21.おかえり……。
ゴン!
『いってぇ~! 何すんだよ!!』
『お前が、馬鹿なこと言うからだ』
思わず殴ってしまった。左手で。
『だってよぉ。お前、ほんっとに綺麗なんだって!』
『はっ!?』
いっ!? ガチ……引いた。
長尾の顔が、みるみる赤くなっていく。
『ば! な、何恥ずかしい事言ってんだよ!』
『い、いや。俺も、な、何言って……んだ?』
『『……』』
急に、変な空気になってしまった。
『ああ! 俺、片付けあるから先行っとくわ!』
長尾はそう言うと、顔を赤くしたまま走り去った。
馬鹿野郎! 何、言ってんだか……。
びっくりしたぁ。一瞬、コクられたかと思ったぜ……。
うふ♡
でも、ヤッパリ綺麗って言われるのは嬉しいわ。女には最高の褒め言葉だもの。可愛い、綺麗。
何度でも言ってちょうだ~い。
でも、長尾ちゃんたら。まひるの事、なんだって思ってたのかしら? ゲイ? よね?
う~ん。どちらにしても……ふーん、そう思ってたんだぁ。
でも、そう考えると長尾ちゃんていい子よね。そんな事、おくびにも出さないでさ。
コンテストに優勝させようって頑張ってくれたじゃん。今度、突っ込んでやろうっと。
でも、私は男には興味ないんだもの。私は女だけど、女が好きなの……晴華が好きなの。
だから、男の子の話にも合わせられたのね。『好きなタイプ』とか『女の子とXX』とか『女の子と○○○』みたいな……恋焦がれる気持ちなんかは、多分一緒よ。
えっ!?……ってっことは、俺ってレズかぁ?
「俺ってレズか?」ってフレーズも何か変だよな……。
いったい、俺は何者なんだ?
ヤバイぞ……知らん間に、変態がレベルアップしてるじゃないか。
どうすんだよ。秘密がまた増えたような気がする。ママに聞いてみるか?
俺の読んだ本に、このパターンはあったかな? わっかんねぇ。
お姉さん達は……ノーマルで働いてる人以外は……ゲイか?
確かめた事ないからなぁ。ゲイっぽいけどなぁ。
まぁ。どっちにしろ、まず俺だ。俺が何者か……理解しなければ。
ちょっと、温室でぬくぬくし過ぎたかも知れないな。
実際には、本当の意味で自分に直面はしていないからな。
人と違う。変態かも。趣味がちがう? 頭が変? って、感じの……俺の言い方で『外枠』を弄ってたんだな。
自分自身を第三者的に観るって感じだ。
だから、本で『性同一性障害』って言う、精神的病気なんだって分かった時も。
イメージの中で、遠くにいる豆っ粒みたいな自分に向かって、
『お~い。そうなんだってよぉ~! お前、病気なだってよ~!』
って叫んでるみたいな感じだった。
怖かったんだな。
変な話だが、“病気”がいいか、“変態”がいいか……天秤にかけるみたいな。
それっくらい、他人事にしたかった訳だ。全然、受け入れられなかった。
今も……受け入れられてるか? ってガチで訊かれたら。多分、言葉に詰まる。
これが本音だ。
晴華は、俺の事どう思ってるんだろう……。
あ~! 段々不安になってきたぁ~。
ん? 今度、会う時。俺はどっちで行けばいいんだ? 男か? 女か?
俺は、何を悩んでんだ? っていうか、悩むとこソコ?
頭いて~。今日はここまでだ。
その夜、女医の言う通り手はかなり疼いた。
頓服をもう一度飲んでベッドに入ったのはいいけど、晴華を思い出すと眠れない。
今日の晴華を思い出す。
俺に謝った時のあの真剣な眼差し。上目遣いの甘えた瞳も好きだけど、今日のあの瞳もいい♡
俺って、ほんっと晴華の事好きだよな。
人を好きになるって、胸が締めつけられるようになるんだな。他の奴らもそうなのかな?
嬉しいのに不安で、愛おしいのに恥ずかしくて、自分を曝け出したいのに隠したくて、色んな感情が混ざり合って……訳わかんない。
いいんだ。訳なんかいらないんだ。晴華が好きだ。それが真実だ。
そして、俺の親愛なる相棒2が、晴華への高まる気持ちを静めてくれ。そのお陰で、俺は深い眠りにつくことができた__。バキューン!!
