3.俺は男になる!
晴華と再会してから二週間後、俺達は待ち合わせた。
駅のエントランスにある超デカイ、クリスマスツリーの前で。
勿論、俺はビシバシに男で決めてやったぜ!
この時期に、このタイミングで晴華とデートできるなんてぇ、俺って絶対持ってるよな。
晴華が俺を見るなり、
「わぁ。大人っぽくなったのね加州雄。背が少し伸びたのかしら? この間はヒールの高いブーツだったからよく分らなかったけど」
って、イタイとこをついた。
おいおい、そりゃインパクトはあったと思うけどさ。
だけど俺にとっては『忘れてくれてもいいぞ』って言うくらいの小さな1コマなんだから……。
頼む……晴華、忘れてくれ。
せっかくのハイテンションが台無しじゃ~ん。
「よせよ……あの時の事は、今日は勘弁……」
「うふ。そうね、ごめんなさい。加州雄、電話ありがと。画面を見なくても誰から電話が掛かってきたのが分るって何だか……あれね。ちょっと、くすぐったかったわ」
「くすぐったい?」
どういう意味だろう?
俺には……今度、晴華から掛かってきたら分るかな?
晴華の様子から見ると、期待できそうな感じだな。
くすぐったい♡……か。
「うふふ。ねぇ、今日は何処へ行く?」
「晴華は? 何処へ行きたい?」
「う~んっとねぇ……お願いしてもいい?」
晴華が上目使いに悪戯っぽい目をして、俺を見る。
やめろぉーー! その目は毒だ。
その目で見つめられると、俺は晴華の言いなりになってしまいそうになる。
いや、なる。言いなりになってやるぞぉ。
願いは何だ? 何が食べたい? 何処へ行きたい?
もうすぐ、クリスマスだ。服が欲しいか? ペンダントか? ピアスか?
おじさんが何でも買ってやるぞぉ~!
「……ゲームセンター。……いいかな?」
ゲーセン……。
もしかして、また画面と睨めっ……こ?
ふ……。
一瞬、白目を剥いて倒れそうになってしまった……。
『……プロ目指そうかなって思ってるんだ』
その時、不覚にも晴華の言葉を思い出してしまった。
チキショー!!
「ああ! いいよ。ゲーセン行こうぜ」
「ホント? 嬉しい! 私、まだ3連チャンできないんだぁ。悔しくってぇ」
「今日、頑張れよ。3連チャンするまで付き合ってやるよ」
「え~! ホント? う~ん、嬉しいけどぉ何かプレッシャー! よ~し! 頑張るぞぉ!!」
おおぉ! 頑張ってくれ! 頑張って、さっさと3連チャン和了ってくれ。
しかたない、俺の楽しみはその後にとっとくよ。
おし! 今日は映画を見よう……ポップコーンでも食べながら……。
バスケットの中に手を入れると晴華の手も一緒に入って来て……お互いの手と手が触れ合う。
『あ、ゴメン』
『いいさ、先に食べなよ』
『ううん。加州雄が先に食べて』
で、晴華の手を優しく握って食べるふりをする。
『ヤダ~。それ私の手よぉ』
『あぁ。可愛いから間違えちゃったぜ』
な~んて言って、ずっとその手を離さずに……エへへへへ。
ああ! 妄想が止まらないぜぇ。
俺はニヤケながらゲームの画面に視線を戻した。
「おっ。二萬でたよ~」
“ポンっ!”
「よし! テンパイ! 北を切ってと…」
ん? ……えっえっえ~! もしかしてーーー!!
“シューーーーーーーーーーーーーー……。チチ…… シューーッ!
ドッカーーーーーーーーーーーーン!! バリバリバリバリ!! ガタガタガタ……。”
轟音と共にゲーム機が激しく振動した。
「うわぁーーー!!! やられたーーー!! マジかよーーー!!!」
「わわわわ!! どうしたの? 今の雷!! 役満級の雷じゃなかった?」
「……国……士……無……双……」
「えええ!! 和了ったのぉ!!」
「……振り込んだ」
「ゲ……あっそ」
「……」
……晴華、その反応はちょっと……俺は寂しいぞ。
その後、俺の妄想は止まり、動揺が収まらず最下位の連続だった。
チキショー!! 麻雀ゲームなんて大っ嫌いだぁ!
で、晴華の方はというと……今日も3連荘和了ならず。
「あ~あ。何でだろうなぁ~? 何かこう……考え方変えないとダメなのかなぁ? ね、加州雄どう思う?」
「え? ……分かんねぇよ。晴華の手牌見てねぇし」
「そうよねぇ……」
晴華、マジでプロ目指してんのかなぁ?
晴華の横顔を見ながら複雑な気持ちになった。
今の俺には、何かを目指しているとか目標みたいなものがない。
ただ、漠然と日々を過ごしているだけで……。
だから、晴華が何かに一生懸命になっている事が、それがなんであれ少し羨ましかった。
それに……俺には晴華に言えない秘密がある。
その秘密が、晴華が夢を語る度に俺の心に影を落とすんだ。
晴華が夢を語り、輝けば輝く程俺の影は濃くなっていった__。
あぁ……晴華ぁ。俺はどうしたらいいんだよぉ……。
俺……言えねぇ……よぉ。
それから俺達は何度かデートした。
晴華は俺がバイトしてるとこ(女装してチラシ配布)にも平然とやってきては、
「かずお~!」
って、大きな声で名前を呼びやがる。
やめろってば! って思うんだけど彼女の笑顔を見るとついニヤけてしまうんだな。
晴華は俺が女装してるときは自然と腕を絡ませてくるんだが、男で会ってる時は絡ませてはくれない……。
やっぱ意識すんのかねぇ?
