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ぼっち対策委員会

作者: 迷餅 紅葉

「僕は世にも珍しい人間……なのかもしれない。まあ、全く嬉しくないのだけれど」

 少年はこちらを見ることなく言った。

彼のレベルは九だと上司に言われていなければ痛い子のただの戯言と聴き捨てていただろう。私はこれまでレベル五を超える人間を相手にしたことがなかった。それは研修生なら当たり前の事であり、研修生の中でこんな高レベルの人間を任されたのは私が初めてだ。それだけ期待されているのだろうか。あと一人で救済人数は二桁に達する。そうなれば研修生から晴れてメンバーとして委員会に認められる。

「僕のはみんなから虐められてるとか嫌われてるとかそういうのじゃないんだ。お姉さんは周囲の人に見てもらえてる? ちゃんと、認識してもらえてる?」

 誰もが怯える夕暮れ。私たちは公園のベンチにいた。この時間はたとえ公園であっても人の姿は無かった。子供たちも犬と飼い主も学校帰りのカップルもいなかった。私たちだけだった。

だから、やけに静かだった。

「難しい質問だね。それはどういう意味かな。

友達に話しかけても無視されるとか?」

 彼の詳細については何も聞かされていなかった。居場所とレベルのみ。後はどうにかして情報を手に入れ、任務を遂行せよとのことだ。

「言葉通りの意味だよ。……僕はね、他人に全く意識されなくなるんだ。存在そのものを」

「存在?」

「うん。僕は学校で出欠の時、名前を呼ばれない。もちろん友達とは話すらできない。僕は……ひとりぼっち体質なんだ」

 この子はかなり特殊と知った。これまではいじめで無視されて一人になったとか長い入院でクラスに馴染めず一人になったといった『外部に原因がある場合』が全てだった。寧ろそれが全てだと思っていた。だからそういった原因を取り除いてきた。しかし、この子の場合は原因が身体と密接している。こんなのは初めてだ。

「生まれつきじゃないんだ。アレルギーのようにある日を境にこうなっちゃったんだ。あの崩壊の日から……」

 崩壊の日。二年前の普段と変わらない平穏な日常でそれは起こった。

都心に近いとある街で一体の巨大なロボットが突如姿を現した。瞬く間に周辺を焼き尽くし人間ごと街が黒い塊と化した。炎に街が包まれるその光景を誰かが地球崩壊の日と称し、以来『崩壊の日』と呼ばれている。

その世界中が戦慄した崩壊の日から数日、数名の学生達によってロボットは機能停止、世界は守られた。しかし、後に数々の原因不明の健康被害や怪奇現象が確認された。

「初めはなんかの冗談かと思ったよ。声をかけても無視されるんだもん。でもそのうち気づいたんだ。普通はその人の存在を確認した上で無視する。だからちょっとは僕が起こした物事に反応するんだ。例えば肩を叩いたらこっちを見るとかね。でも僕の場合は少し違った。肩を叩いてもまず反応しない。かなり強く揺すってやっと反応するんだけど、あたりを見回してその後真っ青な顔をして走り出すんだ。まるで心霊現象に遭遇したと言わんばかりに。しかも僕のことを一瞬でも気にかけた様子は無かった。そしていつしか先生に出席で名前を呼ばれなくなった。さすがの僕だってわかったよ。本当に皆僕のこと気づいてないんだって」

 彼の話を聞いて一つの疑問が浮上した。

「その、質問なんだけど――」

「言っておくけど、まだ僕の周りの人全員がそうなってるわけじゃないんだ」

彼は私に構わずそのまま続けた。

「まだ僕の存在に気づいてくれている人だっている。家族や昔から付き合いのあった近所の人、あとお姉さん」

 どうして。独り言のように漏れた。

「だから、まだ学校には通ってるし生活もできる。でもねこれは時間の問題なんだ。だんだん僕の存在は無くなっていく。わかるんだ。なんでかはうまく伝えられないけどね。そのうちお姉さんも僕のこと見えなくなるよ」

