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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
39/146

39.ある午後の悲劇(別話)

 

 或る、夏の日の午後。


 暑い……。

 いつのまにか、エアコンのタイマーが切れていた。


 私はゆらりと起き上がり、ベッドのそばの窓を開ける。

 涼しい風が、部屋にこもった生暖かい空気を入れ替えてくれる。


 出かける前に、シャワーを浴びよう。

 汗ばんだ身体をスッキリさせて、お気に入りの服に着替えよう。


 シャワーを少し低めの温度に調節すると、体温の方が高かったのか水が冷たく感じる。

 もう、すっかり目が覚めた。さっきまでボーっとしていた頭も冴えてきた。

 身体にバスタオルを巻いたまま、鏡の前に座り。

 夕べ、念入りにお手入れした肌の仕上がりを確認する。


 うん。カンペキ♡


 昨日、ムダ毛の処理をした。垢スリもしたおかげで、身体中がツルッツル。

 いつもより時間をかけてボディクリーム塗りこんだから、ふわふわの肌になっている。


 最近、日焼けが凄く気になるの。日焼けはイヤ……。

 アレルギーなのかな? 肌がカサカサになってしまうの。

 UVクリームも、ちゃんと説明書を読まなければ効果がないって聞いたわ。

 だから私は隅々まで、ちゃんと読んで正しい使い方を得とくしたわ。何でも聞いていいわよ。


 あっ。しまった、爪のお手入れを忘れているわ。甘皮が……。


 私は少量の爪用クリームを、爪の一つ一つに乗せクルクルと円を描くようにマッサージした。


 よし。これでいい。

 今日は、マスカラを買いに行くの。今、女の子達の話題のアイテムよ。

 もうひとつ、まつ毛にボリュームがないのよね。

 エクステも考えたんだけど……。

 お姉さま達のまつ毛エクステが日毎、すきっ歯みたくなっていくの。

 私はあんなのヤダ! 面倒だけど、つけまつ毛かマスカラで頑張ってみせるわ。

 私は努力の人だもの。うん。


 そうそう。夕べ、足のムダ毛処理をしていたら……。細くて長~いスネ毛を一本見つけたの。

 測ってみたら4cmもあるんだもの、ビックリしたわ。

 何で、今まで気がつかなかったのかしら? きっと、あまりに細すぎたのね。

 頑張ってここまで伸びたご褒美に今回は剃らないでおいた。

 ”エリザベート“って、名前もつけてあげたの。

 次回の処理の時まで、おとなしくしているのよ。間違っても自己主張なんかしちゃダメよ。

 自己主張なんかして、いきなり太くなったら即詰みなんだからぁ。


 あら、もうこんな時間。さあ、出かけようっと。


 今日はいい天気。だけど、日差しが強すぎる……。

 日陰をさがして……。逃げるように、地下鉄の入り口まで走った。


 学校についても、構内の木陰の下を歩いていく。

 日傘があればなぁ。

 一度でいいから、メリーポピンズみたいな日傘をさしてみたい。


 パッパ~!

