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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
114/146

114.友よ。

 

「なんだよぉ。芙柚ってば、俺が“わかんない”って言ったら“よく考えろ”って言うくせに自分はキレるのかよぉ」

「うるさい!!」


 ったく、イライラする子ね。

 こんな子供(ガキ)に話すんじゃなかったわ。


 私は不覚にも、伽羅でのことを朔也に愚痴ってしまった。


「アンタに何が分かるの? ママなんかじっと微笑みながら“うんうん”って、同じ話を聞き続けてるのよ毎日毎日……それがどんなに苦痛か……私には無理ぃ」

「分かるよ。俺」


 朔也は生意気にもアッサリ言い返してきた。


「は? 何よそれ。どう分かるってのよ」

「だって、俺いつも婆ちゃんと話してるから分かるんだよ。同じ話ばっかでさ……それとおんなじようなもんだろ?」

「婆ちゃん? なんで婆ちゃんが出てくんのよ」


 朔也はうなづきながら続けた。

 少しドヤ顔なのが気に食わない。


「芙柚はいつも帰りが遅いから分かってないかもしれないけど、今の婆ちゃんは完全に俺の事『加州雄』だと思ってるんじゃないかな?」


 その言葉は私の頬をガツンとぶん殴った。

 苛立ちのピークに達した私は思わず声を荒げる。


「何言ってんのよ! そんな事あるわけないでしょ!」

「じゃ芙柚は最近、婆ちゃんといつ話した?」

「いつ……って」


 朔也が横目で私をシラッと見る。

 憎ったらしいぃぃぃぃぃぃ。


 そういえば、ここんとこずっと婆ちゃんの顔を見ていない。

 1か月? もっとかな? 帰りが遅いのもあるけど……やっぱり、ちょっと顔を合わせ辛かった。

 同じ屋根の下に住んでいて1か月も顔を合わせないなんて……。

 だけどそれは婆ちゃんに限らず、父ちゃんともまともに顔を合わせていない。

 食卓で入れ違いになったり、廊下ですれ違うだけ。

 おまけに、いつだって私は俯き加減……。


 朔也が家に来てから、婆ちゃんはちょくちょく朔也の事を『加州雄』って呼んでた。

 けど、それは私の小さい頃と見た目が重なるから、ついそう呼んでしまうのだろって思っていたから、あまり深く考えなかった。

 塾長から私の女性化が見た目にもはっきりしてきていると言われたのも朔也が来た頃だった。

 塾長の言葉はとても嬉しかったけれど、同時に父ちゃんへ後ろめたさが増したのも事実だった。


「俺、思うんだけどさ……」

「なによ」

「婆ちゃん……」

「だから何なのよ!」

「……」


 ったくぅ、イライラするわねぇ……。

 朔也のモジモジした態度にイラつき、歯切れの悪い言い方に神経が逆撫でされる。

 とその時……。

 私は立ち上がると部屋の扉を開け、階段を駆け下りた。


「婆ちゃん! 婆ちゃん!」


 ドタドタと家じゅうに響きわたる足音、父ちゃんの部屋の戸が乱暴に開いた。


「何だ! こんな夜中に。婆ちゃんはもうとっくに寝てるに決まってるだろ!」

「あ……。ごめん」

「どうしたの? 婆ちゃんに何か用なの? 珍しいわねぇ」

「いや……、用ってわけじゃないんだけど……」

「じゃ何だってんだぁ? いいかげんにしろ! 何時だと思ってるんだ」

「もう、いいわよ!」

「は? “わよ”?」

「も、もういいよ!!」


 私は自分が吐いた言葉に一瞬凍りつきそうになったが、何とか誤魔化して自分の部屋に戻った。

 ふわぁ、危ない危ない。

 そうよね、今婆ちゃんと話をしても仕方ない。

 でも……。

 頭の中を薄っすらとよぎる“認知症”という単語。


 えっ、……婆ちゃんが私の事を忘れてしまうの?

 そんでもって、代わりに朔也の事を私だと思うの?

 いやいや、まだ確信した訳ではないわ。

 だって母ちゃんだって父ちゃんだって何にも言わないし、麻由だって……。

 家族が何も言ってないんだから大丈夫よ。

 でも……朔也は……少し違った角度から見えてるのかも知れないし……。

 家族が感じない何かを感じてるのかもしれない……。

 アハ、考え過ぎよ。物事を悪く考えるのが私の癖だから……。


 その夜、私は婆ちゃんの夢を見た。爺ちゃんもいた。

 家族で麻雀してた頃の夢だった。

 卓を囲んでるのは、私と父ちゃん、爺ちゃん、そして婆ちゃん。

 母ちゃんが父ちゃんの後ろに座って、皆に果物を剥いている。

 兄貴が私の手元を覗き込んでいる。

 私の(ハイ)を指さしながら小さな声で“次、これ切るんだぞ”って指示を出す。

 けど私は違う(ハイ)を捨てた。

 言うことを聞かない私に兄貴が文句を言ったけど、下家の父ちゃんが兄貴が言った碑の筋を切った。

 “ロ~ン!!”

 その瞬間、婆ちゃんの勝ち誇った声が高らかに響く。

 あっぶねぇ! 兄貴の言った通りに打ってたらやられてたよぉ。

 私は横目で兄貴をチラッと見て、蔑むようにうっすらと笑った。

 そんな私を見て、兄貴がチッと舌を鳴らした。


 兄貴はホントにこの碑を捨てていいと思ったのだろうか? 

