130.冷たい花火。
「おっ♡ いいね、いいねぇ。ヤッパリ浴衣はいいねぇ」
嬉しそうに私の周りをグルグル回っている柳は、顎に手を当てご満悦の様子。
は、恥ずかしいから、やめなさい! って。
ったく……。人の気も知らないで……。どんなけ暑いと思ってるのさ……。
「柳さん、おもしれ~。芙柚のこと、ホントに好きなんだぁ」
「そうさ。ハハハハ」
いっ!?
朔也と私は顔を見合わせた。
冗談で冷やかしただけのつもりの朔也が一番驚いている。
勿論、私だって驚いているわよ。
そんなに……ハッキリと……。しかもマスターと朔の前で……、バカ。
「だ、だけど、凄いカップルが誕生したもんだな。こうして見ると結構迫力あるぞ」
「そ、そうだね……。ハハハ」
一瞬何とも言えない空気が漂った雰囲気を変えようと思ったのか、マスターが意味不明な事を言い出した。
迫力……って。
朔也は空気を変えたのが言いだしっぺの自分だとわかっていてバツが悪いのか、マスターに調子を合わせて頷いている。
「凄いって……何が?」
「あ、いや。二人とも背が高いし……。美男美女じゃないか。雑誌に載っても可笑しくないぐらいの、は、迫力だな……って」
お~お~。上手く誤魔化したわねぇ~。これも年の考かしらぁ?
私の目が自然に細~くなってマスターを見つめる。ジロリンチョ……。
ま、確かにマスターが云わんとする事は何となく分かる気がする。
柳は180cm越えの身長だし、私も下駄の分上げ底されて175cmは余裕で越えているハズ。
それに……美男美女となれば……。
オーッホッホッホホホホ……。
迫力のある凄いカップル? ギリ許してあげるわぁマスター。
仕方ない。これは機嫌直すしかないか……。
「じゃ、そろそろ行こうか?」
「車なのぉ? 柳さん」
「ああ、だけど駐車場からかなり歩くぞ」
「そっかぁ。暑いだろうね」
「出店とかあるんじゃない? 気も紛れるって」
「だよねぇ~。早くいこ!」
「な~に? 何、目当てなの? 花火が主役よぉ」
「分かってるよぉ」
私達は柳の車に乗り込み花火大会に向かった。
運転しながらチラチラと私の方を見ている柳の視線に『好き……』が伝わってくる。
まんざらでもない気分で視線に微笑み返す。
朔也はそんな私達に気を遣ってるのかいないのか、後ろの座席でゲームに興じている。
「ゲームばっかしてたら酔うわよ。エアコン入ってるんだから窓開けられないわよ」
「朔、一旦休憩しろよ」
「う、うん。あと、もうちょっとでクリアなんだよ。ホッ、ヨッ……」
ゲーム機から目も離さず、しきりにボタンを押し続けながら返事をしている。
知らないわよ~。ったく……。
「芙柚。なんか欲しいものないか? コンビニ寄るぞ」
「う……ん。でも、あんまり水分とっちゃうとトイレが大変になるから」
「大丈夫さ。簡易トイレもあるだろうし、汗掻けばトイレなんか気にしなくなるさ」
「もう、浴衣でトイレって、大変なんだからぁ。そう何度も行けないわよ。簡易トイレなんて狭いし汚いし……浴衣が汚れちゃうじゃない」
「はいはい。おい、朔は? 何かいるか? いらないならこのまま止まらずに行くぞ」
「う……ん。今はいらない」
「今いらなかったら、あと一時間は何もなしよ?」
「うん……ちょっと気分が悪くなってきて……」
「「エェーー!!」」
馬っ鹿じゃないのぉ。
急遽ドラッグストアを探し、車を止めて朔也を降ろした。
柳が酔い止めの薬を買ってきて朔也に飲ませる。
「大丈夫か?」
「う、うん。ゴメン」
「もう、何やってんのよぉ。だから言ったじゃない」
青ざめた朔也にうちわで風を送りながら訊いてみた。
「どうする? このまま行く? 行ける?」
朔也は悲壮な顔をしながら、慌てて答えた。
「行くよ。行く行く、大丈夫だって」
「無理しなくていいぞ」
「大丈夫だよ、柳さん。ゴメン」
車酔いの経験がない私はどうすれば朔也が楽になるのか分からなかった。
「まぁ、クスリが効いてくればマシにはなると思うけど。朔、横になっとけよ」
「うん、分かった。ホントごめん」
私達は再び車に乗り込み、花火大会を目指した。
とんだアクシデントで車内は暫くの間静かだったが、クスリが効いてきたのか朔也の口数が段々増えてきた。
「朔、水分補給しとけ」
「うん。ありがとう」
スポーツドリンクを受け取る朔也の顔色は、幾分か元にもどりつつあった。
現地に着くと予想通り、人、人、人……。
あら~、今度は私が人に酔いそう。
元々人ごみが苦手な私は車から降りた途端、引き返したくなった。
柳と朔也に手を引かれ渋々ついて行くが、足が思うように前に進まない。
ゾロゾロ歩いている人ごみにうんざりして、花火なんかもうどうでもよくなって『私、車の中で待ってる』と言いかけた時。
あっ、そうか! ハッハ~ン、分かったわよぉ。
何故、柳が珍しく朔也を誘うって言ったのか不思議だったのよね。
朔也がいれば引き返すなんて絶対言わない。
車に酔ったのは予想外だったかもしれないけれど……、それでも朔也は引き返すとは言わなかった。
もしかして、私の引き返し防止の為に朔也を連れてきた?
