125.結婚式当日。
カラコロ♪ カラ♪
「あ! 柳さん。やっぱり来てたぁ」
「よぉ、朔。久しぶり」
今日は長尾と彩の結婚式。
私は柳と”ライミン”で待ち合わせ、やっぱり柳は先に来ていた。
「おはよう、マスター」
「おお! 久しぶりだな、朔ちゃん。どうだ? 学校の方は。楽しいか?」
「う……ん。フツウ」
「コラ! それヤメロって言ってるだろ?」
朔也の頭を軽く小突く。
「いってぇなぁ」
「そんなに強く小突いてないだろ。それにいつも言うように『ふつう』って返事はやめろ」
「だって~。普通はフツウなんだもん」
「お前の普通と人の普通は違うんだから。生活環境とか、考え方によっても違うし……」
「あああ! もう分かったってぇ。面白くもないし楽しくもない。クラスの奴らが全員馬鹿に見える。これでいい?」
いきなりキレた朔也に私たちは驚いた。
私は思わず朔也の肩を掴んで、
「はぁ? お前、喧嘩売ってんのかぁ? 何、ヤケクソで答えてんだ!」
「ヤケクソじゃないやい! ホントの事を言っただけだよ。芙柚がそう言ったんじゃないか! 普通って言うなって!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ、2人とも。なんでいきなり喧嘩してんの? 訳わかんないんだけど?」
柳が私と朔也の間に割って入って、2人の間に座った。
「ごめんなさい……」
「すみません。マスター」
朔也は柳にすまなそうな顔を向けて謝った。
私はマスターに詫びた。
「ふぅ。どうしたんだよお前ら、何かあったのか? 今日はおめでたい日なのに……。何やってんだよ。周りの俺達が笑ってなけりゃダメじゃん」
「うん……ごめん」
私は柳に頭を下げながら、朔也の方をチラッと見た。
朔也は、とんだ爆発発言をしてしまった感を漂わせている。
私の視線を感じ、モジモジしながらバツ悪そうに項垂れていた。
「それにしても、朔。今のは聞き捨てならないぞ。クラス全員が馬鹿に見えるなんて」
「う……ん。ごめんなさい」
「まぁ、それは後で芙柚と話しろ。いいな? 芙柚もちゃんと聞いてやれ」
「わかった……」
ふぅ……、結構ストレス溜まってるのね。
離れてからは塾で顔を合わすだけ……。
それも、帰りの電車の時間があるからゆっくりできないし。
後で、ちゃんと聞いてあげないと……ね。
「っていうか、なんで男言葉?」
「え? ああ、今日は男でいなきゃダメだろ」
「二人の為にか?」
「そういうこと」
「そっか。じゃ、仕方ないかぁ」
柳はそう言いながら天井を見上げた。
なんだか残念そうに見えたのは、私の気のせいかな?
