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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
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17.扉が開く時

 

 俺達は異臭が充満している控え室から脱出し、病院へ向かうべくタクシーに乗り込んだ。


『オェッ! ゴホゴホ! オェ~』


 運転手が心配そうに、チラチラこちらを見ながら運転している。


 女装してるからか?


 いや違う。どうせ、シートを汚されるか不安なんだろ?

 吐きゃしねぇよ。前向いて運転しろって。


『大丈夫か? カズオぉ』


 俺の背中を擦りながら、長尾が話しかけてくる。


『大丈夫だよ! ったく。いつまで……』


 ヘコヘコしてるんだって言いかけて、やめた。

 俺の所為だからな。


 うん。……今しかない。


『悪かったな、長尾。すまん……』

『カズオ……』


 俺達は病院に着くまで、黙ったままだった__。




『吉村さ~ん。吉村加州雄さ~ん』


 今日は、よく名前を呼ばれる日だな。これで何度目だ?

 おまけに、今は注目の的だ。コンテスト会場じゃあないぞ。


 そう、病院の待合室だ。


 こんなとこで、スパンコールのドレスを着ている男がいたら、嫌でも注目の的だ。

 でも痛みの所為で、それほど気にはならなかった。


『カズオ! 順番だ。次だぞ。診察室はあっちだ。行くぞ』


 長尾はそう言うと、俺に手を差し伸べた。


『立てるか?』

『……』


 俺は黙って、長尾の差し出す手の平の上に……手を置いた。


 ふ、普通。こんなふうに、男に手を差し伸べるか? 女性をエスコートするみたいに……。

 いや、ないな……。

 俺が怪我してるから……。そうだ、コイツはまだ自分の所為で怪我させたと思ってるから、良心の呵責でだな……。だから、変じゃないと思う。


 俺か? 俺が変なのか? 差し出された手のひらに、そっと……手を置いたのは俺だ。

 さっきの”女“の感覚がそのまま残っているのか……。

 司会者に『お手をどうぞ』といわれたあの感覚が……ヤバイ。

 きっと、衣装の所為だ。そうだ、何か羽織るものを……。


 しかし、この時“隠したくない”という感情が湧いてきた。

 このままでいたいと思う気持ち。


 “だって、私は女なのだから”


 だが、今はダメだ。

 俺は、心の中で首を振って立ち上がった。


『サンキュ。どこだ?』

『こっちだ』


 右手を長尾の手のひらの上に置き、ドレスの裾が引きずらないように左手で膝の辺りの布を摘んで持ち上げた。

 そして、何故か“モンローウォーク・凛スペシャル”で歩き出した。


 この衣装着てるときは、この歩き方が一番さ。


 俺は、自己顕示欲は無い方だと自分では思っている。自意識過剰でも無いとも思っている。

 だが今は、待合室のあちこちでチラチラこっちを見ている人達に聞いてみたい。


 “私、どんなふうに見える?”


 って。恥ずかしくもあり、怖い気もするが……。聞いてみたい。


 聞かないぞ。そう思うってことだ。

 いきなり、そんな事したら……病棟が変ってしまいかねない。

 俺は石橋を叩いて渡る派なんだ。



 通路の途中で、看護師がカルテを胸に抱きながら訪ねてきた。


『吉村さんですか?』

『あ、はい』


 長尾が俺の代わりに返事をした。

 コイツ、ほんっとマネージャになりきってるよなぁ。

 笑けるけど、いい奴さ加減が出て……さっきの腹ただしさが嘘のようだ。


『もう一度お名前をお呼びしますので、こちらでお待ちください』

『はい。ありがとうございます』


 長尾は看護師に向かって、そう返事をすると、


『おい、カズオ。ここに座っとけよ』


 と、長椅子を指差した。

 俺は言われるまま、椅子に腰掛けた。と、すぐに名前を呼ばれた。


 診察室に入ると、赤い縁の眼鏡を掛けた女医が机の上のパソコンに何かを打ち込んでいる。


『ちょっと待っててくださいねぇ』


 その女医はこちらを見ずに言った。


『はい……』


 俺は女医の前にある小さな椅子に座った。

 その時、衣装のキラキラに気がついたのか? 女医がパッとこちらを見て、


『あら? 順番間違えてない? 米沢さ~ん! 順番通りにするか、カルテ交換してもらえますかぁ?』


 女医は看護師にそう言うと、俺に向かってニコッっと微笑んだ。


『あ、あの。多分、間違えてないと思います。僕、吉村です』

『え? ええぇぇ~!!』


 うん、いい反応だ。

 目を丸くして、大口を開けて、仰け反って片腕を机について身体を支えているような仕草。

 おまけに眼鏡も傾いているぞ。

 ○○新喜劇のリアクションそのものだ。


『あ、あなた。男性なの?』

『あ、はい。一応……今日、大学で女装コンテストがあって……』

『あぁ、そういう事ねぇ。驚いたわぁ』

『すみません……』


 俺は、申し訳なさそうに肩を窄めた。


『ああぁ、いいのよ。いいのよぉ。私の勘違いなんだからぁ。……でもないわよね? だって、どう見ても女でしょ~』


 きゃ♡ なんてこと言うのよぉ。やっぱりぃ~? このセンセ、絶対いい人ぉ! 決定!


