16.怒り……再び。
『お前そんなんで、よく生きてんね。早く死ねよ!』
俺の心無い一言で長尾がキレた。
『何言ってだよ! お前こそ、よく人の顔に金投げつけられるなぁ! この外道が!』
な、コイツ! 開き直ってんのか! 自分がやった事棚に上げやがってぇ!
『何だとぉ! 外道に外道呼ばわりされたくないね!』
言うと同時に俺は、長尾に向かって椅子を蹴飛ばした。
しかし、ドレスの裾が邪魔で上手く蹴る事が出来ない。
と、手に激痛が走った。
『いっ! た!』
俺は右手を庇うように胸に当て左手で覆った。
身体が自然に前屈みになる。
『だ、大丈夫か?』
長尾が驚いて近づいて来ようとした。
『来るな! ほっとけよ! 外道がうつる!』
『何だと! ああ、勝手に痛がってろ! 俺も邪悪がうつりたくないからね!』
自分でも呆れてしまう。もう、ただの子供の喧嘩だ。
自分で何言ってんのか分かんなくなった。
今時、幼稚園児でもこんな事言わんぞ。
『やかましい! 盗人猛々しいってお前みたいなのを言うんだよ! イッタ~! くっそー!』
何でこんなに痛いんだよ! 何もかもコイツの所為だ! くっそー!
俺は悔しかったが、もはや動く事もできなかった。
いてぇ~よぉ~。泣きそうだよぉ。
俺たちは暫く黙ったままお互いを無視するしかなかった。
鬱陶しかったぞぉ。嫌な奴が傍にいるって、何とも言えない嫌悪感が纏わり着くんだ。
腹ただしいわ、息苦しいわで、気が狂いそうだったよ。
で、最初に口を開いたのが長尾だった。
『なぁ。折れてんだろ? 病院……行こうぜ。お、俺の所為で……』
折れてないよぉだ。ふん! そこで、申し訳ないと思っとけ! 喋りかけんな!
『なぁ。カズオぉ。悪かったよ。ほんっと悪かった。俺、ママに見つかって良かったと思ってるんだ。見つからなかったら、もっとお前の事……最悪にしてたかも。すまん! この通りだ許してくれ! いや、許さなくてもいい! お前の言う通りだ! だけど、もう絶対あんな考え方はしない! お前に対しても他の人に対しても! 誓う! お前のその手に誓う! お前の痛みは分からないが。分からなかったら誓いようが無いけど! とにかく誓う! ああ、クソ! 俺は何を言ってるんだ! 何でもいい! だから謝らせてくれ! スマン!!』
あああぁ、もう! 何、訳分かんない事言ってんだよぉ。
土下座までしやがって! もしかして、あの映画見たのかよぉ。
俺だってまだ見てねぇのに! そんな事はどうでもいいんだ!
ほんっとに、俺の感情を逆撫でする事に掛けては天才だなお前は!
俺は痛んだよぉおおおお!
ああぁ! 鬱陶しい!!
激痛の所為か、怒りが収まらない……。
『煩いんだよ! お前も折れば分かるよ! 俺の手に誓うんだったら自分で折って、その手に誓えよ!』
俺はもうヤケクソになって、穿き棄てるように言った。
『………………分かった』
暫く、土下座のまま床に頭をつけていた長尾は、急に立ち上がったかと思えば……。
『え?』
長尾は俺が蹴り損ねた椅子を片手で持ち上げ……。
な、何すんだぁ? コイツ!
自分の手の上に落とそうとした。
俺は思わず体当たりをして、長尾もろとも椅子を吹っ飛ばした。
またもや、激痛が走る__。
『かぁー! いってぇー!!!』
『大丈夫か! カズオ! そんなに動き回ると、どんどん悪くなってしまうじゃんか!』
『お前がさせてんだよ! 馬鹿か! いい加減分かれよ!』
『だって、お前が。折ってその手に誓えって……』
『煩い!! 間に受ける奴があるか! そんな事目の前でされたら、俺はどんな顔すりゃいいんだよ! 今度は俺に責任吹っ掛ける気か!』
『そ、そんなつもりはないさ……。でも、同じ痛みを感じないと……』
『折れてねぇよ!!』
あ……言っちゃった。
やだぁ。長尾ちゃんったらぁ……。
ったくぅ、しつこいんだよ! しつこ過ぎて反吐が出そうなんだよ!
『え? 折れてないって……』
くそ! 形勢逆転かぁ?
おお! 折れてねぇぞぉ。文句あるかぁ? 掛かって来いよぉ!
俺は右手を庇いながらも身構えた。
『はぁ~。本当か? 本当に折れてないのか?』
長尾は息を吐き出すと、しきりに訊いて来た。
俺は、バツが悪くなり……顔を背け、
『あ、あぁ。折れてねぇよ。折れてたらお前の顔も、そんなんで済まなかった筈だろ』
『顔? ああ、そうだな。腫れ……マシになってきたかな?』
『っていうか……俺に、そんな力……ねぇし』
ちくしょう!! 俺の台本が書き変えられていくぅ~。
これって、もしかして仲直りパターンじゃんかぁ!
