32.いつまでも、君のそばに。
オイ! オマエ! 表ぇ出ろぉ!!
な~んて、言える訳ないしなぁ。
俺は恨めしそうに晴華を見た。
晴華が困ったような顔をして俺を見ている。
おい! そこの先輩! 腕をどけろって、晴華が嫌がってるじゃないかぁ。
あ~ん、晴華ぁ。
俺の目の前で晴華が汚されていく~。やだよ~。
『ね、ね。まひるちゃんは、男が好きなの?』
なんだよ。煩っせなぁ。今それどころじゃないっつうの!
『さぁ。どう思います?』
『俺、まひるちゃんだったら。彼女になって貰いたいかもぉ』
なる訳ねぇだろ! 俺は男には興味がないの!
『え~! 恥ずかしい! そんなに面と向かって言われたのって初めてぇ』
『ほんとぉ。わ! まひるちゃんの手。綺麗だなぁ~』
と言いながら“先輩の連れA”は俺の手を握った。
ゲッ! やめろって。常連様でもまひるの手に触れるのはレアなんだぞ!
こ、この新参者が、無礼な!
『いやん。嬉しい、この手はまひるの宝物なのぉ。ほぉら』
と言いながら、スルっと手を抜き“先輩の連れA”の目の前に翳して見せた。
俺はいつもこの手で、オッサン達から貞操を守ってきた。
“先輩の連れA”は馬鹿みたいに、俺が翳した手を眺めながら。
『ホントだぁ~』
なんて言って、呆けた顔をしている。
すると、“先輩の連れB”が、
『お前。独り占めすんなよなぁ。まひるちゃん俺にも見せてぇ』
って、割り込んできやがった。
俺の手を、ぐいっと自分の方へ引っ張ってジロジロ見ている。
気持ち悪りぃ~。助けてくれ~。
その時、俺たちのテーブルの後ろを通った常連さんが、
『へぇ~。まひるが手ぇ握らせてるよぉ。珍しいなぁ』
その声に振り向いた俺は、
『いや~だぁ。いつも握手してるじゃないですかぁ。はい、握手』
と言いながら“先輩の連れB”から手を抜き取って、常連さんに向かって手を差し出した。
『おお。今日はやけにサービスしてくれるじゃないか。俺はてっきり、まひるも若い男が好きなんだと思ったよぉ』
『そんな事ないですよぉ。まひるは竹下さんの事だ~い好きですってぇ』
『ほんとかぁ?』
『ほんとですぅ』
竹下さんと握手を交わし冗談を言い合っていると“先輩の連れB”が、
『おい! オッサン。その手離せよ』
と絡んできた。
へっ? なんだぁ? コイツ。
俺は思わず“先輩の連れB”の顔を覗きこんだ。
『あれ~? 酔っ払っちゃった? まだ乾杯もしてないのにぃ?』
いきなり、真正面に俺の顔を近づけられた“先輩の連れB”は、焦ったのか、
『いや。そ、そうだな。乾杯しなきゃな』
と言って、席に座わりグラスを持った。
『はぁ~い。じゃ、乾杯のやり直しねぇ。皆ぁ、グラスもってぇ』
号令と共にそれぞれがグラスを持つ。そして一斉に……
『『『カンパ~イ!!』』』
『晴華ぁ。おめでとう!』
『ありがとう!』
『『おめでとう!』』
パチパチパチパチパチパチパチ……。
ひぇ~、どうなるかと思ったぜ。
今日は、晴華の誕生日だぞぉ。騒ぎなんか起こしてたまるかってんだ。
こんな仕事していたら、色んなトラブルがある。
客同士のいざこざなんて、大したことはない。
だいたい、ゲイバーで騒ぎ立てる奴は馬鹿だ。
何考えてんだぁ? って思う。
基本。スタッフは全員男なんだから、強がって見せても何もならない。
そりゃ、見るからにヤバそうな人とか、やたらガタイのデカイ奴なら、ちょっと引く時もあるけど。
お姉さん達は、大概の事には動じない。
今でも、茜さんと梨奈さんの顔が一瞬、男になったのを俺は見逃さなかったよん。
ダメダメ~。
みなさ~ん、マナーは大事ですよぉ。楽しくお酒を飲みましょうね。(^^)b
乾杯が終わって一頻り騒いだ後、俺は他所のテーブルに着いた。
この時が一番嫌なんだなぁ。晴華が心配でっていうか、気になって仕方がない。
俺って、ほんっとオチョコだよなぁ。器が小さ過ぎらぁ……トホホ。
離れたテーブルから、晴華を見る。
いつもは、お姉さん達がついているのを見ているだけだが、今日は違う。
高校の先輩とかいう男が晴華の肩に腕を廻してるんだぁ~!
