33.告白
晴華の誕生日が終わった。ある日の事__。
俺はいつものように、校舎裏の木の下のベンチで寝転んでいた。
この頃になると五月病という言葉があちこちで聞こえてくる。
ま、新入生たちが新しい環境に適応できないということらしいが……。
不眠、疲労感、食欲不振、やる気が出ない、人との関わりが億劫を主とした。
抑うつ、無気力、不安感、焦りなどの症状がでるそうだ。
俺なんか、生まれてからずっと適応できてなかった。
男にも女にも適応できてないんだから……。
だから、人との関わりが億劫で、やる気がでないのかな?
無気力と思ったことはないが、不安はあるな……。
なんて、そんなのカンケイない♪ だ。
要は、自分だ。自分が何者であるかだ。
俺の場合。
男 → 変態 → 女。
履歴書にも書けないや。
はぁ~。哀れだね~。
って、別に自己憐憫に浸っている訳ではないぞ。
まだ、行き先を決めてないだけだ。
『カズオ~!』
出たな、俺の知り合いの中で最も哀れな男。
俺は身体を起こして、大きく伸びをした。
『どうした? 長尾』
『お前さ、6月8日。絶対、空けとけよ』
『何で?』
『へっへ~。彩ちゃんの誕生日♡』
『へ~。そうなんだぁ』
『お前、幼馴染なのに知らないの~?』
『知るか! そんなもん』
何が嬉しくて、晴華以外の誕生日を覚えてなきゃならないんだぁ?
『で、パーティ会場は“美無麗”で~』
『ワンパタ~ンやのぉ』
『勝手知ったる何とかだ。俺、バイト休ませてもらおっかなぁ?』
『休んで、遊びにくるのかよ。お姉さんに弄られても知らんからな』
『だ~いじょうぶ。彼女の誕生日って言うも~ん』
『ゲッ! マジか? いつ告ったんだよ』
『まだだよ~。その為に休ませてくださいってさ』
『調子いいよなぁ。お前は』
『へっへ~♪』
俺たちは、彩の誕生日を“美無麗”で祝った。
長尾のハリキリようは尋常ではなかったが、そこが奴のいいとこだ。
「お、俺。今日告白しようと思ってるんだ」
って、手に汗握ってたけど……。
タイミングを外しまくりで……。ダサダサ……。
おまけに、彩が
『私、今日は加州雄と帰るから』
って、いきなり言い出したんだ。
『え? 何で?』
俺は、晴華を送って行くんだって。
何、考えてんだコイツ?。
って思っていたら。
『ごめんね。今日、両親も出掛けてて……。この近くで待ち合わせしてるの』
って、晴華が言ったんだ。
え~! マジかよぉ。
今日は、久しぶりに二人っきりになれると思ってたのに~。
しかし、そんな俺より可哀そうなのは……長尾だ。
がっくりと肩を落として……。ってことがないのが、長尾だ。
『そ、そっかぁ~。じゃ、気ぃつけて帰れよ。カズオ! 彩ちゃんを頼んだぞ! じゃぁ、俺こっちだから! 行くわな! じゃあな!』
って、思いっきり明るく帰って行った。
長尾~。お前のその明るさが、逆に悲しいぞぉ。
その後、俺と彩は晴華を見送った。
晴華ぁ~。
『何、今生の別れみたいな顔してんのよ。バッカじゃないの』
『うるせーよ。何が悲しくて、俺はお前と帰るんだ?』
『近所だからじゃん。何、言ってんの。今更』
『……』
キライだ。やっぱりコイツ、嫌いだぁ~!
電車の中で、俺たちはお互い別々に携帯ゲームに耽った。
電車を降りると、急に眠気が襲ってきた。
俺はあくびをしながら、彩の前を歩く。
しばらく、歩いていると……。
『加州雄……』
彩が話し掛けてきた。
『ん? 何だ?』
彩は、少し躊躇いながら俺を見る。
『アンタ。晴華と付き合うの?』
『え? な、何だよ急に……。な、何でお前が聞くんだよ』
『……』
彩は、下を向き歩みを止めた。そして、もう一度顔を上げると……。
『答えて。晴華と付き合うの?』
『……。お、お前に関係ねぇだろ』
俺は、彩から顔を背けた。
答えられる訳ねぇじゃん。何、言ってんだ。コイツ……。
『か、関係ないけど……。関係あるよ。だって、晴華は私の親友なんだから……』
『それは、知ってるけど。何で晴華より先に、お前に告白の内容を言わなきゃなんないんだぁ?』
『そ、それは……』
何を言い出すかと思ったら……ったく。人のことはホットケっての。
そんな事より、お前は少しでも長尾に優しくしてやってくれ。
『何してんだよ。早く帰るぞ』
俺は、振り返って歩き出した。5、6歩進んだとこで振り向くと、彩はまだ同じ場所に立ち止まっている。
はぁ~。何、やってんだよぉ。
『彩! 歩けよ! おいてくぞ!』
そう言って俺は、また歩き出した。
が、彩がついて来ている気配がない。振り返る……。
『彩! もう、知らんからな! 一人で帰れよ!』
アッタマきた。何なんだよぉ。
『彩! いい加減にしろよ! ほんっとに、おいて行くからな!』
もう、どうでもいいや。俺は帰る。母ちゃんに何と言われてもかまわない。
俺は、彩に最後の警告を発した。
すると彩が、崩れるようにその場に座り込んだんだ。
お、おい!