 それとも次の半荘から参加する為に私をハメようとしたのだろうか?

 多分、前者だろう。この頃は兄貴より私の勝率が上がってきたころだったから。

 隣では父ちゃんが悔しそうに碑を握りしめている。

 その横で婆ちゃんが嬉しそうに点棒を数えているのが見える。

 婆ちゃん嬉しそう……ホントに本当に嬉しそう……。


 翌朝、目が覚めた私は婆ちゃんの部屋の前に立ち扉をノックしようとしたが、なぜか声を掛けることができなかった。




「いらっしゃいませ~」


 恰幅のいい老人が扉の前に姿を現した。

 ママはその客を見るや否や、すかさずカウンターの外へ飛び出した。


「まぁ! 山形社長、ずいぶんとご無沙汰だったじゃないですかぁ」

「ああ、ママ。久しぶりだな。暫く海外に行ってきたんだが、やっと戻れたんだ。いや~、やっぱり日本はいいなぁ。そして、この店がいい!!」

「まぁ! ありがとうございます。どうぞ、ごゆっくりなさってくださいませねぇ。みゆきさ~ん」

「今日は若いのを連れてるから、よろしく頼むよ」

「はいはい、お任せください。どうぞあちらへ」


 ママが席を確認して案内している傍らで、みゆきさんがお連れ様に荷物を預かっていた。


「いらっしゃいませ。上着とお荷物、お預かりします」

「あ……はい」

「あ……ヨロシク」


 みゆきさんに話しかけられた連れは、まるで場違いなところにでも連れてこられたような感じでソワソワしてる。


「あら、社長のお連れさんにしては随分とお若い方ですね」

「そうだろう、コイツらはベトナムでずっとワシの世話をしてくれとったんじゃ」

「まぁ、そうだったんですねぇ。大変だったでしょう?」

「「あぁ、まぁ、はぁ……いえ」」


 その若い連れ達が顔を赤らめながら、しどろもどろに返事を返す。

 その仕草が初々しかったのだろうか、ママがホホホと優しく笑った。


 それにしても若い客よね。

 伽羅の平均年齢は、多分58~60歳くらいだと思う。もっと上かな?

 あの人たちは、せいぜい30才前後……だよね?

 それとも、私と同いくらいかしら?

 そんな若い子たちがこんな店に来れば当然にして挙動不審者になるのも分かるような気がする。

 なにせ周りの人達は高齢とはいえ、どこかの社長やら会長やら、お偉いさんばっかりなんだから。

 年寄でも結構貫禄あるんだよね、これが。


 彼らはママに案内され、社長の後をそそくさとついて行った。

 そこは個室ではないが、VIP待遇な席。

 キョロキョロと辺りを見ながら歩く様はなんだか笑えてくる。


 こういうお店は初めてなのかしら?

 あ~、あのお席につきたいなぁ。最近若い人と話してないしぃ……。

 塾の生徒は小学生、店の客は年寄……離れすぎだろ!! 

  あ……失礼……。


「これこれ、まひる。グラスが空になったよ」

「え? あっ、ごめんなさい」

「やっぱり若い子が気になるんかな?」

「違いますよぉ。ちょっと考え事」

「ハハハ、年寄を騙せると思ったら大間違いだぞ」

「そんな事、思ってませんよ。特に先生を騙す度胸なんて私にはありません」

「ハハハ、まひるは腹黒いなぁ」

「ひっど~い! どこをどう見たらそうなるんですか? ”素直”と書いて”まひる”って読むくらい素直な子なのにぃ」

「なら、ワシの辞書からは”素直”という言葉を消さにゃならんなぁ」

「ええ!! ひど過ぎませんかぁ? まさか金田一兄弟に掛け合うなんて言い出しませんよね!」

「ハハハ、心配せんでもワシの辞書だけじゃ。ア~ハハハハ」

「……消すんだ」


 今お相手しているのは、お医者様。

 といっても、とっくに引退してるけどね。

 気さくな方で、豪快に笑うところが大好き。

 勿論、頭の回転もまだまだ衰えていない。


「で、お婆さんの具合はどうなんだね?」

「う……ん。よく分からないの。あんまり顔を合わせないから……。私が帰る時間にはもう寝てるしねぇ。休みの日にでもって思うんだけど……。あら?」


 婆ちゃんの話をしていると、柱の陰からさっきの社長のお連れの一人がヒョコッと顔を出した。


「す、すいません。あの、お手洗いは……」

「あぁ、こちらですよ」


 私は先生に席を外す了解を得て立ち上がり、お連れをトイレ案内した。


「どうぞぉ」

「あ、ありがとうございます」

「いいえぇ。ごゆっくり。フフ」

「あっ、ははは。ははは」


 彼は照れながらトイレの扉に手を掛けた。

 それを見て私が席に戻ろうとした時、不意に背中から声がした。


「吉村」


 それは、確かめるでもなく、尋ねるでもない。

 確信に満ちた言い方だった。

 私は驚いて振り返った。


 懐かしい声……。懐かしい呼び方。

 爽やかな笑顔。

 私は、なぜ気が付かなかったんだろう。


「柳……」





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