106.再会。(朔也編)
『うわ~可愛い』
『ね、ね。私にも抱かせてぇ』
学校の帰り道。
数人の女の子が道端で何やら騒いでいる。
ん? 何だろう。
ボクは遠巻きに近寄ってみた。
すると、一人の女の子の肩から子猫の小さな顔がヒョコッと覗いた。
うわ! 可愛い。
ちょっと三毛猫っぽいかなぁ。
『うちは飼えないからなぁ』
『やっちゃんとこは?』
『もしかすると飼えるかもしれない。でも一度ママに聞いてみなくちゃ』
『え~、それまでここに置いておくのぉ?』
『エサとか持ってくればいいんじゃない?』
『そんなの可哀そうよ』
『他の誰かが連れて行ってしまうかもよ?』
『ええ? やだぁ、どうしよう……』
『君の家、ホントに飼えるの?』
『え?』
子猫を抱いた女の子が振り向いた。
ボクがいきなり声を掛けたから少し驚いてるみたい。
『う……うん。多分、大丈夫だと思うの先週の日曜日にペットショップに見に行ったから』
『そうなんだ。でも捨て猫とペットショップの猫とは全然違うんじゃない?』
『そうかも知れないけど……。でもショップには気に入った猫がいなかったから……』
『お母さんは許してくれるかな?』
『気に入ってしまえば同じ事じゃないかな? もともと猫を飼うつもりだったもん』
『もしそうなら……。君がお母さんに話す間……2~3日くらいならボクが預かっててもいいよ』
『え? ホント?』
女の子の目が真ん丸になって顔中に笑みが広がる。
ボクは笑顔で頷いて見せた。
『ボクの家、本当は飼えないんだけど……2~3日くらいなら大丈夫。君んちホントに許してもらえる?』
『うん! 頑張って説得してみる』
うん、頑張ってよねぇ。
うちは2日もあれば十分なんだからさ。
1日は、お・ま・け。
ボクは女の子から子猫を受け取った。
両手のひらにスッポリと収まるくらいしかない、ホントに小さな猫だった。
ウフ、か~わいい。
子猫はお腹が空いてるのか、必死でニャァニャァと何かを訴えているみたいに泣き続けている。
胸に抱くとすぐに肩の方に上ってしまい、引き戻そうとすると服に爪が引っかかってしまう。
やっと外れたと思ったら、また這い上がってくる……の繰り返し。
ボクは子猫とそんな格闘しながら家に帰った。
玄関の扉をそっと開けて耳を澄ましてみる。
しんと静まっていて物音一つしない。
よし。今日は多分いないと思ってたんだ。
さあて、どうしょう……。
まず……風呂かな?
ボクは子猫を抱いたままバスルームに向かった。
よしよし、今キレイにしてあげるからねぇ。
『ニャーー!!』
シャワーからお湯を出した途端、子猫がボクの胸から飛び出して逃げてしまった。
『わ、わ、わ、わ!』
そっかぁ、猫は水がキライだったんだっけ。
子猫は一目散にバスルームから抜け出し家中を駆け回った。
ボクは慌てて追いかけるんだけど、すばしっこくてなかなか捕まえられないんだ。
『待てよ! 待ってってば!』
子猫はあらゆる狭い所に入り込み、じっと潜んでるかと思うと勢いよく飛び出して来た。
冷蔵庫の上に登ったり、洗濯機の下に潜ったり……。
そんなとこに入ったら掴めないじゃんか!
ボクは長い時間子猫と追いかけっこをしていたんだ。
やっと捕まえることができたのは、あの女が出しっ放しにしている服に猫の爪が引っかかって絡んでしまったおかげだった。
よしよし、いいぞぉ。
もっと絡まってクチャクチャにしちゃえ!
子猫は薄いシースルーの布に絡まって必死にもがくから、薄布のそれは見る見るうちに糸が引きつり電線していった。
あの女があの布を鏡の前で首に巻いて、うっとりしていたのを思い出すと笑えてくる。
ハッハッハッハァ! ざまぁだ。
もがけ、もがけ、もっともがけぇ!
暫らくすると子猫が疲れたのか大人しくなったので、布に絡んだままバスルームに連れて行った。
そっか、このままでいいや。
薄布に包んだままシャワーのお湯を当て、汚れを落とした。
もちろんその間、子猫は悲惨な叫び声をあげてたけどね。
冷蔵庫から牛乳を出してきて、スープ皿に注ぐと子猫はすぐに走り寄ってきて鼻先を突っ込んだ。
そしてペチャペチャと音を立てながら、忙しそうにペロペロと舌を牛乳に浸してる。
しばし穏やかな光景、さっきの大乱闘がウソのようだ。
ううん、大丈夫。ちゃんと爪痕は残っているもんね。
子猫は出しっぱなしの服の上を何度も往復していた。
その度に爪が引っかかって殆どの服が所々ほつけ、糸がピッピッて出てしまっている。
カーディガンに至っては悲惨だ。
編みこみの部分の毛糸が引っ張られて柄が変わってしまっちゃってるし、解けてるところもあるみたい。
でも仕方ないよね、出しっぱなんだもん。
さ、パパにメールしなくちゃ。
心の広い彼女に感謝してますって感じのメールをね。
”パパ、子猫を預かることになったの。
彼女もいいって言ってくれたんだ。
こんなこと言っちゃ変かもしれないけど……。
結構いい人なんだね?”
