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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
116/146

116.戻せない時間。

 フンフン♪ フフフン♪ 


 ここ最近、私は機嫌が良い。

 身体も軽いし、何をしていても鼻歌混じり♡

 今日は日曜日、お天気もいいし外出日和。

 朝からシャワーを浴びて日焼け止めを全身に塗る。

 薄っすらメイクで……。

 OH! ベリーグッド~!


「朔ぅ♡ 朔ぅ♡ いい天気だよぉ。早く起きなさ~い」

「ん……」


 この子ったら夕べは遅くまでゲームしてたもんだから……。

 ったくぅ……。


「朔ぅ、起きなってぇ」

「……、……て」

「えぇ? 何だってぇ?」


 もう! 頭から布団を被ってモゾモゾしてるだけ……。

 甘えてんじゃないわよぉ。


「朔! 朔! 母ちゃんが、もう朝ご飯作ってくれたよぉ」

「ん……先に食べて……て」


 カチンッ!!


「オイ! コラ! お前は一体何様だぁ? 母ちゃんがお前の為に朝飯作ってくれてんだぞ! 慌てて起きて感謝するのが道理じゃないのか! ふざけてんじゃねぇぞ!」

「は、はいっ!」


 朔也は頭から被っていた布団を跳ね除け慌てて飛び起きた。

 そうそ、初めっからそうしてればいいのよぉ。

 芙柚ちゃんは機嫌が良いんだからぁ、壊さないでねぇ♡


 それにしても朔也は最近たるんでる……。

 中学お受験を止めたからかしら?

 そもそも朔也のお受験は、お母さんが言い出した事。

 ママが喜ぶ事なら何でもする……って、当時の朔也は二つ返事で首を縦に振ったんだと思う。

 で、その為に塾に通うことになった。

 それが私達の出会い。

 髪の毛をヘアピンで止め捲ってる朔也が塾の応接室に両親と座っていたのよね。

 華奢な女の子と見間違うくらい可愛らしかった。

 あの頃は!

 なのに、今はただのやんちゃなガキ。

 まぁ、それでも別にいいんだけどねぇ。


 朔也が地域の学校に進学を決めたのはいいんだけど、それより気になるのが……朔也のパパから連絡がこない。

 別にお伺いを立てるって訳じゃないけど、一応の連絡はいれておいた。


『本人がそう言うのなら……。元々、アレの母親が強引に決めた事ですから……』


 って、何とも歯切れの悪い返事が返ってきた。

 そうじゃないでしょ! じゃ、今まで必死で勉強していた時間や努力はどうなるのよ。

 あの子が身に着けた知識や応用力は? そりゃ公立の学校に行ったってその実力を使いこなすことは可能だわよ。あの子ならそんな事は当たり前に遣って退ける。

 じゃなくてぇ……。


 あ~! なんて言うのかなぁ、私はあの子の志のことを言ってるのよ。

 一度でも志を一つに絞ったなら達成させるのは本人の意志は勿論だけど、周りの応援や励ましも必要じゃないのかしら。

 あの子が目指したところに手が届くように、引き上げてあげなければならない時だってあるんじゃないのかしら。

 そして掴んだ達成感や感動に、再度自分の向上心を見出す……。

 人生、その繰り返し……。その第一歩だったんじゃないのかねぇ。


『母親が強引だったから』とか『本人が……』なんて、親の言うことかしら。

 アンタはその時どうしてたのよ。何もかも言いなりだったってこと?

『いや、一度始めたことだから是非とも続けさせたい』なんて言ってくれたら、私はパパさんを見直したんだけどなぁ。なんか、ガッカリしちゃった。


 私の父ちゃんはそういうとこは曲げない人だからね。

『てめぇ! 自分で決めた事を中途でケツ割るってのか! そんなことは許さねぇぞ!!』ってタイプだからねぇ。

 ふぅ、あれもこれも……環境なのかしらねぇ。

 だけど……寂しくなるわねぇ……。

 中学生になったら実家に戻る約束になってる。

 その事を家族全員が分かっていて、皆が妙に朔也に甘い。

 朔也も上手く父ちゃんや母ちゃんに甘えている。

 そういうとこ計算高いヤツではないことは分かっている。

 朔也も寂しいのだろう。

 でも……ちょっと、ダレ過ぎ。


「いってきまぁ~す!」


 麻由の声が聞こえた。

 玄関の扉を閉める音がして、駆け出していく足音が聞こえる。

 二階の窓からヒョイと首を出して覗いてみると、自転車にも乗らず駆けていく妹の後ろ姿が見えた。

 あんなに急いで……?


