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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
112/146

112.恥ずかしさから……淑やかへ。

 

 “恥ずかしい”


 その単語に脳が異常に反応して身体が燃えるように熱くなった。

 そして、その状態に陥っている自分に焦りを感じる。

 一瞬にして、身体中の所々から嫌な汗がジワジワと噴き出した。


 ちょと待て、ちょと待て……。

 焦ってるってことは『図星』って事で……。


 私は『図星』を突かれたことに気付き、更に焦りを感じた。

 自分に自覚がないところからの『図星』

 それは驚くほど衝撃があった。

 嵐が吹き荒れ、ひび割れた天上から稲妻が轟音とともに光を放つ……。

 まるで映画のワンシーンのような光景が私の頭の中で繰り広げられた。

 耳を劈く轟音が聞こえ、吹き荒ぶ雨風が身体にブチ当たる感覚さえリアルに感じられる。


 それほど “恥ずかしい”って言葉が妙にしっくりくる……。

 私……。


「わかったぁ! あれだ! なんか恥ずかしがってる人が目を逸らすみたいな感じだぁ。恥ずかしくて目を逸らしてコソコソ……みたいなぁ」


 身体中が羞恥の炎で燃え尽きそうになっている私の目の前で、朔也がそう言いながら会心の笑みを浮かべている。

 そしてその時、私自身も最近のモヤモヤの原因が分かった気がした。


 そう、私“恥ずかしい”んです。


 それも半端ないくらい、物凄く……。

 今まで、私は女だと主張し続けてきたけれど、たった今の私は女である自分に自信が持てない。

 それは麻由のせいでもないってか……誰のせいでもない。

 私の事……。


 それは、ほんの些細なことだった。

 電車で乗り合わせる女の人達、道ですれ違う女の人達、ハンバーガーショップで女同士でお喋りする人達……。

 そんな人達を目にする度、その一つ一つの仕草、指の動き、表情、目線……言い出したらキリがないくらい、私とは全く違うと気付かされる度に恥ずかしさが増した。


 結局、私は別物なんだ……。


 月に一度一週間程、願ってもいない激痛に悩まされる生理があるわけでもなく。

 子を宿すことも、分娩の……想像を絶するような女性が持つ痛みの(さが)を何一つ経験することがない……。

 ただ単に、心が女だと……。

 身体と心が一致しないんだと、それが苦しいんだと言い張っているだけで……。


 完全な女性でない自分にコンプレックスが膨らむばかり。

 幼い頃は心が女である自分にコンプレックスを感じ。

 その事を自覚し克服した今、身体が男である自分にコンプレックスを感じている。

 昨日は美しい女になることができたのに、今日はファンデーションをいくら厚塗りしても唇を赤く染めても、鏡の中の顔はゴツゴツと骨太い男にしか見えない日が幾度もある。

 ホルモン治療をしようが化粧をしようが、元は男。

 その事実を拭い去ることはできない。


 でも、最も先に克服すべきは持って生まれたネガティブな自分だったりする。


 ゲイバーのバイト? 

 ああ、あれはまた別もんね。

 あそこは私にとって舞台みたいなものね、舞台、ステージ、芝居小屋……。

 言ってみればあの場所では演技してるって感じ、女に為り切って演じる。

 実際、仕草や言葉遣いも少々大げさにしてる感もあるし。

 よく『女より女らしいよな』って言われたりもする。

 そんな時『だって、努力してるもの~』って答えるけど、私の場合『それなりに演技してるもの~』でも構わない。


 だけど実生活は違うのよね。

 些細のことが気になって……、実は人と目を合わせられないの。

 ちゃんと女でいられているか? って気になって……。


「そんなになってしまうんなら、止めてしまえばいいんだ。俺達ってずっと芙柚と一緒にいたじゃんか、BBQの時だってどんな時だって……。それに、芙柚が女だって一番知ってるのは俺達なんだよ。なのに急にコソコソしだしてさ。絶対にヘンだよ!」


 ズキッ……。

 朔也の言葉が矢のように飛んできて、胸の最も深い場所に刺さった。

 なんてこと……。

 ふ、笑っちゃうわね。


 自分のことばっかり気にかけて、この子達を放ったらかしにしてたなんて、しかもそんな事にも気付いてなかったなんて……。

 別に“熱血講師”って訳じゃないけど、この子達には私なりに情熱を注いでいたつもり。

 なのに、今は自分がどんな風なのかばっかりに気がいってしまっていて……。

 いつの間にか、優先順位が変わっていた。

 集中力がなくなっていたのは私の方だったのね。

 そう、本当は山崎さんにも嫉妬してた。ハハ……。


 “芙柚が女だって一番知ってるのは俺達”ってとこは……生意気言ってんじゃないわって感じだけど。

 ヤダん……胸の奥がグッと熱くなっちゃうじゃないの。


「ごめん……」


 私は朔也に抱きついて、小さな肩に顔を埋めた。

 文字通り“返す言葉がない”……からの誤魔化し。

 そして、これがホントの照れ隠し……。



 私は純子ママに今の心境、朔也とのやりとり等々を全て話した。


「そうよね、どんなに作り込んだってニセモノってことは否めないのよね。私だって鏡の中の自分にどれだけ腹を立てたことがあるか……。月並みな言い方だけど『通る道』かもしれないわね」


