105.いたずら。(朔也の逆襲)
『お前……。まだそんな事やってんの? 馬っ鹿じゃねぇ? 人生無駄遣いしてんじゃねぇよ』
「ちぇ……。なんだよ! 芙柚の奴ぅ。最初は一緒に笑ってたクセに……。無駄遣いって何だ?」
ボク、植原朔也。小学6年生。
ママとお婆ちゃんが死んでからパパの家で暮らしているんだ。
でもパパは仕事で出張が多いから……。
大ッ嫌いなヤツと二人っきりになってしまうことが多い。
ああ、今日も芙柚ん家に泊まりたいなぁ。
毎日、芙柚ん家に帰りたいくらいだよ。
芙柚の父ちゃんが『いっそ引きとっちまえ』って言った時、うわ!って思った。
あんまり嬉しくって泣いちゃったけど内心ワクワクしてたんだ。
芙柚ん家はいいなぁ。
ご飯も美味しいし家族の人、皆が明るいし楽しい。
お婆ちゃんは時々ボクを『かずお』って呼ぶけど、そんなの全然気にならない。
芙柚のお父ちゃんもなんかズレてて面白いし……アハ。
お母さんは思いやりがあって凄く優しい。
それに比べて……。
うちは、ジメジメしてるって感じでさ。
学校から帰って玄関を開けると最初に聞こえてくるのが、アイツの甲高い笑い声。
『キャ~ハハハハ。なぁに~それぇ、うけるぅ』
はん! 遊び仲間と電話で大盛り上がりの毎日。
静かだなって思ったら外出ってか、夜遊びね。
勝手にすればいいや!
パパがいないのをいいことに、やりたい放題。
パパのお金でさ。
だけどそんな事、ボクの知ったこっちゃない。
ボクは知ってるんだ。
アイツが、パパが帰ってくる日に高価なアクセサリーや服なんかをロフトの奥の小部屋に隠してることを……。
パパの行動範囲は、リビングか寝室だけだから気が付かないんだ。
そして、何も知らないパパがアイツに向かって
『いつもありがとうな』って、礼を言いながら食事をするんだ。
ばっかみたい……。
だけど、あの女がパパのお金をどれだけ無駄遣いしようとボクには関係ない。
だって、ボクはパパを許してないんだから。
ママとボクを置いて行ったパパを……。
けれども今のボクには、悔しいけれど何もできないんだ。
ああ、早く大人になりたいなぁ。
ボクは、そんな事を毎日考えていたんだ。
__それは、机の上に置いてあったカップラーメンから始まった。
いつものように学校から帰ってくると、家の中はしんと静まり返っていた。
はいはい、今日はクラブの日ですか……。
リビングのソファに脱ぎ散らかした服やアクセサリーが散乱している。
いつものように、ああでもないこうでもないって鏡の前で散々ファッションショーをしたあげくに服を放り出しっぱ。
全身が映る鏡の前で靴まで合わすから、靴の中に詰めてある丸まった紙や靴箱までその辺に転がってる始末。
ボクには見慣れた光景だけど、パパがこれを見たら何て言うんだろう……。
ボクは散らかったリビングを一瞥して素通りし自分の部屋に入る。
鞄をベッドの上に放り投げて、その横に倒れこんだ。
ふと机の上を見るとカップメンが一つ……。
これもボクには見慣れた風景。
パパがこれを見たら何て言うんだろう?
ボクは何気なくカバンからスマホを取り出して、カップメンの写メを撮った。
__パパがこれを見たら……何て言うんだろう?
パパ久しぶり! 元気? あのね彼女が具合悪いみたいなんだ。
すごく辛いんだと思うよ。
だって、今日の晩御飯はカップメンだけなんだ。
今はいない。多分、病院だと思う。
大丈夫かなぁ。
__送信。
カップメンの写メも添付した。
暫くベッドに横たわったまま、ぼんやりと天井を眺めていたら睡魔が襲ってきたんだ。
ボクは襲われるままに夢の世界に入っていった__。
ガチャガチャガチャ__。
バン!!
