27.俺は、俺。
『あ~ん! また勝手に私のクローゼット開けたぁ~! カズ兄ぃ~』
『何だよ。ちょっと、お前のセンス見てやろうかって思っただけじゃん』
『うそ~! ペイズリーのチュニックがない~!』
当然だ。コートの下に着込んでいるからな。俺が。ハハ。
『脱げー! まだ、一回しか着てないんだよぉ~! 嫌だ~!』
『いいじゃんかぁ。晴華に会った後、バイトいくんだからぁ。俺の顔見りゃ分かるだろ? 化粧してんだから。また、今度新しいの買ってやるからさ。今日だけ貸してくれよ』
『ほんとに買ってくれる?』
『ああ、買ってやるよ。俺はまぁくんとは違うぜ』
『まぁくんだって優しいし、約束破らないよ』
『ああ、そうだな。とにかく、な。今日は貸しといてくれ』
『……分かった。でも、汚さないでね』
『おおぉ。サンキュ、気ぃつけるよ』
今日は、晴華とデートだ。その後バイト。
俺だって、デートの時はお洒落したい。
だから、今日は麻由の。妹の服を貸してもらったんだ。
勝手に弄ったのは悪かったけどね。
まぁくってのは、兄貴のことだ。正和→まぁくん。
兄貴も俺も、麻由のことは大事にしている。つもりだ。
妹は可愛い。俺は出来るなら女の格好でコイツと一緒に買い物とかしたいんだ。
でも、無理だろ?
「やーだー! カズ兄は、兄ちゃんじゃなきゃヤダー!」
なんて、言われたら凹みまくるぜ。だけど、理解して貰う為には我慢も必要だ。
最近、バイトが入ってる時は堂々と女の格好で出かけるようになった。
ゲイバーでバイトしてる事を家族に話したのさ。
兄貴は、勿論知っている。
ただ、自分が連れて行った所為でこうなったのが、親に気マズいから黙っていたんだな。
ふむ。そのお陰で俺も、ゲリラ的にバイトに行けてたんだ。
家で化粧して出て行く時、見張り役をしてくれてたのは兄貴だ。
何だかんだいっても助けられてた訳だな。
前回の診察で、赤フチが、
『あなたの場合。カミングアウトは家族からがいいわ。あなたの話だと受け入れてくれる可能性が高い。とても、いい家族ね。お爺さま、お婆様は……年代的に微妙かもしれないけど。お母様は……多分、受け入れてくれると思う。お父様とお兄様は……未知ね。同性って言うのもあるし。お父様の場合息子に対する思い入れってのが多分にあるから。でも、あなたの場合次男だから、少しは緩いかも知れない。これが長男だったら、頑なになってしまう事がある。あくまでもケースよ。妹さんは……お母様が諭してくれれば……。それに、年齢的にまだ柔軟に考えられるから大丈夫だと願いましょう。でもね、友達に恥ずかしいとかって、思う時があるかもしれない。当然よね、分かるでしょ?』
『は、はい』
『その時。あなたが、ちゃんとフォローしなくちゃダメ』
『はい。頑張ります』
『何たって家族なのよ。本当にデリケートなの……この病気は。家族なら、あなたを支えてくれるわ。信じている、分かってくれると思い込んで他の人に打ち明けて、そうでなかった場合……残念ながら、命を粗末にする結果になったってケースだってある。心を強く持ってね。引き篭もってもいい、でも生きなきゃ』
『はい!』
『でね。あなたは未成年だから、これからの事も含めて一度親御さんに来てもらう必要があるの』
『は、はい。分かります』
『そう、理解者は必要よ』
『……ですよね』
だから、俺は家族から始める事にした。理解者探しだな。
まず、兄貴にバイトしてることを家族に話すってとこから……。
兄貴はちょっと慌てたけど、いいよって言ってくれた。
案の定父ちゃんが兄貴を叱ったが、母ちゃんが、
