26.女の敵
きゃーー! 痴漢よぉーーーーーー!!!
と、叫ぶのは簡単だ。だが、俺も巻き込まれてしまう。
ふむ。どうしたものか……。
今や意識がハッキリしている俺は、体勢を変えず薄目を開け、膝の上で微妙に震えながらチマチマと動いている、隣に座っている男の手をじっと見ていた。
おいおい……。マジかよぉ……。勘弁してくれよぉ。
この男は俺と奴の間にビジネスバッグなる物を置き、通路からの視線を遮りながら俺のスカートを手繰り上げようとしていた。
俺が着ていたワンピースはロング丈だ。
椅子に座ると床についてしまうかな? って感じになる。
奴は、俺の膝に自分の手が触れないように気遣いながら、スカートの布を器用に指先を動かしながらせっせと手繰り上げている。
だが……如何せん緊張の為か指先が小刻みに震えているので、せっかく手繰り上げた布が時々ポソンっと落ちてしまう。
あ~、残念。オッサン、また最初からやり直しだ。
俺の激励が届いているかのように、オッサンの指がまた動き出す……。
何がしたいんだ? 取り敢えず膝まで上げて……。それから、どうすんだ? 直に触ったら、起きてしまうぞ?
もう、起きてるけどね。
俺は、元々寝ていたので髪が顔に掛かったまま。
髪の隙間から、オッサンの横顔を見てみた。
普通のサラリーマンじゃん? スーツにネクタイ。
若そうだな……30代ってとこか?
身体は大柄な方かな? ちょっとお腹がやばいよ。
油もんばっか食べてんじゃないのぉ?中性脂肪気にしなきゃダメよぉ。
オッサンは座席のシートにドンと座って、通路側の肘掛に自分の肘を置き……。(多分、通路側から見ると俺から身体を離して寝ているように見えるだろう)
俺のスカートを手繰り上げる作業に集中していた。
これは、大分手馴れてるな。何回目だよ。捕まったことあるのか?
オッサンが作業に集中しているので、俺はゆっくりオッサンを観察する事ができる。
おい~。汗拭けよぉ。この寒いのに、プリップリに汗掻いてっぞ。
清潔感がまるっきり無いじゃん。そんなんじゃ、女の子にモテないよぉ。
いったいどうしたんだよ。こんな事してよぉ。夫婦喧嘩でもしたかぁ?
仕事のストレスとか?
もう、ボーナス査定の時期じゃないのかぁ?
こんな事して俺が「キャー!!」なんて言ったらアンタ、ボーナスどころじゃなくなるよ?
家族いんだろぉ? 子供は? まだ、小さいんじゃないのかぁ?
最近、不況気だから再就職大変だぞ。
ましてや、前科持ちになっちまったら、離婚……家庭崩壊だよな。
そんなに必死になるなって。
見てるおれが悲しくなってくるぜ。
まったく……。
横目でチラッと、オッサンの頭越しに通過した駅の看板を確認した。
あ~。あと15分くらいで着くんだけど、どうしょっかなぁ?
捕まえて、突き出してやりたいのが本心だ。何でか?
率直に言うと。もの凄く、気持ちが悪い。
俺が男に興味がないのもあるが……。
女の心で見ると、かなりのショックがあるのは確かだ。
もの凄く、腹が立つ。
考えてもみろよ、寝ている無抵抗の女の身体に触ってるんだぞ。
信じられるか?
卑怯にも程があるだろぉ! 卑劣過ぎる。
帰って、嫁に頼めよって感じだ。
「これでないと興奮しない」とか、「スリルが欲しかった」なんて言ったら、即詰みだな。
自分勝手すぎる! 欲望が歪んでんだよ! そんな輩が、多過ぎるんだって。
女性は大変だな。これが普通の女性だったら、多分怖くて声が出ないんじゃないかな?
このオッサン、いい体格してるもんな。
逆に威嚇なんかされたら、ガチ恐怖だよな。
ぷっ。こら! 笑わすなよ~、オッサン。
寝てフリしてるのに、何でハンカチで汗拭いてるわけ?
芝居するなら徹底しろよ。
だけどこれって、れっきとした犯罪だよな。
待てよ。俺は男なのか? 女なのか?
