140.修羅・・・場?
「「ありがとうございましたぁ♡ 知世ちゃん、お気をつけてぇ」」
「ねぇ、まひるぅ♡ 今度はいつ入るの?」
「えっとぉ……火曜日だったかなぁ?」
「エ~! 平日じゃん。じゃ、次の金曜日は?」
「入るよぉ♡ 来てくれるぅ?」
「うん! 来る来るぅ♡ 来ちゃうぅ♡」
「じゃ、 待ってるネェ♡」
「バイバ~イ♡」
「ありがとうございましたぁ!」
お客様が角を曲がるまで手を振る……。
“美無麗”の、お約束。
「彼女、最近よく来るわねぇ」
「う~ん。学生みたいだけど……。“美無麗”に来るためにバイトしてる。って言ってた」
「遊ぶ金の為にぃ?」
「いいんじゃないですか? 稼ぐ目的にジャンルもへったくれもないんじゃないですか? 借金しない限りは、良しとしましょうよ」
「まぁねぇ……」
「それに、彼女。結構な上客ですよん♡」
「だからよ……。ちょっと、心配っていうか……」
「凛さん、優しいから……。彼女、私にくっついてるフリしてホントは凛さん目当てなんですよ。うふ♡」
「知ってる。可愛いんだけどねぇ。女の子ってのが、残念。男の子だったら、即お持ち帰りで、頭の先から足の先まで可愛がっちゃうのになぁ~♡」
「やぁだぁ~♡ それって、リアルに想像できちゃうからコメントできなぁ~い」
「ちょっと最近、ご無沙汰でさぁ」
凛さんはそう言いながら、腕をクロスして両脇から豊満な胸をも落ち上げウィンクした。
「やめてくださいよぉ。私まで変になっちゃう♡」
「アハ♡ で、彼とはどうなのよぉ? 柳くんだっけ? 何か進展あるの?」
「柳? ありませんよぉ。いい奴だけど、何て言うかぁ……」
ドンッ!
「あ! すみません。よそ見しちゃって……ごめんな……さ……い。え?」
凛さんと私は、自分たちの話に夢中でエレベータホールの人影に全く気付いていなかった。
慌てて振り返り謝った瞬間、低く優しい声が胸に響いた__。
「“ヤナギ”って、誰? まさか、まひるの彼氏じゃないだろうなぁ」
見上げると、そこには思わず胸が熱くなる程懐かしい顔があった。
「「ヒロさん!!」」
あ……。
突然、頭の中にあの時の……彼と過ごした時間の映像が流れた。
その映像があまりにも早くて、感情がついていかない……。
恥ずかしくて……、恋しくて……、切なくて……。
憧れと、トキメキを私に与え、燃え上がった心の一部を持ち去った男。
今でも覚えている、逞しい胸に抱かれた幸福感と軟柔らかい唇の感触……。
ギュッ……。
オヘソの下辺りに、淫靡な硬直を感じた。
やだ……。
私ったら、いやらしい……。
「ヒロさぁ~ん!!」
一瞬おいて、凛さんがヒロさんに抱きついた。
彼女がヒロさんに身体を寄せる一瞬前……。
薄紫色の靄のようなものが彼女の周りを覆い、とてもいい匂いが漂った。
ウソ……フェロモンが見えちゃった?
しかし、オーラのように漂った靄はすぐに消え、快活で優しいヒロさんの声が聞こえた。
「アハハハ。凛は相変わらずだなぁ」
「ひろさ~ん♡ 会いたかったぁ~」
彼女は人目も憚らず、その美しく豊満な肢体をヒロさんに押し付ける。
悩ましげに、ヒロさんの首に纏わりついた彼女の姿は、『今すぐここで、私を抱いて』と言わんばかりだ。
さっきの話題がシンクロしたのかしら?
変な……感じ。
下半身に淫らな疼きを感じた私は、彼女達から目を逸らした。
「どうしたんだい? まひる」
「え? いえ……。お久しぶりです、ヒロさん。いつ戻ってらし……」
イッ!!
私に優しい眼差しを向け微笑んでいる、ヒロさんの首にぶら下がるように喰らいつた凛さんがこちらを振り返った。
“分かってるわね! ヒロさんは渡さないわよ! 誰にも渡さないわよぉ!!”