それから柳は私をジロジロ眺め、
「芙柚、礼服。カッコイイじゃん。お前が着ると『男装の麗人』って感じだな」
「嘘! マジ? 苦労したんだよぉ。胸のアタリに布巻いてさぁ。まぁ、それほど大きくはなってないけど、体つきが丸くなったじゃない?」
やぁだ、男装の麗人だなんてぇ♡ それって基本女性ってことよね。
「柳もカッコイイよ。やっぱ男はスーツよねぇ」
「そ、そうか?」
柳は素直に照れている。
アハ、可愛い。
「アレ? それ可愛いじゃん、リボン」
「うふ♡ 麻由が結んでくれたの。可愛いでしょ」
今朝、麻由が、
『これくらいなら、お茶目でいいよね』
って言いながら、私の三つ編みの先に白い小さなリボンを結んでくれた。
柳と私の会話を朔也がつまらなさそうに聞いている。
余程、黒服が着たかったのだろう。
カウンターの下に足を当て、椅子をキコキコ揺らしている。
「どうしたんだ? 朔ちゃん。つまらなさそうだな」
あっ、マスター、止めて……。
「別に……ふつう……」
「朔! お前、今ワザと言ったろ」
「ワザとじゃないやい。今のは普通だから『ふつう』って言っただけ」
「お前なぁ!」
私は立ち上がって朔也を睨らみつけた。
「ちょっとまてよ、芙柚。お前、何カリカリしてんだぁ? おかしいぞ」
「別に……カリカリなんて……」
「してるよ! 今朝から、芙柚は何かにつけて煩いんだ!」
「そうなのか? 何で? そういえば……なんだか雰囲気が違うなぁ」
「え? 私? じゃない……俺?」
「ああ、なんだろう。言葉だけじゃないなぁ」
「そ、そうかな?」
そ、そこんとこ。あんまり突っ込んでほしくないな……。
「うん。なんか……ソワソワしてるっていうか……。あっ! お前」
「え? なに? なに?」
「ア~ハハハハハハ。笑えるぅ」
柳はそう言って笑いながら、テーブルに突っ伏した。
「な、なんだよぉ。いきなり、何が笑えるんだぁ?」
「ヒ~ヒヒヒッヒ。お、お前緊張してるな? アハハハ、長尾の結婚式だぜぇ。ヒイヒイイ……お前が緊張してどうすんだよぉ。親友だから分からないでもないけどさぁ、ハハハハ」
グッ……。これだから、勘のいい奴は嫌なんだ。
「ほ、ほっといてくれよ」
「まっ、彩ちゃんは幼馴染だし? 大親友と幼馴染の結婚だけど、はっきり言ってお前は関係ないじゃん。アハハハハ、身内意識ってヤツ? おもしれぇ~」
「う、うるさい! 笑うな!」
な、長尾もそうだけど……。
その彩との結婚ってのがだな……。
「朔。安心しろ、ただの八つ当たりだ」
「八つ当たりぃ? そっちの方が、いい迷惑だよ!」
「アハハハハ。まぁ、そう言うなって。芙柚にすれば、ひとつの別れなんだぞ」
「別れ? 何で? いつでも会えるじゃん」
「うん。だけどな、住む世界がまるっきり違うんだよ。俺たちとは……な」
「住む世界?」
そう、今までみたいに一緒に馬鹿もできない。
長尾は私達と違う道を歩くんだ。
動く歩道が何本も引いてある駅のエントランスで、別々の歩道に乗るみたいな感じ。
同じ位置、同じ速さで動いているけど、違う道。
アハハ、わっかりにく~い。
「朔。芙柚はな、嬉しいんだけど凹んでんだよ」
「芙柚……。凹んでんの?」
朔也が不思議そうな顔をして私の顔を覗き込んだ。
「もう! 勝手に人の気持ちの中に入ってこないでよ! 朔! アンタも調子に乗るんじゃないわよ!」
「おお、恐。今度はヒステリーだ。朔、早くジュース飲んでしまえ。そろそろ行くぞ」
「はぁ~い」
うぅ……ムカつくぅ……。
だけど、確かに……私、緊張してる。
気づいたのが、今朝になってからだったから。
なんて馬鹿なのかしら、この私があんな事に気づかないなんて……一体。
決して、忘れてたわけじゃないのに……。
私達3人は電車に乗り込んだ。
柳と朔也は楽しそうに話しているけど、私は目的地に近づくにつれ緊張が高まるのを感じていた。
