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俺の恋。決めた恋。  作者: テイジトッキ
104/146

104.儲け。

 ガタッ!


 思わず俺は立ち上がった。

 突然沸き上がった怒りが俺を立ち上がらせたんだ。

 その勢いに座っていた椅子が大きな音を立てて倒れた。


 何を言ってるんだこの人は?

 俺が朔也のことを……ジグソーパズルのピースにするだと?

 馬鹿な、何を言ってるんだ。

 この人の思考回路は一体どうなっているんだ?

 そんなこと、人として許される筈がないことだってくらい、いくら俺でも知っている。

 というか、俺に対して失礼じゃないか?


「ふむ、大した驚き様だな」


 当たり前だろう? っていうか引くわ! フツウに。

 俺はありったけの憎しみを込めて塾長を睨んだ。


 だが……心の奥底で警鐘がなっているのが微かに聞こえる。

 何故か感じるんだ、これが本当の怒りではないことが。

 そう、突っ込まれたことが図星だった時、身体中がカッとなるあの時に似ている。

 ウソがばれた時の気まずさを隠すための逆切れ……。

 あの感じに似ている。

 何故だ?


「君は私が、突拍子もない事を言いだしたと思っているだろう?」


 そう言いながら、俺に刺すような眼差しを向ける塾長にたじろいだ。

 しかし、俺は自分の名誉の為に反発する。


「塾長は僕を……そんなゲスな人間だと思っていたんですか?」

「ゲス? まさか、そんな事など1mmも思ったことなどないが?」

「じゃ、どうして! 何故、僕が朔也を自分の為のピースだと考えてるなんて仰るのですか!」

「考えているとは言っていない。そんなふうに考えていないか? と尋ねたのだが?」

「同じことです。答えがイエスにしてもノーにしても、先生の意識の中に僕がそういう人間だという解釈が存在してることに違いはありません」


 だってそういうものだろう?

 でないと、いきなりこんな酷いことを言い出す筈がない。

 それとも塾長の基準の中にそういう項目があるのか?


「だから、私は君の事を1mmもそんなふうに思ったことはないとさっき言わなかったかな?」

「確かに仰いました。しかし……」

「たとえ君がそんな人間だとしても、私は誹謗する気もなければ、そのことを盾に君を断罪する気もさらさら有りはしない。それ以前に私が君にそういう人間性を見たことがない。それなのに君は、何の根拠もないことで一体何を興奮しているのだね?」


 はぁ?

 な~に、言ってんだぁ?

 アンタの一言で、俺がこんなになっちまってんだろう!

 なんか、のらりくらりと言葉をかわされてる感が半端ない。

 くうぅ! 腹立つぅ~!


「君は一体何に対して怒っているんだね? 私は君にそんな人間性を見たことはないと言っているじゃないか、自分がそんな人間性を持っているか否かを一番知っているいるのは君自身ではないのかね? 君が私に怒りを表しているのが図星を突かれたからでなかったら、もしかすると自分にそんな人間性があるかもしれないと自分自身に対して疑念をもっているように見受けられるが?」


 ……。

 何なんだ? この締めつけられるような感覚は……。

 いきなり俺は身体中に何重にも鎖を巻かれてしまったような錯覚に陥った。

 だが、塾長を睨む目力を緩める事はない。


「君は、たった今それに気づいた自分に腹を立てているだけなんじゃないか? だから君はそんな自分を許せなくて君自身に怒りを向けているのだと思う。君は自身の遣り切れなさを怒りという形で表現しているに過ぎない」


 それじゃあ、俺はまるで一人芝居をしてるみたいじゃないか。

 俺は……俺は真剣に朔也の事を……。


「例えば、誰かの為に何かをしてあげようと必死に考える」


 塾長は静かに言葉を続けた。


「しかし自身ですらが気づかない深いところで己の損得と繋ぎあわせていることが往々にしてある。勿論、それは何も悪くない。本当に覚悟を決めてやり切ることができるか? と、本能的に感じる部分だ。本能的にできないと思えば自然とできない理由を並べ関わらない方向へと事が進む。だが少しでも儲けがあると判断した時……」

