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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
111/146

111.ヘンテコ?

 

 ふぅ……。

 どうしたものか……。


『ブレる』って、きっとこういう事なのかも……。

 ゲイバーのバイトは別として、塾の方での私の立ち位置の確立は将来を見据えてとても重要なこと。

 一人称を『私』に変えたことで、私が『私』でいるってことが少しずつ浸透してきている感触を掴みかけていた。

 たとえ山崎さんが露骨に嫌な顔をしても、全然気にすることはなかったのに……。


 ここにきて、最愛の妹からの『キモい』発言。

 といっても、麻由が私の事を心底気持ち悪がっているんじゃないことは分かってる。

 ただの軽口、軽い戯言、まったくの冗談。

 そう、ジョークさ。ア~ハッハッハッ……。

 ハッ、ハッ……クッ……。

 あの時は鉛の玉を胃の中に落とされた気分だった……。これが本音。

 でも……あの子にしたら、まだ私は『芙柚兄』だから。

 だけど、キモいって……、まぁ、分からないでもないけど……。


 おかげで麻由の前では、いまだに男言葉で話している。

 その場に居合わせた母ちゃんが、呆れ顔で肩を竦めて私を見ているのが、何とも自分自身情けなく……。

 ……はぁ。




「ねぇ芙柚ったらぁ、聞いてるの?」


 机に向かって懸命に作業している私の背中に向かって、朔也がしきりに話しかけている。


「う~ん? ちょっと待ってよ」

「なんなんだよぉ、さっきからぁ。何してんだよぉ」

「今度の授業のタイムラインを作ってるの」

「タイムライン? 何それ」

「う……ん。最近子供たち、集中が散漫になってるから授業の進行を変えようかなって思ってさ。ってか宿題終わったの?」

「とっくに終わったよ。そんなんで集中力って変わってくるの?」


 そう言いながら朔也が、私の手元を覗き込んできた。


「そりゃあ、やってみないとね。気持ちが散漫になる原因ってたくさんあるじゃない? とにかく頭の中に勉強以外の事がドンと居座ってるのよ。プライベートなこととか色々ね。それを全部解消するってのは無理じゃん。それに、そういう類の事はどんどん溢れてくるもんだからさ。だから、そんな事も忘れるくらい授業に引き込む手法を探す訳ね。で、そのベースがタイムラインよ」

「ふ~ん。俺たち……そんなに成績落ちてるの? それって……深刻なの?」

「そんな事はないけどねぇ。アタシの感じよ。感覚。」


 そうなの。授業中に騒ぐっていうのは全然当たり前。

 特に私のクラス(6年生)は騒がしいと他の先生方にも注意されガチなんだけど……。

 最近のザワザワ感は今までとは違うの。

 う~ん、何ていうかなぁ。

 気持ちがフワフワしてるっていうか……。

 ピッとしたものが全く無くなってしまったのよね。

 クラス全体が、余所見してるって感じ……かな?


 成績自体に変化はない。

 でも、今の状態が継続すれば……そういう事態を招くことも。

 それは、私の講師生命にも関わること。

 私の、『女の第六感』が警笛を鳴らしてるのよね……うん。


「ふ~ん。俺はあのタイムライン好きだよ。決められた時間内にどれだけの回答か書き込めるか。正解じゃないと意味ないけどね。だけど問題を目の前にして瞬時に脳が回転し出すあの瞬間が大好きだ。だけど、あの問題数であの時間設定って短くない? 俺的にはワクワク感満載でOKだけどさぁ」

「アハハハハ。朔ってアタシに似てるよね。実はアタシもちょっとキツイかなって思ってたんだけどさ、うちのクラスってゲーム感覚な子が多くて、ついついそうなってしまうんだなぁ。必死に食らいついてる姿が面白くってぇ。あ、勘違いしないでね。別に苛めてるわけじゃないんだから。だけどレベルはかなり高いと思うわよ。ウフ♡」

「そんな事思ってないよ。ってか、基本ゲーム? な~んか冷めるなぁ」


 おいおい、そうじゃないって。

 私は朔也の方を振り返った。


「馬鹿ね、闘争とか競争みたいな何かに勝とうとする本能はとても大事よ。今の世の中って殆どが競争みたいなもんじゃない? それはただ単に人と争うだけの事じゃないけどさ。アンタは難問っていうボスキャラと戦ってるんだって考えたら、ゲームクリアを目指してるのと然程変わらないんじゃない?」