 私も彼に気づかなくなる。それが心に重く響いた。

「もう僕にはどうすることもできない。それはまるで睡魔のように。ひとりではどうすることもできないんだ」

 今にも泣きそうな声だった。

「でも、ひとりじゃなければどうにかなるかもしれない……だから」

 ずっと地面を見ていた彼がこちらを向いた。

「だからお願いします。僕を助けてください。こんな理不尽から救ってください」

 孤独者の切実な訴えに決して嘘はない。初めて任務に向かう日に上司に言われた言葉だ。そしてこの言葉が虚実であったことは一度たりともなかった。

「うん、わかった」

私はベンチから立ち上がり彼の正面を向いた。

「人の繋がりを確かなものにするために私はこのぼっち対策委員会を設立したッ!」

 彼は初めて私に目を合わせた。ちょっと嬉しかった。

「これね、委員長の言葉なんだ。私はこの言葉に心打たれて委員会に入ったんだ。ひとりぼっちを救済するための組織、人間社会における孤立者対策委員会。通称ぼっち対策委員会」

「お姉さん、僕のどうにもならない状況をどうにかしてくれるの?」

 すがるような目で私を見た。目の奥には希望と期待の灯火があった。

「あったりまえじゃん! 私はこれでも九人もひとりぼっちを助けてきたのよ。大丈夫、我が委員会はこれまで一人もひとりぼっちを救えなかったことはないから。

そして委員会はひとりぼっち救済率百パーセントなのよ!」

 彼を救ってあげたい。たとえどんな無理難題がそこにあったとしても。

「会則。コノ言葉ハ決シテ忘ルベカラズ。

 一、二度目ノ失敗ナド存在シナイ

一、ヒトリボッチハ死ヨリモ辛イ

一、過去ノ人々カラ学ブモノハ必ズアル」

「なにそれ」

「これはね、委員会の掟のようなものでこれだけは絶対覚えておかなきゃいけないんだ。ちょっと良く意味はわからないけど、まぁ、気合を入れる合言葉には丁度いいから文句はないから使ってるのよ」

「お姉さん、一つ目は失敗しちゃいけないぞっていう意味なんじゃない?」

「失敗? そうかもね。失敗しないように気合を引き締めろって意味だね。なるほどね」

 まだ夕方だというのにあたりは暗くなっていた。誰もいないところを街灯が照らし、月は私たちを照らした。

「絶対……助けてね」

「ああ、任せなさいな」

 光る雫は生の証だ。彼の繋がりはまだ切れてはいなかった。


あの後少年を家まで送り届けたあと家に帰ってずっと考えていた。一体どうすれば解決できるだろう。正直に言ってしまえば私には厳しい。何も浮かんでこない。普段通りでいけば……が全く使えない。なにしろ原因不明だ。このままではぼっち対策委員会が設立以来ひとりぼっち救済率百パーセントという驚異的な記録を私が潰してしまう。

「私が……潰す……わたし……が……」

 自分の夢に一直線に脇目もふらず進んできた自分に生まれて初めて後悔した。

何も浮かんでこない自分に焦り、任務の責任感に心臓が震え、少年の純粋無垢な願いに報いてやれない事実に涙が止まらなかった。

そうして、朝が来た。


  *


 目が覚めた。少しだけ開いたカーテンから日が顔にかかる。でも不思議と嫌じゃなかった。あのお姉さんのように励ましてくれる。そんな風に感じた。お姉さんならきっと僕を救ってくれるんだ。僕の下に舞い降りた最初で最後の幸運なんだ。今までの絶望を全て帳消しにしてくれる熱い光なんだ。希望は捨てちゃいけないんだ、期待の灯火を消しちゃいけないんだ。たとえどんなに無理だと分かっていても――

そうして、朝が来た。


身支度を済ませ学校へ向かう。次第に同じ服を着た人間が増えていく。だけどどんなに増えても僕のことを見てくれる人はいない。

昔、透明人間に憧れていたことを思い出した。何をしても気づかれないからいろんな悪さができると、できることをノートに箇条書きで書いて妄想をふくらませていた。まさにそんな願いが叶ったような気分だ。

「でも、こんなのいやだ……」

 透明人間は自分はここに居ることを証明したくて様々ないたずらをしたんだろうなと思わずにはいられない。僕の周りは騒がしく、やけに静かだった。

学校に着くと同時に鐘が鳴った。今日の一時間目は来るのが早い先生だということを忘れていた。教室に入って席に着く頃には出欠が終わっていた。

「では授業に入る前に皆さんに新しいお友達を紹介します」

 この時期にしては珍しい。一体どんな子なのだろう。そんなことを誰もが口にした。僕も興味があった。

先生が教室に入るように軽く手招きをした。そのときクラス中が固唾を呑んだだろう。黒板の前に凛と立つ女性はとても綺麗な人だった。長い黒髪がよく似合う整った細めの顔が大人びていた。制服ではなくスーツを着ていれば、仕事のできる女性としてドラマに出てきそうだった。……というか昨日のお姉さんだった。