彼女の愛欲に塗れ血走った目がギラリと光った。
「あっ! わ、私、セイジさんに、タ、タバコ買ってきてって、言われてたんだぁ。ちょっとコンビニ行ってきますぅ。先に上がっててくださ~い」
「あ~らぁ、そうなのぉ~?」
そう言う、凛さんの真っ赤な唇が大きく横に広がった。
ヒッ! こ、怖い……。
彼女は押し込むようにしてヒロさんをエレベータに乗せると、階ボタンを押しながら満面の笑みを浮かべた。
「じゃあ、先に行くわねぇ~」
「じゃ、まひる。後でな」
「はい♡」
ヒロさん……。
どうか、ご無事で……。
「ふぅ、さてと……」
私はドレスの裾を摘んで、ビルの一階にあるコンビニへ向かった。
「へ……? 芙……柚……さん?」
コンビニの自動ドアが開いたとき、弱々しい女の子の声が聞こえた。
え? 私……?
振り返ると、朱音が悲しそうな顔をして立っていた。
「朱音ちゃん!」
「……うそ」
「うそ? 何が? どうしたの? こんな時間に何で? 柳と一緒なの?」
「こんな……の、ムリじゃん……。こんなの……」
「何言ってるの? 一人なの?」
私は朱音に近寄って手を伸ばした。
パシッ!
「触らないで!」
「朱音……ちゃん」
差し伸べた手を思いっきり払われ驚いて朱音を見ると、彼女は目に一杯の涙を溜めて言った。
「芙柚さん……なんて、大キライ……」
「え?」
彼女は後ずさりしながら涙を流し、どこかへ走って行ってしまった。
なんで? 私……何かした?
柳に電話した__。
「朱音が?」
「そう……。何かあったの?」
「いや……俺は分からない」
「もう、何でもいいから早く電話して! こんな時間に女の子が一人で歩いてるなんてダメよ」
「あ、ああ、分かった。連絡してみる」
「お願いよ! 結果はメールでお願いね」
「了解!」
”芙柚さんなんて、大嫌い” ……?
そんな事はどうでもいいから、危ないめにだけは遭わないで……。
店に戻った私はセイジさんの席に着いた。
「おまたせぇ~♡」
「遅いぞ、まひる。タバコは?」
「ゴメン、ゴメン」
タバコを手渡しながら、セイジさんの隣に腰を下ろした。
ヒロさんの席が気になる……。
チラッと見ると、凛さんがヒロさんの腕に絡まっているのが見える。
アハ♡ 凛さんったら、可愛い♡
「なぁ、まひる。あの子帰ったのか?」
「あの子って?」
「さっき、一人で来てた子」
「知世ちゃん?」
「知世ちゃんての?」
しまった!
他のお客さんの名前、教えちゃいけないんだっけ……。
「帰ったわよ」
「なんだぁ。一人だったから、こっちに誘ってみよっかなぁって思ってたのに」
「ダメよぉ。第一、私がそうはさせないわよ」
「何でだよぉ」
「当たり前じゃん。オオカミの群れに仔羊を投げ込むようなことなんてしないわよ」
「ひっで~。まひる、お前って俺たちのことそんな風に見てたのかよ」
「ってか、大学の時にしっかり観察させてもらった」
「なんだよ、ソレ」
「ふふふ……」
セイジさんは大学時代の先輩。
以前、スーパー銭湯に無理矢理連れて行かれた時、長尾と一緒にいた連中の一人。
あの時、ガチで気絶してしまい露わな姿を披露してしまったという失敗談を残してしまった。
私のフルボディを目撃した一人でもある。
あ~ん。人生最大の汚点!
消して! アンタの記憶から消してぇ!
などと思いながら、セイジさんにニッコリ微笑む。
「まひるちゃん」
「はい?」
「あちらの、お席に……」
ヘルプに入ってきたマナちゃんが指さしたのはヒロさんのお席。
「ありがとう。じゃ、セイジさんごゆっくりぃ」
「なんだぁ、行っちゃうのかよぉ。で? マナか?」
「なによ! 私じゃ不満なの?」
「いんや。しっかし、相変わらずゴツゴツしてるよなぁ。マ~ナちゃん」
「殺すぞ! コラァ!!」
「「ギャ~ハハハハハ!」」
「もう、やめてよぉ。乙女心が傷つくじゃないよぉ」
ハハハ……。
さてと……ヒロさん……っと。
「いらっしゃいませぇ」
「やぁ、来たか」
「改めて、お久しぶりです」
「ほんとに……」
ヒロさんは、本当に懐かしそうに私を見た。
が……。
その傍らで、ギラギラと目を血走らせた凛さんが私を睨みつけた。
ヤダー! コワイー!
もう、分かってますってばぁ。