 私は朔也を連れて台所へ下りて行った。

 テーブルの上には美味しそうなスクランブルエッグととカリカリベーコン、食パンがトレーに乗せて2つ用意されている。


「コーヒーでいいかい?」


 母ちゃんが振り向きながら私に訊いた。


「ああ。大丈夫、自分でやるから。朔は?」


 そう言いながら朔也を見ると、冷蔵庫から牛乳パックを取り出したところだった。


「麻由、どこ行ったの? やけに慌ててたけど」

「うん……。何でも彩ちゃんと約束があるんだって言ってたけど」

「彩と? 何でまた」

「何にも聞いてないけど……。まぁ、もうじき彩ちゃんもお嫁さんになってしまうからねぇ。麻由を妹みたいに可愛がってくれて、あの子も懐いてるからねぇ。女の子同士、買い物にでも行ったんじゃないのかい?」

「ふ~ん……」


 確かにあの二人は仲が良い。まるで本当の姉妹のようだ。

 あの子、以前(マエ)に『お姉ちゃんって、憧れだよ』って言ってたわねぇ……。


「おはようさん」

「あぁお母さん、おはようございます。今日は随分と遅かったですねぇ」

「そうかい? ああ、本当だ。寝坊のカズオがいるじゃないか。アハハハハ」


 婆ちゃんはそう言うと朔也の方を見て? 笑った。

 私と朔也は横に並んで座っている。

 向かい側の婆ちゃんの視線が朔也に向いたのか私に向いているのか微妙なところ。

 朔也は牛乳パックのストローを口から外すと。


「俺は寝坊じゃないよ。寝坊は芙柚だよ」


 って、拗ねるように言った。

 すると、婆ちゃんがほんの少し首を傾げ、私の方を向いて(これは絶対に私を見ている)にこやかに微笑むと、ペコっと頭を下げた。


 え?……。


 それから婆ちゃんは何も言わずに台所から出て行った。

 あの……ほんの少し首を傾げた仕草……。

 あれは……『何の事?』っていう感じだった。

 それに、私に向かって頭を下げた……あの動作は……。

 知らない来訪者に対しての『お愛想』のようだった。


 うそ……。


「婆ちゃん!!」


 私は思わず立ち上がり婆ちゃんの後を追いかけた。


「婆ちゃん! 婆ちゃん! 婆ちゃん!」


 ドタドタと婆ちゃんを追い掛ける。

 婆ちゃんは私の勢いに驚いて振り返った。


「な、なんだい?」

「婆ちゃん、私、分かるよね?」

「え?」

「私、分かるよね?」

「……」

「俺の事、わかるよな!」


 婆ちゃんは面食らったような表情で、私の顔を見ると、


「加州雄じゃないか。何を言ってるんだい? ビックリするじゃないか」

「婆ちゃん……」

「トイレに行ってもいいかい? 翔子さんに迷惑が掛かりそうだ」

「あっ。あぁ、ごめん……」


 私は、いつの間にか掴んでいた婆ちゃんの腕を離した。

 婆ちゃんは私の顔をちゃんと見て『加州雄』って言った。

 確かに……私を認識してる。

 はぁ……。

 言い知れぬ安堵感が胸に広がる。


 私は台所に戻り、ドカッと椅子に腰を下ろした。

 食べかけのパンを口に入れコーヒーを一口啜り、背中を向けて流しの前に立っている母ちゃんに話しかける。


「ねぇ、母ちゃん。婆ちゃん……変わったところないかなぁ?」

「変わったとこ? そうだねぇ。物忘れが酷くなってきてるよ」

「そうなんだ……。それだけ?」


 母ちゃんは振り向きながら、


「それだけって?」

「う……ん。言う事が変だとか……家族の顔が分からないとか……」

「婆ちゃんがボケてきてるかって訊いてるのかい?」

「う……ん、まぁ」


 私は何だか訊いてはならないことを訊いたような気がして俯いた。


「そりゃぁ、ボケたって可笑しくない年齢(トシ)だからねぇ。爺ちゃんが亡くなって……元気がなくなったのは確かだねぇ。傍目には元気に振舞ってはいるけどさ、やっぱりどこか寂しそうなんだよ。そういった事が引き金になってボケてくって聞いたことあるけどねぇ」


 背筋に焦りに似た……ヒヤリとしたものが走る。

 彼女の世界から自分が消えつつある……。

 寂しさと……落胆。


 どんなに足掻いても戻せない時間。

 何かが……少しずつ変わって来ている。






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