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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
119/146

119.桜と柳。

「長い間お世話になりました。本当に何とお礼を言っていいのか……。私が至らないばかりに……」

「いいんですよぉ。朔ちゃんは本当に手のかからない子で、きっとお父さんが思っている以上にいい子ですよぉ。素直だし、頭もいいし」

「そう……言って頂ければ……。何ともお恥ずかしい限りで……」

 

 朔也の父親が額に滲む汗を拭きながら、たどたどしい口調で私達にお礼の口上を述べている。

 さすがに今回は電話だけで済ます訳にいかないって感じ?

 春から地元の中学校に通う為、朔也が実家に戻る日がとうとうやって来た。

 春休み中は私ん家にいるって我儘を通したんだけど、取り敢えず父親が挨拶に来る日が今日しか都合がつかないって事で荷物だけを引き上げに来た。

 昨夜、荷物の整理をしていたら二人とも段々無口になっていた。

 ここに来た頃より少しだけ増えた荷物……。

 私は朔也のTシャツを一枚ずつ畳みながら、えらく感傷的になっていた。

 今まで通り塾にも通うし、たまに遊びにも来るだろうし、まるっきりお別れって訳じゃないんだけど……やっぱりね。

 

「ちょっと朔、自分の事ぐらい自分でやんなさいよ! ゲームばっかりやってんじゃないわよ」

「うるさいなぁ、わかってるよぉ」

「……ほんとにもう」

 

 朔也は私に背中を向けたままゲームのコントローラーを手放そうとしない。

 その後ろ姿は寂しそうで……なんだか拗ねているようにも見える。

 ……そうだよね。寂しいよね。

 

 朔也は父親が口上を述べている間、部屋の隅っこで三角座りをして膝に頭を埋めている。

 父ちゃんまで普段いかないパチンコに出掛け、母ちゃんが朔也の父親の相手をしていた。

 皆、朔也に対して其々がそれぞれの思いで心を砕いていたんだと思う。

 誰かがとびっきり世話をしたって訳でもなく、朔也は普通に家族の一員だった。

 家族の一番末っ子坊主だった。

 

 4月……。

 朔也は入学式が終わるとすぐ母ちゃんに制服を見せに来たらしい。

 

『まぁまぁ。こうして見ると随分お兄ちゃんになってたんだねぇ。よく似合ってるじゃないかい』

『う……ん。なんか、ブカブカでカッコ悪くない?』

『最初はそういうもんだよ。すぐに身体に馴染んで、見てる間に着れなくなってしまうよ』

『そうかなぁ……』

『朔ちゃんくらいの年の子は大きくなるのが早いからぁ』

 

 母ちゃんがそんな事を言いながら、我が子の成長を喜ぶかのように朔也を眺めているのが想像できる。

 胸ポケットに校章が刺繍されているエンブレムが付いた紺のブレザーにグレーのズボン。

 制服を買うのに私も着いて行った。

 カバンは自由だからと、朔也はA4ファイルが入るカチッとしたリュックタイプのバッグを選んだ。

 

『入学祝いよ♡』

『マジ? 芙柚から?』

『そ♡』

『俺、大事にするよ』

『当ったり前じゃない』

 

 朔也は私達家族以外に長尾や柳にも入学祝を貰い、もの凄く嬉しそうに実家へ戻って行った。

 

「おい、朔也は部活、何にするって?」

 

 テレビの前で寝転びながらウトウトしていた父ちゃんが、いきなりそう言いながら身体を起こした。

 

「あの子は、部活はやらないってさ。帰宅部だね」

「はぁ? 帰宅部だぁ? なっさけね~な、男は運動だろ。身体鍛えてナンボだ」

「何、馬鹿な事言ってのるさ。アンタなんか頭の筋肉まで鍛えちゃって、私達の手に負えなくなってるじゃないか。今時はそんなこと関係ないんだよ」

「何を!」

 

 男は身体鍛えてなんぼってのが正しいのかどうかは分からないけど、父ちゃんなりに朔也が気になっているのは確かね。

 家族揃っての夕食が少し……静かになった。

  私の部屋が広く感じる。朔也がいたからって狭く感じたことはなかったから余計にそう感じるんだろう。

 