 純子ママは何かを思い出したように、フッと息を吐きながら笑みを浮かべ目を細めた。


「悲しいのよねぇ……」


 ママと二人きりの控室にしんとした空気が流れる……と思った瞬間、急にママが叫んだ。


「そうだ! まひる。いいとこに連れてってあげる」



「いいとこ?」

「うんうん。絶対気に入るわよぉ。今のアンタにぴったりな ト・コ・ロ♡」


 ママは私にウィンクしながら、アクセントをつけて人差し指を3回振った。

 私はママに連れられタクシーに乗り込んだ。

 15分くらいだったかしら?

 車から降りたところは神社の前。

 大きな鳥居を覗き込むと、奥の方の暗がりにたくさんの樹の影がぼうっと浮かび上がった。

 まだ、その季節ではないのだろうか、木々は一つも花をつけていない。


 夜が更けているうえ、灯篭の明かりも届かない程奥に植えてある木々は、夜の神社を更に暗闇の世界へ引きずり込んでいるように思え、私は何となく不気味に感じ少し後ずさりした。


「ウフ♡ 怖いの?」

「え? そ、そんなんじゃ……」


 当ったり~。


「あれは全部、桜の木よ」

「え? 桜?」

「そう、この神社は桜で有名なのよ」

「へぇ、そうなんだぁ……」


 ママから“桜”だと教えられると、さっきの不気味さはいつの間にか消え去り、春が待ち遠しい気分になる。

 アハ♡ 我ながら現金なものね。


「ここよ」


 ママが指差したその先に、ふくらはぎくらいの高さの花灯篭が地面に置いてあった。

 蝋燭の光に照らされ、仄かに文字が浮き出ている。

 “伽羅”


「きゃらん?」

「“きゃら”よ」



 花灯篭の奥に間口の狭い黒い格子戸が見える。

 格子戸の上には控えめに小さな明かりが、ポゥっと灯っているだけ。

 それは、意識しなければ見落としそうなお店だった。

 近づくと、引き戸の両脇に盛り塩が置いてあるのに気付いた。

 俗に言う“お忍び”に使えそうなお店……? なんてね。


 格子戸を開けると、そこは箱庭になっていた。

 山に似せて盛ってある土は五山を想わせ、敷石の傍を流れる水は鴨川のせせらぎを届けているよう。

 それはまさしく、古都を想わせる趣。


 まぁ……なんて素敵。

 植えてある木や、花、岩に見立てて置いてある石。

 箱庭の隅々を見ながら、敷石に沿って歩いていくともう一つ扉が現れた。

 玄関の引き戸とは違い重厚な扉を引き開けると、店の構えからは想像できない“煌びやか”という言葉がぴったりの空間が目の前に広がった。


「「いらっしゃいませ~!!」」


 天上から吊下がっている大きなシャンデリアが、今まで“和”の世界を打ち砕く。


「あらあら、純ちゃん久しぶりやねぇ」

「幸ちゃぁん、久しぶりぃ。お元気だった?」

「おかげさんでぇ。嬉しいわぁ、連絡してくれたら良かったのにぃ。ほんでまた、可愛らしい人連れてぇ?」」

「うふ、うちのNO2。まひるちゃん」

「初めまして、まひるです」

「No2? ほな一番は凛ちゃん?」

「そうね。あの子は、ほんと揺るがないわぁ」

「凛ちゃんにも久しゅう会うてないわぁ。会いたいわぁ。今度お店に寄せてもらうわねぇ。せやけど純ちゃんとこは、ええ女子(おなご)はんがぎょうさんいはってよろしいなぁ」

「アハハハ。ママぁ、それってウケるぅ。ただし、うちは男子と書いて『おなご』って読んでるんだけどねぇ」

「凛ちゃんは迫力のある綺麗さやけど、この人はまた違う可愛らしさやね。華奢で儚げで……綺麗な手ぇしてはるし。羨ましいわぁ」


 そう言いながら伽羅のママは私の手を取り、にっこりと優しく微笑んだ。

 私は顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなり、お腹の辺りがムズムズして何だか居心地が悪くなってしまった。。

