

 おっ! 新しいチーク入ってんじゃん。やっぱ純子さんのアイテムは充実してんなぁ。

 おお! このホワイト使いこなしてんのかよぉ。

 おおお! このペンシル使いやすいんだよなぁ……って、何テンション上がってんだよ俺は!

 さっさと化粧しよっと……。

 

 女装の化粧には時間が掛かる。まっ当然だろ。

 俺はだいたい1時間をメドに仕上げるようにしている。あんまり時間をかけてもせっかく描いた線を潰してしまうことがあるからだ。

 それに、此処だと落ち着いてメイクする事が出来る。

 

「できたぁ~? カズオちゃん。んまぁ~!! 最高よ!! ステキ!! やっぱり私が、見込んだだけあるわね~。うふ♡ 今日の衣装はこれよ。さっ、早く着て見せて!」

 

 へいへい。ラジャー! ですよ。

 俺は純子さんに手渡された衣装を身に着けた。

 おっ! これは上物だぜ。シースルーの手触りがシカシカしない。

 スカートのギャザーも凄く細かく摘んであって……前に見た映画のラストシーンを思い出す。

 恋人同士がルンバを踊るんだ。

 練習の時一度も成功しなかったリフトが決まった時、鳥肌もんだったよなぁ。

 あの時、女の人が着ていたワンピースドレスのスカートの裾の滑らかな動きが、綺麗だったのを今でも鮮明に覚えている。

 女の人が足を上げて後ろに倒れる時、男の人が全力で支える。

 あの恋人同士の信頼関係に、心底感動したもんだ。

 

「やっぱり~。カズオちゃん! ベリーグッドよぉ~!! さぁ、鏡を見てみて自分でも惚れ惚れするわよぉ~!」

 

 俺は純子さんに促されて鏡の前に立った。

 おお! 決まってるじゃん。

 鏡の中の自分を見た俺は……大満足!!

 上から下まで、じっくり眺めた……すると……。

 

 え? 何だ? どうしたんだ?

 何故か、目から涙が零れた。

 訳が分からないまま、急に恥ずかしくなってきた俺は、拳を握り締めて下を向いた。

 だが、何故か涙が止まらない……。

 

 チキショー!! 何でなんだよ! 何で俺は泣いてんだよ!

 

 すると、絶世のニューハーフ美女の純子さんが俺の肩に手を置いて……言った。

 

 

「諦めなさい……カズオちゃん。あなたは、こちら側の人間なんだから……」

 


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