38.消滅……。そして、決心。
あの地下鉄の日から2週間後、俺は晴華と久しぶりにデートした。
『加州雄ぉ。こっち』
『晴華。待ったか?』
『ううん。さっき来たとこよ』
駅のターミナルの噴水の前……。
待ち合わせしている人達が、噴水の周りに散在している。
『あ、加州雄。今日は加州雄なのね』
『ああ、今日はバイト休みだし……』
『そうなんだ。休みなんだ……』
今日の俺は女装していない。ビシバシの男だ。
晴華……。
あの日から、初めて見る晴華が別人のように見える。
こんなに近くにいるのに、なぜか遠くに感じるんだ。
晴華の顔を見るたびに込み上げて来る喜びや、照れくささや、ワクワク、どきどきが……感じられない。
晴華を思う気持ちは何も変わっていないのに……。
いつものように、俺の心が跳ね回ることはなかった。
晴華は俺が女装している時は、腕を絡めて来る。
男の格好の時は、相変わらずよそよそしいのにな。
だから俺は、わざと女装してくる。
「え~! 今日、バイトなのぉ? ゲーセン行こうって約束してたじゃ~ん!」
「へへっ。違うよ~。驚かせてみたの。今日はまひるよ」
「もう! 加州雄ったら~」
って言いながら、いつも晴華は笑いながら俺の腕にしがみついてくるんだ。
その瞬間が、俺にとって最高の時。心ときめく時だったんだ。
だけど今日、俺はあえて男の姿で来た。
デートコースはお決まりの、ゲーセンコース。
別々の麻雀ゲーム機の前で、まずは半荘3回。
『ここんとこ全然打ってないから、調子がでないな~。加州雄の方はどう?』
『今んとこ。トップ2回だよん』
『マジで~。いいなぁ』
『頑張れよ。晴華』
『うん、頑張る』
ニコッと微笑んでゲーム機に向かう彼女の横顔を眺めながら、心静かな自分に少し驚く。
相変わらず可愛いな、晴華。
でも……。
あまりいい成績が出せない晴華は、ションボリして
『これ以上続けても、きっとダメだわ。今日はこの辺で引き上げましょう』
と、泣きそうな声を出した。
『いいのか? 俺はつきあってやるぞ』
『ううん。もう、いいの……』
『ったく……。ホラ』
俺は晴華に手を差し伸べた。
晴華が俺の手を掴んで立ち上がる。
俺たちは手を繋いまま、ゲーセンの中を見て回った。
UFOキャッチャー、ガチャガチャ、コインゲーム……。
楽しかったぞ。
だけど、晴華が遠いんだ。
傍にいるのに……、いないんだ。
『飯、食うか?』
『うん。お腹空いたね』
『ああ、何がいい?』
『あの定食屋さんでいいよ』
『お前、好きだな。あの店』
『だって……。二人席のテーブルが狭いから……』
『え? 何だって? 聞こえない』
『なんもないよ。お味噌汁が美味しいって言ったの』
『そればっかじゃん』
『いいの。早く行こ』
『ああ……』
ゲームをしていたから、今は手を繋いでいない。
晴華は店に着くまで、俺に腕を絡ませてこなかった。
『……ふふ。でね、彩ったら酷いのよ。私の事を……』
『あははははは……何、バカやってんの』
『そうよねぇ……うふふふ……』
いつもの会話。可愛い晴華の声が、今日は一段と弾んで聞こえる。
だけど、俺はうわの空だった。
その証拠に俺は、この店に入ってからの会話を何一つ覚えていない。
俺の頭の中にあるのは、あの地下鉄での晴華の笑顔。
俺に向けられていない、彼女の笑顔。
なぁ~。晴華ぁ、アイツ誰なんだよぉ。
『加州雄……。今日、なんか元気ないね。どうしたの?』
『そうか? そんなことねぇよ……』
教えてくれよぉ。俺、焼きもち妬いてんだよぉ。
『そかな? ね、私が何か気に触ることした?』
『何言ってんだぁ? そんなことある筈ないじゃん』
したよ。俺以外の男といた。
