表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
37/146

37.夢の夢は、ただの夢。

『私の主人は、MTFなのよ』


 俺の頭の中に、この言葉がグルグル回っている。


 そんな……事って……。


 俺はフツウに驚いていた。

 言葉が出なかった。

 MTF歴、数年の俺の選択肢の中に「結婚」という文字がなかったからだ。

 できるのか? やれるのか? おい!


 いやいや、赤フチの場合は結婚後のことだ。

 俺の場合とは違う。


 俺は、今の自分をちゃんと認識しているし……。

 カミングアウトして、受け入れられてからでないと……。

 もしくは、黙って……。

 いやいや、それは相手を騙す事になってしまう。

 もし黙っていた事が、後々相手にバレたら……。

 それこそ人間関係まで破綻してしまう。


 ムリだ。

 もしその相手が晴華だったら……、俺は一生後悔することになるだろう。

 やはり、この項目は俺の選択肢から外しておこう。


 確かに、赤フチの話は衝撃的だった。

 こんな俺にも、微かな可能性が見えたと思えたくらいだ。

 が、今やその可能性は完全に閉ざされてしまった。


 病院を後にした俺は、バイトに向かうべく地下鉄に乗った。

 何を考えるでなく……ただ、ボーっと窓の外の暗闇を眺める。

 でも、頭の中には「結婚」の二文字が浮かんだり、消えたり……。


 はぁ~。何、重くなってんの? 俺は。

 バッカじゃねぇの?

 あ~。もう、あっちへ行け! 

 ブンブンと頭を振って、俺の脳を占領している二文字を弾き飛ばした。


 何気なく車両の中を見渡す。

 自然に子供連れに目がいく……。


 子供ねぇ……。

 たとえ女になっても、子供を生めない身体……。


 最近、結婚はしなくていいけど子供は欲しい。

 って言う女性が増えていると聞いた。

 何でだろ? それが、母性本能っていうものなのか?

 俺なんかには、ないのかな?


 子供は嫌いではない。

 可愛いと思うが、自分の子供なんて……。考えた事もない。

 結婚さえ考えていないのだから、当たり前と言えば当たり前だな。

 想像したこともないや。


 ましてや、俺自身の状況が変わってしまった今。

 もはや考える必要もなくなった。


『加州雄に関してはねぇ……』


 父ちゃんと母ちゃんには、兄貴や麻由に期待して貰うしかない。

 と、いうのが結論だ。


 あ~! ゴチャゴチャと色々考えてしまった。

 バイトに入る前に疲れてしまいそうだ。

 スゥーッ、ハァー。深呼吸……。


 あっ!! 晴華だ!


 俺は、車両の端に晴華の姿を見つけた。


 沈みかけた船が、今にも空を飛びそうな勢いで浮上したかのように、俺の心臓が跳ね上がる。


 あぁ、晴華。

 お前は、俺の心の暗闇を照らす一筋の光だぁ!


 ふむ。この路線ってことは、学校の帰りだなぁ。

 俺に気がつくかなぁ?


 今日の俺は女装。晴華はきっと、

「あっ、まひる!」って、呼んでくれるだろう。


 さりげなく……。ジリジリと……。

 少しずつ、近づいて……。ククククク。


 真後ろに行くまでに気がつかなかったら、「お仕置きだべぇ~!」


 俺は内心、ワクワクしながら晴華の方へ近づいていく。

 途中、子供と目が合った。3歳くらいの女の子だ。

 俺の方を、じっと見ている。


「大丈夫。変な人じゃないから、おとなしく向こうを向いてなさい」

 俺は心の中で、そっと語りかけた。


 すると……。

 彼女はプイっと俺から顔を背け、彼女の母親らしき人物にしがみついた。


 俺には、子供と心を通わす才能があるのかも知れない。

 教育の職にでも就いてみようか? などと考えてみる。

 うん。案外、いけるかも知れないぞ。


 それにしても、まだ気づかないのかぁ? あと……2mもないぞぉ。


 ん? 晴華……?

 誰と話してるんだ? そいつは誰なんだ?


