11.これ以上ない、裏切り。
コンテスト当日__。
俺は驚いた……。
眩いばかりに女装した奴らが……。控え室に犇めいている。
さすが、金かけてるだけあるよなぁ~。
いや、俺だけではない。長尾も目を見開いて大口を開けていた。
おい! みっともないぞぉ。しゃんとしろよ! しゃんと。
イサオらの女装は完璧だった。俺が言うんだから間違いない。
おいおい~。震えてきちゃったよ~。どうすんだよぉ。
『なぁ……カズオぉ。だ、大丈夫だよなぁ?』
『あ、あぁ。その筈だ』
『ホントに……大丈夫だよなぁ』
『マ、ママも大丈夫だって、言ってたじゃないか』
『ホントにホントに……だい……』
『ああ! もう、うるせぇよ! 何だよ! お前は! 元々お前が持ってきた話だろ? ママに上手い事吹き込みやがって! 今更、何言ってんだよ! あそこに立つのは俺だぞ! 俺! 分ってんのか! さっさとママに言われた通りにサポートしろよ! 殺すぞ!』
腹が立ってきた。
ちっせ~ヤツだなぁ! 今更過ぎて驚くわっ!
『あ、あぁ。すまん……すま』
ゴンッ!
思わず殴ってしまった……。ママがいたら……多分、同じ事をしたと思う。
多分……もっと……。
『吉村さ~ん! 吉村加州雄さ~ん!』
進行係が俺の名前をしきりに呼んでいる。
『ホラ! 行って来いよ! 裏方!』
俺は長尾の背中を肘で小突いた。
『あぁ……。あっ! は~い! 吉村で~す!』
何なんだ? アイツはぁ! 俺がイメトレまでやって燃やしてきた闘志を台無しにする気かよ! 店でお姉さん達を、毎日毎日嫌ほど見てるくせに。何、圧倒されてんだぁ?
しかし、イサオは評判通りだなぁ。悔しいけれど清楚な女子大生って感じが良く出ている。
化粧も完璧で……粗を探せば、肌が汚い。
ふん! アッカンベ~。
トオルって奴もなかなかだった。エレガントなセレブお姉さまだ。
俺はギリギリまで衣装は着けない……破れたら事だからな。コレ重要!
メイクはもうバッチリだけどフードを被っているし、手続きとかは裏方がやってるから目立つこともない。
基本、女装だから小道具満載だ。皆、ヌーブラの上にブラジャーなどを着けて自然な胸の膨らみを演出している。上手いもんだ。
うん。違和感がないな……イサオ。お前本物か?ってくらいだぜ。
それ以外の奴らは……まぁ、バーの連中はそれなりだった。
どこの貸衣装だよって奴もいたな。ベルサイユ宮殿から来たのか? って感じとか。
勘違いも甚だしいぜ。
まっ、女装に基準ってないもんな。其々が思っているイメージがそのまま形に表れるもんだ。ただスカートを穿けばいいってわけでもない。そう思って見ると、違う側面が見えてくる。
あくまでも俺の見方だぞ。
例えば、イサオだ。コイツは完璧だ。自分が主役になりきってやがるし女を研究している。
どう見られるかと、どう見せるかを上手く使い分けている。肌は汚いけどな。ヘン!
そして、トオルとその他大勢に共通して言えること……。それは、
女性に対して『リスペクト』がな~い!
俺から見れば全員、遣っ付け仕事って感じだね。腹が立つくらいだ。
たかがイベントで一時の事だと軽く考えているからだろうけど……。
まぁ、それが普通かも知れないが。
実際、そうなんだが……。
女になりたい。心底、美しい女性になりたい俺からしてみれば……全員、ハリセンもんだ。
俺は店で女装するときも、このイベントの例え一時でも……女でいられる事が至福の時である。のは言うまでもないと思うが……大事にしたいんだ。1mmの手抜きも許さない!
やっぱ、環境かねぇ。お姉さんたちの妥協を許さない『美』への追求心を目の当たりにしているから……。
奴らの……あちこちにある綻びが目について……悲しくなってしまう。
殆ど、病気だな。俺は……。ふむ、几帳面な方ではあるが……。
皆。女装って一口で言うが簡単ではない。
まず、土台だな。男らしい顔は化粧した途端ゴツゴツさが目立つことが多いんだ。
男と女の決定的な違いだな。
顔の大きさが、どんな小顔の男でもやはり女の方が小さいんだ。ほんの少しだけでも大きな違いになる。
お姉さん達は顔を小さく見せる為に色々研究している。髪の毛で顔を隠すのは初歩的だが、化粧するときの色使いとか肩幅を上手く利用するとか……様々な手法を考え出している。
小顔は憧れだと言うお姉さんは多い。
たまに、店でお姉さん同士が口喧嘩になるとき、
『顔がデカいんだよ! お前は!』
『アンタに言われたくないね!』
という台詞が必ず聞こえてくる。うちの店だけかも知れないが……。
俺? 実は小顔なんだ。顎も小さくて、ママが言うにはツンってしてるらしい。
結構、羨ましがられているんだぜ。大きな声では絶対言わないが……自慢だ。
しっ!! 内緒だぞ。
あと。肌のキメ細かさだな。毎日のマッサージ等のお手入れがなければ無理だ。
化粧水、乳液、コラーゲンやヒアルロンサン。サメのエキスとか……美容エッセンスetc。
ああ、最近うちの店では植物性のプロティンが流行っているなぁ。確かに肌がプルプルになってきている。顔だけじゃないぜ。腕とかスベスベだぜ~。
で、何より重要なのが……水だ。水分補給ね。水は全身を潤してくれる。
肌の張りの基本は水だ! 年齢とか個人差はあるだろうけどな。
悪いが、イサオにはそれがな~い。へっへ~。
俺はお姉さんたちのお陰で最近お肌の調子は絶好調だ。ファンデのノリもすこぶる良好。
鼻の頭に毛穴なんてないぜ~。
肩まで伸びたサラサラの髪も本物。ストンと真っ直ぐに伸びた髪の裾はふわっとカールで浮き上がるような軽さを演出している。
髪の裾がすぼめた肩を細く見せるようにいい具合にかかっている。
このポーズがワザとらしく見えないようにどれだけ特訓したと思ってるんだ。
その手の先生はうちには沢山いる。煩いほどいる。俺に教える為に喧嘩まで始まるくらいだ。
『違うわよ~。こっちの方が可愛く見えるのよ~』
『何いってんのよ~。こうよ! こう!』
てな具合だ。ありがたいが……迷わ……いや、やめておこう。嬉しかったよ。いや、ホント。
とにかく、何を言ってももう遅い。今日が本番なのだ!