あぁ……どうしよう。
宝ヶ池~、宝ヶ池~。
着いた……。
ゾロゾロと電車を降りる人に紛れて、私達は駅のホームに足を踏み入れた。
すると朔也が、急に駆け出した。
「センセ~! センセ~! 晴華先生!!」
えぇ!! もう!? 早すぎるだろぉ。
ま。まだ心の準備が……。気持ちの整理が……。ええい! 何言ってるんだ。
「こんにちはぁ、朔ちゃん。大きくなったわね」
「そうかな? 先生元気だった?」
「ええ、元気よ」
私は覚悟を決めて歩き出した。
あぁ、神様。左右の手と足が、ちゃんと交互に出ていますように。
胸を締め付けている布にジワッと汗が滲んでいくのを感じる。
なんて私は馬鹿なんだろう。
彩の結婚式に晴華が来るに決まってるだろ。
来ない筈がないじゃん。
何で、今朝になるまで気づかなかったんだろ。
だからといって、私が行かないわけにもいかなし。
晴華がこっちを見ている。
髪を耳に掛ける仕草……晴華だ。
ドクン、ドクン、ドクン。
聴こえてくるのは、自分の心臓の音だけ。
駅のホームに行き交う人たちの姿が一瞬で消えてしまった。
今この瞬間私の目に映っているのは、晴華の姿だけになる。
晴華に続く一本の道が、私に向かってスゥーっと引かれた。
私は晴華に向かって歩く。
彼女を目指して、彼女だけを見つめて。
一歩、一歩、晴華に近づく……。
「芙柚~。早くぅ」
朔也が手招きして、私を急かしている。
だけど、足が……重い。思うように前に進まない。今にも止めてしまいそうだ。
と、その時。
柳が私に肩を組んできた。そして、
「久しぶり、晴華ちゃん」
「柳君?」
「ああ、柳だよ」
「まぁ、何だか見違えちゃったぁ」
「ハハ。カッコイイだろ? さっき芙柚がそう言ってた」
「芙柚? 柳君、『芙柚』って呼んでるの?」
「ああ、そうだよ。だって、コイツは『芙柚』だからね。な、芙柚」
「あ? あぁ、そうだな」
柳……何か変?
「長尾君はカズオって呼んでるから、男の人はそう呼んでるのかなって。私が勝手に思っちゃって」
「長尾は長尾。俺は俺。芙柚は芙柚」
「そ、そうね。ごめんなさい」
「謝る事なんかないよ。嫌だなぁ、晴華ちゃん」
いいや……柳は謝る方向へ持っていった。
ってか、何でそんなに威圧的?
「芙柚……。久しぶり」
「あぁ、久しぶり。元気してた?」
「うん。元気だよ」
「そ、そっか……」
か、会話が続かねぇ~。
ってか、ヤバイ。
このまま目を合わせてると私……晴華から離れられなくなってしまう。
「さぁ行くぞ! 式の前に長尾の顔見にいくんだろ? 晴華ちゃんも彩ちゃんに会うんだろ?」
「え? えぇ……」
晴華が柳に視線を移した。
チェッ、柳のヤツ……。
「早く行こうよぉ」
朔也が晴華の手を引っ張っている。
う、羨ましい……。
晴華と朔也が手をつないで私達の前を歩き出した。
あぁ、晴華だ……。
ってか、柳、重い!
何で、コイツはずっと肩組んだままなんだ?
「ちょっと、柳。重いよ」
「……」
「柳ってば」
私は無理矢理、柳から身体を離した。
すると、柳がすぐに私の腕をガシっと掴む。
「痛っ、なんだよ。痛いじゃんか」
「俺……。離さないからな」
「え? 離さないって。言ってる意味が……」
そう言いながら柳の顔を見上げると彼は真剣な顔をしていた。
どうしたんだよ、柳。
柳はフィっと私から目を逸らすと、今度は早足でスタスタと歩き出した。
「今、解った。お前が、何で緊張してたか……。」
柳がブツブツと独り言を言っている。
「え? 柳……、どうしたんよ」
「……」
「おい、お前変だぞ? 急にどうしたんだよ」
「……」
「足……早ぇよぉ。なんだよ、いきなり。柳、俺……」
すると、柳が急にクルっと振り向いた。
その顔は、今までに見たことがない顔。
柳の表情から、あの爽やかさは消え失せていた。
そして静かに……言った。
「俺の前で……男になるな」