20.俺の恋。最高の夜。
晴華……。
彼女は扉を後ろ手で閉めながら、こちらを見ている。
髪、伸びたんだな。可愛い……その長さ、良く似合ってるよ。
オレンジとグレーのボーダシャツの上に、丈の長い白に近いグレーのカーディガン、太腿の前と膝にかけて擦ったように見せているGパン。鎖の長いペンダントをアクセントにしている。
ボーダシャツの首周りが広いので形のいい鎖骨が綺麗に見える。
色白の晴華にオレンジが良く似合っていた。
俺たちは見つめ合い……。
晴華は視線を外すことなく、俺に近づいてきた。
『おめでと。加州雄』
俺の前に立ち止まった彼女は、そう言うとニッコリ微笑んだ。
久しぶりに見る晴華笑顔が、俺の心をざわめかせ、息が止まりそうな程締めつけ。
このまま、抱きしめて髪を撫ぜてキスをして……二度と、離したくないと思わせる。
好きだ……晴華。
こんなに好きだったなんて……好き過ぎて苦しいよ。
俺は晴華の頬に触れようとして手を伸ばした。
ハッ!
今じゃない。今、俺は“まひる”なんだ。
晴華の頬にそっと手を当て、
『ダメよ。今日は、まひるで統一してるんだから。私を呼ぶ時は、ま・ひ・る』
と言いながら思いっきり微笑んだ。
『あ、ごめん。まひる、おめでと』
『うふ♡ ありがと』
俺は晴華の頬に当てた手を下ろし、晴華の手をそっと掴んだ。
手をゆっくりと引きながら彩の隣へ座らせる。
『じゃ、また後でね』
軽くウィンクをして晴華の席から離れた。
シェ~! 今。俺、何リットルの汗掻いただろう。
はあ~、何とか切り抜けたって感じだ。
まだ、胸はバクバクしている。
ああぁ~。気になる、気になる、気になる、気になる、気になるぅ。
晴華だ! 晴華だぁ! 晴華が来たんだぁ!
その後、テーブルを5つ回って挨拶したが、もう気が散ってしまってどうにもならなかった。
チラチラと晴華の姿を探して、確認して安心する。の、繰り返し。
彩~! 帰るんじゃねぇぞぉ! 晴華を確認すると同時に彩の様子も伺う。
ふむ。帰るようすはなさそうだな。
俺は化粧直しの為。一旦、控え室に戻る。長尾がオレンジジュースを運んでくれた。
俺は長尾を見た習慣、奴に抱きついた。
『わっ! 何やってんだよ! 気持ち悪ぃ~よぉ。離れろよ!』
それでも、俺は更に力を入れて長尾を抱きしめた。
『お、おい! 怒るぞ! ふざけんなって! どうしたんだよ!』
『晴華だ!』
『へっ?』
俺は長尾から身体をはなし、奴の腕を掴んで言った。
『晴華が来たんだ!』
『晴華って、誰よ』
『俺の片思いの子』
『お前……好きな子いたの』
『ああ、ずっとずっと好きだったんだ!』
『……へぇ』
『ああ! めっちゃくちゃ嬉しい! も、最高! 一年近く会ってなかったんだけど。店に来てるんだよ!』
『どこに?』
『ステージの正面のテーブルに座ってる。友達と一緒に』
『マジかよぉ。俺、お絞り持ってこっかなぁ』
『何か、飲み物サービスないのかよぉ』
『ば~か。今日はフリーだ』
『そっかぁ。おい! 化粧直し手伝えよ! 片手じゃ無理だ』
『ヘイヘイ。ご主人様』
俺は鏡の前に座って、長尾に助けて貰いながら化粧直しを始めた。
だが、こうしている間にも晴華が帰ってしまわないかと、気が気じゃない。
『なぁ、長尾。見てきてくれねぇか?』
『何を?』
『彼女、帰ってないかなぁ?』
『だ~いじょうぶだろう。帰りゃしねぇよぉ』
『そっかなぁ~』
それでも安心できない俺は、長尾に頼んで見に行って貰った。
『さっさと戻ってこないと、帰っちゃうよ』
彩の言葉が、俺を強迫観念に陥らせている。
くぅ。彩ぁーー!!