微妙だな……。俺が叫んだとして、『なんだ、男じゃん』ってなったらどうなるんだ?
いやいや、迷惑防止条例違反は適用されるだろう。男も女も関係ないさ。
が、う~ん。
でも、このオッサンは俺を女だと思っているから、今も頑張って指を動かしている訳だ。
確信犯だよな。ということは、
「親分! しょっ引けますぜぇ」ってかぁ?
うん。こういう奴には思いっきり怖い思いをしてもらわなければならない。
再犯を防ぐ為にも、女性の為にも……。だけどなぁ。
もし、晴華がこんな目に遭ってたらどうしよう。心配になってきた。
まぁ、それは後で考えよう。
どうするかなぁ。騒ぎをおこすとバイトには、絶対間に合わないだろうしな。
俺も……嫌な思いをしなければならなくなる。話さなくてもいい事を話すハメになる。
なんで、態々……だよな。
こういう犯罪は被害届を出さないと起訴できないって聞いたことがある。
起訴できなければ、厳重注意だけで放免されてしまう。
警察はそこんとこ、困ってるんだと。
厳重注意って、ただの注意じゃん。子供じゃあるまいし……。
こういうのは、もう病気だね。何度も、何度も繰り返すんだ。
俺はもう一度、通過した駅名を確認した。あと、5分くらいか?
なんか、虚しいよなぁ。
俺の店の客にもこんな奴いるのかなぁ? いや、いないと信じたいけどね。
近藤さんとか、木下さんとか……そんな、タイプには見えないよな。
そうこうしてるうちに、いつの間にかオッサンは俺の膝までスカートの裾をたくし上げるのに成功してやがった。
ふう。頑張ったな、オッサン。褒めてやるよ。その、集中力と根気と努力を……。
その根性があれば、どんな事も乗り越えられると思うぞ。何歳なのかは知らんが……。
これからの人生……。大事にしろよ。俺は心から、オッサンを応援するぜ。
ただし、反省するならば……だぞ。ガンバレ!
じゃ。悪りぃな、オッサン。そこまでだ!
俺は膝の上に乗っているオッサンの手を、いきなりパッと掴んだ。
オッサンは、身体をビクッとさせ目を見開いて俺を見た。汗だくじゃん。
『ねぇ。アンタ、痴漢したよね?』
女声で話す。
『許して下さい……。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。許して下さい……』
『ねぇ。痴漢したよね? 答えて』
『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。』
『謝る前に、答えて。痴漢したよね?』
『ごめんなさい。許して下さい。……お願いします』
『だから、答えろって! お前、痴漢しただろ!』
『はい。しました。痴漢しましたぁぁぁ……』
車内案内が聞こえる。電車が駅に到着した。
よし、計算通り……。
『降りるよ。私、この手。絶対、離さないから!』
オッサンは、以外にも抵抗しなかった。
俺はオッサンの腕を掴み……。俺達は、電車から降りた。
俺がホームにいた駅員に、
『この人、痴漢です』
というと、駅員が驚いて目を丸くした。
が、すぐにオッサンの腕を掴み、近くにいる同僚を呼んだ。
オッサンは震えながら下を向いていた。
鉄道警察隊に引き渡され……厳重注意だな。
おい! 俺で良かったと思って、十分に反省しろよ。オッサン!
俺は、被害届は出さない旨を駅員に伝え。急いでバイトに向かった。
考えてみれば、俺が完全に女に見えたからなんだな。
だとしても、嬉しくない体験だ。
触られるのも、警察に突き出すのも……。
心に苦い思いが……残った。
だが、こんな事で落ち込んだり、考え込んだりなんかしない。
だってぇ。私は、美無麗のまひるよぉ~!
『今日ねぇ! まひる、痴漢に遭っちゃったぁ~!』
『へぇ~。本当か? お前も、立派な女になったなぁ』
『やぁだぁ。被害者なのよぉ~。慰めてよぉ。すっごく気持ち悪かったんだからぁ』
『まひるなら、痴漢に遭っても大丈夫だろ』
『そんな事ないわよぉ。怖くて震えてたんだからぁ!』
『ウソつけ!』
『キャハハハハハハ』
勿論……。ネタにする。
全国の女性の皆さん、本当にごめんなさい。<(__)>