「まぁ、言われてみれはそうだけどぉ。そんな単純に考えられてるって思うと、何かガッカリだな」

「単純になんか考えてないわよ。アンタ達がどれだけアタシの授業に食いつくか、その短時間の中でどれだけの事を掴めるか。アタシにとっては重要な課題なんだからぁ。そのためにはとっかかりが大事なのよ。それに飽きないってのも大事だしね。だから授業進行はすっごく大事なの。言ってみれば帰納と演繹の繰り返し」

「きのう? えんき?」

「簡単に言えば、アタシなりの法則をつくってアンタ達に当てはめるの」

「え~芙柚の法則に俺たちがハメられるのぉ?」


 朔也はおもむろに嫌そうな顔をした。


「ん?何か誤解してないか? 帰納と演繹は何事に於いても効果的なんぞ。あの有名な野球監督がチームを優勝に導いたデータ野球だって帰納と演繹が基になってんだぞ。それに単純じゃなくて『シンプル』だ」

「なんで、そこ男なんだよ。芙柚って、熱くなると男でるよなぁ」

「アハハハ♥」


 そう、時々ね。

 何かを本当に相手に伝えたい時には、今まで使い慣れた言葉がつい出てしまう。


「……ねぇ。みんなの集中ってさ……俺たちのクラスだけ?」


 朔也が、何となく言いづらそうに訊いてくる。


「う~ん。そうねぇ、中学受験組は……正直、今の時期こんなんじゃダメね。ってか、なんでウチのクラス?」

「あ、い、いや。お、俺は他のクラス分かんないじゃん。他の学年とかさ。芙柚が受け持ってる他のクラスとか……」

「ふ~ん……」


 で? 何が言いたいの?

 何なら、こっちから訊こうか?


「アタシが受け持ってるクラス?」

「い、いや…だ、だってさ、芙柚だって他の先生のクラスの事分かんないだろ? だから芙由のクラスって言っただけで……」


 ふん……。

 見え見えじゃない、馬鹿ね。


「私が原因になってるって言いたい訳ね?」

「べ、別にそんな事言ってないじゃんか」

「ふん、顔が言ってるわよ」


 私がそう言うと、朔也がパッと自分の顔に手を当てた。

 ぷっ。バレバレじゃん。


「そ、そんなことないやい!」


 アハ。顔が真っ赤だよん。


「ムキになるのが証拠。朔はわっかりやすいんだから~」

「ちぇっ……」

「で……皆、何て言ってるの?」


 朔也は私から視線を外し、ボソボソ言った。


「急に女子力上げ過ぎ……」

「えぇ!そうなのぉ? マジ上がってるぅ? いや~ん、ソコにくるぅ? 嬉しい!!」


『女子力』と聞いて舞い上がった私を横目で一瞥した朔也が、口を尖らせながら言った。


「ったくぅ。いい気なもんだぜ受験生の集中力妨げといて……、一人で喜んでろ!」

「はん! お前たちの集中力ってのはその程度なのかぁ? 人のせいにしてんじゃないよ」

「よっく言うよぉ。自分勝手にヘンテコになっといてさぁ」

「はぁ? ヘンテコだぁ? 今、ヘンテコって言ったか? ヘンテコ? だ~れがヘンテコなんだよぉ。俺の事か? いったい俺のどこがヘンテコだってんだよぉ!! そんなこと言うヤツはこうしてやるぅ~」


 私は朔也の後ろに回って羽交い絞めした。

 ウリウリ~、生意気言ってんじゃないよぉ~。


「痛いってばぁ!! 離せぇ!! そういうトコがヘンテコなんだよ!!」


 朔也はそう叫んだ後『あ……』と小さい声を漏らし口をつぐんだ。

 “へ? こういうトコ?”

 一瞬、しんとなって部屋にヘンな空気が流れる。

 そして、朔也が口籠りながらとぎれとぎれ言った


「だ、だって急に男になったり……女になったり……、ってか……」


 確かに朔也の前ではこの子の言う通り男になったり女になったり、百面相かもしれないけど塾での私は違うでしょ?

 あんまり極端にならないように、十分気を付けてるつもりなんだけど……。


 アイデンティティが急に変わることはない。

 それは赤フチも言ってたこと。


『まぁ、アナタはバイトなんかで女性になれる機会があるからそれ程苦労することはないと思うけどね』


 いやいや……実際はそんなに簡単なことじゃなかった。

 私の場合周りの目を気にし過ぎるのかも知れないけれど、仕草の一つ一つが男性と女性でこんなに違うのかを思い知らされていた。

 片膝をついて母ちゃんに叱られたあの日から、『ああ、私は本当に男で生きてきた』って思う事が結構ある。


 ん……?


