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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
120/146

120.私、芙柚。

 ♪~♪~♪♪~


「もしもし、吉村? 俺。着いたよ」

「えぇ。あ……りがとう。今、行くから」


 玄関に到着した柳から電話が掛かってきた。


「じ、じゃ、行ってくる」

「いってらっしゃ~い♪」


 ヘラヘラと笑いながら手を振る彩を睨みつけながら部屋を出た。

 あっ!!

 階段を2~3段下りた時、足袋が滑って踏み外しそうになり慌てて手すりにしがみついた。

 はぁ、危なかったぁ~。脇下からじわっと汗が滲む。

 ヤバイ……私、動揺してる……。落ち着け、落ち着け……。

 彩の部屋の扉が開く音がして階段の上から顔が覗いた。


「どうしたの? スッゴイ音がしたよ、大丈夫?」

「う、うん。大丈夫」


 半ば落ちそうな態勢で手すりに掴まりながら彩を見上げる。


「木の階段は足袋が滑るから気をつけなさいよ」

「わ、分かってる」


 足を踏ん張りながら、手摺を自分に引き寄せるように腕に力を入れて何とか態勢を整えた。

 あ~びっくりしたぁ。

 ソロソロと階段を下り、玄関で草履を履いて着物の裾を整える。

 下駄箱の上に掛けてある鏡を見ながら襟元が乱れていないか確認した後、髪に手をやりなぞる。

 うん。大丈夫。

 階段から落ちかけたおかげで、柳に対する緊張感が少し解れたような気がする。

 玄関の戸を開けると、柳が車の横に立ち爽やかな笑顔でお出迎えしてくれた。


「よっ!」

「よ、よぅ……」


 ダ、ダメだわ、緊張が戻ってきた。


『今日は、柳の事ちゃんと見てやりなよ』


 そ、そんな事言われても……。


「乗れよ。吉村」


 柳がそう言いながら、助手席のドアを開けてくれる。

 柳……なんて爽やかなんだぁ、眩しいくらいだぞぉ。

 思わず、独り言が加州雄になった。


「あ、あぁ……」


 何、言ってんのよ!

『あ、あぁ』……じゃないでしょ!『ありがとう』でしょ!

 しっかりしなさい! 私。

 彩の言った事なんかに惑わされてどうすんのよ。

 見てやればいいのよ。柳の事をちゃんと!

 いつもの私でいいんじゃないの!

 開き直りなさい! 緊張なんて時間の無駄よ!

 深呼吸を一回……。

 スゥー、ハァ……。

 ヨシ!!


「ありがとう。柳」

「どういたしまして」


 うぉ! ま、眩しい!!

 お、お前ってそんなヤツだったか?

 いや……、確かにそうだった。間違いない!

 コンテストの時に俺を見て顔を赤らめていた……あの時からコイツはこの爽やかさを秘めていたんだ。

 俺が喋り出した時『喋ると、やっぱ男だな』って言ったけど、今思うと然程残念そうじゃなかった。

 強いて言えば愉快? って、感じだった。

 お、お前。本当なのか? マジで……俺の事……。

 コホン。。。。。

 ふぅ……、焦りすぎて独り言が加州雄になってしてしまう……。

 今日は、私と俺が混在するかもしれないな……。


 運転席に乗り込んだ柳がバックミラーを触った後、チラッと私を見た。


「いいじゃん、その着物」

「そ、そう?」

「ああ、桜にぴったりだ」


 やだ……。

 やっぱり意識してしまう。

 こんな普通の会話でさえ、柳の口から出てくるのが不思議に感じる。


「高速乗ったらすぐだから、寝ててもいいぞ。着物って大変なんだろ? 朝、早くなかったか?」

「大丈夫だよ、慣れてるから。それに帯が邪魔で寝てられないよ」

「飲み物いるか? どっかコンビニ寄ろうか」

「あぁ、そだね。缶コーヒーでも……」

「了解!」


 私達は高速手前のハンバーガーショップのドライブスルーでモーニングセットを買った。

 運転している柳の為にバーガーの紙を外し、片手で食べやすい形にして手渡す。


「サンキュ。ラジオでもつけていいぞ。そこにCDあるけど好きな音楽あるかな? 見てみろよ」

「あ……うん。ラジオ……FMでいいよ」

「そっか?」


 柳は左手にバーガーを持ちながら器用にラジオをつけた。

 そして、バーガーを頬張る。

 前方から目を離さずにそういった作業をしながら運転する柳の横顔が、何だか知らない人に見えた。


「昼飯さ『食べログ』見てたらいいとこ見つけたんだ。和食の……そこでいいか?」

「え? あぁ、そんな事までしてくれたんだ。いいよ、そこ行こ」


 オイオイ……本気(マジ)デートじゃないかぁ?

 もしかして今日のタイムスケジュール、バッチリだったりして……。

 考え過ぎか? もう、彩が変な事言うから……。


『男友達と思ってたら……トシは絶対言わないと思う』


 だよねぇ……彩の言うことにも一理ある。

 じゃ、どういう事? 私をちゃんと女として見てくれてるってこと?

 ふむ、こんなのはちょっとアレだけど……試してみるか……?