朔也が『行く』と言えば、私が引き返す訳にはいかないって計算してたってことよねぇ?
コ、コイツ……。
はっ、やられた……。
だけど、柳……。私ゃ、アンタのそういうとこ……嫌いじゃないよ。
ムカつくけどね……。
柳が言った通り、花火会場はイヤなるほど遠かった。
沿道に立ち並ぶ出店の兄ちゃん達が声を掛けてくる。
「オネェちゃ~ん。かき氷あるよぉ」
「いらっしゃ~い。トウモロコシいかがですかぁ~」
「は~い。ジャンケンに勝ったら玉子3個だよぉ~」
花火が始まる前に、飲み食いしたら後が大変。
簡易トイレ確認しとかなくっちゃ……。
「芙柚~。氷食べたい~」
「ちょっと待って、先にトイレ探しとかないとぉ……」
「大丈夫だってぇ」
私はキョロキョロしながら沿道を進んだ。
柳がずっと私の手を握り、人ごみに紛れないように、ぶつからないように、引いたり後ろに回したりして誘導してくれている。
昔、家族で祭りに行ったとき、父ちゃんが私にしてくれたように。
「ちゃんと前向いて歩けよ」
「はぁ~い」
「氷ぃ~」
どれくらい歩いただろう、もう限界……勘弁して……と思った時、大群衆にぶち当たった。
はぁ~、やっと着いたぁ。
大勢の人が夜空を見上げ、花火が打ち上げられるのを今か今かと待っていた。
河川の向こう側に花火師たちと主催者だろう人々が、動き回っているのが見える。
柳が手荷物からシートを取り出して地面に広げた。
「朔、ここにするぞ。芙柚、下駄脱いで足伸ばせよ」
クゥ~、何とも至れり尽くせりじゃないのぉ~。
シート自体はそんなに広くない物だった。
私が足を伸ばせば、柳と朔也は腰かけるだけのスペースしか残っていない。
柳の言葉に頷いた朔也はシートの上にストンと座った。
3人共、暑さと人の熱で汗だくになっている。
うちわで煽いでも全然涼しくなんかならないけれど、歩かなくてもいいってだけで私は満足した。
私達のシートの周りに家族連れやカップルが、それぞれ場所を決めて座りだす。
何気なく周りの光景を眺めていると、私達の横を通る人や座っている人とやたら目が合う事に気付いた。
え? なに? 私? もしかして私見られてる?
あ、汗で化粧が……?
「ね、朔。私の顔、変?」
「え? なにが? 別に何ともないよ」
もう! この子はダメだわ……。
「柳、私の顔。ヤバイ?」
「うん? 別に何ともないぞ」
「化粧くずれ……ヤバくない?」
「大丈夫だろ。多少は剥げてるけど、気にすんなって」
「気にすんなって……」
「皆、花火見に来てるんだから。関係ないだろ」
カチンッ!!
柳が言ったことは本当のことだけど、それがもの凄く勘に触った。
と同時に別の考えが浮かぶ……。
オンナに見えない? もしかして、オトコが女装してるように見えてる?
そう思った途端、周りの人たちの目が笑っているように見える。
『アレ、オトコじゃない?』
『化粧とれてるじゃない。恥ずかしくないのかしら』
『女装したヤツと一緒にいれるのか?』
頭の中に聞こえもしない言葉が、次々と浮かんでくる。
だらしなく伸ばした足を引き寄せ、襟元に手を添え着崩れを直す。
人目を避け俯く、もう顔を上げることができない。
どうしよう……。
遠くに来ているから大丈夫だなんて……。
知り合いに会わなければいいなんて……。
私自身がみっともなければ、どこに行ったって同じじゃない。
大きな音がして、猛暑の夜空に大きな花火が上がった。
堤防を埋め尽くす人々の一人一人の顔をハッキリと照らす。
その瞬間、滲んでいた汗が引き……寒気がした。