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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
126/146

126.結婚式当日。(2)

 コンコン_。


「どうぞぉ」


 朔也が先頭を切って、新郎待合室の扉を開けた。

 部屋の中では、姿見の前で長尾がネクタイを結んでいるところだった。


「ヒュ~♪」

「わぁ! 長尾さん、カッケ~!!」

「へぇ。似合うじゃん」


 真っ白のタキシードを着た長尾の顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。

 こりゃケッサクだわ。


「や、やめろよ。やっと汗が引いて、ネクタイを締めようと思ってたのに……チッ」

「ほんとだぁ。長尾さん、おでこに汗がビッショリだぁ。花嫁さん貰うのってたいへんだねぇ♡」

「さ~く!! (シバ)く!!」

「キャ~、助けて~♪」


 朔也に向かって手を振り上げた長尾の横をすり抜け、朔也は部屋の中を走り回った。

 そして、大人げなく朔也を追いかける長尾……。


「もう! 長尾! やめろって。こっち来いって。煽いでやるからぁ。朔! 止まれ!」

「キャ~ハハッハ」

「こいつぅ!」


 長尾は朔也を捕まえるとヘッドロックして、頭のテッペンに拳をグリグリと押し付けている。


「いや~。助けて~」

「自業自得だな」

「ごめんなさ~い」


 朔也は足をバタバタさせて身体を捻りながら、何とか長尾の攻撃から逃れた。

 部屋の隅っこに逃げこみ、自分の頭を撫でながらヘラヘラしている。


「ほら、上着脱げよ。煽いでやるから」

「ああ。ひぇ~、あっちぃ」


 柳と私はその辺に置いてあったパンフレットとトレーで、長尾の両側から風を送った。

 ったくぅ、背中が汗だくじゃない。馬鹿~。


「彩んとこには行ったのか?」

「いや、花嫁さんは本番までお預けだ」


 柳がトレーを上下させながら、サラッと答えた。


「そうなのか? カズオは? 行かなくていいのか?」

「え? あ、ああ。俺も、本番でいい。写メも見せて貰ってるし……」


 行けないわよ。晴華がいるのに……。


「麻由ちゃん、早くから来て手伝ってくれてたよ。ホント、助かる。サンキュな」

「それは、麻由に言ってやってくれよ。俺は、何もしてないし」

「ってか、なんで『俺』?」


 長尾が首を傾げて私を見た。

 長尾……お前に突っ込まれると立場がなくなりそうだわ。

 それでなくても……。

 私は柳の顔をチラッと見て、


「大学の連れ……結構、来るんだろ……」

「そんなこと気にしてんのか? らしくないなぁ。もっとシレっとしとけよ」

「そんな訳にはいかないだろ。お前の母さんだって……」

「今日だけさ! な、芙柚」


 柳が会話に割り込んできた。


「柳、お前『芙柚』って呼んでんのか?」

「そうだよ。コイツは『芙柚』だ。それ以外何なんだ? お前だってコイツの名前、守ろうとして事務のおばさん追い出したじゃないか。あそこまで頑張って『カズオ』はないと思うけど?」

「う……ん。そうだよなぁ。けどさ、何か……照れくさいっていうか」

「周りがそうやって自分の照れとか慣れの方を優先するから、本人がいつまでも胸張って自分の名前が言えないんじゃないか? それって、おかしいだろぅ」

「……そうだよな。確かに……俺は自分の気持ちとかを……優先してるよな。カズオは……」


 長尾はそう言いながら、考え込んだ。

 お、これはヤバイぞ。


「べ、別に……そんなふうに考え込まなくても、自然に呼べる時が来ればその時でいいじゃん」

「それっていつだよ」


 柳……どうしたんだよ。やけに突っかかってくるよな。


「俺はコイツのこと『吉村芙柚』。性別『女』として関わってるぞ」

「柳……」


 長尾と私は柳をポカンとした顔で見た。

 え……柳。今、それ言って何なの?


「ああ。全くだ。柳の言う通りだ。カズオがいう『いつか』ってのは、俺がつくる『今』だな」


 そう言いながら長尾が私の方を向く。

 嫌な予感がする……柳、お前はこの熱血男に大量のガソリンをぶっ掛けたぞ……。


「カズオ! お前は今日から、いや今から『芙柚』だ!」


 キャ~! やっぱりぃ~。

 やめて~、今日はやめて~!

 せめて今日だけは、晴華の前で男でいたいのぉ~!


「い、いや! ちょ、ちょっと待て。お前たちの気持ちは嬉しい、是非そうして欲しいと思う。が、しかし今日はやめておこう」

「なんでだよ。いいじゃないか、俺は『芙柚』って呼ぶぞ」

「知り合いがたくさん来てるし……。だから、明日からでいいよ」

「明日は旅行だからいないぞ」

「じゃ、帰ってきてからでいいよ。土産持って持ってきてくれるんだろ?」

「ああ、そのつもりだ。おばさんにも挨拶したいしな」

「じゃ、その時からで……な」


 私は長尾の肩をポンと叩きながら、何とか乗り切ったと胸を撫で下ろした。

 が、不満げな男が目の前に一人いる。

 私は慌てて柳に、


「今日だけだから……ね?」


 と、媚を売る。何でだ?

 柳は仕方なさそうに舌打ちした。

 おいおい……。それはないだろ。


 ってか、だいたい何で柳に私が“男モード”の了解を得なければならないの?

 さっきだって、『俺の前で男になるな』なんて、偉そうにさぁ。

 そりゃ、柳はちゃんと私を女扱いしてくれて嬉しいし、一緒にいるのも楽しいし、甲斐甲斐しいっていうか……。

 でも、それとこれとは違うじゃない?

