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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
137/146

137.今なら素直にそう思う。

 

 地下鉄に乗り込むと、朔也は『逮捕の現場をガチでみたんだぜ!』と興奮気味に話した。


 勿論、私はそんなレアなものは見た事がないから、驚きながら聞いていた。


 刑事を変態か痴漢だと思い込んで、『俺がちゃんと見ているんだからな!』と、言った下りには笑った。


 以前、電車の中で痴漢を捕まえた時のドキドキ感を思い出した。

 ってことは、私だって結構レア体験してんじゃん?


「テレビで手錠を掛けるシーンみたいだったけど、『ガチャッ』って、音が聞こえなかったんだよなぁ」

「周りがうるさいからねぇ」

「そう! やじ馬がい~っぱいでさ!」

「何言ってんのよ。アンタだって、そのうちの一人じゃない」

「だ、だけど、俺はあの女の人に何かあったら、あのオッサンに飛び掛かるつもりだったんだぞ!」

「はい、はい。そうならなくて良かったって話よ」

「ちぇ……」


 そして、山崎さんとの話に及ぶと……。

 なぜが、朔也は多くを語らなかった。


『前々から気に入らなかったんだ。別に関わりがなかったから良かったけど……。今日は、俺がムシャクシャしてたから……』


 ……だけに、留まった。


「ねぇねぇ。とつげん……びんこう……? って何?」

「何? それ」

「えぇ! 芙柚ってば、国語の先生だろぉ!」

「……あぁ、『訥言敏行』のことね。口数が少なく、行動が素早いってことね」

「ふ~ん。なるほどねぇ……。ちぇっ、なんか悔しいな」

「? 何の事? 試験にでも出るの?」

「いんや……。試験は全然関係ない。塾長先生が言ったんだ……山崎さんに向かって」

「塾長が? 塾長室に入った時?」

「そう……」

「ふ~ん。話の流れがいまいち分からないけど……。朔、アンタよく覚えてたわね」

「そこぉ!?」

「アハハハハ……ハ。だって、あんまり話し言葉では使わないもの。四文字熟語なんて会話に乱発しないでしょ。ま、塾長が言ったっていうなら分かるけどねぇ」

「『私は融通の利かない、仏頂面したジジィに見えてるのかね』な~んて言うんだぜぇ。そんなの『はい、見えます』なんて、答えられる訳ないじゃん。なぁんか、いやらしいんだよなぁ」


 そう言って、朔也は口をへの字に歪め肩を竦めた。


「だけどさ……。何が原因なんだって、一言も訊かないんだ。塾長先生が考えてる事とか……。何で、先生になったかとか……。自分の話ばっかするんだ」


 塾長らしい……。


 私の時もそうだった。

 晴華に『もう一度バイトしない?』と言われ、塾長と2度目の面接の時。

 私は、果し合いにでも行くのかというぐらい気負っていた。

 でもその時、塾長の人柄を見た。


 本当に、素晴らしい人だ……。


 朔也が言うように、物言いに少々険を感じる事はあるが、それは彼のユニークな人間性の現れだとしている。


「そっか、塾長は何も訊かなかったか……」

「う……ん。でも、ちょっとは、聞こえてたのかも……」

「何でそう思う?」

「う……。塾長先生の話の中で、『身近にいる人が、その対象かも知れない』って言ったんだ……。それって、俺と山崎さんのお互いを指してるんじゃないかなって……」

「ふ~ん」


 偉いな、コイツ。

 やっぱ、賢いわ。


「で? 朔はそれで良かったの?」

「うん。塾長先生の話、聞いてるうちに……ここんとこが、ストンとしたんだ」


 そう言いながら、朔也がみそおちの辺りを撫でた。


「ストン?」

「うん。ストン」

「ストン……ねぇ」


 理解できたってことなんだろう。

 ちゃんと、落ちたんだ……ウフ、可愛い♡


 どうやら、この件に関して私の出番はないみたいね。

 じゃ、本題に入るとしましょうか。


「ねぇ、『引き取って』って、どういうこと?」

「あ……。そ、それは……」

「何なのよ。言いなさいよ」

「実は、………………………」


「なっ!」

「シッ!!」


 なんだとぉーー!!