 4月といえば『桜』。

 桜といえば、伽羅の近くにある神社の桜の木が、敷地から溢れんばかりの見事な花を咲かせた。

 その美しさに魅かれるように、昼夜問わず大勢の観光客や花見の人が押し寄せてくる。

 勿論、店側としてもその景気に肖らない手はない。

 希望の客には床を貸切って桜の下でもてなすというイベントの予約は即埋まった。この土地ならではの特性を生かした素敵なイベント。

 桜の期間は短いが予約の客からの指名があれば私達に指名料が入る。

 女の子達にも結構美味しい期間になる為、客に指名をおねだりする子もいた。

 

 但し、このイベントは同伴から入らなければいけないから、塾がある私はパス。

 どうマネージメントしても時間が作れない、残念……なぁんてねぇ、私ってアウトドア派じゃないからさぁ全然いいの。

  行きたい人に行かせてあげればいいのよぉ。

  桜の木の下にじっと座ってて毛虫でもいたらどうすんのよぉ、考えただけでも背筋が寒くなるわ。

  そんなのこっちから願い下げよん。

 

 

 

「桜は通り抜けが一番好きなの」

 

 朔也がいなくなっても日曜日毎にRhym’nへ行く習慣だけは残り、今でも私は柳とお茶飲み友達続行中。

 

「通り抜け? 造幣局の?」

 

 毎年、この頃のニュースには必ず『造幣局の通り抜け』がテレビ画面に映される。

  別に、造幣局にこだわってるわけじゃないけど、一度は行ってみたいなぁって思う。

 街中でも桜が満開の街道を見つけると必ず歩いく。

 特に、夜桜は最高! 

 花見の時期は所々、ライトアップされていて桜の魅力が倍増!

 それは、本当に夢の世界!

 

「行くか? 造幣局」

「え?」

「桜、好きなんだろ? 吉村」

「うん。大好き! 桜はいいよぉ。気持ちが、こう……フワフワしてくるんだぁ」

「今、調べるよ。一週間くらいしかないだろ? 通り抜けできる期間って」

「うん。結構、短期間っぽい」

 

 柳はスマホを取り出して検索し始めた。

 おお、(コイツ)デキる!

 柳はスマホの画面を見ながら言った。

 

「俺、車……出すよ」

「え~、そんなの大変だよぉ。電車で行こうよ」

「う……ん、大丈夫さ。吉村、お前さ……着物、着て……来いよ」

「え? 着物?」

「さ、桜に……着物って……いいと思わないか?」

「桜に……着物……ねぇ」

「あ、あぁ……」

 

 通り抜けの下を通り抜けしている自分の姿を想像してみる。

 白っぽい着物がいいかなぁ、髪型は今風に髪を垂らしてフワッと……。

 お天気……晴れるといいなぁ。

 草履……履き慣れてはいるけど、長時間は歩いたことないし……車がいいかなぁ。

 でも着物で電車乗ったり、歩き回りたい気もするし……。

 

「遠いとこだしさ、知ったヤツになんて滅多と会わないよ」

「そうねぇ」

「週末避けて、平日狙いで……どう?」

「それなら……」

「それに、着物に疲れたら私服も持って行って着替えればいいじゃん。だから車がいいって。な?」

 

 わっ、スゴ!

 至れり尽くせりじゃん。それ、イイ!

 さすが、ボランティアやってるだけに気が回るってかぁ?

 痒いところに手が届いてるじゃん。

 

「あっ、あった」

「いつから?」

 

 私が柳のスマホの画面を覗きこんだ拍子に、私の頬が柳の胸辺りに当たった。

 柳は少し身を引いたが、すぐに元の位置に身体を戻したから、私が柳にもたれ掛ってる感じになった。

 細長い指で画面をスクロールさせながら『造幣局/通り抜け』の文字をタップするとページが開き、ニュースでいつも映し出される映像が出てきた。

 うわぁ、これよこれ。

 

「あ、今年は平日だけだね」

「そんな時もあるんだぁ」

「かろうじて最終日が土曜日か……」

「あ。私、水曜日なら行けるよ」

「じゃ、水曜日だな」

 

 柳はあっさり日を決めた。

 

「……ってか、アンタ仕事大丈夫なの?」

「え? あ、あぁ大丈夫さ。有休出せばいいだけだから……」

「そうなのぉ?」

 

 有休制度を知らない私には分からないけど、中小企業のサラリーマンで有休はあるけど大っぴらに休めないって愚痴ってる客が結構多い。

 柳の会社は案外優良企業なのかも知れないわね。

 そんな事より、着物……借りなきゃ♡

 私は伽羅のママに頼み込んだ。

 