『ほんとぉ~。気になるなぁ~』
『気にすんなよ……』
『う、うん……』
会話が途切れ……。俺たちは、ただ食事をした。
『あのね。麻雀……。プロになりたいって、両親に話したら反対されちゃった』
『そうなんだ。何でかな?』
『パパったら、女の子だから。って、訳のわからないこと言うのよ』
『ふ~ん。わかんねぇな』
『でしょ? ゲーム機にもチャイナドレスを着た女の人の写真。あるよね?』
『ああ、あるな』
『なのに……』
『……』
『……、加州雄?』
『ん? どうした?』
『う、ううん。なんでもない……』
俺たちは食事をすませ。しばらく町を、ぶらぶら歩き回って……。
俺は、晴華を家まで送った。
『じゃあな。また……』
『今度はいつ?』
『え?』
珍しいな。いつもなら頷いて手を振るか、「電話するね」とか「電話してね」って、玄関に入っていくのに……。
『いつ会うの?』
『何時って……。バイトの都合があるから、分かんねぇよ』
そっけなく答える俺に向かって、晴華がいきなり
『加州雄……。いつもの加州雄じゃない!』
『何言ってんだよ』
『だって、今日の加州雄……。私が話しかけても、ずっとうわの空で……。なんか、おいてけぼりになってるみたいで……。今日は何だか……ずっと、寂しかった』
そんなこと言うなよ。
決心が鈍るじゃん……。
『……』
『どうしたの? 何かあった?』
『何も、ないよ。俺、しばらく……続けてバイト入るから。ちょっと間……会えないや』
『え? 会えないって』
『バイトだよ、バイト。夏休み中は稼ぐことにしたんだ』
『でも、休みくらいは……』
『休まない。……ずっと』
晴華の言葉に被せて言った。
俺は寂しそうに家に入っていく晴華の後ろ姿を見送った。
それから二ヶ月……。晴華には会っていない。
晴華に言った通り、俺はバイトに明け暮れた。
晴華の家の前で、彼女を送った日以来……。
まるで、潮が引くように晴華への想いが冷めていく。
俺は、彼女と一緒にいることができない。
この考えが、俺の晴華への想いを冷蔵庫の中に隔離させた。
友達? そうだろうな、考えようによってはそれもいいかも知れない。
だが、そんな事は気持ちが切り替えられる人間がやればいい。
俺にはできない。心がせまいとか、子供とか、何と言われようができないものはできないんだ。
つき合っていた恋人同士が別れても「いい関係でいる」なんて話、よく聞くが。
俺はそんなことが、できない人間だと自分を悟ったんだ。
そんなものは詭弁だ。
お互いの主張が通らないから、性格が合わないとかなんとか言って……。
いいとこは認めるとか……。
結局、思い通りにならないところを切り捨てて、距離をおいて……。
相手の嫌な部分を素通りさせてるだけじゃないか。
関わりたくないから、被害を被らない距離に相手を遠ざけているに過ぎないんじゃないか?
はっ! ただのいいとこ取りじゃ~ん。
って思う。
あくまでも、俺の主観だぞ。
俺は別れた相手とは、多分……。会いたくないと思うだろう。
そりゃあ、未練くらいはあるだろうさ。
でも、別れるってことはそう言うものだと思う。
大人じゃないか?
いいさ。それが、俺だ。
晴華とは遠回りをしよう。
なんて……思っていたけど。それどころか……。
このまま、消滅してしまうかも知れない。
いいさ。それが、俺と晴華なら。それが、俺たちの縁だったのなら……。
自棄になってるか? そうかもしれない。
そして、俺は晴華と離れている時間の中で決心した。
性転換手術を受ける。
それには、金がいる。今以上に、働かなければならない。
俺はその目的に、意識を集中させる。
これが、俺の前向きなんだ。