でもって、コイツは立ち上がって俺に手を差し出しながら……。
『よかった。一応、病院いっとこうぜ』なんて言いやがるんだ。絶対。
そうなったら、仕方ないから俺はコイツに手を貸して貰って立ち上がって……。
ああぁぁぁ!! ほのぼのパターンだぁ! ドラマとかにある。
あの、背筋が寒くなるパターンじゃないかぁ~!
俺のシナリオは、コイツを俺の前から消し去るか、一生下僕として扱き使うか……。
ダハァ~。やっぱ、俺が外道だ。
俺が自分の外道っぷりに気づいた時、長尾が俺に向かって言いやがった。
『よかった。でも一応、病院いっとこうぜ』
その瞬間、俺は白目を剥いてわざと倒れた。
誰が、コイツに手なんか貸して貰うか!
担いで行きやがれ!
せめてもの……抵抗だ。
『わぁ~! カズオぉ~! 大丈夫かぁ! カズオぉ~! どうしたらいいんだぁ。ちょ、ちょっと待ってろよ。あ、頭が痛いな……何かないかな? あった。よし、これでいい。待ってろよ』
長尾はゴソゴソしたかと思うと、倒れたフリをしている俺の頭の下に何か……枕代わりのものを敷き込んでどこかへ走って行った。
大方、タオルでも濡らして持って来るんだろうけどさ。
氷つきなら、褒めてやるよ。
はぁ……。まいったな。
あんなに慌てて……。必死になって……馬鹿じゃん。
そうだ。アイツに悪意は無かった。コンテストに出ろと言った時も、ママに吹き込んだ時も。奴はただ単に、チャンスを掴んだだけなんだ。そのチャンスをモノにしようと必死で……。色んな事考えて……。
今なら、何となく分かるような気がするよ。
『な、カズオ。もっと儲けようぜ』
なんて言いながら、俺にあの紙を見せる気だったんだろう。
馬鹿が……まだ、俺の性格掴んでないのかよ。俺を乗せるのは難しいんだって。
俺はビビりで、屁タレで、ネガティブで、頑固なんだよ。
……この衣装。長尾のお陰ってかぁ? 悔しいなぁ。へっ、悔しいけれど……笑えてくるよ。
コレは嬉しい笑いだ。微笑みだな。
店のチラシ配ってたってかぁ。進行係の奴楽しみにしてたよなぁ。ゲイバー行ってみたいって。
どこにも……。アイツのどこにも、悪意は無かった。
悪意があったのは、俺だ。被害者になった途端、報復を考えた。
陰険で陰惨な報復を考えたのは俺だ。
ママが正解だ。
弱いよな、俺って。
許すよ。長尾……。っていうか、俺も謝らないとな。
バツ悪りぃなぁ。
けど、アイツは土下座までしやがった。させちまった。
今でも、必死で氷探してタオル濡らして……今にも、息を切らして駆け込んでくるだろう。
アハ。いい奴じゃん。
俺、案外いい奴を友達にもってるんじゃないのか?
アイツが入ってきたら、何て言おうか。
今更過ぎて、恥ずかしくさえもある。
いや、ちゃんと誤らなきゃな。
『俺の方こそ……すまなかった』ってな。
と、その時。
『うん? 何だ? この臭いは……』
微かだけど……異臭が漂っている。
俺は、異臭の元を辿るべく身体を起こした。
『どこから……』
パンッ!!
身体を起こす時、長尾が枕代わりにしてくれた……アイツのリュックに手をついた。
パンッって、この中で何か破裂したぞ?
俺は、恐る恐るリュックの口を開き覗き込んだ。
『っわ! 何だ、コレは!』
それは、カビだらけ玉子パンだった。
『うっ! くっさーー! アイツ、何日コレ突っ込んだままなんだぁ? オェッ!』
パンの袋が破裂した所為で、異臭がきつくなってしまった。
もう息が出来ないぐらいまでになっている。
『やば! どうすりゃいいんだよ! オェッ! 臭さぁーーー!!』
俺は痛い方の手で、鼻と口を塞いだ。
取り敢えず、どこかに捨てなければ……。
意を決してリュックの中に手を入れ、パンの袋の端を摘んで引きずり出す。
目にも恐ろしい……カビだらけでドロドロに形状を変えた玉子パンが、その全貌を現した。
と……今や、部屋中に異臭を充満させている玉子パンと一緒に、何かが出てきた。
『こ、これは……』
俺がそれを見、気絶しかけた時。長尾が息を切らして戻ってきた。
奴は、起き上がっている俺を見て叫ぶ。
『カズオ! 大丈夫なのか!』
俺は憤怒のオーラを漂わせながら、異臭の元を長尾に見せた。
怒り、再び……。
『あっ! それは……俺の、靴……下』
ブチッ!!
『お、お前は! 俺を殺す気かぁ!!!』
いつも読んで下さいましてありがとうございます。
テイジトッキです。
2作目を投稿するに当たり『箸休めのつもりで……』と記述しました。
20話くらいに纏めようと思っていたのですが、私のオツムでは無理なことに、今日気づきました。なので、もう少しお付き合いして頂ければ幸いです。医学的な事を含め、カズオに起こる心情的な変化を書いていきたいと思います。ほのぼのを目指しているのですが……何分、作者自身がイケイケのようです。文章を書いて気づきました。どうしても、バトル方へ持っていってしまう……。バ、バトルを含め、あくまでもほのぼの恋愛を目指します。
宜しくお願いします。