 まず、手が震えた。

 その振動は肩に首に伝わった。

 耳の後ろからこめかみへ……。


 どうしても感情が先走ってしまうのを押さえながら……。

 震えが身体中に、感情が頭の芯に、怒りが心臓を貫く前に__。


 ふ! ふざけてんじゃねぇぞ!!


 考える……、考える。

 ザワザワと、皮膚の下を這うように広がっている震えを、必死に堰き止めながら考える__。


 あの……クソ親父! 何て事を!

 ぶっ殺……。


 考えろ! 考えろ! 感情を飛ばせ!

 思考を優先するんだ!

 ある事(事実)と、ない事(感情)を区別しろ!!


 思わず発した一言で、電車に乗り合わせている一部の人がこちらに目を向けた。

 朔也が咄嗟に制止しなければ、私は叫んでいただろう。


「息吐いて…芙柚」


 心配そうに私を見上げる朔也の目。


 私は肺の中に溜まった、怒気を思いっきり吐き出した。

 そして、新しい息が吐き出した分……いや、それ以上に入ってくる。


 その分、少し冷静になれる。


「落ち着いた?」


 まだ、朔也は心配そうに私を見ている。


「ふっ……。アンタに言われちゃあね」

「ごめん……」

「何がよ。ごめんって」

「うん……。ゴメン」

「バカね……」


 私は朔也の髪をクシャッと軽く掴み……、その髪を元通りにする為に優しく撫でた。

 コツンと私の肩にもたれ掛かってきた部分から、朔也の何とも言えない寂しさ、辛さ、悲しみの感情が伝わってくるような気がした。


 不意に以前の事が思い出された。


『養子縁組』


 塾長に『彼を、自分の人生のジグソーパズルを埋める為の1ピースにする気か?』と言われ、激怒した。

 だが、その怒りは隠していた……自分でも気づかないふりをしていた、本音を穿(ほじく)られた時の怒りだった。


 今は素直に思う。

 この子が欲しい……と。


 朔也が可哀そうとか、私が守ってあげるとか、そんなことじゃない。

 私がこの子の傍にいたいと、心から思う。


 初めよう!

 あの時、考えていた事の続きを__。


 忘れていた訳でも、諦めてしまった訳でもなかった。

 ずっと、ずっと私の心の片隅にしまっておいた事。


 きっと私の強い思いが、朔也を引き寄せたんだ。

 別に何かを引き寄せる未知の力が自分にはあるんだと、思い上がっている訳ではない。


 当然、朔也側に起きた事が繋がったから、ここに至っているのだという事はよく分かっている……けれど。

 それも、私が引き寄せた事だと思うことで、これからの事に責任を担う覚悟がより強固となる。


 塾長との会話が思い出された。


『君を選択したことを彼が後悔したら?』『彼の結婚相手に受け入れられなかったら?』『彼が君の事を恥ずかしいと思わないとは、限らないんじゃないか?』


 そう、何も限らないんだ。

 一秒前が過去なら、一秒先は未来__。

 何が起きるかなんて、誰にだって分からないんだ。

 だから、今が大事なんだ。


 この子の傍にいたいと思う……今が。


 父ちゃんや母ちゃん。アニキに麻由。

 家族の皆に朔也を今一度受け入れてもらう為だったら何でもする。

 何でもできる__。


 塾長にも、知恵を貸してもらおう。


「まったく、君は性懲りもなく……」


 という声が聞こえてきそうだ。

 純子ママにも……。

 柳にも……。

 長尾にも……。


 その前に……あの、くそ親父をブッ飛ばしてやる!!

 心底肝を冷やす程に……完膚無きまでにしてやらないと、気が済まない__。


 『安心してください。暴力じゃないよ……(^^)b』


 朔也の頭を撫でながら言ってみた。


「私がアンタの母ちゃんになってあげるよ」

「よせやい……。母ちゃんになんか、なれるもんか」


 朔也はそう言って、私の肩に頭をのせたまま、フィッと顔を背けた。


「ふっ、そうだね。無理だね」


 けれど彼は、暫くすると私の腕をギュッと掴み、私の方を向いて胸に顔を埋め、小さな声で呟いた。


「ね、姉ちゃんでいいよ……」


 アハ♡ 姉ちゃん……か。



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