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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
122/146

122.帰国。(柳&上野)

 

「あ~ぁ、とうとう帰ってきたなぁ」

「ああ、帰ってきた。いいじゃん。これも人生さ。俺達、結構好きな事やって自由だったじゃないか」

「まぁね。だけど、これから拘束される人生が待ってるのかと思うとさ……」

「お前ってホント……。あのね、こうなる事は散々話し合ったじゃないか。これからの事は誰にも分からない。けど決めたんだからさ」

「そ、そうだなぁ」

「それに、拘束って考えると窮屈なだけじゃないか。新しい環境をこれから俺達が大きくしてくんだよ」

「ま、まぁな」

「俺達はいつもそうやって来たじゃんか。上野、俺は随分お前に助けられたぞ」

「そんな事……ないって、お前がいてくれたから俺は俺のやりたい事をやり続けてこれたんだ。ボ、ボランティアなんて……」

「馬鹿か? 俺は好きだぜこの仕事。ドッキドキが止まらない。沢山の人に出会って其々の人生に遭遇して……生と死を見てきたじゃないか。こんな事そうそう経験できるもんじゃないんだ。考えてみろよ、俺達はある意味得してるんだぞ。俺はお前に感謝してるよ、ボランティアって柄じゃないって思っていた自分がちょっとはマシな人間に感じられたんだからな」

「いや……柳は……こういうの合ってると思ったから……」

「ありがとな、上野。俺を発掘してくれたのはお前だ」

「う……ん。だけ……」

「ああ!! もういい!! じゃ、帰れ! 戻れよ! 別に俺はどっちでも良かったんだ。ベトナムは俺にとっては最高の環境だったんだ。だけどお前が親の事とか、自分勝手だったとか、親孝行したいとか……。ああ!! クソッ! 何だってんだよ!」

 

 俺と上野は久々に降り立った日本の空港で大喧嘩になった。

 行き交う旅行者やビジネスマンと思しき人達が、俺達を見ながら通り過ぎて行く。

 

「俺は決めたんだ。お前が言ってた事は俺にも当てはまる事だった。だから決心したんだ。俺は行くぞ、山形さんに会いに行く」

「お、俺も行くよ」

 

 俺は上野を睨みつけた。

 俺達の姿は海外帰りの好青年とはお世辞にも言えない程お粗末な状態だった。

 擦り切れたGパンにTシャツ……ボロボロになってしまったリュック。

 これでよく飛行機に乗せて貰えたもんだ。

 それもこれも山形さんのお蔭だ。

 

『日本に帰って来い。俺をもう一度助けてくれ』

 

 と言いながら、彼は俺達に日本行きのチケットを手渡した。

 俺と上野はお互いの顔とチケットを交互に見ながら話し合い、日本に帰る決心をしたんだ。

 

 学生の頃にボランティアに魅入られていた上野に出会った。

 全く、変なヤツだったよ。こういっちゃ何だが……オタク? みたいな。

 実際、『ボランティアにもオタクがいるのな』って、半分冷やかしで言うと、

 

『馬鹿! オタクってのはその道を極めた人の事を言うんだ。俺はまだその域には達していないんだ。まだまだ……ひよっ子なんだ……』

 

 という返事が返ってきた。

 え? それが……夢なのか? お前の……。

 価値観って凄いねぇ~。俺とコイツとでこんなに温度差があるんだもんな。

 笑えたねぇ。いや、笑った。大笑いさ。アハハハハハハ

 面白い! 

 それから俺達は、学校のあらゆる行事のボランティアを引き受けるようになったんだ。

 面倒臭いって何度も思った。でも、あの爽快な達成感にハマっちまった。

 

 東北の震災にも行った、悲惨な光景に目を覆ってしまうこともあった。

 けれど懸命に生きようとする人たちを目の当たりにして、俺は己の真実を捧げた。

 助けたい、生きてほしい!

 

 そうしている中、上野が海外派遣の話を持ってきたんだ。

 その頃、俺達はマジで燃えてた。

 

『行くぞ!!』

 

 の掛け声一つで、俺達は海を渡ったんだ。

 俺達が向かったのは孤児院だった。

 大昔の戦争の爪痕がまだまだ残っている現実を目の当たりにして、俺と上野は絶句した。

 戦争を知らない世代に移り変わっているというのに、身体に障害を持つ幼い子供たちがいる。

 だが、その子達の明るい笑顔に俺達は勇気をもらった。

 

 ヒエン……。

 ベトナムで出会った女の子。

 パッチリとした瞳、ほっそりとした身体に長い手足、きちんと編み込んだ黒い髪……何故かアイツの姿が重なる。

 俺は彼女が好きだった。彼女も……と思っていたけど、彼女の親は俺の事を彼女から遠ざけたがっていたように思う。

 ヒエンはいつも小さな子供たち(妹と弟)と手をつないで病院の前を歩いていた。

 俺が看ていた子供とヒエンの妹が友達だったみたいだ。

 結局、それがきっかけで俺はヒエンとお近づきになれたんだが、言葉が通じないから思うように前に進まない。

 彼女にもっと近づきたいのに……俺は彼女に会う度いつも、もどかしさを募らせていた。

 だって、彼女が俺を見つめる瞳には温かいものを感じていたから。

 

『なぁ、柳。あの子、吉村に似てね?』

 

 上野がそう言った時、俺は正直ドキッとした。

 

『ああ、そうか?』

 

 なんて、はぐらかしたりして。

 

『吉村を色黒にした感じ』

 

 まさにそうだ。鼻の形が少し丸いかな? ベトナム人特有の顔立ちなのかも知れない。

 でも、彼女はとても美人だった。

 

