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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
123/146

123.友よ。(柳編)

 帰国後、俺達は山形さんに会いに行った。


『やぁ、やぁ、よく来た。こうして見るとやっぱり君らは好青年だ』

『『ありがとうございます!』』


 山形社長はリクルートスーツを着て、背筋をピンと伸ばしている俺達を見て嬉しそうに頷いた。


 俺達は帰国するなり、スーパー温泉に飛び込んだ。

 身体中の隅々まで丹念に洗うにつれ、身も心も軽くなっていく。


『いいなぁ。日本人はやっぱ銭湯だねぇ』

『あぁ、こんなに水をふんだんに使えるなんて……なんて贅沢なんだって改めて思うよ』

『そ、そうだな。ありがたいよな……』


 俺と上野は湯船に浸かりながら、今までの事を思い出していた。

 楽しかった……。

 一言で言えば『楽しかった』

 だけど、その中には色々な物が押し込まれているんだ。

 今まで俺が生きてきた『(あかし)』がその中にぎっしり詰まっている。


 風呂の次は散髪屋だ、久々にプロに髪をカットしてもらう。

 今までは上野にカットしてもらっていた。そのかわり俺が上野の髪を切ってたんだ。

 最初は酷かったけど、人間慣れるとそこそこ上手くなるもんだ。

 まぁ、もともと形振り構わない方だったのもあるけれど、俺にとって上野はカリスマ美容師だった。


『履歴書は持ってきたか?』

『『はい!』』


 2人揃って、内ポケットから封筒を取り出し社長の前に置いた。


『うむ。じゃ、この書類に目を通してサインしてくれ。入社手続きの書類だ。よく読んでくれよ』

『『は、はい』』

『あぁ、面接があるんだ……何時(いつ)がいいかな?』


 え? それって順番、逆さまじゃね?

 入社手続きの後に面接なんて……この会社大丈夫かなぁ。


『ハハハハ。安心しろ、うちはブラックじゃないよ』


 ゲッ……。顔色、読まれた?


『一応、管理の方に顔見せするだけの事だ。堅苦しく考えなくてもいい』

『『は、はぁ』』


 それから一週間後、管理職がズラッと並ぶ部屋で面接(かおみせ)が行われた。

 なるほど躍進中の会社だけに、管理職と言っても年齢層が低い。

 皆、ギラギラした眼差しで俺達を見ていた。

 その気迫に飲まれそうだ。


 これ……って、やる気の現れだよな……。

 き、期待……大……って思っておこう。

 その後、各部署を見学させてもらい、俺達の配属部署に連れて行かれた。

 まず、1か月の研修を経て配属された部署で内勤。

 その後、希望があれば申請するように言われた。


『ハハハハハ。どうだ? 疲れたか? 気楽にしていればいいぞ。ここ一番って時に力を蓄えるんだ』

『『は、はぁ……』』

『よし! 今日は飲みに行くぞ。久しぶりに顔を出したい店があるんだ。君らも着いて来い』

『『はい!』』


 大きな鳥居が構えている神社の傍に、通りから奥まったところに小さな行燈に薄暗く照らされた格子戸が見えた。

 ひっそりと……まるで己を隠すかのようにひっそりと、その扉はあった。

 こんなんで客がくるのか? 知る人ぞ知るって感じ?

 豪快な山形社長が好むには、ちょっと意外な感じがした。

 ふぅん、社長はこんなのが好きなんだ。


 俺は社長に促されるまま格子戸を潜った。

 ……途端、目を見開く。

 目の前に広がる景色……実際には箱庭なんだけど。

 その出来栄えに目を奪われた。


『わぁ! す、凄い! 良く出来てんなぁ! あ、これなんか苔、本物だぜ。あぁ、山に見立ててるのかぁ。へぇ……え? これって、もしかして五山?』

『アハハハ、見事だろ。俺はこれが見たかった。ふむ、また所々手を入れてあるな。いつも季節によってきちんと手を加えているんだ。当たり前のことだが、なかなか大変なんだぞ』

