14.ランドセル …2
パンッ!
ママは長尾から紙を受け取りそれを一瞥すると、長尾の横っ面を張った。
『最低だな、お前! 友達、金に替えんのかよ! 出てけ。出て行けーー! お前はクビだ。そんな腐った奴。私の店には置いとけない!』
『ごめんなさい! ごめんなさいーー! 俺、俺……お、れ……』
『出てけよ! 何やってんだぁ! 私に放り出されたいの!!』
『ママ、ママ、ママ。聞いてくださいぃ。お願いします、お願いしますぅ』
『はぁ~』
しかたなく長尾の話を聞くことにしたママはソファに座り直した。
『お、俺。大学やめなきゃならなくなって……学費、払えないんです! けど、やめたくなくって……金、欲しくって。も、もちろんこれはカズオに頼んでからやろうって思ってましたよ。多分断られるかも知れないって思ってたけど……』
『カズオちゃんは純粋なんだから。ちゃんと話せば分ってくれるわ。でもねこのやり方はダメよ! 捨てなさい。あの子の目に入ったら、あの子がどれだけ傷つくか……あの子を傷つけるのは、私が許さないわよ!』
『分りました。やりません、やりません。バイト……続けさせて下さいぃ~。お願いします。お願いしますぅ。うううぅぅぅ……』
長尾は号泣しながら、懇願した。
『はぁ~。情けないわねぇ』
『……ううう』
学費の事は前々から聞いていた……。
そこまで切羽詰ってたとは。俺も人のこと言えた義理ではないが……。
高いんだよなぁ。うちの学校……。
楽を選んだツケが回ってきているのだよ。
『これから、アンタ達が友達でいるかどうかは自由にしたらいいわ。長尾ちゃんも、バイト続けていいし……。カズオちゃん、このことは分ってあげなさい』
『何を分れって言うんですか! 冗談じゃない! そもそも、こういう方法を考えつくって思考回路が俺とは全く違うんだ!』
『その言い分も、理解できる。でもね、人には色々事情があってこんな事を考えてしまう時だってあるのよ。それを、分ってあげなさいって言ってるのよ』
いったい、ママは何を言ってるんだ?
何を分かれって? 意味がわかんないよ。
『ああぁ! 分りましたよ。二度と俺の前に現れないと約束するなら「分った。お前も大変だったんだね」って言ってやってもいいよ! 二度と、二度とその顔を見せないならな!』
俺は再び長尾を憎々しげに睨らみつけた。
長尾はどんなだったかって? へっ! 知らんなぁ。
身体なんか震わせてたみたいだけどぉ。もう、死んでいいぞぉ~。
俺は、奴に背中を向けた。
『カ、カズオ……。悪かったよ。すまん。本当に……俺、自分の事しか考えてなくて……。何も言えないよ。でも……謝らせてくれ。本当にごめん……すみませんでした。二度とカズオの前に現れないよ。約束する……』
辛気くせ~なぁ。何言ってんだぁ。消えろぉ~。
謝っていいよぉ。許さないだけさ。
あぁ! 絶対、許さねぇ!
『カズオちゃん……』
『凛ちゃん。ほっときなさい』
『でも……。長尾ちゃん頑張ったのよ。すごく……』
何、頑張ったか知らないけど、金の為だろぉ。
凛さん。もういいっすよ。
『出場する子達の衣装とか被らないように事前に全部調べて、私に衣装貸してくれって頼み込んできたの長尾ちゃんだったのよ。カズオちゃんは凜さんのプロポーションに憧れてるから、凜さんの衣装着れたら最高のカズオちゃんになるって。何度も何度も……。私、根負けしちゃってさぁ』
何、言ってるんですか? 凜さん。それも、金の為ですよ。わっかんねぇ~かなぁ~。
金の為なら友達売れるんですから、この男は。
『他の女の子達にも、色々アドバイスして欲しいって頼み込んでたわぁ。俺は専門外だからとかいってさ』
『そうね。皆が長尾ちゃんのしつこさに根負けしたのね』
『まぁ。カズオちゃんのことは、皆全力で応援してるからねぇ』
ママまで……もう、いいですって。静かにしてください。まだ右手が痛いんだから。
折れてないけど♪
『それもこれも、あの賭けを止めさせてからの事よ。カズオちゃん』
『え?』
『お金が欲しかったのは確かだけど……。それ以上にあなたに優勝させたかったのは長尾ちゃんだったのよ』
『そ、それが何だって言うんですか。基本ですよ、基本。そう言う考え方する人間はこの先、また同じ事をしでかすって事です。そんな奴と一緒にいられない。いたくない!』
『わかったわ。もういいわ、カズオちゃん。この話はここまでよ。お化粧直しなさい。もうすぐ結果発表じゃないかしら?』
俺は鏡に向き直り化粧直しを始めた。
俺は許さない……。誰が何と言っても許さない。たとえママが……。
『よしむらさ~ん。ステージに戻ってくださ~い』
進行係が呼びに来た。さっきの奴だ。
おぉ。もしかして、俺に惚れたかぁ?
うん、コイツの顔を見るとテンションが上がるな。
いい感じだ♪
『あっ。は~い』
進行係は俺の傍までやって来て、手を出した。
ん? 何だ?