「だけどさぁ。昼飯(ひるめし)に行くとこまで調べてくれてるなんて、さすがだな柳」

「そうか?」

「そうだぞ。俺には考えもつかないね」

「え?」


 柳が驚いた顔をして前方から視線を外し私の顔を見た。

 お! あ、危ない。


「なんで……急に、俺?」

「え?」


 だよね、だよね。あ、焦る……。

 柳はもう一度前を見ながら言った。


「いつも、『私』って言うじゃん。なんで急に『俺』になったんだ?」

「え? あ……いやね、長尾なんかと話してたら『私』って言う度に……何か違和感があるみたいに見えるんだ。だ、だから時々『俺』って言うとなんか安心してるみたいな……もしかして、お前もそうだったら……なんて」


 ウソだよん。


「そうなのか? 知らなかった。お前、気ぃ遣ってるんだな」

「あ、ま、まぁな。友達と話してて居心地悪くなって欲しくないじゃん?」

「そんなもんかな?」


 いや、長尾に限ってそんなことはない。


「こんなのは『俺』の勝手だからさ」

「そうなのか?」

「そうだろ?」

「そうかな?」

「そうじゃないか?」

「う~ん……なのかなぁ?」


 そう言って柳は前を見つめながら何か深く考えだし、暫く2人の間に沈黙が続いた。

 何やってんの……人を試すなんて……どんなけ偉いんだよお前は……。

 空気が重い……うぅ、ざ、罪悪……感。

 ラジオをつけていて良かった。

 音楽がなかったら、きっと居た堪れなかっただろう。


 どれくらい経ったかな? 3分? 5分? 

 やっと柳が口を開いた。


「そんなに……自分を責めんなよ」


 な……。

 一瞬、心臓を直に掴まれたかと思った。

 多分息が完全に止まった……と思う。

 前にも同じような事を言われたような記憶がある。

 あの時は……どうだった? 私はまだ自分を責めてる?

 ……そうかも知れない、母ちゃんの顔を見るたび心のどこかで『こんな私でごめん』って言っているような気がする。

 なんか……一番苦手なメンタルな部分に触られたような気がした。

 身体が硬直し柳の方が見れない。

 自業自得だ。


 そして、柳は言葉を続けた。


「俺……お前の事『芙柚』って呼ぶから。お前は『私』でいいんじゃね?」

「え?」


 も、もしかして、私を『芙柚』と呼ぶ初めての男性(オトコ)?……。

 長尾でさえ未だに『カズオ』、父ちゃんは……仕方ないか。兄貴だって同じようなもんだし。

 あとは源氏名の『まひる』

 誰一人として、オトコに『芙柚』と呼ばれたことがない?

 あ、マスターと朔也……。


「柳……」

「だって変だろ? せっかく改名して……あんな騒ぎにまでなってさ。なのに『カズオ』って……おかしいだろ? 勿体無いじゃんか」

「う……ん」

「だから、俺は『芙柚』って、ちゃんと呼ぶよ。で、お前は『私』。な? いいよな?」


 柳……。


 シビレた……。

 頭の中で光が弾けた。


 完全に……持っていかれた……。


 うわぁお! 何? これ。

 柳、カンゲキ!

 スッゴイ! スッゴイ! 私、ガッチリ掴まれちゃった! ヤバイ!


『今日はちゃんと柳を見てやりなよ』


 彩の声が聞こえ、顔がポンッと浮かぶ。

 何、言ってんのよ彩! それ以上よ! アンタもう出てこなくていいからね。


 惚れ申したぁ!

 男とか女とかじゃなくて、まさに人として惚れた!

 モヤモヤとした霧が晴れ、快晴の空が頭の中に広がった。

 身体が軽くなって、着物を着ていても一気に50mダッシュできる気がする。

 私のこれまでの人生で最速のタイムを出す自信がある!


「ヤッター!!」

「うわぁ!!」


 いきなり大声を上げた私に驚いた柳がハンドルを滑らせた。


「あっぶねぇ~。何だよ急に」

「アハ♡ 嬉しくて」


 柳は前を見ながら、フッと笑った。


「嬉しいか?」

「うん。嬉しい!」

「そっか。嬉しいか」


 そう言いながら、ハンドルから左手を離すと私の頭をポンポンと軽く叩いた。

 まるで小さな子供をあやすみたいに。

 優しい横顔、笑みに綻ばせた口元。

 私は柳を見ながら、今までに味わったことがない感情が湧いてくるのを感じていた。

 気恥ずかしいような、甘えたいような……でも、照れ臭くて……。

 とても……温かい。

 何だか、柳の腕にしがみつきたい衝動に駆られる。


 もしかして……これが、女の気持ち?

 そう思うと身体が、かぁっと熱くなってくる。

 ヤバ……顔が火照ってきた。熱♡


 私は足をバタバタさせた。


「おい! 暴れるなよぉ」

「だって、だって、だってぇ」


 私は込み上げてくる嬉しさを持て余していた。

 まるで動物園のチンパンジーが、金網にしがみついて身体を揺すりながら喜びを現しているのと同じように、身体を揺すっていた。

 嬉しさが止まらない。


「なぁ、お前……。着物、着替えるか? 私服に……」

「大丈夫! 行き着くまでに消化するからぁ」

「ったく、頼むぜ。着いていきなり走り出されちゃ堪んないからな。ハハハ」

「アハハハ」


 ホントにそうならない為にも目的地までの道中、私は大声で喋りまくらなければならなかった。

 柳は呆れた表情を浮かべながらも笑っている。


 通り抜け……。

 腕組んだら……柳、驚くかな?

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