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短編集

帰省

作者: 吉水ガリ

 ピスケル君は軍人です。

 今日も今日とて戦場にいます。キャタピラが唸り、銃声が響き、砂煙が舞います。

 近くに立つ同僚兵士が、話しかけてきました。

「――今日は暑いな」

 答えを返す前に、同僚に砲弾が直撃しました。二階級特進です。

 ピスケル君は軍人を辞めることにしました。


 退役し、故郷の村に出戻りました。無職です。

 両親からは面倒くさそうな目を向けられました。けれど銃口を向けられるよりはマシです。

 とりあえず実家の軽食屋を手伝うことになりました。

 笑顔はそう得意でもありませんが、言われたことはテキパキこなせたため、まずまずの仕事ができました。

 そんな具合で約一年。なんでもない日々が続きました。


 ある日、ピスケル君は耳が聞こえなくなりました。

 村に帰ってきた時から、聞こえづらかったのですが、一年が経ち、完全に聞こえなくなったのです。戦場の爆音のせいです。

 お客さんの注文の声が聞こえず、両親の指示する声が聞こえず、まったく仕事になりません。

 何を言われたかがわからないため、テキパキこなすことができなくなったのです。

 ピスケル君は実家を追い出されました。


 ピスケル君は彷徨いました。歩くのは訓練で慣れていたはずですが、よその町まで行く気力は持ち合わせていません。

 近場の、誰も立ち入らない暗い森の中に入っていきました。化け物でも出てきそうな森です。

 森の中なら食べられるものもあると見越して来たものの、何を食べていいのかが分かりません。軍でひと通り習ったはずですが、ピスケル君のご立派な鳥頭が如何なくその力を発揮していました。

 ピスケル君は空腹のまま森を彷徨いました。口にできるのは川の水のみです。

 何日も経たないうちに歩く元気もなくなり、地面に倒れこみました。

 すると、ピスケル君の顔の先、そこに一本の草が生えていました。なにやらこの草には見覚えがある気がします。記憶を辿ってみましたが、名前も何も出てきません。

 ピスケル君はとりあえずその草を引っこ抜きました。土の中から太い根が顔を出しました。根菜です。

 ピスケル君はそれに噛りつきました。大胆にも。

 ピスケル君の顔がほころびました。土の味がするものの、思いのほか美味しかったようです。


 それから数日、ピスケル君はこのうろ覚え根菜で飢えを凌ぎ、生きました。これはなかなか良いものです。

 だからピスケル君は思いつきました。これを売って生活しよう、と。

 さっそく根菜の採集を開始しました。乱獲です。

 そこらの木で籠を組み、採ったものを入れます。土から引っこ抜いてすぐが一番おいしかったため、何本かは土ごと掘り起こして籠に入れました。

 そして意気揚々と森を出ました。


 ピスケル君は村に帰ってきました。一月もたっていませんが、懐かしい気もします。

 さっそく根菜を売るため、声を張り上げて宣伝してみました。行商です。

 籠を抱え、ウロウロしながらそうしていると、人々が寄ってきました。皆、驚いた顔をしています。

 そろそろ頃合いと、ピスケル君は土ごと持ってきた根菜を皆によく見えるように差し出しました。行商の基本、まずはお試しです。

 新鮮なものを試食してもらおうと、ピスケル君は根菜を引っこ抜きました。

 その瞬間、ピスケル君を囲んでいた人々がひっくり返りました。老若男女を問わず、皆がひっくり返り、ぴくぴくと痙攣しています。完全に気を失っています。

 ピスケル君は倒れた人の顔を覗き込みました。白目をむき、耳からはわずかに血が流れています。

 ピスケル君はわけが分からず、手に持ったままの根菜を見てみました。まじまじと見るのはこれが初めてかもしれません。

 すると、目があいました。

 根の部分に、目が二つと口が一つ。くり抜いたような黒い穴状のそれがありました。

 その口がにんまりと笑いました。

 つられてピスケル君も笑います。

 汗が一筋たれました。

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