12.いざ、出陣!
バシッ!! <ゴキッ!? >
『ぐぁ!』
うっ、く! 中指……やっちまったな。クソッ! 大扇持てるかな……。
はぁはぁはぁ……。
俺は長尾をブッ飛ばした。
『きゃーー!! 何やってんのよぉ! アンタたちぃ!』
『長尾ちゃ~ん! 大丈夫ぅ!!』
『カズオちゃん! どういう事なの!!』
ママと凛さんが控え室の入り口から叫びながら走り寄ってきた。
『……』
『カズオちゃん!! 何とか言いなさい!!』
凛さんは倒れた長尾を抱き起こしている。
ママは怒りながら俺の肩を掴んだ。
『コイツに聞けよ……』
俺はそう言うのが精一杯だった。
そう言うと同時にその辺に置いてある椅子に、崩れるように座った。
ふ~っ。クッソ~。イテェよぉ~。
今日は短めのネイルアートを施している為、、拳を硬く握り締められなかった。
その所為で……多分、折れた……。
クッソーーーー!! 腸が煮えくり返りそうだぜ!!
この悪逆無道、極悪非道が許されるのか!
コイツは優勝したら10万(実は20万円だった)とか言って、俺にエサを与えようとしやがったんだ。で、裏では……。
いったい、こんなことして……いくら稼ぐつもりだったんだ!
俺を! 俺の事を馬にまでして……。
ああああぁ! くそ! 考えれば考える程、腹が立ってくる!
よそう……今、考えるのは止めよう。
……へっ。最初、俺がキッパリ断ったとき……さぞや、焦っただろ~な。ケッ!
くそ! 頭が勝手に考えてしまう。……腹ただしさが収まらない。
……どの時点でこんなこと考えやがったんだ? 最初からか?
ち! まただ……。くそっ。考えるな!
『きゃー! カズオちゃん! その手、どうしたのぉ!』
椅子に座って手を額に当て下を向いていた俺に向かって、ママが叫んだ。
『いやだ~! パンパンに腫れてきてるじゃないのぉ! え? もしかして……折れたの』
『……ああ。……多分』
『もう! 何やってんのよぉ! こんな時にぃ!』
ママは叫びながら地団駄を踏んでいる。
だよな~。何やってんだぁ?
それもこれも! 何もかも、コイツが! ……あ。まただ。ふう……考えるなって。
『よしむらさ~ん! よしむらかずおさ~ん! 準備できましたか~? 次の次なんで舞台横に行ってくださ~い』
『ムリよぉ!』
ママが進行係に向かって言った。
『え? どうしたんですか?』
『怪我しちゃったのよぉ』
『いっ! 大丈夫ですか?』
進行係が俺に近付いて来て、俺の手に気がついた。
『あ~。これは……病院、行くか?』
『そうよねぇ。行かなきゃ』
『棄権……するか?』
進行係が確かめるように、俺に訊いてきた。
俺は即答した。
『いや、出る』
『え? ムリじゃないか? 凄いぞコレ!』
『痛み止めある? ママ……』
『ダメよぉ! カズオちゃん。ムリよぉ!』
俺は衣装を着る為に立ち上がった。
くっ! いってーーーーーーー! 痛すぎるーーーー!!
肩の方まで痺れてきてるよぉ!!
右腕全体が鼓動を打っているようだ。半端なく痛い!
だが、ここで止めるわけにはいかない。
止めないぞ! 出るさ! 勝って! 絶対、優勝して! アイツに賞金を! アイツの顔に!
金を投げつけてやるんだ!!
俺は歯を食い縛りながら、凛姉さんに向かって、
『凛さん。ドレス……着るの手伝って貰えますか』
と、お願いした。
『カズオちゃん!!』
『ムリだろう!!』
着替えるのを止めさせようとするママと進行係に向かって、俺は左手を上げて制止した。
うっ。痛っ! ちょっとした動作も響くぜ……。
長尾が頬を押さえ顔面蒼白になりながら、俺を見ている。
鬼哭啾啾__。
長尾……。
今お前には。俺が鬼気迫って、物凄く恐ろしい気配を、殺気を漂わせているように見えているだろう。
っていうか。そう見えていて貰わないとな!
俺はこんなに人を憎んだのは初めてだ。
と、同時に殺したいと思うなんてな……。
勿論、ガチで殺したいなんて思ったのも初めてだ。
殺さないさ……。殺せない……。殺せる筈なんかないもんな……。
ああ、だから殺さない。殺さないよ。……な。な~が~お~。
憎しみとは不思議なものだな……笑みが零れるんだな。俺だけか?