晴華が俺に近づく度に俺はドギマギしてしまうんだけど、晴華はまるで女友達と一緒にいるように振舞う。
一緒に女物の服を見に行ったり、化粧品を見に行ったり……。
時々、『大丈夫か?』と思いながら、俺が晴華の顔を見ると、
「大丈夫よ。加州雄は綺麗だから、バレないわよ」
って言うんだよな。
いや、そうじゃなくてさ……。
まっいいかぁ。
「ねぇ。普通さぁ、彼氏とこんなふうに洋服見たり、化粧品見たりってできないじゃない? だって、彼氏に会う為にお洒落したりメイクするんだもん。こういうのって、ネタバレだもんね。でも加州雄とだったら何も隠す事なんてないから、凄く楽チンだわ」
う~ん……何か嬉しくないぞ。一緒にいて楽チンって……。
晴華は俺を男として見てるのか? もしかして女友達? それは……ないだろ~。
もしそうなら、かなり凹むぞ。俺は晴華の前では男でいたいんだぞ。
そりゃあ、俺は髪も長いし……。
身体だって、ヒョロイし……女装なんかしたら、ガチ女に見えるし……。
だから、このバイトができるんだけど……。
俺はバイトの都合上、髪を伸ばしている。伸ばしているだけじゃなく手入れも怠ってはいない。
男心を擽るサラサラヘアーだ。
頬にかかるレイアーは自分でも素晴らしいと思うくらい完璧なブロー。
勿論、男になったときは髪を一つに纏めているさ。
でも、たまに晴華が、
「加州雄って、メイクも上手だけどブローも上手いよねぇ。私なんかすぐハネちゃって……クセがあるのよね。加州雄みたいにストンっていかないの。今度、コツ教えて」
なんて言っては俺を凹ます。
悪気がないのが分ってるだけに……腹を立てる訳にもいかず。
ただただ、ヘラヘラしてるだけ……。
そもそも、何で俺は女装したまま晴華とデートしてんだぁ?
ふむ、それは晴華がバイト先に来るから……その流れで……。
ちゃんと電話して約束した時は男としてデートしてるけど……ん? 何で晴華は態々バイト先に来るんだ?
その後、俺は女のままだって知ってるじゃないか……。何でだ?……。
……やめとこ。これ以上考えを深めて行くと、望まぬところへ行き着いてしまいそうだ。
その夜、俺の親愛なる相棒は、いつものように俺を慰めてくれたけど……何だか虚しさが深まるばかりだった。クスン……。
翌日。俺は決心した!
辞める。あのバイトを辞める。そして、男らしいバイトを探そう。
バイトなしでは生活がキツイから、働かなければならない。
だけど、何もあのバイトじゃなくてもいいじゃないか。
そうだ。何でそんな簡単な事に気がつかなかったんだ。ハハハハ……馬鹿だぞ。俺。
早速、俺はバイト先に連絡した。
「えーー!! 辞めちゃうのカズオちゃん。困ったわねぇ……。そんな急に言わないでよぉ。もう少しだけ、何とかならない? あと……1回。ううん、2回。2回だけ! ね! お願いぃ~。カズオちゃん人気あるのよぉ。特にコンパニオンのカズオちゃん。私が惚れ惚れするぐらい綺麗なんだからぁ。ねっ、お願いぃ~」
「はぁ……」
以前の俺ならこの言葉にホイホイ乗せられていたかも知れないが……今の俺はそうはいかない。
なんたって晴華の前で……いや、晴華にとって俺は男であり続けたいんだから。
「ねっ。カズオちゃん。2回だけコンパニオンの方でお願いね! バイト代も弾んじゃうわぁ!」
「……分りました。2回だけで……」
うっ、金に負けてしまった……。
情けねぇ……トホホ。
「あ~ん。ありがとう! 助かるわぁ~。じゃシフト、メールしとくわねぇ~♪」
「あ、はい。お願いします」
ヨッシャー! これで女装とはおさらばだ。待ってろよぉ! 晴華ぁ。
髪も切ってバリバリの男になってやるからなぁ!!!
「え? 辞めちゃうの?」
「あぁ。いつまでもやってられないよ、あんなバイト。それに……俺……晴華の前では、ちゃんとした男でいたいんだ」
「……」
「なぁ、晴華。俺……実は……晴華のこと……」
「……」
「……晴華? どうした?」
どうしたんだよ晴華。急に表情が暗くなったような……。
「晴華……」
「加州雄……ごめん」
「え? な、なに?」
「ごめんなさい!」
「え? ちょ、ちょ……はるか! はるかぁ!!」
晴華は悲しそうな顔をして……突然、どこかへ走り去ってしまった。
へ? は……るか?
おい! おい!! どうなってんだよぉーーーーー!!!