 そんなふうに褒められると、くすぐったくて死にそう。


「なに固まってんのよ。まひるったらぁ」

「えっ、だって……」


 もう……ママ、冷やかさないでよぉ。


「フフ、お喋りばっかりしてたらアカンね。今日はゆっくりできるの?」

「うん、せっかく(ゆき)ちゃんと飲むんだから、(せわ)しないのは嫌だもの。時間空けてきたわ」

「わぁ、ホンマぁ?。ほな、ちょっと待っててなテーブル回ったらすぐに戻ってくるさかいに」

「うん。ゆっくりでいいよぉ、時間はたっぷりあるんだからぁ」

「ほな、まひるちゃんもゆっくりしていってね」

「はい。ありがとうございます」

「ヒロミさ~ん。こっちのお客様、お世話お願いしますねぇ」

「はぁい」


 伽羅ママは着物の裾をキュッと引っ張り立ち上がった。

 そして、ママと入れ違いに紫と白をコントラストした着物を着た女の子が席に着いた。

 周りをよく見ると、この店の人達(ボーイ以外)は全員着物を着ている。


「ようこそいらっしゃいました。ヒロミです。お飲み物は焼酎……水割りでいいですか?」

「私は、ウーロンで。まひるは?」

「私もウーロンで……」


 ヒロミちゃんは、両手をすっと前に差し出すとくるっと腕を回し袖の袂を腕に巻きつけ、茶目っ気一杯に微笑むと私たちの飲み物を作り始める。

 その仕草がとても可愛らしくて、私の胸が小躍りした。


「ねぇねぇ、その着物自分で着るの?」

「いいえ、ここの女の子着物は全部ママが着せてくれます」

「ええ! 全員? ここで?」

「はい、奥の更衣室で。私たちは襦袢まで自分で着て待ってるんです。だんだん慣れてくると着物を羽織るとこまでは準備しておくんですが、やっぱりママに直されたりして……エヘ♡」


 と言って、ヒロミちゃんは恥ずかしそうにペロッと舌を出した。


「すっご~い!!」


 私は思わず感嘆の声を上げ、目を見開いた。

 女の子達全員の着付けをママ一人でなんて、素晴らし過ぎるぅ!!


「本当にしっかり着つけてくださるので、お店が終わるまで滅多に崩れることはないんですよぉ」

「いいなぁ。私も着たぁい」

「着物と洋服では動き方が変わるから自然と淑やかになるものだしね」


 ママはそう言うと、暫く何かを考えてるようだった。そして……、


「そうね、いいかも知れない。まひる、私が頼んであげるわ。もしかしたら、アンタの悩みも少なからず解消するんじゃないかしら?」

「ママ……」


 ヒロミちゃんは大学の2回生だそうで、このお店でバイトして約1年だと言った。

 先輩の紹介でバイトを始めたのだそうだが、着物を着せてもらうのが楽しみでシフトを増やしたとも言っていた。

 ブレイクダンスのサークルに入ってると話す彼女は、色白で瞳が大きくて私服なら今時の女子なのだろうが、今は着物が彼女を淑やかな少女に変えていた。

 彼女は頭の回転が速く、伽羅ママが席に戻ってくるまでの間十分に私たちを楽しませてくれた。


「おまたせ~。ヒロミさん、ありがとう。足立さんのお席に着いてくれますか?」

「はい。では、ごゆっくりどうぞ」


 ヒロミちゃんは背筋を伸ばしたままスッと立ち上がり、軽く会釈して他のテーブルに向かった。


「いい子ねぇ。まだ大学生だって?」

「そうなの。素直な良いお嬢さんよぉ。着物が好きや言うて来てくれてるんやけど、大事なお嬢さん預かってるから責任感じるわぁ」

「そういうとこ幸ちゃんらしいわね。ウフフ」


 そしてママ達はお決まりの会話を始める。


「どう? お店の方は……」

「う~ん。この景気にしちゃあ、マシな方なんじゃないかなって思って頑張ってる」

「そやねぇ。そう思わなやってられへんもんねぇ」


 そんな会話を軽く済ませたところで純子ママが私を横目でチラリと見て、伽羅ママに話しかけた。


「ねぇ。この子さぁ、着物を着てみたいんだって。一度着せてあげてくれない?」

「いやぁ。そんな造作もないことぉ、ええよぉ」

「ほんとですか!?」


 私は嬉しくて少し声を張ってしまった。


「どんな色が似合うかしらねぇ」


 伽羅ママは優しく微笑みながらそう言うと、まるで品定めをしてるように私をジロジロと眺めた。


「なんでもね……」


 純子ママは私の悩みを何の了解もなく、伽羅ママに話した。

 ちょ、ちょ、ちょ……。

 もう!! なぁ~んてことすんのぉ!

 私は恥ずかしくて、顔が引きつる。

 すると、伽羅ママがポンと手を叩いて、


「じゃ、こうしましょ。暫く(うち)を手伝うてくれはるかしら?」

「は?」

「いいのぉ? 幸ちゃん」

「ええ。この方器用そうな人やから、着付けができるまで教えますわ」


 ええぇ!?

 き、着付けぇ!?


「まぁ、素敵!! 良かったわね、まひる」

「え? あ、アタシ……」

「ただし、純ちゃんとこ程の高いお給料は渡されへんけどねぇ」

「だぁいじょう~ぶよぉ! この子、結構稼いでんのよぉ」


 その後、純子ママと伽羅ママが話を進め、アレよアレよという間に私は暫く伽羅でバイトすることになってしまった。

 私は嬉しさの反面、ゲイバー以外で働く事への不安が重く圧し掛かかる。

 それは恐怖にも似ているようなものだった。


 塾以外で、女の子の中で働くなんて……。

 しかも……女として……?





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