__送信。
♪♪♪~♪♪
「本当か? 彼女は猫アレルギーなんだよ?」
パパからの返信を見てビックリした。
何てラッキーなんだ!
これは暫く楽しめるってか?
”そうなんだぁ。でも彼女は何にも言わずにOKしてくれたんだよ。
やっぱ、いい人みたいだね。”
__送信。
その夜、アイツの悲鳴が響き渡っていたのは言うまでもないよね。
翌朝、女の顔はパンパンに腫れ上がっていた。
じんましん?
へぇ、ホントにアレルギーだったんだ。
そしてアイツは涙目でボクを睨みつけながら言ったんだ。
『絶対に捨ててやるからね!』
『いいよ、パパに言いつけるから。でもそれって……アンタが子猫に触れたらの話じゃないの?』
ボクはポケットからスマホを取り出して、悔しそうに顔を歪めているアイツに散らかったリビングの写メを見せた。
女の顔がみるみる引きつりだした。
『大丈夫だよ。アンタが散らかしたんじゃない、子猫のせいだってパパには送っとくから。それでも健気に我慢してるのを演じればいいんじゃない? よろしくぅ』
ボクは女にそう言い残して玄関の扉を勢いよく閉め、学校へ向かった。
シッシッシッ……。
ハッハァ~。メッチャクチャ気分いいなあ!
何で今までこういうのを考えなかったんだろう?
やられっ放しで、卑屈になって……。
被害者っぽかったよな。
今思うと何か損してた気分だよ。
よーし、これからはガンガン攻めていくぞぉーーー!!
今度はどんな事を仕掛けよっかなぁ?
そして、子猫は約束通りやっちゃんとこに引き取られていった。
バイバ~イ。楽しかったよぉ!
また、おいでよねぇ。
その後、ボクは考え付く儘にあらゆるいたずらを決行した。
所詮、ボクは子供。
頭脳にしても知識にしても、悔しいけれどアイツに勝てるなんて思ってない。
アイツは心理作戦でボクをずっと弱らせてきたんだからね。
同じ方法で刀打ちなんてできないくらいは理解してるつもり。
アイツの思考回路は多分複雑にできてる筈なんだ。
そんなヤツには単純に視覚に訴えた作戦が効くみたい。
だから、スマホの写メは大いに役立ったんだ。
この前なんか、アイツがロフトの奥に隠してる一番高そうな服をボクが着て撮った写メを見せてやった。
もちろん、一緒に隠してあったアクセサリーもジャラジャラつけてね。
アイツは物凄く狼狽えてたよぉ♪ 慌ててロフトに駆け上がっていったなぁ。
ケッケッケッケッ。
それにアイツが留守の時、アイツが持ってる靴を玄関先に全部並べてやったんだ。
玄関の扉を開けるなり、すっごい悲鳴をあげてたなぁ。
ヒッヒッヒッヒッ。
くぅ! かいか~ん♪
もちろん、パパには送信してるよ。
どんなレスポンスがあるのかは知らないけどね。
で、ボクは芙柚にこの輝かしい戦果を自慢気に話したんだ。
そしたら芙柚のヤツ……。
『お前……。まだそんな事やってんの? 馬っ鹿じゃねぇ? 人生無駄遣いしてんじゃねぇよ』
って言って、片眉をすっと上げてソッポ向いたんだ。
なんでだよ! この前は一緒に笑ってたじゃんか!
ボクはすっごく褒められた気分になってたのに……。
今更、手のひら返すようなこと言うなよ!
学校の帰り道に芙柚のツンとした顔を思い出した瞬間、ムカムカしてその辺にあった石ころを蹴飛ばした。
蹴飛ばした石ころは思ったより遠くまで転がっていった。
その先にふと……。
赤く染まった夕焼けの中にその人は立っていた。
顔を上げ公園の木々の紅葉に見入っているようだった。
不意に吹いた風が彼女の髪を舞い上がらせた瞬間、胸が高鳴った。
懐かしくも美しい顔。
乱れた髪を耳に掛ける仕草……。
そして彼女はボクに気付くと、にっこり笑った。
「久しぶりね。朔ちゃん」
「晴華先生……」