『上野。お前、吉村……苦手だったよな?』

『あぁ、そうだよ。なんか……、苦手っていうか……怖かったんだ』

『怖い? アイツが?』

『アイツから感じる……なんて言うのかなぁ、気迫?』

『気迫? そんなものあるか? アイツに』

『俺が感じるんだよ。強さみたいなもの……かな?』

『強さ……ねぇ』

『同じものを柳にも感じるぞ』

『じゃお前、俺が怖いのか?』

『怖くないよ。お前は優しいっていうか、温かいっていうか……そ、そんな強さだ』

 

 上野は自分の言った言葉の恥ずかしさに、ハッとして顔を赤らめた。

 お、俺も少し焦ったけど……。

 

『……じゃ、吉村は?』

『アイツのは、冷たいんだ……。何か……今にも射抜かれそうな……嫌な感じがするんだ』

 

 へぇ、吉村(アイツ)が冷たいねぇ。

 確かにアイツはシレっとしてるところはあったけど、それは心の中に渦まく熱い思いを隠す仮面だと俺は思っていた。

 そして、ここでもお互いの価値観の違いが浮き彫りになったわけだ。

 かと言って、気が合わない訳でもない。

 コイツのネガティブな言動や、まわりくどい思考回路も気にならなかった。

 根に持つとしつこいところや、時々奇妙な笑いを浮かべるのも平気だった。

 俺達は長年上手くやってきた。

 

『柳は、ボランティア向きだと思う』

 

 何を根拠にそう言うのかは分からないが、上野の俺に対する評価は絶大だった。

 ある日の事だ、いつものように病院へ行った時の事。

 俺は裏庭でヒエンとその兄弟、俺が看ているティンと遊んでいた。

 すると、急に周りが騒がしくなった。

 

『どうしたんだろ? 何かあったのかな?』

 

 俺はヒエン達を置いて、病院の建物の方に向かった。

 建物の中に入ると大勢の人がバタバタと動き回っている。

 事故かな?

 ここベトナムは世界でも有名な交通事故大国だ。

 バイクの数が死ぬほど多い。

 毎日、あちこちで事故が起きていてその数は日本のおよそ倍の数字に昇る。

 実際、俺は何度もバイク事故を目にしている。

 車にしても定人数オーバーなんて普通って感じで、そんな車がゴロゴロ走っている。

 

 俺は慌ただしく走り回っている人達の間をすり抜け、救急棟の入口まで来たとき看護師に声を掛けられた。

 彼女はストレッチャーに点滴を装着しながら大声で叫んでいた。

 

『そこのあなた! 日本人?』

『え? お、俺?』

 

 俺は自分に人差し指を向け、看護師の方を向いた。

 

『そう! あなたよ。この人日本人なの手伝って!』

『で、でも、俺……』

『グズグズしないで! 言葉が通じないから助けて欲しいの』

 

 俺だって話せないよ。

 その人と話せても通訳なんてできない。

 

『早く! 大勢の人が運ばれてるの急いで!!』

 

 俺は、仕方なく彼女に言われるままストレッチャーを指定された病室へ運んだ。

 うめき声を上げながら横たわっていたのは50歳くらいの男性。

 既に処置は施してあるので、身体中が包帯だらけだ。

 顔を歪め痛みを我慢しているのを見ていると、俺の顔も自然に歪んだ。

 

『あ、ありがとう……』

『いえ……。大丈夫ですか?』

『あ、あぁ……』

 

 な、訳ないよな。何で大概の人は『大丈夫?』なんて訊くんだろ?

 見るからに、瀕死とまではいかないにしても大丈夫な状態ではない。

 

『痛み止め……貰ってきます』

『た……のむ。うぅ……。』

 

 そう、この人が山形社長だ。

 ベトナムに何かの買い付けに来たと話していた。

 一部上場とまではいかないけれど会社は順調に成長していると、意気揚揚と話していた。

 俺と上野は交代で彼の看病をしたんだ。

 

『ボランティア活動。偉いなぁ君らは、見上げたもんだ』

『いや……そんな事はないですよ。俺は上野に誘われて来ているだけで……。本当に偉いのはコイツです。上野です』

『いえ……柳君が一緒にいてくれたから続けてこれたんです……』

 

 俺達は山形社長から食事の招待を受けた。

 完治までとはいかないが、もう十分に歩けるようになった山形さんが日本へ帰る3日前だった。

 

『日本に帰る気はないのか? 君たちは』

『べ、別にそういう訳では……』

 

 俺と上野は横目でチラチラと互いの顔を見ながらモジモジしていた。

 正直、今日本に帰っても就職やなんやかんや……面倒なことが待っているだけって心の奥底では考えていたんだ。

 ボランティアと言う名の現実逃避……。

 カッコ悪りぃ~。

 

 だから社長に『偉いな……』なんて言われるとチョッと後ろめたい……。

 実際、俺の大学の友人達は就職してバリバリ働いている。

 メールで仕事の愚痴を言って来る奴、会社の体制に不満を持ちながらも流されるしかないなんてダラダラと書き込みがあったりする。

『俺もお前らみたいに自由になりてぇ!』って言ってくる奴……。

 馬鹿野郎……。俺の方が羨ましいんだよ……。

 

 その時……。

 俺達の前にチケットが置かれた。

 日本行き……。

 お、おい……これは……(ラッキー)が降ってきた……タナボタ……だ。

 俺は正直、そう思った。

 ただ上野がどう思うか、今までどう思っていたかを知らなかったから『帰ろう』って言い出しにくいと思ったのは確かだった。

 

『明日、返事をくれないか?』

『……わかりました』

 

 レストランの前で山形さんと別れた途端、

 

『なぁ、なぁ、これってタダで帰れるんだよな』

 

 上野は俺を振り返り、顔を輝かせていた。

 

 お、お前……。

 

 

 

 

 

 


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