「“ってか”って何よ。他に何なのよ」

「ん……」


 困ったような表情を浮かべながら朔也が、


「あのさ……。俺が感じることを言うね」

「それでいいんじゃない?」


 すると朔也はふと宙を見つめ、言葉を探しながら話し出した。


「なんかさ……、らしくないんだよな。芙柚が全然違う人になってしまったように感じるっていうか、見えるっていうか……」

「私が変わった? そりゃそうでしょ。見た目以上に言葉遣いやら……」

「もう!! 黙っててよ。ちゃんと伝えたいんだから。黙って最後まで聞いててよ」


 私は朔也が癇癪を起したのかと思って一瞬身体を引いたけど、そうじゃないみたい。

 この子が考えながら話してる途中でチャチャを入れたのは私。

 はいはい、ごめんなさ~い。失礼しましたぁ。

 とにかく、私は最後まで静かに朔也の話を聞くことにした。


「慎之介が言ってたんだけどさ。最近芙柚と目、合わせたことないって」

「目?」

「うん……。慎之介だけじゃないよ。女子も言ってた」


 目を合わせてない? 私が? 子供達と?


「顔を見てないってヤツもいたよ」

「ちょ、ちょっと待って休んでるとか、そういう類のことじゃないわよね?」

「そうだよ。すぐそこにいるのに皆、芙柚の顔を見てないんだ。っていうか、芙柚がこっちを見てくれてないんだ」


 そんな……。ウソ……。

 ……ショック。


「あと……う~ん。何て言えばいいんだろ」


 朔也は左右に首を傾げながら、必死で言葉をひねり出そうとしていた。


「芙柚って……あんなに弱っちかったっけ? とか……」

「弱っちい?」

「うん……弱々なん……だよ。う~ん、うまく言えないやぁ」


 え? 何? 何の事言ってるのこの子は……。

 弱いって何? 


「弱いって何よ」

「もう! 芙柚は黙っててよ。今考えてるんだから」

「……」


 私は両手を広げて肩をすくめた。

 暫くして口を開いた朔也は、


「『私』って言うようになって、芙柚は性格が変わったの?」


 説明すること限界を感じたのね。

 朔也は質問形式に変えてきた。

 質問の答えを訊くことによって、友達の疑問とつなげていこうとしている。

 うん、いい方法だわ。

 私にとっても彼達が何を求めているのか把握しやすいもの。


「性格なんて、そうそう変わらないわよ」

「だけど、最近の芙柚ってさぁ……なぁ~んか違うんだよなぁ」

「どう違うっていうの?」

「何か……言ってることがさ……」

「言ってる事? 何の事?」

「う~ん。以前は芙柚がこう言ったら、そうなんだって思えたんだけど……」

「信用できなくなった?」

「そうじゃない。信用はしてる」

「だけど……なんだろ……? 語尾が弱いっていうか……」

「語尾?」

「例えば、問題を解いたとき自信がなかったら芙柚に確認するじゃん?」

「そうね」

「そんでもって、ちゃんと『できてる』って言ってもらって俺達は安心してたんだけど……」

「今と変わらないんじゃない?」

「ううん……」


 朔也は横に首を振って、また腕組みをしながらじっと考え込んでいる。

 考えなさい。たくさん考えるのよ。

 朔也は感情のままに言葉を吐き捨てるというようなことは滅多としない。

 じっくり考えて、どうしたら自分を伝えられるのかを考え言葉を選ぶ。

 私がこの年頃はどんな風だったかしら……。

 ああ、私の場合は自分を隠して何も伝えなかった。

 ううん、言えなかったのね。


「あ、わかった。その時に芙柚が最後に俺を見ないんだ!」

「え? 見てるわよ」

「うん。かもしれないけど……。なんか俺、いつも置いてけぼり食らったような感じになるんだ」

「置いてきぼり?」

「うん」


 そう頷いた朔也の表情が、フッと変わった。

 そして、ゆっくりと私の顔を覗き込むようにして聞いてきた。


「ねぇ芙柚……。何か恥ずかしがってる?」

「へ?」


 ばっ! 馬鹿か? 何言ってんだ?

 俺が照れてる? 何を照れるってんだ?


 だが、そんな思いと裏腹に、身体中が熱くなるのを私は感じていた。


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