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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
29/146

29.終わりじゃない、始まりなんだ。

 家族会議(バトル)は終結した__。


 麻由の、『私は、カズ兄の方が大事』の言葉に、皆が頷いた。


 俺は本当に嬉しかった。

 今までの張り詰めていた心が溶けていくようだった。


 母ちゃんに命令されて必死で搾り出した涙じゃなく、本当の涙が俺の頬を伝い……。

 涙って、温かいものだと初めて知った。


 俺は心底嬉しかったんだ。可愛い妹……麻由。

 本当に、ありがとう。


 家族会議が解散になって、俺たちは各自それぞれの部屋へ戻っていく。

 その途中、兄貴が


『なぁ。俺の所為じゃないよな?』


 って、急に言い出した。


『違うよ。誰の所為でもないよ。おれの所為でも、ましてや兄貴の所為でもないよ』


 ったく。父ちゃんが余計な事言うからだ。

 俺は、兄貴のお陰って思ってるのになぁ。


『俺、思い出したんだけどさ。お前自分の事、“かずちゃん”って言ってたの覚えてないか?』


 は? 何の話だ?


『え? ……いつ頃だ? ……覚えてねぇ』

『俺、男のくせにって……。俺って言えって言ったんだ。お前泣きながら、“俺”って言ったよ。それから一回も間違ってない』

『そっか……。そんな事あったんだ』

『そうだよ。今思えば、嫌だったんだろうな』


 マジで覚えてない。ってか、俺が“俺”って自分で言ってると思ってた。


『なぁ……』

『何だよ』

『……あのさ』

『うん?』

『俺からも頼みがあるんだけどよ』

『頼み?』


 何で、皆が俺に頼むんだ? 

 麻由の“お願い”は、可愛かったなぁ♡


『ああ……』

『なんだよ! はっきり言えよ! 鬱陶しいなぁ!』

『あぁ。あ、あの。お前さ、妹になるんだよな?』


 あ、コイツ話題変えた……。


『それは、兄貴の……受け取り方っていうか。兄貴次第じゃないのか?』

『俺?』

『だろ? 明日から妹って、言えるか?』

『……無理』

『だろ? 麻由も言ってたじゃんか。序々に……って』

『そうだよな……。もしかしたら、慣れないかもしんない……俺』

『……いいんじゃないの。俺は、一応……今まで男だった訳だから兄貴や、父ちゃんの事は微妙だった。もし、兄貴が俺みたいになってしまったら俺はどう思うんだろうって、何回も考えたさ。父ちゃんがどう思うだろって……。ま、父ちゃんは想像通りだったけどね。母ちゃんは……。信じるしかなかったな、期待も含めて。“母親”だからって……。麻由は、未知だった。けど、あんなにしっかりしたんだなって思った。いつのまにって……。俺、兄貴が俺みたいだったら同じ事言ってたかもしんね』

『そっか。けど、麻由には驚いたな。アイツ、適応力あるなぁって思った。それに比べて俺は……。ダメだわ』


 そんなことないって。

 だけど、兄貴とこんなに話するのって、いつからぶりだろう?


『急がなくていいよ。俺は、俺だ。何も変わらないって』

『なぁ。変な事聞くけど……今、どんな気分だ?』


 だよなぁ。

 逆の立場だったら、俺も聞くかも知れない。


『どんなって、別に普通さ。……じゃないな。やっぱ、麻由の言葉は沁みたね~。女になるって言うより、女に戻っていいんだ。みたいな』

『う~ん。分からんけど、良かったって事か』

『そうだ。よかったって事だ』


 そうだ、良かった。

 今、俺の気持ちは晴々してる……?。


『けどよ。あれだけは、勘弁してくれよな』

『何かしたか? 俺』

『いや~。麻由がよくするだろぉ?』

『……』


 ん? 何が言いたいんだ?


『まぁ~く~ん、とかいって腕にしがみついてくるやつ……』

『ああ……。それが?』

『お前、あれ……俺に、すんなよな』

『するかっ!!』



 馬鹿兄貴が! 何考えてんだ!

 俺は扉を乱暴に閉めながら、部屋に入った。


 はぁ~。疲れたぁ~。

 ベッドの上に身体を投げ出して、大きく息を吐いた。


 “カズ兄の方が大事だ”


 また、泣きそうになってしまう。

 嬉しい言葉って、何回も何回も思い出してしまうんだな。

 あっ、嫌な言葉も思い出すか……。ま、心に残ったってことだな。


 一応、家族にカミングアウトするって目的は果たした。

 なのに、何故か気が晴れない……。

 なんで?


 母ちゃんの母性を感じ。爺ちゃん婆ちゃんの優しさを目の当たりにし、妹の心の広さに感激し……。父ちゃんの歯痒さを痛感し、兄貴の懺悔を聞いた。


 うん。いい家族だ。この家族で良かった。


 何故か落ち着かない……。

 カミングアウトしたら、世界が薔薇色になると思ってた。

 身体が喜びで一杯になって飛んでいってしまうんじゃないかって、期待してた。


 だって、自分を自分って言える世界を手に入れる事が出来るんだから、自由になれるって思うのは当然の事じゃないか?

 なのに、何で俺は落ち込んでるんだ? いや、落ち込んではいない。

 それに、似たような……? 


 家族のバトルを見て疲れたか? いや、慣れてる。

 ウソ泣きして、後ろめたいか? そんな事は平気だ。上手くやったと思ってるくらいだ。

 兄貴の頼み事が、バカバカし過ぎたか? ああ。残念だったね、兄弟として。


『あ~っ! 何なんだよぉ! 俺は、どうしちゃったんだよぉ!』


 何か、ムカついてきた。自分にだぞ。

 あんなけ家族を騒がしておいて、何も得る物なかった感にムカついてきた。


 ったく~。俺が望んだんじゃないのかよぉ。くっそぉ!


 俺はじっとしていられなくなって、ベッドから起き上がり部屋を出た。

 階段を下りて台所に向かう。


 お茶でも飲むか……。

 冷蔵庫を開けてペットボトルに手を掛けた時、隣の部屋から話声が聞こえてくる。


『……』

『……だろ』


 父ちゃんと母ちゃんだ。

 俺は、息を潜め……。耳を傾けた。


『もう、仕方ないじゃないのぉ。私らの子なんだから』

『わかってるよ。俺の子だぁな』


 父ちゃん……。


『だけどよぉ。神様も何て情け知らずな事すんだよなぁ』

『何映画のセリフみたいな事言ってるのよ。アンタ』

『そう、思わねぇか? これから先……アイツはどうやっていくかと思うと……』

『そうだねぇ。見当もつかないねぇ』

『結婚して、子供作って……俺たちは孫の顔見て……ってことできないんだろ?』

『あの子に関してはそうなるんだろうねぇ。……可哀想に』

『まぁ、生きていれば何とかなるわさ。な?』

『そうね、何とかなるよね』


 母ちゃん……。


 俺は、冷蔵庫の扉をそっと閉めて部屋へ戻った。

 原因が分かった。


 俺のこのスッキリしない原因が……。


 不安だ。


 カミングアウトが終わりじゃないんだ。

 始まりなんだ。

 今から何が起きるか分からない不安が、俺の本能を揺さぶっていたんだ。


 今まで、男として生きてきた。男のフリをしてきたと主張した。

 そして女になっていいと、女に戻っていいと……。


 だけど、女として生きてきた事はない。

 女でいた事はなかったんだ。

 女のフリをしてきていたんだ。



 俺は本当の自分で生きてきたことがない事に……



 今、気づいた__。


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