「儲け?」

「うむ、これは必ずしも金品のことではない」


 儲け……。

 俺にしてみれば金品以外に『儲け』という言葉が関連するなんて思いも寄らなかった。


「他人から感謝されたり、称賛を得ることであったり……自分が喜ぶことだな。人はその儲けの為に知らず知らずのうちにごく自然に、自らでドーパミンを分泌するような言動をとる。しかし、そのことに気付き取り除くことによって本来の目的に対して100%効果的に思考を巡らせることができるのではないかと思うのだよ。植原君の事に関しても、君がその”儲け”に気がつき手放すことによって初めて、彼が自身の環境の中で自分の知恵で現在の苦しみからどのように突破できるかに焦点を当て考えることができるよう君の知恵を貸すことができるのではないだろうか」


 あ……。

 もしかして……。

 塾長が言いたいのは……。


 俺は塾長を睨み付けるのを止めた。

 というか自然に目に力が入らなくなった。

 そして、後ろに倒れた椅子を起こし座り直す。

 塾長はそんな俺の動きを何も言わずじっと見ていた。

 そして、優しい口調で言葉を続けた。


「彼の人生の主人公は彼なのだよ」


 そう……。

 正しく、そうなんだ。

 俺の心が震えた。

 隠していたものを曝け出した開放的な振動が胸一杯にひろがったと同時に身体が震え出した。


「君は彼を養子にしようと考えた時点でいつしか君が主人公になってしまってはいないか? 彼を助ける目的がいつの間にか自分の人生を構築する方向に摩り替わってはいないかな? 彼に焦点を当てて考えることを止めていなかったかね?」


 静かな口調で俺を諭すように慰めるように……。

 今なら塾長の言葉が俺の中に入ってくる。

 ジグソーパズルと言われた意味がよく理解できる。

 ってか……ジグソーパズルは、あまりにもダイレクトじゃないっすか?


「熟考とはそういうことではないかと思う。自身の為に何かを動かそうとしていないかを探り、それを見つけ取り除く事によって本来の課題と向き合う事が出来るように思うのだが。まあ、私の自論に過ぎないかも知れないが」


 そうです。

 その通りです……。


 俺は膝に置いた手を、グッと握り締めて俯くしかなった。

 塾長は俺の肩に手を置き、ポンポンと軽く叩くと。


「それでも、君は君なりの覚悟で植原君のを引き取ろうと真剣に考えていたのだよ。それもまた真実だ」


 塾長はそう言うと静かに部屋から出て行った。

 部屋を出て行く塾長の足音を聞きながら、いつしかこの物語の主人公になりきっていた自分に笑えてきた。


 ふふふふ……。

 ははははは……。

 あ~はははははは……。


 何やってんだ俺? 

 バッカみてぇ。

 アイツの人生はアイツのもんだって言ってたクセに、いつの間にか自分仕様に作り変えてましたってかぁ?


 もしかするとママもそう思ったんだろうか?

 言葉では何も言わなかったけれど、こういったことをいち早く悟って……。

『あなたには何もできないわ』

 なんて言ったのかな?

 あの人はマジ本能の人だからなぁ……。

 うわっ! マジ怖ぇ~。


 でも……。

 今なら、また違う角度で朔也を見ることが出来そうな気がする。

 俺は『可哀そうな朔也』としてアイツを見てきたんだ。

 はっ! 馬鹿にしてるよな。

 アイツはそんなタマじゃあない。

 俺に似てシレっとした、腹の座ったヤツだ。


 奴ならできるさ。

 自分の人生、自分仕様で生きていける。

 この俺が、しっかり見届けてやろうじゃないか!



 

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