「えーと、今日からこのクラスでみんなと一緒にお勉強させていただきます。和井冬香わい とうかといいます。……いま、骨の婦人って言った人誰ですか。好きなものはおさ……ごほん、モンブランでございます。うふふ、そこのなんだかよくわからない思春期に発症しやすい精神疾患にかかってそうな男の子。そう! あなたよ、何笑っているの。はあ、私が酒って言った? 何を仰ってますの? あなたのその“神より授かりし耳”はそう聞こえましたの? この私がもう旬の過ぎたお酒好きのお姉さんに見えますの? それはあなたの邪気眼が見せてる幻覚じゃなくて! ふん、そんなわけないじゃない。いつからあなたの耳や目が正常に働くと錯覚していたのかしら!」

 ……ひどかった。魅力的な女子(?)は最早僕たちとより大人だった(いろいろと)。どうして先生として来なかった。そんな疑問が脳内に浮かんできた。

僕を助けてくれるといったあの日とはだいぶ違う印象を受けて言葉を失った。

まさかこんな人だなんて……。

「ゴホン! みなさん、よろしくお願いしますね。ああ、お座席は窓際の一番後ろでいいですわ」

 初めてこのクラスから音がなくなった瞬間であった。先生より先生らしかった。

僕はとりあえず皆にゴメンというだけ言おう。そう思ったのだった。


 放課後を告げる鐘が鳴った。

和井さんは休み時間が始まる度に男女問わずたくさんの生徒から質問攻めを受けた。転校生がクラスに馴染むための通過儀礼として至極当然の景色だろうが、単に転校生への興味だけでクラスメートが声を掛けるたわけではなさそうだ。見る限り自分たちとは年の違う大きなお友達の登場には勤勉で快活な少年少女といえども思考が止まり、そして場の空気が固まった。いち早く脳内の復旧作業を終えた――といっても一時間目終了後――一番前の席の聖騎士君は状況把握のために名に恥じない勇敢さを武器を装備し和井さんに突撃していった。好きなものは? 最近のマイブームは? などなど。それに対しお姉さんは丁寧に作り笑いを浮かべて丁寧に答えていた。

二番目に現実に復帰したお姉さんの隣の席に座っている四奏音さんはその様子をちらちらと伺っていた。彼女は二時間目終了後、私が和井さんをクラスの調和へと導くの! と言わんばかりにお姉さんに話しかけ、名前の由来などを聞いていた。しかし彼女はやや自分勝手な性格で、途中から自分の名前の素晴らしさについて熱弁を振るっていた。

お姉さんはそんな絞った雑巾みたいに皺寄せて語ってないでどっか行けよと思っているようかのようにやや嫌そうな顔をしながら相槌を打っていた。

その後、やっと魂が身体に還ってきた残りの生徒たちもお姉さんが危険な存在ではないことを知って次々に群がってきた。毎休み時間ごとの質問人数の増加量はまるで十九世紀末から始まった人口爆発のようで、最終的には六時間目終了時に同じ階の生徒ほぼ全員が集まった。これには先生達も驚愕し速やかに解散するようにと放送までされる騒動となった。さらに新聞部がそれを取り上げお姉さんは全校生徒の注目の的となった。

ある日お姉さんが学食を食べようと券売機に並ぶと長い行列がさながらモーセによって割られた海のように綺麗に裂けた。これは『和井のロード』という名で呼ばれだした。

クールで素っ気ない態度と思わず手を差し伸べたくなる天然さとのギャップが大人の魅力とうまく超融合し、人気に火がついた。三日目には学校公認のファンクラブができ、四日目には生徒会長から役職を譲られ百代目生徒会長となった。