俺は、慌てて彩の所まで走って戻る。
『どうしたんだよ、お前』
『……』
『彩?』
俯いている彩の頭を持って。俺は無理矢理、彩を上に向かせた。
涙……。彩?
何で泣いてんだ?
『どうしたんだよ。何で……』
『加州雄!』
彩は俺の名前を呼ぶと同時に、俺に抱きついてきた。
俺はその勢いに押されて尻もちをつく。
『イテッ!』
『加州雄ぉ……』
彩は俺に覆いかぶさって、泣き続けた。
どうなってんだぁ? 訳がわからん。
俺は泣いている彩の肩を掴み、身体を起こした。
こんな道端で若い男女が、半ば寝転んだ状態でいられる筈もない。
ご近所さんに見られでもしたら、それこそ母ちゃんに何言われるか……。
アブナイ、アブナイ。
何とか彩を立たせた俺は、彩の手を引くことでゆっくりと歩き出す事ができた。
彩は泣きやむ気配すらない。
俺たちは遠回りしながら、ゆっくりと歩き続けた。
はぁ~。腹減ったなぁ。晴華の顔見てたら、食べるどころじゃなかったもんなぁ。
長尾、ちゃんと帰ったかなぁ。明日電話してやんないとな。あれは、かなり凹んでるぞぉ。
俺が二十歳になるのは、あと三ヶ月かぁ。
ん? 長尾はいつだ? ヤバ、アイツの誕生日知らねぇや。
今度、赤フチんとこ。いつ行くんだっけ? 帰って質問まとめとこっと。
“晴華の前では、男になりたくなる”ってのを聞かなきゃ。
それがどうって事にはならないかも知れないけど、情報は必要だ。うん。
俺は、振り返って彩を見た。
ん~。ちょっとは落ち着いたかぁ?
どうしたんだろう? 急に……。
まっ、いっかぁ~。乙女心は複雑なのよぉ~。
わかるわぁ、まひるぅ。ってかぁ。
今日の聖子さんの髪型、決まってたなぁ。
俺は……。まだまだ素人ダネ~。
『……お』
ん?
『加州……雄』
おっ。復活したかぁ?
ふむ。これをネタに、今までの形勢逆転でも狙うか? あ~っははははは……。
やっぱ、俺は邪悪だ……。テハ。
『大丈夫か? もういいのか?』
『う……ん。もう大丈夫』
『そっか。帰れるか?』
『……』
『彩? 帰れないか?』
『……』
おいおい。また、ふりだしに戻ったのかぁ?
『加州雄……』
『なんだぁ?』
『怒らないで聞いてくれる?』
『何をだ?』
『怒らないって約束して……』
はいはい。怒りませんよぉ。女王様ぁ。
『ああ、怒らないって約束する』
『誰の事も……。怒らないって約束して』
『わかったよ。誰の事も怒らない』
ん? 誰の事も? 誰を怒るんだ?
今は、俺と彩しかいないじゃん。誰を怒るっていうんだ?
『私……、……たの』
『え? 何だって?』
『私……』
俺の背筋が凍りついた。身体中の力が抜け……。
彩の手を握っている俺の手の力が抜け、彩の手がスルッと離れた。
俺はゆっくりと彩を振り返る。
彩は涙を流しながら、俺を見つめていた。
み、見るな! そんな目で……。俺を見るな……。
彩……。お前にそんな目で見られると……。
彩は泣きながら、言葉を続けた。
『加州雄……。女の子だったんだね……』
抑えこんでいた俺が、少しずつ俺の中から流れ出るように……。
俺の目から、一筋の涙が零れた。