ゴン……ゴン。
バタバタバタ……。
「え……えぇ。だ、大丈夫よ」
バタバタバタ……。
「い、今さっき目が覚めたの」
ザァーザァーザァー……。
「……多分、気付かなかったのかもしれないわ。ごめんなさい心配かけてしまって……」
騒がしい音がして目が覚めた。
部屋の外で、あの女が携帯を耳に当てたままバタバタと走り回わっていた。
電話の相手は……パパ?
ボクはそっと部屋の扉を開けてリビングを覗いて見た。
ちょうどアイツが自分で散らかした服の上に座ったところだった。
首を傾けて肩と頬の間に携帯を挟んだまま、散らかっている靴箱を拾いながら話している。
あたかも重病ですって声を出してさ。
「ううん、いつもの事よ。私が貧血気味なのを知ってるでしょ? ちょっとフラついただけ、もう慣れてるわ」
それに『ウソをつくのにも慣れてるわ』じゃないの?
ククク……あの様子じゃ、慌てて帰ってきたんだよな。
クラブで浮かれて踊ってる最中にパパから電話が掛かってきたのかな?
ボクが『病院にいってるかも』ってメールしたから、パパはすぐに電話したんだと思う。
で、切るわけにはいかないからそのままタクシーに乗って玄関に横付け?
ま、そんなとこかな。
メチャクチャ必死だったんだぁ、汗で化粧が滲んでさ……スゴイことになってるよん。
うっ、ヤバ……。何か、楽しい♪
アイツのパンダ目を見て、ボクが吹き出しそうになったとき目が合った。
スッゴイ形相をしてこっちを見てる。
怖っ!! 睨んでるよぉ。
ボクはアッカンベーをして部屋の扉を閉めた。
『アーハハハハ! そりゃいいやぁ。ちょっとした反撃だな。ああいう奴は、一度くらい心胆寒からしめてやる必要があるもんな。ハハハ、傑作だぁ』
って、芙柚は面白そうに笑ったんだ。
その日から、ボクはアイツの悔しがる顔を見るのが快感になっちゃった。
何日か経って、パパから電話が掛かってきた。
いつもの『学校はどうだ?』から始まって『彼女と仲良くしてくれ』に終わる電話だ。
定型文でメールにしてくれても構わないのに……。
その時閃いたんだ。
突然目の前がパッと明るくなった。
『うんうん、大丈夫だよ。もうすぐ晩御飯なんだ。彼女? 勿論、キッチンにいるよ』
ボクはリビングのソファに横たわって、ポテトチップを摘みながらテレビを見ているアイツの方をチラっと見た。
アイツがキッチンにいる筈なんてないのは分かり切ってる。
ボクはパパと話しながら部屋をでてリビングに移動し、アイツの前で仁王立ちになった。
女は一瞬ギョッとした顔をして、怪訝そうにボクを見上げた。
『……そうだよパパ。パパからも頼んでよ。美味しかったもん。パパが帰ってくる日だけなんてズルいよ。あの料理が食べたいんだよぉ』
そう言いながら、女の顔を見てニヤっと笑う。
女の顔が少し引きつったように見えた。
よし! いいぞぉ。
『じゃ、代わるね』
そう言って携帯を女に渡した。
アイツはボクを睨みつけながら携帯を受け取ると、いつもの猫なで声をだしてパパと話し出した。
『もしもし……。え……え、でも今からじゃ食材が揃わないわ……。別の日?……。そ、そうね。今日は有り合わせの材料で何か作るわ。え? も、勿論いつもは買い物にいってるけど、今日はちょっと具合が悪くて……。あ、ううん、大丈夫よ心配しないで……』
ボクは女から携帯を取り上げた。
『もしもし? ボクだよ、ごめんね急に代わって。そうなんだ、彼女さっきまでソファで横になってたんだよ。……今は大丈夫そうだけどね。……うん、わかった無理は言わないつもりだから。じゃ料理ができたら、また写メを送るね。楽しみに待ってて』
携帯を切ったボクは、憎々しげにボクを睨みつけている女に満面の笑みで言ってやった。
『さあ、キッチンへ行こうか?』




