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【クロスホヘン】
プレイヤーは戦闘職・生産職・趣味職と様々な職業を選び、また転職クエストを行うことで職を移動する事が出来るので無限のプレイスタイルを得ることが出来る。
運営が自信を持って世に送り出した国内12番目のVRMMORPG、それはオープンβを通してプレイした人々から口コミにより話題化し、正式サービスを開始して1月が過ぎた今でも熱が冷める様子は無い。
剣と魔法を使う中世ファンタジー化したした世界は、王道もしくはよくある世界でもあった。
だが他のVRMMORPGと違い、この世界は戦闘職以外にも力を入れ生産・趣味職もバラエティに富んでいる、老若男女分け隔てなく楽しめる事を目的としていた。
もちろん職独自のスキルは存在し、スキルも経験値が貯まるとレベルアップまたは上位スキルに変更することも出来る。
またクレアデス社が開発した、第二世代量子コンピューターと自立型AIの能力をフルに使用した、リアリティ重視のグラフィックと五感が優れているため限りなくリアルに近い仮想現実。
現実世界では少なくなっている雄大な自然、観る者を圧倒する建造物や古代遺跡、この世界でしか味わえない食の楽しみ、様々な楽器を演奏し自分達の楽団を作れる等…100人居れば100人の、1万人居れば1万人のその人だけの楽しみをを見つけ出せる、そして心を震わせ癒してくれる世界。
それがクロスホエン。
正式サービスが開始され1月がたったこの始まりの町アスラフィル、この日この場所から物語が始まる。
長いようで短い我々の物語が…
8月10日
一人の少女が周りをキョロキョロ見回しながら広場を歩いていた。
どう見ても小学生と思われる容姿に背丈だ。
このクロスホエンは、リアルに近づける事を追求したため、容姿や背丈等は大幅に変更できなかった。
少しでも現実の体と違和感があると脳に負荷が掛かり、リアルとゲーム内での矛盾が行動を鈍らせるてしまう。
なので、大幅に容姿や背丈をいじる人は皆無であり、性別変更も不可能だった。
少女は近くに居るプレイヤーに話しかけるが、相手をされず途方に暮れているようだ。
そんな少女を見るに見兼ねて一人のプレイヤーが声を掛ける。
「こんにちはお嬢さん、私はラウレンスという。何か悩んでいるのかな?もし良ければ相談に乗るよ」
男は初心者プレイヤーに手を差し伸べる支援者であった、なのでこの行動は咎められるものではなかった筈だ…はずだった。
「っ、ふぅ…あなたはロリコンですか?私みたいな少女にオジサンが声を掛けてくるなんて…警察を呼びますよ」
帰ってきたのは善意を否定するどころか、冤罪に持ち込むような言葉だった。
(まずい…この子は係ってはいけないタイプのプレイヤーだ。少女…という色眼鏡で見ていた為、他のプレイヤーが相手をしないように見えたが、本当は危険を感じて退散していたのだな)
小悪魔的な笑みを浮かべる少女を前に、危険を感じて自分も退散しようと話しかける。
「それでは「退散するつもりなら大声を上げて泣き叫ぶわよ?」………」
マズい、退路を塞がれたっ!
考えて事をしたため間を開けてしまい、他のプレイヤーみたいに一目散に逃げるチャンスを失ったと後悔する。
男は焦った、とりあえず話をしなければ冤罪を掛けられる…危険が増大するのを感じながら男は少女と会話を試みる。
「えーと…何故大声を上げて泣き叫ぶと云うのかな?」
「それは当然でしょ。か弱い少女が大人に見捨てられたと分かれば、心細くて泣くものではない?」
クスリ…と嗤いながら少女は歌うように囁く。
か弱い少女ならこんな脅迫じみた交渉はしないぞ…
小悪魔だ…本当に小悪魔だよこの子。
絶句しそうになる心を抑えさらに問いかける。
「お嬢さん見かけは小学生に見えるが、実は大幅に容姿と背丈をいじっているのではないか?」
「あら失礼ね、小さいとはいえレディーに向かって歳と疑惑を掛けるなんて、紳士としては落第点よ。でも変態紳士ならお似合いかしら、ねえ…おじ様(ニヤリ)」
うわぁー…私を追い込みながら楽しんでるよこの子、それにしても見かけと年齢に差異が無ければ相当頭のキレる子だよ…色々な意味で。
「私の年齢は12歳、勿論容姿も背丈もいじってないわ。でも髪と瞳の色はいじったわね、フフッ…ねえおじ様、私の髪と瞳の色は似合っているのかしら?」
右手で髪を梳きながら12歳とは思えない艶のある表情をし問いかけてくる。
似合いすぎだよ、その髪と瞳の色は。
銀髪に赤い瞳、そして容姿が少女…まるでお話に出てくる美少女系吸血鬼のようだ。
くそっ、ロリコンでは無いが一瞬ドキッとしてしまった…不覚!