『加州雄は私に似てるから、きっと綺麗なんだろうねぇ』
って言って。嬉しそうに笑った。
父ちゃんは、それから何も言わなくなったが、女の格好して家の中で鉢合わせしたら……やっぱ、目が釣り上がる。怖ぇ~。
だから、女言葉はまだまだ先だ。
その前にカミングアウトだけど。
もうすぐ、クリスマス。
世間が、イベント満載の時期は必ず俺はバイトだからデートはできない。
だから、今日お互いにプレゼントの交換をする事にしたんだ。
普通、別々に出かけてサプライズするもんだけど、そんな勿体無いことはしない。
できるだけ一緒にいたいからな。
一緒に出かけて、相手が気がつかないうちに買い物をするんだ。
で、別れ際に交換する。
まっ、俺のバイトに合わせてるみたいなとこもあるけどさ。
晴華はそれでいいって言ってくれた。
『その方がドキドキするぅ。よ~し、加州雄に絶対バレないように、メッチャ喜ぶプレゼント買うからね!』
って、何か燃えてた。
勿論、俺も燃えたぜ。買い物しながら、晴華の目の輝きを見て……。
おっ、これか? って思う商品をチェックしながら……。
あっちこっち店を変えながら、横目で相手を探りあう。
晴華が急に、
『あっ! みつけた! 加州雄、あっち向いてて!』
って、店に入って行った。
嬉しそうな顔してやんの。可愛いなぁ~。
そして俺は、その間に手帳を買った。偶然、向かいに本屋があった。
時期的に、来年の手帳が平積みになっている。種類が豊富だ。
俺は、一つ、一つ手にとって……オレンジの表紙の手帳を買った。
だけど、これは晴華の為ではない。俺の為だ。
少しでも晴華の傍にいたいから。
晴華の予定の中に、俺の名前を書いて欲しいから__。
『え~っ! いつの間に買ったのぉ~? 全然、分からなかったぁ~』
って、少し悔しがりながら晴華は俺の為に選んでくれたプレゼントを、もったいぶりながら渡してくれた。
『バイト。頑張ってね』
晴華は、いつものように微笑みながら手を振った。
晴華からのプレゼントは……。
イヤリング……?
店で着けるような……。豪華なデザインのイヤリングだった。
イヤリングを見ながら、思った。
晴華になら……。言えるかも知れない。俺の事を分かってくれるかも知れない。
と、同時に思うこと。
晴華を失うのは……。まだ……。嫌だ。
俺は、母ちゃんと病院へ行った。
ここまで漕ぎつけるのに、苦労したぜ。色々考えたが、やっぱ正直が一番だ。
『母ちゃん。一緒に病院行ってくれないかな? 俺、病気なんだ』
『何の病気なの? 風邪だったら薬箱の風邪薬、飲みなさい』
『風邪じゃないよ。先生が親に来て貰ってくれって。でも……。今は母ちゃんだけなんだ。父ちゃんには言わないで欲しいんだ』
俺の言い方が良かったのかどうかは分からないが、母ちゃんは何も聞かず一緒に病院へ行く事を了解してくれた。
『えっ? もう一度、言って頂けますか? この子が女?』
母ちゃんは赤フチに詰め寄った。
当然の反応だ。
『心が、女です。精神的な病気です。原因は分かりません。稀に女性の遺伝子を持って生れてくる例もありますが、彼の場合持っている遺伝子は男性です。でも、心は女性なのです……』
赤フチは、事細かに説明していた。
母ちゃんは、時々質問しながら熱心に話しを聞いている。
母ちゃんの顔は、険しくなったり、悲しそうになったり、困惑してそうだったり……。
俺は母ちゃんの横顔を見ながら……。何故か、謝っていた。
こんな俺で、ごめんな。
純子ママが言ってた。
『私達は、決して被害者ではないのよ』
その言葉が、俺を強くする。
被害者ではない。
そうだ、これが俺なんだ。