『手、貸します』
『あ、ありがと……』
ドキッとした。
何だろうこの感じ……。
言っとくが、俺は男に興味はない。
俺は女が好きなんだ。俺は……。
俺の恋は……晴華だ。
何だろう? 女装のバイトに戻った時……久しぶりに着たドレス。あの時の感情に似ている。
あの時、込み上げてきた涙。何とも言えない思い。
それに似ている。
俺は進行係の手のひらに右手を乗せ立ち上がった。
気持ちが和む……さっきの腹ただしさが嘘のようだ。
コイツのお陰だな。
進行係は俺に気遣いながら、ゆっくりとサポートしてくれる。
途中、
『ま、マジでキレイですね。俺、何か勘違いしそうっすよ。ハハハ』
『よせよ。イベントじゃん。でも、嬉しいよ。頑張った甲斐あるよ』
『アハ。喋ったら、ヤッパ男か』
『ったりめ~じゃん。で、結果どんな感じなんだ? イサオいいとこいってんだろ?』
『イサオさんっすか? まぁ、有力候補だったからなぁ。そこそこいいんじゃないかなぁ』
『そうか……。やっぱりな』
そっか。やっぱ有力候補……。
俺はどうなんだ?
コイツに聞いてみるか?
『なぁ。店行っていいかな? 安くしてくれんだろ?』
『えっ? 何の事だ?』
『ゲイバーでバイトしてんだろ? お前の裏方、すげーよな1人でチラシ配ってたぜ。会場に入ってくる奴全員に、これで優勝したら客増えるぜ』
『……』
『イサオらもよ、それ狙いでやってんだけど。正直、俺ら男には関係ないっていうか。こんなんボランティアじゃん。何の旨味もない訳よ。けどよ、あの長尾って奴がさスタッフ一人一人に声かけてきてさ「いよ! お疲れさん。吉村が優勝したら、うちの店でおつかれさん会するから来いよ」って、ゲイバーって行った事ないから皆行きたいなぁって。でも、ほらお前今まで一回も顔出さなかったじゃん? ちょっと疑ってたんだ。だけど、確信したね。アイツが言った事はホントだって』
ちょ、ちょっと待て! あいつが店の宣伝までしてたって? どういうことなんだ?
だが、俺の事もバラしてっるってことだよな。あんの野郎! 何から何まで!
ん? けど、この結果次第っていうか、このコンテストに出るって時に俺は覚悟したはずだよな。これからどうなっても、俺の決めた事だって。
おいおい。何だぁ? 風向きが変わってきてないかぁ~?
『着いたぞ。大丈夫か?』
『あぁ。ありがとう。助かったよ』
『なぁ……。もっかい、アレやってくれよ』
『何だよ。何をだよ』
『うふ♡ ありがと♡ ってヤツ』
『……』
俺は呆気に取られた。勿論、リクエストには答えたさ。
ウィンクつきで……。
だが、もう一回言っとくぞ。俺は男に興味はない!
ステージでは出場者が並んでいた。
ひゃ~! 圧巻だねぇ。いや、凄いよ。
ステージ横のカーテンからステージに足を踏み入れる。
ライトが一斉に俺を狙った。
わっ! 眩しい!
歓声がひときわ大きくなり、会場が揺れんばかりに響いた。
おおぉ! 興奮するねぇ。
『大丈夫ですかぁ? 吉村君。さあ! これで全員揃いました。では、早速発表して貰いましょう! 今回このイベントを発案され御助力頂きました。株式会社ケーズ・スリーの代表取締役、中島真治様です!』
『え~。始めまして、中島真治です。この度は……』
ふ~ん。結構ちゃんとしたイベントだったんだ。何も知らんかった。
そういや、長尾が全部やってくれてたよな。
いやいや。金の為だ。騙されるな。
けど、今日は当日だよな……。「一人でチラシ配ってたぜ……」
進行係の奴が言ってた事って、今日の事だよな……。
『次に、準優勝の発表です!』
え? 準優勝? 3番は誰だ?
俺は中島って奴の隣に立っている奴を見た。
トオル……。へっ? 台本通りなのか? これは?
『野村イサオさんです!』
『『『おおお!! おおお!!』』』
『『『イサオ~! おめでとう!』』』
お! イサオ! いいとこまでいったねぇ! 拍手してやるよ、後でな。
今は手が痛いから~。無理なのぉ~。
優勝候補のイサオが準優勝ということは……。
俺の勘違いでなければ……。
あの手応えが、本当だったなら……。
呼ばれろ! 俺!
俺の名前を言え! 頼む! 俺を呼んでくれ!
呼ばれろ!呼ばれろ!呼ばれろ!呼ばれろ!呼ばれろ!呼ばれろ!呼ばれろ!呼ばれろ!
身体が震える……。手に汗握る。
『それでは、栄えある優勝者は!…………よしむら! かずおさん! です!!』
『よっしゃーー!!』
思わずガッツポーズしてしまった。
いやん。はしたなかったかしら?
『『『『キャー!! カズオちゃ~ん』』』』
『『『吉村ーーーー!!!』』』
『『『カズーーー!!』』』
凄い声援だ! 俺はびっくりした。
俺ってこんなに友達いたか?
お姉さん達の特殊な黄色い声は聞き分けられるが、他の声は?
司会者が俺の前に歩み寄り、手を差し出した。
『お手をどうぞ』
『あ、ありがとう』
『綺麗だよ。今日は女性としてエスコートしたい気分になっちゃって……』
司会者はそう言うと手の平に乗せた俺の指先に軽く自分の親指を乗せた。
ゆっくりとステージ中央に……。
優しくサポートされている……今、女としてサポートされているんだ。
女として……女……として?
込み上げてくるあの感覚__。
ううん……女としてじゃない。
俺は……俺は……。
溢れてくる感情__。
俺は……私は……女なのよ。
『母さん……僕、赤いランドセルがいいの』