とにかく俺は右手を庇いながら、痛みに耐えながら、凛さんとママに手伝って貰い衣装を身につけた。痛み止めも飲んだ。
応急処置として手の平にカードケースを当てホータイをグルグル巻いてある。
カードケースは硬くて薄いから丁度よかった。
ホータイを巻いている途中で
ん? 折れてないかも……と思ったが、黙っておいた。
長尾にはできるだけ長い間、罪悪感を持ち続けて貰わないとな。一生でもいいくらいだ。
『大丈夫ですかぁ』
さっきの進行係が、また戻ってきて顔を覗かせた。
心配してくれているようだ。こんな、いい奴もいれば、あんな……。
俺もしつこいな……。後にしろよ。考えるのは……。
今は、ステージを成功させなければ……。
『ほんとに! カズオちゃんがこんなに頑固だなんて。知らなかったわ!』
『ほんとねぇ~ママ。私もビックリしちゃうわぁ。あっ、ごめん。痛かった?』
『だ、大丈夫です……』
ママと凛姉さんはブツブツ言いながらも、手伝ってくれている。
痛み止めが効いてきたのか……? さっきよりは、ほんの少しマシになってるような……。
俺は包帯のなかで指に少しだけ力を入れてみた。
……ん? 動いた?
きゃん。折れてな~い。黙っとこぉっと!
『どう? 痛む? 薬、ちょっとは効いてきた?』
『あ、はい。そのようです。さっきよりは、ほんの少しだけマシかと……』
『とにかく、あまり動かなくていいから。扇どうする? 持てる?』
『大丈夫。持ちますよ。持てます』
俺は左手で大扇を持ち上げ、バサッと開いて見せた。
その様子を見ていた進行係が声を掛けてきた。
『いけますか? もう、次ですよ』
『ああ! 行くよ』
俺が返事をして振り向き、立ち上がって進行係に微笑むと……。
ん? どうしたんだ?
奴の目がまん丸になった。
おい! どうしたんだよ!
『き、き、きれいだ……。凄く……凄く、綺麗……です』
俺は驚いたね。奴は、本当に感激していた。
言葉の最後が敬語になっちまってるよぉ。
俺達にとっては、こんな姿。日常のことだから、そうも思わなかった。
イサオに負けたか? と思ってたくらいだからな。
そりゃ、いつもより気合いは入ってるけど。俺だけじゃあない。
出場する奴全員が気合入りなのは間違いないからな。
そっかぁ~。そんなに綺麗か~。
おまえ……いい奴だな。ほんっといい奴だなぁ。
うん。……サービスしてやるか。
『うふ♡ ありがと♡』
パチッ♡
奴は俺のウィンクに顔を赤くして下を向いた。
しぇ~! 最高だなぁ。よっしゃー! おおお! 闘志が戻ってきたぁ!
コイツのお陰だ。
うふ♡ ありがと♡
何度でも言ってやる。
うふ♡ ありがと♡
俺は進行係と凛さんに支えられながら、舞台横まで行った。
控え室を出る時、長尾を思いっきり睨みつけるのも忘れなかった。
進行係は緊張してたなぁ。額に汗が滲んできてたもんな。
可愛い奴だ……な。
会場から聞こえてくる声援が段々大きくなってくる__。
いい感じの緊張感が俺に纏わりつく。
ステージへの階段を一歩、二歩とゆっくり上っていく。
上がりきったところで凛さんが大扇を手渡してくれた。
『頑張ってね。カズオちゃん!』
『うん! ありがとう。凛さん』
俺はステージの方へ向き直り、大きく息を吸って……吐いた。
そして目を閉じて待つ。
司会者が俺の名前を呼んだ。
『エントリーナンバー! 25ば~ん! よしむら~かずおさ~ん。どうぞぉ~!!』
ステージ中央では司会者が俺の方に手を伸ばして、招いてくれている。
ドレスのスパンコールがライトに照らされキラキラ輝いている。
俺は大扇をバサっと開き顔から上半身が隠れるように持ち替えた。
そして、しなやかに歩き出す。
さぁ! 行くぜ! お前ら全員、よ~く目ぇ見開いてろ!
『格の違い!』ってのを見せてやるよ!!