『お~い。カズオ~番号札貰って来たぞ~! 25番だ。いい感じだと思うよ。イサオは21番。27人いるけど、後ろ2人はたいした事ないだろうから。トリみたいなもんだな! ハッハッハッ』
何言ってんだ。さっきはビビってやがったクセに……。まぁいい。パートナーなんだからな。
今は……。
まっ実際、長尾はいい仕事をした。テキパキと衣装を着けるサポートもこなしている。
俺の体型はどっちかって言うと、ヒョロい方だ。
だから、凛さんの衣装をピタッと決めるにはかなりの補正が必要なんだ。苦労したぜ~。
先ず胸だ。ヌーブラを貼り付け、上から晒しを巻いていくんだ背中が厚くならないように気をつけながら……ウエストに括れができるようにバランスを見ながらな。
純子ママの指示通りにちゃんとやったよ長尾は……うん完璧だ。結構、練習してたもんな。
エライぞ!
ヒップにも勿論、仕込むぞ。ドレスのラインを際出させる為にな。
で、晒しと肌の境目にガムテープを張る。光沢のないガムテだぞ。晒しがズレないように全体に一応軽く巻きつける。仕上げにガムテと肌の境目をファンデでボカすんだ。
鏡で出来上がりを見て、俺は感激したね。
純子ママに補正してもらった通りに再現されていたんだからな。
ホンっと、えらいぞ! 裏方。今だけな。
大胆に胸が開いたドレスじゃないから。外から見てもガムテや晒しは全然分からない。
よし! 後はドレスを纏うだけ~♡
メイクを今一度、チェックする。
ん? 口紅が……。ラインがズレたか……。修正しなければ……。
俺は妥協しないんだ。
『おい! 長尾。リップペンどこやった? 線がズレた』
『ああ、俺のリュックに入ってる筈だ。ピンクのポーチにまとめて入ってると思う』
俺は長尾が指差した先のリュックを拾い上げ、中を覗いた。
『ピンクって、二つあるぞ~。どっちだぁ?』
『ああ、ラインの入ってる方。赤いラインが入ってないかぁ?』
ラインねぇ……。こっちか。はいはい、ありましたよっと。
ん? 何だコレ……。
リュックの中には、ボロボロになった紙が何枚か突っ込んであった。
きったねぇな~、整頓しろよぉ。
……よしむらかずお? 俺の名前が書いてある……。
俺はリュックからその紙を引っ張り出した。パッと見、競馬新聞のコピーのように見える。
ん? コイツ競馬するのか? ギャンブルはダメだぞぉ~。
しかも、俺らにそんな余裕はないだろう? 授業料だけで首がまわら……な……い。
…………。
俺はその紙を見た途端、一瞬で怒りがMAXに達した。
正真正銘。競馬新聞だ……。
ただ、馬の名前がコンテストに出場する俺達の名前になってる……。
『あったかぁ? 今、純子ママが来るってぇ。ドレス着とくかぁ~?』
俺は奴の顔を見るなり、手に持った紙屑を奴の目の前に突きつけた。
手が……。身体が……震えている。
抑えようのない怒りに震えが止まらない……。
暫くキョトンとした顔をしていた長尾の顔が……どんどん驚愕に歪み始めた__。
俺の鬼気とも言える殺気に当てられてか……ジリジリと後ずさりしながら……、
『カ、カズオ! 違うんだ! 聞いてくれ! 頼む! カズオ!!』
何が違うんだ! どう違うんだ! 此れこそが現実じゃないのか! 事実じゃないのか!!
コイツの言った言葉が次々に浮かんでくる……。
“可愛い~よぉ! カズオちゃ~ん”
“なぁ、金欲しくないか?”
“コンテスト出ろよぉ”
“ママ! 任せてください! この俺が全力でサポートしますから!”
“よっしゃー!! 俺たち2人力合わせて、優勝だぁ! アハハハハ……”
ぐぅ! よくも……よくもぉ。こ、この野郎!!
この……為だったのかぁ?
俺を……俺を……。
俺は震える拳にありったけの怒り、憤りを込めて振り上げた__。
『舐めるなよぉーーーー!! このぉ! 魑魅魍魎がぁーーーー!!!』
『わぁーー! カズオーーー!! ゆ、許してくれーーー!!!』