過去の思い出が、どうしても俺を落ち着かせない。
アイツは有言実行の女なんだ。
早く戻らないと……。
俺が片手でぎこちなく化粧直しをしていると、ママが部屋に入ってきた。
『大丈夫? カズオちゃん。手伝おうか? でも、もうすぐお終いだから適当でいいわよ』
『は、はい』
適当か……うん、それでもいいか。
俺は、口紅を置くとすぐに立ち上がった。
『どうしたの? やけに急いでるじゃない』
『あ、知り合いが来てて……』
『まぁ、そうなの。早く行ってらっしゃい』
『はい! 行ってきます』
と、部屋を出ようとした時、長尾が入って来た。
『おい! カズオ、早く行けよ。待ってんぞ』
『マジか? 行ってくるよ』
俺は慌てて、部屋から飛び出した。
でも、走り出すときドレスの裾を摘むのは忘れてないぞ。
部屋から出ると晴華のテーブルに直行する。
『おまたせ♡』
『やっと来たわね。かずお』
『まひるだってんだろ!』
『彩~。意地悪しちゃダメよ』
あぁ。晴華ぁ。いい子だなぁ。もう、俺は溶けてしまいそうだよぉ~。
『何で、今日来たんだ? ってか、何で知ってんだ?』
『佐藤君よ。カズ……まひると同じ大学なの。でも、カズ……まひるが出場するのは知らなかったわ』
『そっ。アンタが出てきた時だって、私らはアンタだって分かんなかったわ。分かったのは晴華だけ』
『え? そうなの? 皆、分からなかったの?』
『分かるわけないじゃん! コイツがオカマになってるなんて、知らないんだから』
『オカマじゃねぇよ!』
一々勘に触る奴だ。コイツは……。
だけど、晴華は気づいたんだ。まぁ、当たり前かずっと女装してデートしてたんだものな。
でも、女装で初対面の時も分かってたよな。何でだ?
『でも、本当に綺麗ねまひる。うっとりしちゃうわ』
『ハハ。何か微妙だな。褒めてくれてんのは分かるけどさ』
ホント微妙だよな。男になるって決めて晴華がどっか行っちゃって。女装に戻って、晴華が戻ってきて……綺麗って褒めてくれてる。それを、嬉しいと思う俺。
でも、やっぱり晴華の前では男でいたいと思う。
もどかしいなぁ。晴華、また連絡としてくれるかなぁ? また、デートしてくれるかなぁ? 女装でもいいからデートしたいなぁ。
晴華の顔を眺めながら、物思いに耽っていたら長尾がやって来た。
『いらっしゃいませ。お飲み物のお替りはいかがですか?』
『私、これと同じものを……彩は?』
『私は、もういいわ。それに、お店終わりじゃないの? ホラ』
振り返ると、ママがステージに上がったとこだった。
『皆様。本日はご来店下さいまして誠にありがとうございました。またのご来店をスタッフ一同心からお待ちしております』
普段なら、こんな挨拶はしない。今日は特別だ。イベントの時は客が帰り易いように、こうやってアナウンスする。でないと、いつまでもズルズル駄弁ってたりするからな。
まぁ、店側の都合だわ。
『じゃ。帰ろっか』
『うん。じゃ、帰るね』
『ああぁ。今日はありがとう晴華』
『私には? 言わないの?』
『……気をつけて帰れよ。晴華』
『ちょっとぉ。アンタ無視する気ぃ?』
あら? 誰かしら? 何かいたかしら?
俺はガチでシカトした。くくぅ。怒ってる怒ってる。
『カズオ。ダメよお客さんなんだから』
晴華が俺を諭した。
ヘイヘイ。わかりやしたよぉ。
『どうもありがとうございましたぁ~』
『アンタ! ムカつくわね! ふん!』
彩はさっさと扉に向かって歩き出した。あっかんべ~だ。お尻ぺんぺん。
『もう! 何でカズオと彩は仲が悪いの? 昔っから……』
『そんな事ねぇよ。それより晴華……あのさ』
早く言わなきゃ。今度いつ会えるかって……。
すると、晴華が急に真剣な顔をして俺を見つめた。
『カズオ。ごめんね。私、カズオに酷い事したよね……ずっと気になってたの。謝らなきゃって……ほんとに、ごめんね』
晴華、そうか。思ってくれてたんだ。
許~す。それでいい。その言葉だけでいいよぉ。
『晴華……いいんだ。終わった事は……それより、今度はあるのかな?』
『え? 今度? 今度があるの?』
あは。このセリフ、あの時と一緒だ。
『ああ、お前が嫌じゃなかったらな』
『嫌じゃないわ。カズオの着メロそのままよ。画面見なくてもカズオからの電話って、すぐに分かるわ』
晴華ぁ! この野郎!! お前は俺を喜ばすに掛けては天才だなぁ!
嬉しいぞぉ!!
よおし! 今夜は俺の親愛なる相棒が久しぶりに活躍する気配がするなぁ。ハッハハハハァ
あっ。怪我してるんだった……。じゃ、反対側の相棒を……。
『電話するよ! 明日、絶対!』
『うん! 待ってる。手、お大事にね。おやすみなさい』
俺と長尾は晴華をエレベータまで送っていった。エレベータの中には不貞腐れた彩がこちらを睨んでいたが、そんな事は気にもしなかった。
『『ありがとうございましたぁ!!』』
俺と長尾は、頭を下げた。エレベータの扉がゆっくりと閉まる。少しずつ晴華の姿が見えなくなって行く。
そして、扉が完全に閉まった。
『へぇ~。片思いねぇ~』
『中学からな……』
『シェ~! マジかよ。信じらんねぇや』
『なんでだよぉ』
『……』
『何で、信じられねぇんだよ』
なんだ? どうしたんだ?
長尾は暫く俯いて何か考えているようだったが、顔を上げて俺をみると……。
不思議そうに言った。
『カズオぉ。お前って、ノーマルだったの?』