そうして一週間が経たないうちに学校を掌握した。


「なにやってんの?」

「すみません。楽しくなっちゃって、気がついたらこうなってました」

 夕方。僕は公園のベンチに座って、目の前で土下座している生徒会長に言った。

「気がついたらじゃないよ。お姉さん何しに来たの。僕を助けてくれるって言ったよね」

「いや、別にただ意味もなくやってたわけじゃないのですよ……ただ限度を超えちゃっただけで」

「意味?」

「私は結局大した作戦も思いつかなかったの。だから、とりあえず私に興味関心を向けてもらうことにしたわ。それから君に受け渡す」

「驚いた。そんなことができるの」

「わからない。もっと良い案があれば……」

 お姉さんが表情を強ばらせた。ふざけた天然のおバカかと思っていたがそれだけでは無いようだ。

「ありがとう。お姉さんのこと、信じてるから」

「まっかせなさい!」

 お姉さんは元気よく言った。


      *


私の作戦はこうだ。

①私が超有名人&人気者になる。

②そんな私が周囲の人間に少年と一緒にいるところを見せる。

以上。

するとクラスメートも含め学校の人間は彼を少なからず認識するはずである。

そして実際に大成功した。

正直生徒会長にまで上り詰める気も予定もなかったが、その圧倒的人気のおかげでみんなが彼を見ることができるようになったのなら、まあ結果オーライというやつだろう。

少年は周囲の人間たちと会話をすることができるようになった。

友人ができてたくさん会話をし、遊び、笑いあっていた。

私の知る限りでは彼は何気ない日常を送ることができるようになったのだ。

彼は鼻水出しながら大喜びした。鼻水だけじゃなく涙もだしてたよ。

念のため一ヶ月見守っていたが別段問題なく生活が送れるようになっていたのでこれを以て任務達成とし上司に報告した。すると帰還命令がくだされたので、会長の役職を前生徒会長さんにお返しし、割に気に入っていた生活に別れを告げようとした。

しかし、その日の朝。事態は急変した。


「お姉さん。もう駄目だ」

 少年は登校中、ふとそんなことを言った。

「どうしたの?」

「あのね……元通りになっちゃったんだよ」

「えっ……」

 彼の顔色は悪く、今にも泣きそうなほど辛そうな表情をしていた。

元通り。私はこの言葉を彼の口から聞いて驚愕した。体が竦んで動かなくなった。

「さっき、家族にすら気づいてもらえなくなったんだ」

 彼の症状は病気のようにじわじわと悪化していたのだ。私がやったことは所詮其の場凌ぎでしかなかったのだ。

学校に着くと彼のことを認識している人間はひとりもいなかった。はじめから打つ手がなかったことを悔いた。

ふと気がつくと、そばにいる彼の顔がぼやけてきだ。遂に私もか――

「ねえ、あの……」

「お姉さん、僕はここにいるよ。ねえ、ちゃんとここで生きてるんだよ。知ってるでしょ。お姉さん」

 彼は私の状態を感じ取ったのだろう。悲痛な声で自身の存在を訴えていた。

「知ってるよ。大丈夫。私がいるから」

 私は彼を安心させるために大丈夫を沢山言った。彼を認識できるのはもう声だけとなったのに。声だけとなったからその声がなくなったら彼のことを忘れてしまいそうな気がして。ただひたすらに大丈夫と言った。

名前を呼んで励ましたかった。でも彼の名前はどうしても言えなかった。すぐに忘れてしまうから。それは彼と初めて会った時から変わらないことだった。


結局どうすることもできないままでいた。すると上司から命令がきた。

「只今の任務を放棄せよ。明日から一週間の休暇を与える」

 私は泣き崩れた。私の任務は失敗したのだ。最後まで何もできなかった。何もしてあげられなかった。委員会にも迷惑をかけた。

「申し訳ありませんでした」

 やっとの思いで声に出した。すると上司は普段通りの単調な声色で言った。

「謝るのは我々にではない。その子に対してだ。そして、どんなに理不尽な状況でも我々の救済率は百パーセントだ。それは変わらない事実だ。だから貴様が必要以上に思い悩む必要なない。過去を省みて自分を見つめ直せ。休暇もそのためだ」

「自分を……ですか」

 自分を見つめ直す。

「ああ、全てを知ったとき、お前は一人前の委員になる」

 私はただ上司の言葉を信じて命令に従うことしかできなかった。私は扉を開き、丁度外にいた男達を一瞥し、その場をあとにした。


      *


彼女が部屋から出ていくとそれと入れ替わりで部下が入ってきた。

「では、最後の救済をよろしくお願いしますね」

 彼らは頷くとすぐに退室した。これが通例だ。ぼっち対策委員会は常に救済率百パーセントである。

「死者はたくさんいる。君も死ねば死者になれる。だからひとりぼっちじゃない」

 ひとりぼっちを死者へと昇格させてあげること、それがぼっち対策委員会の重要任務なのだ。

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