 ハッ!?

 俺、今どんな顔しただろ? もしかして嬉しそうな顔したか? 

 ……かも知れない。ヤバ……。


『い、いやだなぁ~。からかわないでくださいよ~。ま、優勝しましたけどね。へへ』


 思いっきり、男っぽく言ってみた。


『分かるわぁ~。それ以上っていないよねぇ。絶対ぃ』

『アッハハハハ。またまたぁ~。あ、痛っ!』


 くさい芝居をしてしまった。


『あ~。ごめん、ごめん怪我してるのよね。診せてもらうわね』

『はい。……ぃったぁ』

『う~ん。どうしたの? これ』

『え~っと……』

『何か……ぶつけた? 落ちてきた? ……殴った』

『……』

『……殴ったのね』


 なんだ? この人は……。医者って、こんなふうだったか? 

 ぶつけた、落ちてきた、殴った。どれをとっても結果は打撲なだけじゃないのか? 


 いい医者っぽいけど……。なんだろ……誰かが俺に“危ない”って言ってるみたいだ。


『吉村君。綺麗な手してるのねぇ。指の先がスッと細くて……き、器用そうな手ね』


 なんで、“き”で切った? 


『う~ん。レントゲンお願いしま~す』


 女医は看護師に向かって大声で言うと、俺に向き直って。


『レントゲン室の前で、ちゃんと“男です”って、言わなきゃダメよ』


 と言った。?????


 で、レントゲン撮影のあと診察室へ戻ると……。

 女医はレントゲン写真を見ながら、


『あ~。ほんのすこ~し、ヒビが入ってるわね~。ここ……分かる?』


 俺は、女医が指差した場所を見た。

 うす~く、ほそ~い線とも言える筋が見えたが、はっきり見えた訳じゃない。

 これかなぁ~? ってぐらいのもんだ。


『はぁ……』

『今夜、かなり痛むわよ』

『そうなんっすか?』

『多分ね。頓服出しとくから……お酒はダメよ。お風呂もねぇ。そうねぇ……取り敢えず3週間ぐらい様子を見ましょ。若いんだから、すぐ治っちゃうわよ!』

『はぁ……』


 看護師が女医の指示で、処置を施している。

 その間、女医と俺は看護師の手際を眺めていたが、ふと女医の視線に気がついた。

 俺をじっと見ている?


 な、ん、だぁ? ……心のカラータイマーがピコピコ鳴っている。

 すると、突然質問してきた。


『吉村君さぁ。脇毛……生えてる?』

『えっ? は、生えてますよ』


 嘘はついていない。

 俺の脇毛は薄いだけだ。生えてない訳じゃない。


『ふ~ん。友達とか……他の人と比べてどう? 薄いとか少ないとか』


 薄いも少ないも同じ意味じゃないのか? 

 薄いを前提で質問するなっての。


『ちょっと、少ないかな?』


 と、答えた時女医の眼鏡の端が、キラン! って、光ったような気がした。

 その瞬間、心のカラータイマーがピコピコピコピコピコ……と速度を上げる。

 今日は、ここまでだ。


 女医の方も、その後は普通に処置後の説明をする。

 俺と女医が相談し合った結果、2週間後に予約を入れることになった。

 女医はプリンターから予約票を取ってきて、俺に手渡しながら、


『じゃ、お大事にね』


 と、優しげに微笑む。


『ありがとうございました』


 そう言って、軽く頭を下げ診察室から出た。

 部屋から出ると椅子に座っていた長尾が、顔を上げ俺を見る。


『どうだった? ほんとに折れてなかったのか?』

『ああ、少しヒビが入ってるってさ。レントゲン写真見たけど、わかんねかった』

『そっかぁ。店、どうする? 行けるか?』

『行くさ。行かなきゃな。お前が1人でチラシ配ったんだから、今度は俺が頑張る番だ』


 俺がそう言うと長尾は照れくさそうに笑った。


 俺達はそのまま店へ直行することにした。


 店に向かうタクシーの中で、俺はさっきの女医の事を考えていた。

 何が言いたかったんだろう?

 普通、あんなふうに質問するか? 

 2週間後かぁ。


 あの、眼光鋭そうな女医に2週間後会いに行く……。


 へっ。何だか、面白そうじゃないか。

 楽しみだ。



 そしてこの出会いが__、

 加州雄が、これからどのように生きていくかを選択する、大きな鍵となる。


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