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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
133/146

133.切り捨てられた心 - 朔也。

 ガシャーン!!


「なんなの? なんなの? なんなの! なんなのよぉぉぉぉぉ!!」


 ガシャーン! ガシャーン!


 チッ、またかよ。

 なにが『なんなのよ』だ。

 こっちが言いたいよ『お前が何なんだ!!』ってね。


 明後日、父が帰ってくる。

 一週間前に連絡があった。

 そうなるとヤツは、決まって2日前にヒステリーを起こす……。

 まったく、よくやるよ。

 皿が何枚あっても足りやしない……。

 で、明日はハウスクリーニング業者がやってきて証拠隠滅。

 父が帰って来る頃にはにこやかな清々しい顔をして、父を迎え入れる。

 ケッ……ヘドが出る。


 中学生になって、父から俺の口座に毎月5万円が振り込まれるようになった。

 理由は、俺をあのババァには任せられないっていうか、関わらないようにする為だ。

 当然その分ババァの小遣いが減る訳で……。

 いや、俺が思うに……ババァに送金される生活費は大幅に減らされたような気がする。

 これはアイツにとっては大打撃だ。

 大好きなブランド物を買い集めることもできなくなり、外に出て見栄が張れなくなってしまった。

 そうなると今までの様に遊び回ることもできなくなって、週末毎にイライラしながら家中を歩き回りやがる。

 それが俺にとって、死ぬほどウザイ。


 そして、アイツにとって一番厄介なのが『旦那様が帰って来る日』だ。

 以前のようにどこかのレストランの食事を宅配してもらうこともできなくなったし、家の掃除も自分でやらなければならない。

 金で作った『良くできた可愛い妻』の仮面を被ることができなくなってしまったアイツにとって、今まで何もしてこなかった、何もできないツケが回ってくる日。


 アイツが一番見栄を張りたい相手は『旦那様』なのだが、それも侭ならない。

 仮面を剥がされ、何もできなくなった自分に対してヒステリーを起こす暇があれば、何か一つでも努力しろよと思う。

 いい大人が、その度に癇癪を起して皿を割りまくるんだから、アホ過ぎて呆れてしまう。

 いったい、父とアイツはどんな出会い方をしたんだ? 別に聞きたくもないけど……。

 よくもまぁ、父も上手く騙されたもんだ。

 俺から見ると、ババァはただの寄生虫だ。


 生活費を削られたアイツは苦肉の策なのか、今まで買い漁ったバッグや服を質屋に入れて金に換えているようだ。

 そんな事には頭がよくまわるんだよな。

 時々リビングに、大量の買い物袋が散乱している。

 そんな時、俺は屋根裏部屋へ行ってアイツの持ち物を調べるんだ。

 思った通り、高価そうな物がなくなっている。

 俺はブランドには疎いから、金に換えるのにはどれがいいのかは分からないが、『H』の頭文字がついた物の入れ替わりが頻繁のようだが、それも長続きはしないだろう。

 買った値段より、売る値段の方が遥かに低いのは当たり前のことで、金は確実に減っていくんだから。

 そんなことは小学生でも分かる事だ。


 毎月5万円が手に入るようになった俺はと言えば……。

 最初の月はゲームや漫画を買い漁った。

 おやつも買い放題。

 毎日ゲームセンターにも通った。

 だが、一か月で飽きた。

 おやつを分け合う兄弟もいない、ゲームの事を楽しく話す友達もいない。

 ましてや、ゲーセンに一緒に行きたいと思う奴なんかいるハズもない。


 毎日同じ話題でヘラヘラしているクラスの奴らを見ていると、ムカムカしてくる。

 教師に言われた事に『そんなことできない』とまず逆らう奴と『はい』と素直に言いながら、何もしない奴ら。

 教師の悪口、親の悪口、友達の悪口……、自分の周りの人や物に対していつも不満ばかり吐き出している奴ら。

 奴らの口からヘドロが飛び散っている。

 教室が奴らの口から垂れ流されたヘドロに腰まで浸かっている。

 アイツらはそんな事にも気づかずヘドロの海を行き来しては、ヘラヘラとくだらない事ばかりしている。


 勿論、ヘドロが見えるのは俺だけだ。

 この学校に来てからずっとヘドロ塗れの毎日……。

 最近、微かだが異臭を感じるようになった。

 勿論、これも俺だけの事……。

 このままいけば、きっとクラスメイト達はいつかゾンビになってしまうだろう。

 それも俺にだけにしか見えない世界……。


 もしかして、家にいるババァが見える世界はこんな感じなのか? 俺はアイツと同類なのか?

 だけど俺とアイツとでは決定的に違うところがある。

 俺は目に見えている物になんか負けない。

 そんなものに負けて、ヤケになったりなんかしない。

 皿を割って、いったい何が解決するっていうんだ?


