10.やったろうじゃねぇか!
ママの命令でコンテストに出場することになった俺は覚悟を決めるしかなかった。
何の覚悟かって? そりゃ、俺の秘密がバレるかもしれないって事さ。
心配し過ぎか? でも、分かんないだろ?
普通の男が女装するってのはイベントだけで、そんな風に見られたらどうしようなんて考えないもんだよな、言ってみればただの悪ノリだ。
だが、俺の場合は違う。
ほら、あれだ。後ろめたい事があれば挙動不審になってしまうってヤツ。
俺はそうならないように努力している。
それでなくても髪を伸ばしているんだからな。
仕事上仕方が無いって風になってるけど、聖子姉さんを目指すには後15cmは必要だ。
普段は、三つ編みにして1つに纏め後ろに垂らしている。
漫画であっただろ? 水やお湯を被ったら女になったり男に戻ったりの。あんな風だ。
普段の俺は傍から見ると、多分シレっとしてるヤツに見えてるだろうと思うが、ネガティブさだけは誰にも負けないつもりだ。
自慢している訳ではないぞ。
ただ、何某かの秘密をもっている奴ってどこかビクついてるところがあるんじゃないかって事だ。
俺だけか? まぁ、それでもいい俺はビクついている。
態々、そのアニメキャラのグッズなんかこれ見よがしに持ち歩いてるんだからな。
『俺はこのアニメに嵌ってるんだぞ。だから髪の毛もこんな風なんだ』ってね。
かなりビクついている証拠だ。
しかも誰かに突っ込まれたら、何でも答えれるようその漫画本を隅々まで読んだ。
このアニメに関しては完璧に網羅したといっても過言ではない。
ただ、一度も突っこまれた事がないのだが……。
まぁいい。人を寄せ付けたくなかったのだから残念って訳ではない。
別に他人には必要のない情報だからな。態々自分からひけらかすことはない。
うん……必要はない……人気あった筈なんだけどな……誰も知らないのかな?
1人も聞きに来ないんだぜ? 変だな……? せっかく……。
まっ、そういう感じで防御の方法とかを準備していた訳だ。正直、大変だったよ。
まだ『俺は変態?』って思っていた頃の方が自由だったくらいだからな。
それなのに……分かるか? 独りよがりかも知れないが、こんなにビクついて、それ故に隠すことに関してこれ程の努力をしている俺にだ。
コンテストに出ろ~? ふざけんな!!
って言いたいところだが、ママの命令には逆らえない。当然だ。
おまけに他のお姉さん達もノリノリになってしまって。
化粧品を買ってくれたり(基礎化粧品一式買ってくれたお姉さんもいたな)、無駄毛の処理方法を伝授されたり、エステに連れて行かれてマッサージを施してもらったり……あらゆる『美しくなる為には』を与えられた。
迷惑だったかって? な訳ないだろ~。
基本、俺だって美しくなりたいんだから~。
願ったり叶ったりだったよぉ。
お姉さん達は、一応うわべはニコニコ仲がいいけど、美しさに関しては水面下で張り合っているんだ。
だから、それぞれの手法を隠し持っている。それこそ企業秘密だな。
それを俺に惜しげもなく提供してくれるんだから凄いぞ。
で、お姉さん達がそれぞれに必ず口にする言葉がある。
『他のお姉さん達には内緒よ♡』
ってさ。俺は嬉しそうにコクコク頷いて、お姉さん方にホイホイ着いて行った。
お陰で肌はツルツル、髪はサラサラ三つ編みにしてもスルンって解けちゃうんだぜ!
クゥ~! たまんないぜ~!
それに俺は初めて髪を染めたんだ。憧れてたんだぁ~。
茶髪のクルクル巻き毛。がっつりクルクルじゃないぞ。
ふわっと、髪の裾だけがちょっとルーズに……ほら、あのパーマが取れかけって感じ。
いいよなぁ。黒髪もいいんだけど、俺は茶髪で軽い感じがいいんだ。
で、今回その髪も手に入れた。
うっしっしっし……だったね。外道か?
じゃないよな。俺はこれからコンテストに挑まなければならないんだからな。
言ってみれば、晒し者になるんだからな。
ちょっと大袈裟か?
しかし、これくらいの旨味があっても責められやしないだろうよ。
こういった部分だけは長尾に感謝してもいいくらいだ。
あくまでもこの部分だけな!