「お願いします。一日だけ……多分、半日しかもたないと思いますけど」

「ホホ、いいですよ。好きな着物もって行ってください」

「ありがとう! ママぁ」

 

 私は喜びのあまり、思わずママに抱きついてしまった。

 ハッとして離れると、ママは優しく微笑んでいた。

 

「帯……一人で大丈夫ですか?」

「そう、それなんですよね。私、まだ帯は……ちゃんと結べないから……」

「インスタントにしますか?」

「インスタント?」

 

 それは、帯と太鼓の部分が離ればなれになっているものだった。

 帯の部分をしっかり巻きつけた後、太鼓を背中に差し込むだけの簡単なもの。

 七・五・三参りなどの子供の帯は殆どがこの形。

 着付けを習っている最中にこの帯は……ちょっと悔しい気がする。

 全然結べないって訳じゃない。ただ時間が経つと、どうしても緩んでくるのだ。

 う~ん。

 

「一度くらい良いのではなくて? まひるさんは良く覚えていますよ。そろそろ卒業してもいいくらい」

「そ、そんな。まだまだですよ」

 

 だいたい、ママの帯の結び方が人とは違う。

 大概の人は帯を結ぶ時ギュッと締めるが、ママは帯ピンで留めるだけ。

 店のお姉さんに一度聞いたことがある。

 

『ママはそれは見事に帯を折って折って……、仕上げるのよ。私には真似できないわ』

 

 折る? どういうことなのかしら?

 帯の部分と太鼓の部分、そして手になる部分を器用に重ねてピンで留める。

 太鼓に枕を巻いた帯上げを通せば、もう帯はピクとも動かない。

 ママは2個のピンだけで帯を仕上げていくの。

 私が一度だってママの着付けを苦しいと感じたことがないのは、ここに秘密があると思っている。

 

「ホホホ、大丈夫ですよ。で、どうします? 帯」

「……イ、インスタントで……」

 

 当日、私は彩の家で着付けさせてもらった。

 

「ふ~ん。上手いもんだねぇ。感心するわぁ、マジで」

「仕事だもの。これくらい出来なきゃ」

 

 私が着つけている横で、彩がずっと見入っている。

 

「で? 柳、迎えに来るの?」

「うん。幾らなんでもこの姿で外には出られないじゃん? 彩ん(コ コ)の前まで来てくれるって」

「ここぉ?」

「そだよ。何?」

「勝手に人の家、他人に教えないでくれる?」

「いいじゃん。どうせ、もうすぐ嫁いじゃうんだから。もういなくなるじゃん」

「そりゃぁ、そうだけど」

 

 彩は少し不満気な顔をしている。

 そんな彩をそっちのけで、私の着付けは最終段階に入った。

 ”インスタントおび~!!”

 ママから借りた日から家で何度も練習していたおかげで、戸惑うことなく完成させることが出来た。

 こういうとこ、私って勤勉なのよねぇ。

 

「よし! 出来た!!」

 

 姿見(カガミ)に映った自分をチェックチェック♡

 

「着物でデートかぁ」

「へ?」

 

 私は驚いて鏡に映っている彩を見た。

 

「デート? 何、言ってんのよ。馬っ鹿じゃないの? 柳よや・な・ぎ、何がデートよ」

「柳はそのつもりだと、私は思うよ」

「うっそだぁ。そんな事ある筈ないってばぁ。アハハハハ」

 

 彩は笑っているが、茶化してる訳でも冗談を言っている訳でもないことが分かる。

 

「アンタさ、考えてみなさいよ。男友達って思ってるやつに、なんで態々着物着て来いなんて言う? トシなら絶対言わないと思うよ。」

「そ、それは……」

 

 や、柳が……?

 私の事を本当に女だと思ってくれている?

 っていうか……デートって……。

 それって、どういう事?

 

「ドンくさいにも程があるよ。今日一日、ちゃんと柳の事見てあげなよ」

 

 彩がそう言いながら、ニタっと笑った。

 この笑い方は、完全に冷やかし……。

 頭の中が何かに掻き混ぜられているような気がする。

 柳を見る? ちゃんと見てあげろって?

 私は急に焦りだし、胸がドキドキしてきた。

 

 そんなふうに考えたことなかった。

 えぇ? このタイミングでそれ言う?

 どうしょう……。私……。

 あ~や~!! アンタねぇ!!

 

 その時、玄関の前に車が止まる音が聞こえた。

 


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