 以前、芙柚に叱られた時『世の中に起きることは全て自分が発信してるんだ。誰のせいでも何のせいでもないんだ。文句ばかり言い並べて被害者のフリをするんじゃない』と言われた。

 この世界は自分が作り出したものなんだ。

 だから抜け出せない筈はないんだ。

 俺は絶対にこの世界から抜け出してやる。


 俺は考えた……家を出よう。

 高校生になったら一人暮らしをしよう。

 その為に金を貯めるんだ。

 家を出るのなら全寮制でも構わないが、あまり人と関わりたくない……。

 寮なんかに入ったら四六時中、人がワサワサといるところで過ごさなければならなくなる。

 それは……キツイ。

 とにかく今は金を貯めよう……今はそれが最善。


 父が帰ってきた。

 ババァは『可愛い妻』を演じ、俺は『素直な息子』を演じる。

 そう『演じる』ようになったんだ。


 ババァに髪の毛をメッタ切りにされた時、『しばらく吉村先生のところへ……』

 俺は嬉しかった。

 芙柚の家は大好きだから『よっしゃ!』って、父の見えないところでガッツポーズしたさ。

 だけど……何かに刺された気がした。

 どこに刺さったのか、何が刺さったのか分からなかったけれど、体のどこかにチクッって小さな痛みがあった。

 次の日父の顔を見た時、俺との距離感が違っていた。

 俺は父に対して『冷めた』と気がついたと同時に『息子』を演じ始めた。

 おそらく父も何らかの役を演じているだろう。

 そして今、3人が家族団欒のテーブルに着いた。

 まさしく、役者が揃ったのさ。


「今度、人事異動がある。単身赴任は終わりだ。やれやれだよ。やっと、戻ってこれるんだ」

「そ、そうなの? いつからなの?」

「すぐってわけじゃない。来期だから4月だな」

「えらく早い情報だね。それって情報漏えいじゃないの?」

「ハハハハ、そんなとこかな。そんな大層なもんじゃないがな」

「怪しいなぁ。捕まんないでよねぇ」

「バカヤロウ、人事部長から直接聞いたんだよ。異動願いを出してたからな」

「そうなんだ。よかったじゃん」

「ああ、お前らにも色々迷惑かけたからな……」

「別に……父さんのせいじゃないさ」

「朔也……お前いつから『父さん』って言うようになった?」

「え? 中学からじゃないかな? いつまでもパパじゃ、俺がみっともないよ」

「そうか……」

「もっと早く気がついても良かったくらいさ」

「そうか……。改めて『父さん』なんて呼ばれると、ちょっとよそよそしく感じるというか、なんか寂しく感じるな」

「ハハ……、変なの」

「全くだ……。ハハハ」


 俺達が軽口を叩きながら食事をしている横で、ババァが息を潜めてブツブツ独り言をいってる。 

 愛する『旦那様』が単身赴任を終え帰って来るというのは、普通の『奥様』にとってはソワソワするくらい嬉しい事なのじゃないのか?

 それなのにコイツときたら、あからさまに途方に暮れてやがる。

 馬鹿じゃね?

 長い間離れて暮らしているうちに、『旦那様』用の仮面が出来上がってたってことだ。

 だが仮面には既にヒビが入っていて、取り繕うこともできない。

 その上、父もその事に気付いていて今もババァの方を見てはいない。


『彼女は病気なんだ……』

 ああ、そうだろうとも、確かにコイツは病気だ。

 そして、その彼女の為に移動願いを出して帰って来るって?

 なんとも、お優しい『旦那様』じゃないか……。

 フ……。おっと、鼻で笑ってしまった。

 ま、何にしても来年の春から父が戻ってくる。

 最低2年は仲のいい家族のフリをしていなきゃならない……。

 2年の我慢……か、しかたない。


「そこでだ……朔也」

「ん? 何?」

「実は……、マンションを借りようと思うんだが……」

「エッ……? 何で?」

「暫く……そこで暮らしてくれないか、朔也」

「……」


 その時父の横に座っているババァが顔を上げて、口が裂けるのではないかと思うくらい唇を横に広げ、焦点の合わない目をこちらに向けてニタァと笑った。

 瞬間、“切り捨て”という言葉が頭の中に浮かんだ。

 次に、その言葉が胸の辺りにドンと落ちてきた。

 そして……少しずつ下がり……。

 今……みぞおちの辺りにドロッと広がりジワジワと形を変えているような感じがする……。

 多少、重さも感じる……重い。

 と、同時に何かが身体の中からスゥーと抜けて行った。


 心が……静かだ。

 まるで身体中のあらゆる機能が停止したような感じ。

 俺の時間だけが止まった。

 こういうの……真っ白っていうのかな……。


 俺は手に持っていた箸をテーブルにそっと置き、静かに椅子から立ち上がった。

 父が俺の顔を見上げ『どうしたんだ?』と訊く。

 どうしたんだろ、俺。

 俺がリビングの入り口まで来ると、背中から父の声がした。


「朔也、どうしたんだ。食事中だぞ」

「うん。ごめん、ごちそうさま。もういいよ」

「朔也……」

「俺、塾に行ってくる……」

「いや、しかし……お前、今日は……」

「いってきます」


 時計、ゲーム、貯金通帳、カード、下着、Gパン、靴下、教科書……制服。

 部屋に入るなり、俺が持っている中で一番大きなバックをベッドの上に置いた。

 思いついた物からバッグの中に詰め込んでいく。

 必要なのか、そうでないのかも分からない。

 取り敢えず、思いついた物からだ。

 バッグに詰め込む手が加速する。

 しまいには、まるで急き立てられているように速くなっていた。

 バッグのファスナーを閉じると、今度は慌てて部屋を飛び出した。

 ダダダダと階段を駆け下り、玄関まで走ると急いで靴につま先を突っ込んだ。


「朔也!! どこへ行くんだ!」


 俺は扉を開け、逃げるように家を出た。


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