 クラクションの音……。

 振り返ると、2台の車がゆっくりと私の横を通り過ぎるところだった。

 車の窓から手を振る彼の顔を見た途端、私は呟く。


 あああ。もう、私の時間は終わったのね。


『お~い。カズオ~』


 彼はいつも、私をがっかりさせる……。キライなのよぉ、その名前。


『よ!』


 俺は手を上げて答えた。日陰の方の手だぞ。

 車の中を覗くと数人……。後続の車にも、同じくらいの人数が乗っていた。


『今から飯食いに行くんだけど、一緒に行こうぜぇ』

『こんな大勢で?』

『あ~。さっきまで、サッカーの試合やってたんだ。って言っても仲間うちだけどな』

『そうなのかぁ。でも、俺は飯はいいよ』


 俺がそう言うと、周りの奴らが、


『来いよ、吉村。たまには一緒に飯食おうぜ』

『そうだよぉ。来いよ』

『話ぐらいさせてくれよ。チャンピオン』


 って、声をかけてきた。


『やめろよ。いつの事だよ』


 何だか、セクハラにあった気分だ。

 こんな、むさ苦しい奴らと飯? 冗談じゃない。

 遠慮しま~す。


 俺が、愛想笑いをしてその場を立ち去ろうとすると、長尾が車から降りてきた。

 降りてくるなよ。俺はいかねぇぞ。


『なんだよ。いいって、俺は』

『そんなこと言うなよぉ。コミュニケーションは大事だぞ』


 と言いながら肩をくんできた。

 そして、俺に耳打ちする。


『店の客になるかも知れないんだから、協力しろよ』

『おま……。なに、言って……』

『吉村も行くってさぁ~』

『ちょっと待てよ! 俺は何も言ってな……』


 無理矢理、車に連れ込まれた。


 なんだ? この陵辱された気分は……。

 さっきまでの浮かれ気分が一転して、最悪の気分になってきた。

 車の中には、汗の臭いが充満している。


 うぇ~。ちょっとぉ、やめてよねぇ。

 私は昨夜から念入りに肌のお手入れして、今日はお気に入りのフレグランスを……。


『おっ。いい匂いすんなぁ。吉村が乗ったとたん車の中が、まるで天国になったぜ』


 はっ! いっとけ。俺は地獄に突き落とされた気分だよ。


『う~ん。女の匂いだぁ~』

『石鹸の匂いだよ。カズオはいつも、この匂いだ』

『なんだよぉ。お前らできてんのかぁ?』

『ちぇ~。バレちゃったよぉ。実は、そうなのお~』


 長尾がふざけて、身体をしならせた。

 俺も合わせて笑う……。ゲロゲロ~。


『けど、長尾。お前サッカーなんて、やってたの』

『まぁな。ちょっとだけな。彩ちゃんがサッカー好きだって言ってたから。もしかして、俺のプレイを見る機会があるかも知れないし。練習しとこうって思ってさ』


 長尾……。お前は……、立派だぞ。泣けてくるぜ。

 お前のそういうとこ……恐れ入るよ。

 イヤ~。感服。感服。


 彩ねぇ。

 アイツは相変わらず、何だかんだと麻由とつるんでは俺にちょっかいをかけてきている。

 麻由のことを考えると、それはそれでありがたい。楽しそうだからな。

 カミングアウトした時のピリピリとした感じも、最近は薄れてきている。


『おい! 着いたぞ。ここのバイキングだ』


 車が駐車場に入っていく……ここは?

 俺は車を降りたとたん逃げ出しそうになった。


 ”スーパー銭湯。ゆとり湯“


 はい~? 銭湯じゃんかぁ! 

 まさか、風呂に入るってかぁ? じょ、冗談じゃない。なんで俺がこいつらと一緒に風呂にはいらなきゃならないんだぁ?


 俺は車に戻った。


『おい、カズオ。何やってんだよ。行くぞ』

『いや……。お、俺……いいわ』


 そう言いながら、助手席のシートにしがみつた。

 あ……。血の気が……。眩暈がしてきた。


『何やってんだよ。腹へってんだから、早く!』


 長尾が俺の腕を引っ張る。


『俺、食いたくないし……。な、なんか車に酔ったみたい……』

『だったら、よけいに車から降りて冷たい風に当たらなきゃ』


 ぐいっと腕を引っ張られ、いとも簡単に車から下ろされてしまった。

 駐車場にたたずむ俺に“銭湯”の文字が襲いかかって来そうな気がした。


 ギャー!! イヤだぁー!! 助けてくれー!!!


 俺は突然、走り出した。

 長尾が俺に向かって叫んでいる。


『お~い。カズオ~! 吐くんだったら、トイレはこっちだぁ~』


 違う! 俺は吐きに行くんじゃない。逃げてるんだぁ!

 すると、前方にいた奴が俺の前に立ちはだかった。


『吉村、大丈夫か? 顔色が悪いぞ』


 体つきのガッチリした奴が、俺の脇に手をいれ身体を支えるようにして歩き出した。


 は、離せ! その手を離してくれ~。

 俺は、自分の非力を恨んだ。

 そいつが俺に、優しく語り掛ける。


『トイレはあっちだって。しっかりしろ、まだ吐くなよ』


 だから、吐かないってぇの~。

 吐かない……。吐かない……。吐かないぃ……吐きます。

 吐きます。全部、吐きますからぁ。刑事さん許して下さいぃ~。


 有無を言わさずトイレに連れて行かれた俺は、仕方なく個室に入り「げぇ、げぇ」と吐くまねをするハメになった。

 個室から出てくると、心配そうな顔をした友人が俺を迎えてくれる。


『大丈夫か?』


 ありがとう。嬉しいよ。俺はいい友人を持った。感謝する。

 だけど、ここまででいい。もうたくさんだ……。許してくれ、お願いだ。


 しかし、その願いは聞き届けられず……。


 俺は、湯船に浸かる。像の大群を目にすることになった。


 ぁ、あ、ああ……、壊れていく……。俺の……心が。

 長尾……頼むから、振り向かないでくれ。

 見たくない……。見せないでくれ。


 そして、長尾は笑顔で振り向いた。


『行こうぜ。カズオ!』


 しかし、俺にはこう聞こえた。


 “パオ~!!”







大変申し訳ないですが。明日(19日)の更新をお休みします。


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