やめろぉ~!
『まひる? どうした? ボーっとして』
『あぁ、ごめんなさい。グラス空いちゃって……』
ったく、何やってんだ。しっかりしろ。
はぁ~。ふぅ~。……深呼吸。
はいはい。まひる、ちゃんとお仕事しま~す。
そして、暫く俺は晴華のテーブルの事は忘れた。
ん? 何だか騒がしいぞ?
え? な、何してんだぁ?
『ダメです。無理です』
晴華が先輩に無理矢理、酒を飲まされようとしていた。
『いいじゃん。せっかく二十歳になったんだからぁ。お酒飲まなきゃ』
『イヤです。先輩、私飲めません』
『先輩。晴華は飲めませんよ。無理強いしないで下さい』
それでも、先輩という奴は晴華にグラスを近づけている。
俺は慌てて立ち上がると、急いで晴華のテーブルに向かった。
すると、俺より先にママがテーブルについた。
『あらあらぁ~。いい男がこんなお譲ちゃん苛めて何してるのぉ?』
『お譲ちゃんじゃないんだよママ。彼女は二十歳になったの。れっきとした大人なのさ』
『あ~ら。私から見たら、まだまだ赤ちゃんよぉ。あなただってションベン臭いガキに見えるわ~』
『な、なんだとぉ!』
『あら? 怒ったの? おかしいわねぇ? ふつう、ここ笑うとこよ? ねぇ、茜ちゃん?』
『そうよぉ。ここらのお客は「俺の大人が見たくて、そんな事言ってるんだろう」なぁんて言ってさぁ。「その手には乗らないよ」って、前を隠して笑うとこよぉ』
『『アハハハハ』』
『おい! ヒロシ見せてやれよ! お前のオトナ!』
『いいぞぉ~。見せてやれぇ』
『ヒロシ! いっけ~』
『きゃー! やめてぇ。先輩ぃ~、脱がないでぇ!』
『脱がねぇよ!』
『『ア~ハハハハ……』』
ふぅ~。よかったぁ。ママぁ、ありがとう。
今日は心臓に悪い日だなぁ。疲れたぁ~。
『今日は、ありがとうございましたぁ!』
『晴華ちゃん、彩ちゃん。また来てねぇ』
『『はぁ~い!』』
『気をつけて帰れよ。晴華』
『大丈夫よぉ』
そう言いながら、いつものようにエレベータへ向かう。
すると急に彩が立ち止まって
『加州雄。アンタ、まだ帰れないの?』
って訊いてきた。
『えっ? 俺?』
『うん。長尾も』
『えっ? 俺も?』
俺と長尾は顔を見合わせて、ニッと笑い。
『おお、待ってろ。すぐだからな!』
と言い、急いで店に戻った。
『ママ! お願いします! この埋め合わせは必ず!』
俺と長尾はママに手をついて頼んだ。
『もう! 仕事を何だと思ってるの? 遊びじゃないのよ! まひる、アンタお金もらってんだからプロなのよ!』
『はい! 分かってます。だけど今日は、この通り! お願いします』
俺たちはママに必死に頼み込んで、バイトを上がらせて貰った。
よぉ~し! パーティのやり直しだぁ!
俺たちは着替えると、晴華と彩が待っているエレベータへ急いだ。
『アハ。加州雄、化粧したまんまよ』
『いいんだよ。気にすんなって』
『そんなに、変わらないってカズオは』
『どうだかねぇ。あ~イヤだイヤだ。変態と友達って思われちゃう』
『なんだとぉ~!』
『もう! やめてよ。二人とも~』
『なぁ~。彩ちゃん何処へいくぅ』
『アンタの奢りだから、何処でもいいわ』
『お! 長尾の奢りかぁ~。ラッキー!』
『俺が、奢るのは彩ちゃんだけだ!』
『え~! 私の誕生日なのにぃ』
『ひぇ~。晴華ちゃんまで~? 勘弁してくれよぉ』
『『『ゴチになりま~す!!』』』
『うわ~! 俺、店に戻るぅ~。ママぁ~! 助けてぇ~!』
『アハハハハハ』
『きゃっはははは』
『ハハハハ』
そうして俺たちは、晴華の誕生日パーティをやり直した。
『『『ハッピーバースディ、晴華!!』』』
晴華の笑顔を見ながら、思う事。
“いつまで俺の傍にいてくれるんだろう。”
晴華……。俺の天使。