このゲームでは、種族は人間以外作ることは出来ない。
先述したとおり、リアルに近づけるため種族は人間固定になっている。
なので、他種族に見せる時はアイテム装備でコスプレをしなければならない。
コスプレ装備は課金アイテムがほとんどだ、ゲーム内でも作成する事は出来るが、作成する為のスキル上げ、レシピの入手、材料集め等々色々とめんどくさいので殆どの人達は課金で済ましている。
このまま受け流すのが大人なのだが、遣り込められばかりなのもどうかと思い反撃をしてみる。
「とても似合うよ、お嬢さんの顔立ちはまるで月の小神のような愛らしさだ。少女なのに大人のような知性がますますお嬢さんの魅力を際立たせているよ」
「本当の変態紳士だったみたいね…」
「そんな顔を真っ赤にしながら言っても説得力は皆無だよ」
「顔を見るなぁ!」
「ふふっ…照れた姿は年齢通りで可愛いね、私の知人なら可愛いは正義だ!と声を上げて叫ぶよ」
「う、うるさいわね、そんな事はどうでも良いのよ」
「それより、まさか私がお願いしなくても手伝ってくれるわよね、変態紳士なおじ様」
顔を赤くしながら再度脅迫してくるとは…何ともアンバランスな子だ。
ツンデレのような属性だろうか?ロリコンではないので、デレ無くて良いから軟化して欲しい。
「それで手伝いとはどんな事」
「私は魔物使いだからペットが欲しいの。でも一人では捕獲できないし、露天で売っているペットの金額は大金でとてもじゃないけど手が出せないわ」
それはそうだろう。
ペットとして捕獲してくるモンスターは、ごく稀にしか出現しない1レベル個体だ。
手間と時間を考えれば値段も相応に跳ね上がるもの頷ける。
魔物使いとは:魔物を倒して手に入れるレアアイテム”カード”を使い、プレイヤー機能の一つ魔物図鑑に魔物情報を登録する。
登録されている魔物のHPを1/5にまで下げた後、専用のアイテムを使用する事でその魔物を捕獲する事が出来る。
ただし、1/5までHPを下げても成功確率は60%行くかどうかというところだ。
魔物の格付けにもよるが、1/10までHPを落せば成功率85%位まで上がる。
また捕獲スキルを上昇させれば補正値が係り、成功率が上がる。
捕獲した魔物を戦闘で使役したり、調教を施して露天で客寄せ看板に使用したり出来る戦闘職である。
だが捕獲出来るまでの道のりは苦難が多いため、経験者でも敬遠してしまう不人気な職の1つであった。
モンスターは出現箇所によりけりだが、そのフィールド難易度のレベルで出現する。
例えるなら、始まりの草原では4種類のモンスターが出現し、平均5レベルのフィールドだ。
これが西に少し離れた深い森などでは9種類のモンスターが出現し、平均20レベルのフィールドとなる。
そのモンスターの中に、フィールド平均レベルを無視した1レベル個体のモンスターが稀に出現する。
この1レベル個体を捕獲し、心血を注いで育成するのが今の主流だ。
フィールドレベルで出てくるモンスターはレベル分だけランダムに成長ポイントを振られているため、プレイヤー好みの育成が出来ず不人気だ。
また、初期能力値(通称BPとも呼ぶ)の合計数が高ければ高いほど、高成長をし強くなると検証を重ねて実証された。
「私が欲しいのは、広告にも絵柄が出ていた犬よ!」
「広告に出ていた犬…って白犬か!お嬢さんまだ10レベル未満だろ?なんと無謀な事を言っているんだ」
通称”白犬”、モンスター名はガルム、北にある白龍山脈の麓にある雪原フィールド、そこに出現する白い狼型モンスターだ。
フィールド平均25レベル、ガルムの強さは雪原でも1,2を争う程強い。
「お嬢さん、捕獲するには魔物図鑑にカードが登録されていないと出来ないのは知ってるよね?カードはレアドロップアイテムだし、ガルムのカードは場所が場所だから殆ど出回ってないぞ」
「魔物図鑑には登録済みよ、ガルムを捕獲する為の銀の捕縛紙も購入済だから、案内と護衛をお願いしたいの」
「いやいやいや、ガルムのカードは現状レアだよ。取引でも500kはするのを持っているなんて、どうやって手に入れた?」
「銀色の未鑑定カードを貰ったの。その人は自分じゃ鑑定出来ないからやるよと言ってくれたの。鑑定してレアだったら高く売れるから、それを売ってお金の足しにすると良いとも言われたわ」
「だから鑑定して貰おうとNPCに持っていったけど、高ランクカードで鑑定料が凄くてとても払えなかった。そうして悩んでいたら辻鑑定をしてくれるって人が現れて鑑定してくれたのよ」
…なんとも棚から牡丹餅のような話だな、羨ましい限りだ。
「だから色々な人達に声を掛けて案内と護衛を頼んで…断られたと」
「違うわ、おじ様を探して聞き込みをしていたのよ。そうしたらちょうど良いタイミングで話しかけてきてくれたってわけ」
「ん?なんでそこで私のことを探す選択が生まれる?」
「辻鑑定してくれた人が教えてくれたの。初心者支援を行っているプレイヤーは多いけど、”先生”と呼ばれるラウレンスという人はどんな無茶振りにも答えてくれると」
おいおい、誰だよそんな無茶振り人に押し付けるヤツは。
「あとドMだからSキャラを演じれば食い下がって来てくれるとも言ってたわね。Sキャラなんて私のキャラではないけど、無理してでも引き止めないといけなかったから大変だったわよ」
くっそ、何処のどいつだ人をドMキャラだと吹き込んだ馬鹿は!…って考えなくても、辻鑑定で私に押し付ける奴なんて”アイツ”くらいしか居ないか。
今度会ったとき、社会的制裁を加えてやる…ふふふっ楽しみだ。
それにしても、どの口でSキャラじゃないと言うのだろ、あのお嬢さんは。
「仔細は分かった、でも私一人では雪原フィールドの護衛は務まらない。少なくても20レベル以上を後3人は欲しいかな」
「なんでそんな高レベルの人達を3人も必要なの?おじ様一人で十分って話ではないの?」
「ヤツは私が他の人も巻き込んで、人数を集める事を考慮に入れて無茶振りしたんだよ…どうしたものかな」
私はドMでは無いが、断る選択肢も無い。
初心者支援にしてはレベルが違いすぎるが、たまにはこういう無茶振りを解決するのも面白いと思ってしまった。
今後の事を悩んでいる私に近づいてくる人物がいた。