 晴華はガッシリとした体つきの、友達らしき男と楽しそうに話していた。


 おい! 晴華! 俺を見ろよ。ここにいるんだよ。

 俺を見つけろよ。気づかないのかよぉ。


 心臓がドクドクと音を立てているのが聞こえる。

 え? 何してんだ? 俺。

 何で、声かけないんだよぉ。


「晴華ちゃ~ん!」って、声かけたら晴華が振り向いて……。

「あっ。カズ……」って、言いかけたらウィンクして……。

 人差し指を唇に立てて「シッ」って……。

 すると、晴華が「ま、まひるちゃん」って、ニコッって笑うんだ。


 一緒にいる奴が、きっと俺の事を誰かと訊ねるだろう。

 晴華は「友達なの」と俺を紹介して、俺に奴のことを紹介して……。


 俺は、ゲイバー“美無麗”の宣伝をして……。顧客をゲットするんだ。

 でもって、後で晴華に電話して……。


「アイツは誰なんだぁ? 浮気してんじゃないぞ!」

 なんて言って、晴華を弄ると……。


「やだ~。そんなんじゃないわよぉ」って、晴華が言ってくれるんだ。


 それでいいじゃないか。そうなる筈なんだから、声をかけろよ俺。

 早く! 声をかけるんだ!


 だけど、なぜか身体が動かなかった。

 見たくないもの、見てはいけないものを見てしまったような気がする。


 そうなんだ。これが、現実なんだ。

 突然、そんなことを考えてしまった。

 きっと、赤フチの話のせいだろう……。


 俺は、そっと晴華から離れた。

 少しでも遠くに離れたかった……。


 何やってんだよ。自爆してんじゃねぇって!


 でも気持ちとは裏腹に、身体は晴華からドンドン遠ざかっていく……。

 足が勝手に……。

 晴華とは、反対方向に向かって動いてしまう。


『あら? まひる? ねぇ。まひるじゃないの?』


 晴華の声が聞こえたような気がしたが、俺は振り向かずに電車を降りた。



『おはようございま~す』


 控え室で化粧直しをしているママに声をかける。


『おはよう! あら。カズオちゃん、今日は元気ね。何かいいことあったぁ?』

『え? そうですか? いつもと変わんないですけど?』

『そう? でもまぁ、元気が一番よ。今日もよろしくね』

『はい! 頑張ります』


 俺も化粧直しとくかぁ。

 鏡の前に座り、グロスを取り出すと


『お! カズオぉ~。おっは~』


 長尾が、出勤してきた。


『よ! ちょうどいい。背中のファスナー上げてくれ』


 俺は、長尾に背を向けた。


『はいはい。お姫様』

『何言ってんだよ。ってか、店では「まひる」って呼べよ。ママが聞いてたら、また怒られるぞ』

『そうだな。ヤバイ、ヤバイ。まひる様っと。はいよ、これでいいか?』

『おお、サンキュ。そうだ、喉渇いたんだけど何か飲み物あるか?』

『麦茶でいいか? もって来てやるよ』


 相変わらず気の利くヤツだ。


『まぁ、長尾ちゃ~ん。ありがと♡ えらいわねぇ』


 ウィンク~♡


『へっ! お前にウィンクされても嬉しくねぇよ!』

『なんだとぉ! まひる様のウィンクを有り難くないだとぉ!』

『もう! 何やってんの! お店に丸聞こえよ! お客がいたらどうすんの?』


 ママが控え室の扉を開けて叫ぶ。

 いやいや。ママの声も、たいがいですって。


『『ごめんなさ~い……』』



『お前のせいだからな……』


 長尾が俺のわき腹を小突いた。


『他人のせいにすんなよ……』

『あれ? カズオ。何かいいことあったのか? 今日は顔色がいいなぁ』


 ママと同じ事を……。


『そ、そうか? 今日は……。ああ、麻由と彩に化粧の仕方を教えたんだ』

『あ、彩ちゃん?』

『そうだ。彩だ』

『ど、どこで?』

『どこって、俺んちだよ』

『お前の家に、彩ちゃんが? ん、なんで誘ってくれなかったんだよ~!』

『知らねぇよ。勝手に来てたんだから』

『チキショー! いいなぁ! 俺も会いたかったなぁ~』


 その時、また扉が激しい音を立てて開いた。


『いい加減になさい、二人共! ここは仕事場よ! 遊ぶんだったら、よそへいきなさい!』

『『はぁ~い!』』


 俺と長尾はお互い顔を見合わせ、舌を出した。


 長尾とはしゃいでいる事で……。

 そうすることで、地下鉄の出来事を思い出さずにいられた。

 1mmも、思い出したくなかった。



 私はまひる。

 夜の帳が降りた時、私の舞台が始まる。


 さぁ、始めましょう。

 今夜あなたが見たい夢はどんな夢? 

 


 夢でよかったら夢魔法をかけてあげる。


 

 どんな夢でも叶えてあげる。



 ただの夢でよかったら……。


 






 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