それ以外はダメだ。
あの野郎ぉぉ! もうちょっとで俺を馬にしやがるところだったんだからな。
まっ、それは後で話すとして、とにかく俺はコンテストで優勝すべく磨きを掛けていった訳だ。
『オイ! カズオ。さっき、お前のことエントリーしといたからな』
『何で、お前が?』
『お前が行くことないさ。裏方は俺に任せとけって!』
『……』
長尾……俺はお前を許してないんだぞ。
調子こいてヘラヘラしてんじゃねぇって。
あの日、ママにコンテストの事を吹き込んだのはコイツだ。
俺もマズかったんだよな。イサオの名前を言ってしまったから。
コイツはずっとチャンスを伺ってやがったんだ。
そこにイサオの名前とお姉さん達の激昂だろ?
コイツの頭の中はピンボールのボールが跳ね回るみたいだったと思うぜ。
音が聞こえてきそうだよ。
チーン! チーン! チーン! ってな。
『ママ。これはカズオに仇討ちしてもらいましょう! キミ姉さん達が気の毒ですよ』
『仇討ちって、どうやって?』
『実は、今度女装コンテストがありましてね。いや、俺が出てもいいんですけど……結果が伴わないと仇討ちとは言えません! だから、ここはカズオにやってもらいましょう! アイツならお姉さん達の気持ちも分かってるだろうし、きっと仇を討ってくれますよ!』
なんて、ぬけぬけと言いやがったに違いない。
なのにコイツはまるで俺のマネージャ気取りだ。
覚えてろよ長尾。お前とは一度、長~い話をしなければならないようだ。
少々痛みを伴ったとしても……それは、自業自得だ。受け入れろ。
『受付けの奴ら、ポカンとした顔してたよ。吉村って誰だ? って。一回生だから知らないっすよって言っといた。ケケケケ。楽しみだなぁ。お前、なるだけ顔伏せとけよ。当日の奴らの驚いた顔が浮かぶぜ。ヒッヒッヒッヒッ』
『…………』
殴っていいか? 今、コイツを殴っていいか!!!
だが、コイツの言う通りだ。
絶対的な効果を引き出す為に、普段は目立たないようにするのが作戦の1つになっている。
くそっ! 俺は元々目立ってないよ!
ああぁ、イベント後の俺はどうなってるんだろう……。
いや、そんな事を考えるのはやめておこう。もう、引き返せないんだから……。
結局、最終的にOKしたのは俺だ。
悔しいけれどコイツの所為でも、ママの命令の所為でもない。
『わかりました』と頷いたのは俺なんだ。あくまで俺の選択だ。
それなら、優勝を狙わなければ意味がない!
当日の衣装も決まった。凛さんが一張羅を貸してくれると言ってくれたんだよ!
全身スパンコールですっげ~カッケ~。マーメイド・ドレスだぜ。
こんなの着てみたかったんだよな~。惚れ惚れするぜ~。
冷やっとするスパンコールの手触り、スパンコールが全身に付いているだけあって重さは半端ないが……ライトを反射してキラキラと光を纏っているような優越感。
凛さんは素晴らしいヒップの持ち主だ。
マーメイドはそのヒップをいい感じに演出してくれる衣装だ。
おまけに凜さんは背が高いから足の長さが半端なく強調される。
ショータイムの凛さんは、正しく『人魚』に他ならない。
尾びれをユラユラと揺らしながら優雅に水中を泳いでいるみたいなんだ。
ああぁ! 嬉しいけど。大事に着なきゃなぁ。
緊張するぅぅ。躓いて破りでもしたら大変だ。
『カズオ、歩き方だけは気をつけてね』
急に聞こえてきた晴華の声……。
ん? 何で晴華の言葉が?
晴華……俺、女装やめてないんだ。
止めるとか止めないとかじゃないって事、知ってしまったんだ。
やっぱ、お前には言えないよ。
今でも俺は、お前だけ。だけどな……。
俺は、最近あの時のイサオの言葉をわざと思い返している。
『ゴーストハウスじゃないかぁ』『気色悪いじじぃ~!』って言葉だ。
あと、お姉さん達の怒りの言葉とか悔しい感情とかを俺の中で、俺自身の怒りに替える作業を繰り返している。
何でかって?
その怒りをエネルギーにする為だよ。
エネルギーに変えて自分自身を振るい起こすんだ!
今、俺は丁度いい感じに闘志が沸いてきている。
おお! やってやろうじゃないか!!
オイ! テメェら!! オカマ舐めてんじゃねぇぞぉ!!