走る要塞
守ると決めたなら、戦わなければならない瞬間がある。彼は戦士ではない。武器も持たない。ただの補充員だ。それでも鉄の箱は、時に盾になり、牙になる。自由を守るための選択は、穏やかでは済まない。走ることは逃げることでもあり、立ち向かうことでもある。今度は泡ではなく、エンジン音が広場を震わせる。
城を離れて二日。丘陵を抜け、森に近い街道へ入った。街道は踏み固められ、荷馬車の轍が幾重にも重なっている。人通りはあるが、同時に盗賊も出やすい道だと、城の兵が身振りで教えていた。
午後、森の影が長く伸び始めたころ、前方に倒木が見えた。不自然な位置。道の真ん中を塞いでいる。
彼は減速し、止まらずに状況を探る。ミアが低く唸り、森の中を睨む。
次の瞬間、左右の茂みから男たちが飛び出した。顔を布で覆い、剣や棍棒を持っている。盗賊だ。
彼の背中に冷たい汗が流れる。だが頭は妙に静かだった。手順。まずは距離。
彼は急ハンドルで倒木を避けようとするが、道幅が狭い。完全には抜けられない。盗賊のひとりがトラックの前に立ち、剣を振り上げた。
彼はクラクションを鳴らした。
バァァァン!
森に響く大音量。盗賊が一瞬たじろぐ。
「伏せろ!」
ミアに叫ぶ。言葉は通じなくても、声の強さで理解する。ミアがシートの下に身を沈める。
彼はギアを入れ、アクセルを踏み込んだ。エンジンが唸る。トラックが前へ出る。盗賊が跳び退く。
しかし後方にも回り込まれている。ひとりが荷台に飛びつき、扉を叩く音がした。
彼はハンドルを切り、わざと大きく揺らす。荷台にしがみついていた盗賊が振り落とされる。
それでも三人が前に立ち塞がる。剣を構え、叫んでいる。
彼は一瞬迷い、次に決めた。
荷台の扉を少しだけ開け、炭酸水の缶を数本掴む。
運転席の窓から、盗賊の足元へ投げた。
ガンッ、と金属音。驚いた盗賊が後ずさる。
次に、一本を強く振り、地面に叩きつけてから開けた。
ブシュッ!
泡が勢いよく噴き出す。盗賊が悲鳴を上げ、呪文のように何か叫ぶ。
彼は続けざまに二本、三本と投げ、開ける。森の静けさが泡と金属音で乱れる。
盗賊たちは混乱した。未知の現象は恐怖を増幅させる。剣では斬れない音と泡。
その隙に、彼はアクセルを踏み込んだ。
トラックが前へ突進する。盗賊が散る。倒木の横をかすめ、車体が枝に擦れる音がするが、止まらない。
森を抜けるまで、彼は振り返らなかった。
しばらく走り、開けた草地に出てからようやく停める。エンジンを切ると、急に静寂が戻る。
ミアが顔を上げ、彼を見る。目が大きく開いている。怖かったのだろう。それでも、どこか興奮も混じっている。
彼はハンドルに額を押し付け、息を整える。
戦ったわけじゃない。逃げただけだ。だが、そのために炭酸を武器にした。
荷台を確認すると、投げた分の缶は当然減っている。だが明日の朝には戻る。
その事実が、急に重く感じられた。
無限だから、躊躇なく投げられた。有限だったら、こんな使い方はしなかったかもしれない。
ミアが彼の腕に触れ、親指を立てる仕草をした。よくやった、という意味らしい。
彼は苦笑し、ミアの頭を軽く撫でた。
「これは、要塞じゃない。ただのトラックだ」
自分に言い聞かせる。
だが鉄の箱は、確かに彼らを守った。
夕暮れの空を見上げながら、彼は理解する。
スローライフを守るには、走る力がいる。
そして、無限は時に武器になる。
それでも彼は願う。
次は泡を、笑いのためだけに使えますように。
第8話ではトラックが初めて明確な「戦力」になりました。無限の補充は防御にも攻撃にも転ぶ。彼はまだ一線を越えていませんが、使い方次第で世界を揺らす力だと自覚し始めています。次は噂の拡大と信仰の芽。奇跡はやがて、崇められ始めます。