 私が今日は男でいるのは長尾の為 (それだけじゃないけど……)っていう、ちゃんとした理由があるんだから。それを四の五の言われたくないわ。


 柳は持っていたトレーをテーブルに置き、不貞腐れ気味に朔也の方へ歩いて行った。

 その時、突然扉が音を立てて開き5~6人の人がドヤドヤと入って来た。

 その軍団は、私達に目もくれず長尾に突進する。


「長尾ぉ! コイツぅ! やったなぁ!」

「「おめでとう!!」」

「カッコいいじゃないかぁ」

「佐藤さんが怒ってたぞ。先越されたって……」


 どうやら警察関係の人達のようだ。

 長尾は一斉に取り囲まれて揉みくちゃにされている。

 頭を小突かれ、背中をバンバン強く叩かれているのにも拘らず、とても嬉しそうに笑っていた。

 ふと、長尾に距離を感じる。胸の中にスゥっと寂しさのようなものが通り抜けた。

 ぼんやりと、その光景を眺める。

 私の知らない長尾の世界_。


「じゃ、俺ら。先に行ってるわ」


 柳が朔也を連れて、ぼんやりしている私の肩を押しながら言った。

 その声に初めて私達の存在に気が付いたのか、入ってきた人たちが一斉に振り向いた。


「あ! し、失礼しましたぁ!」


 いきなり全員が私達に向かって敬礼した。

 それは、一糸乱れぬ見事な敬礼だった。


「は、はぁ。ご、ごゆっくり」


 柳はその敬礼に圧倒されたのか、声をうわずらせた。

 私と朔也は柳に背中を押されながら部屋を出た。


「お、おい。綺麗な人だなぁ、男? 女? だけど礼服……」


 部屋の扉が閉まる直前に、中の会話が聞こえた。

 え……私の事? 

 振り返ると、柳が不機嫌な顔をして私を見ている。

 途端に、嬉しさが冷める。

 はいはい……わかりましたよぉ。今日は男ですよぉだ。私が言ったんですよぉ。ベェ~。


 私達は礼拝堂に入り並んで座った。

 新婦側の列の前の方に晴華の後姿が見える。

 こうしていると、心の奥の奥の奥底に封印したはずのモノが、カタカタと蓋を持ち上げて今にも出てきそうだ。


「芙柚……。お前の覚悟って……案外、軽いのな」

「え?」


 柳は少し俯き加減でボソッと言った。

 柳は背もたれに身体を預け、足を伸ばし両手をポケットに突っ込んだ姿勢でダラっと座っている。

 こんな時にコイツらしくない……。 

 ってか、覚悟? 何言ってんの?


 私は柳に向き直り顔を見ると、急に腹立だしくなった。

 かと言って声を上げる訳にはいかない。

 私は長椅子の上で腰を滑らせ、柳に身体を寄せ周りに聞こえないようにボソボソと話しかけた。


「お前、何言ってんの? さっきから……」

「……何って」

「覚悟とか何とか……意味わかんないんだけど」

「……だよな。芙柚(おまえ)は分かってないよな」


 柳は俯いたまま低い声で言う。

 見るからに拗ねている。

 まるで、駄々っ子のようだ。

 もうすぐ式が始まるっていうのに……。

 私は焦った。


「ねぇ。後でちゃんと話しましょうよ。今は……ね?」


 可愛く言ってみる。


「なんだよ。今日はオトコなんじゃなかったのかよぉ」


 ブチッ!!

 アッタマきた! 人が下手に出てりゃいい気になりやがってぇぇぇぇ。

 グッ……。


「だから……あとで話そうって、言ってるだろがぁ。あぁ?」


 私は睨みを効かしながら、思いっきり低い声でゆっくりと柳の耳元で囁いた。

 すると柳の身体がピクッと動き、恐々と上目使いで私の顔を見た。

 そして頭に手をやり、急にヘラヘラと笑い出す。


「そ、そうだよな。後で話そう! うん、後でな。芙柚♡」

「うふ♡ そう、おりこうさんね♡」


 私はニッコリ笑って、柳の頬っぺたを軽くピシャピシャと(なで)た。

 丁度その時、緊張でガチガチになっている長尾が祭壇前に姿を現した。

 長尾の緊張度が高過ぎてピリピリ感がビンビン伝わってくる。

 ああ、見ている私がどうにかなりそう。


「“新婦入場”ご列席の皆様、ご起立願います」


 パイプオルガンの演奏と共に礼拝堂の扉が大きく開いた。

 父と腕を組んだ彩が姿を現し、礼拝堂に溜息と拍手が沸き起こる。

 真っ白なウェディングドレスを身に纏った彩が、父親と歩調を合わせ礼拝堂に足を踏み入れた。

 ベールに隠れているせいか、あの勝気な彩の顔が何だか幼く見える。

 一歩、一歩、ゆっくりと私達の前を通り過ぎる足取りにハラハラしてしまう。

 祭壇までの距離の半分もあるかと思うほどの長いベールが緋色の絨毯を覆う。


 祭壇の前では長尾が彩を見つめ、今か今かと逸る気持ちを抑えて立っている。

 その長尾の前で彩は父の腕から手をはなし、長尾が差し出す手に自分の手を添えた。

 その瞬間、私は感動のあまり涙が溢れた。

 私は柳がそっと差し出したハンカチを受け取り、涙を拭った。


「良かったな」

「うん。ホント、良かった」


 私と柳は、どちらからともなく手をつないでいた。





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