翌日。PM8:00。
すぅーーっ。はぁーーー。 すぅーーーーっ。はーーーーーー。
今、俺は自分のベッドの上で携帯電話を前にして正座している。
深呼吸……。ラジオ体操したいくらいだ。
そのくらい落ち着かない……。
電話するって、約束したものの……。
いつすればいいの分からなくて、2時間が経ってしまった。
ちっせ~。なんて臆病なんだ。
だって~、いっぺん逃げられてんのよぉ。臆病にもなるわよぉ。
『よし! 掛けるぞ!』
俺は携帯電話を握り締め、画面をスライドさせた。
“晴華”の文字の上を指でタップする。
呼び出し音より、俺の心臓の音の方が大きいような気がする。
どきどきどきどきどきどきどきどきどきどき……。
『はぁい。もしもし、加州雄? 遅かったのね。もうちょっと早く掛かってる来るかと思って待ってたのに、忙しかった? あっ、手は大丈夫なの? 今日も病院行った? 先生なんて言ってた? どれ位で治るの? 昨日は疲れたでしょう。すっごい人数だったもんね。でも、加州雄が主役なのよね~。なんか、自分のことみたいに嬉しくってぇ。加州雄から目が離せなかったんだよぉ。あの帰り道さぁ、彩ッたらねぇ………』
え? え? え? え? え? は、晴華? 今、誰と喋ってんの?
『も、もしもし? 晴華?』
『うん? どうしたの?』
『い、いや……いきなり、喋りすぎってことない?』
『そう? だって、加州雄が掛けて来るの遅いから。話したい事が一気に噴出しちゃったぁ』
そうぉかぁ。そうぉなのかぁ。待っててくれたのかぁ~。
こ、この野郎ぉ。
晴華、お前は俺の心の的を射抜く弓の達人だぁ!
感激し過ぎて言葉が出てこないぜ。なんてな。
『いや。晴華の都合聞くの忘れててさ。こんくらいの時間でいいかなぁって、思って掛けて見た』
『そっかぁ。明日ってだけで、時間言わなかったもんね。あは。私一人で盛り上がってたのね』
いいや! 俺も盛り上がってたぞ~。夕べから……おい!
ってかぁ~。嬉しいこと言ってくれるのなぁ。
『いや、俺だって楽しみにしてたから……』
『ほんと? よかった。で、手はどうなの? どうなったの? 何でそうなったの?』
『質問が多いなぁ。晴華ってそんな、弾丸トークな子だった?』
『多分、まだ興奮してるのかも、“まひる”ちゃんに』
『よせよぉ。嬉しいけどさぁ。自分の基準と、人の目と必ずしも一致するってことないんだぜ。俺なんかバイトで、いやって言う程ほどきれいな男の人見てるんだから。自分の事なんか分かんないよ』
『優勝できないと思ってた?』
『いや、それは……自信はあった』
『わぁ! すっごい。言うよねぇ~』
『そりゃぁ。格が違わぁ! 一日だけの付け焼刃な奴に負けたら、俺クビだわ』
『そりゃ、そうだ!』
『『アハハハハ』』
今日の晴華は楽しい。いつも楽しかったけど。なんか……雰囲気が……ノリがいいって言うかぁ。
何で、もっと早く電話しなかったんだろう。馬鹿だぞ、俺。エヘヘ。
『あっ、手。手はどうしたの? あれってギブスみたいだったけど』
『ああ。ヒビが入ってるって。メッチャ細かい筋みたいな』
『え~! そうだったの? で、昨日あの仕事こなしてたのぉ?』
『ま、まあな。長尾が助けてくれたし……。店の人達も』
『そっかぁ。長尾君って、エレベータまで来てくれた人でしょ?』
『ああ、そうだ。あいつだ』
それから俺は、晴華と離れてからの話をした。バーテンのバイトで酔っ払った事。女装に戻ったきっかけ、コンテスト出場の成り行き。
『色んな事あったんだね』
『ああ。結構、目まぐるしかったんじゃないかな?』
『そっかぁ……。そうなんだぁ……』
ん? 晴華?
『どうした? 晴華?』
声のトーンがガクッと下ったぞ……。
『……加州雄。あのね、昨日も言ったけど。私ね……ずっと謝りたかったの。……あんな事しちゃダメだよね。いきなり、何も言わないで走ってどっかへ行っちゃうなんて……。電話掛けてくれてるのに、取らないなんて……。メール……返信しない……なんて……。私、人にそんな事されたら立ち直れない……。なのに、加州雄に……』
『……晴華』
『ごめんね。ごめん……ね。加州雄……』
ひっく……ひっく。
晴華が泣いている……。
『晴華……もういいよ。泣かないで晴華』
『うっ、うぅっ……私』
『晴華……俺の所為で苦しかったね』
『違う。私の所為なの……私が、私が……』
『大丈夫。怒ってなんかない。確かに訳分かんなかったけど……寂しかったけど。今、晴華と話してる。それでいい』
『加州雄ぉ……。ごめ……ん……なさ……いぃ』
ああぁ、どうしよう。晴華が泣いてるぅ。
どうしたらいいんだよぉ。
慰めるってどうするんだぁ?
『泣かないで晴華……。おかえり』
『ただいまぁ……加州雄ぉ』
ああ。好きだ、晴華ぁ。
『おかえり、晴華。大好きだよ』
『うぅ……うっ。私も加州雄が、大好きなの』