『そうなんですか……』

『まっしかし、俺が1番会いたかったのは弐の門の向こう側だがな。アッハハハハ』

『弐の門?』


 社長は笑いながら俺の背中をバンバン叩いた。

 痛って~。オヤジ、テンション高過ぎだっつうの。

 俺は痛みを堪え、心の中で文句を言いながら琴の音が聞こえる廊下を進んでいった。

 暫くすると目の前に、見るからに分厚い社長が言うところの「弐の門」が現れた。

 社長はまるで子供の様にニコニコ顔でその扉の取っ手を掴むと、一気に押し開けた。


『『『いらっしゃいませ~!!』』』


 店中に女の子の声が響いた。

 ワァオ! なんて甘美な女子の声♡ ビリビリと身体中に電気が走るぞぁ。

 ああ、感電死してしまいそうだぁ。

 それに、なんていい匂いなんだぁ。

 俺は鼻孔膨らませて思いっきり息を吸い込んだ。

 あぁ……とろけてしまいそうだぁ~。


 天井に吊り下げられたシャンデリアに反射している光が眩しい。

 和服姿の可愛い女の子達が満面の笑顔で俺達を出迎えてくれた。

 外国から戻ってきたせいか、着物姿が妙に俺の気持ちを落ち着かせてくれる。

 ああ、俺たち本当に日本に帰ってきたんだぁ。


『お久しぶりです。山形社長』

『ああ、やっと来たよ。ママ』


 うわ! キレッ! こんな綺麗な人初めて見た。

 へぇ、世の中にはこんな人がいるもんなんだなぁ。

 芸能人でもモデルでもなんでもないけど、シャレにならないぐらい綺麗な人。

 俺はママから……ママの美しさから目が離せなかった。

 うふ♡ 俺って、ヤッパ綺麗なものが好きなんだぁ♡

 見てるだけで気持ちがいいんだなぁ♡


『さぁ、こちらへどうぞ』


 社長の後について行きながらキョロキョロ店を見渡す。

 いるいるぅ♡ 可愛い女の子。

 久しぶりだなぁ、女の子と話すのって……。

 ヒエンは会っていて幸せなんだけど言葉が通じなかったから、その分溜まるストレスも半端なかった。


 いいなぁ、女の子って。ふわふわしてて綿菓子みたいで……。

 色白のうなじが……クゥ! たまんないぜぇ!

 もし……、俺の隣に女の子が座ったら……。

 俺は自分を抑える自信がない!

 思わず手を握り、抱きしめ、チュ~♡

 なんてことはないが……。

 それっくらい、興奮してるって事だ。ハァハァ……。


 俺はギラつかせた目を伏せながらも、カウンターで接客している女の子のうなじに見惚れていた。

 すると、彼女が急に振り向いた。


『ごめんなさ~い。アキラく~ん。こっちアイスお願~い』


 一瞬、目を疑った。

 吉村だ……。

 俺は思わずサッと顔を背けた。

 ん? 俺、何してんだ?


 そろ~りと振り返って見ると、もう彼女は背を向けていた。

 チッ、見えねぇじゃんか。

 でも、絶対に吉村だ。間違いない!

 もう一度、顔が見たい! 俺は躍起になって彼女の後ろ姿を見つめた。


『お客様、どうされました? お連れ様がお待ちですが』

『あっ、す、すみません』


 俺は仕方なく社長が待つ席に急いだ。


『なんだ、柳。久しぶりに女を見て興奮でもしてたのかぁ? ア~ハッハハハハ』

『や、やめてくださいよ。ま、まぁ当たらずも遠からずですが……』

『ン? ア~ハッハッハッ。だけどこんな所で、おっ立てるなよ。ポケットに手ぇ突っ込んで、ちゃんと抑えとけよ』

『もう、勘弁してくださいよぉ』

『ア~ハッハッハッ』


 社長はママに会えたせいかテンションがメチャクチャ高い。

 ふっ、男っていつまでも子供って言われたりするけど、きっとこういうとこなんだろな。

 しかし俺は、社長が高テンションで話をしているにも拘わらず、吉村(?)が気になって仕方なかった。


『すみません。ちょっと、トイレに……』


 そう言って、俺は席を外すと急ぎ足でカウンターに近づいた。

 え? いない…。

 俺は慌てて店をぐるりと見渡した。

 いた……。

 彼女は白髪の客のテーブルで相手をしている。

 あ~、また後ろ姿だよぉ。

 こっち向け、こっち向け、こっち向け、向け向け向け向け……振り返れぇ!

 俺は柱の陰から必死で念を送った。

 すると俺の本気が通じたのか、彼女が振り返った。

 やった!

 彼女が席を立ってこちらにやってくる……。


「す、すいません。あの、お手洗いは……」

「あぁ、こちらですよ」


 吉村だ……吉村の声だ。

 間違いない。俺がコイツの声を聞き違える筈がない。

 吉村は俺の前を歩きトイレに案内してくれた。


「どうぞぉ」

「あ、ありがとうございます」

「いいえぇ。ごゆっくり。フフ」

「あっ、ははは。ははは」


 こ、声を掛けるんだ。今しかないぞ、俺!

 俺はトイレのドアのノブを握りながら振り向くと、吉村は背を向けて席に戻ろうとしていた。


「吉村……」


 くっ、なんて情けない声出してんだよ。

 そんなんじゃ聞こえねぇじゃんか! もう一回叫べ! 大声で叫べ!


 俺は彼女を呼び止めるため、大きく息を吸い込んだ。

 が、しかし彼女の動きが止まった。

 彼女はゆっくりと振り向くと、俺の顔をぼんやりとした目で眺めている。

 そして、暫くすると彼女の瞳に光が挿した。焦点が合ったんだ。

 過去の記憶と現在が重なった瞬間、彼女の目が輝いた。

 彼女は片手をスッと上げ、


「よぉ」


 食堂の入り口でのすれ違いざま、廊下でバッタリと鉢合わせた時……。

 あの時と同じ声、響き、少し首を傾げる角度、あの時のままに吉村が微笑んだ。


 俺はあのコンテストの時からコイツが気になっていた。

 友達になりたかった。美しさに憧れた。

 だけど、近づけなかった。

 憧れとはそういうものかも知れない。


 女になりたいという強い意思、その意思と吉村を守る長尾との繋がりが羨ましかった。

 その繋がりが強すぎて、俺は近づけなかった。

 近づけば離れたくなり、離れれば訳の分からない胸の痛みに苦しんだ。

 遠くから眺めているとき、嬉しさと寂しさに苛まれた。

 憧れ? いや、憧れなんかじゃない。


 そうだ、あの時既に俺は……。


 吉村を愛していたんだ。



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