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毎朝満タンのトラックで、異世界をゆっくり走る。  作者: たむ


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6/20

炭酸の夜祭り

旅の途中で立ち寄る小さな村には、理由のない寂しさがある。皆が同じ明日を繰り返し、外の世界の話だけが遠い花火みたいに咲く。彼の荷台には、花火より簡単に人の心を浮かせるものがある。炭酸の泡。怖さを笑いに変えられたら、奇跡は暴力にならずに済むかもしれない。今夜、彼は飲み物で“祭り”を作る。

翌日、彼らは川沿いの小道を見つけた。水辺は道が続きやすい。人も集まる。半日ほど走ると、小さな橋と、その先にある集落が見えた。木の柵は低く、家の数も少ないが、畑が整っている。働く人々の手が、村の形を保っているのがわかる。

彼は村の手前でトラックを停め、ミアと一緒に歩いて近づいた。いきなり鉄の箱を突っ込むより、警戒を和らげる。昨日の商人のことも頭にある。

村の入口で、犬に似た家畜が吠えた。村人が顔を出し、こちらを見る。ミアが耳を見せ、両手を広げて敵意がないと示した。獣人が珍しくない世界なのだろう。村人の目はミアより、彼の服装と荷物に向いた。

彼は水を一本取り出して見せ、飲む仕草をした。村人のひとりが頷き、手招きする。案内されたのは広場ではなく、共同井戸の近くだった。井戸水は冷たくない。彼がボトルを差し出すと、村人は目を丸くし、首を傾げる。やはり冷たいという概念が薄い。

そこへ、太鼓の音が聞こえた。村の中央から、低いリズム。何かの準備をしている。村人が笑い、指で空を示した。夕暮れが近い。祭りの日らしい。

彼は迷った。祭りの日に商いを持ち込むのは、いいのか悪いのか。だが、祭りこそ人が集まり、秩序が保たれる。列が作りやすい。何より、祭りの空気は、奇跡の緊張をほどく。

彼は村長らしき女性に会った。女性は年配だが背筋が伸び、声がよく通る。言葉はわからないが、指示と判断が早い。彼は昨日の村でやったように、地面に簡単な価格表を描き、さらに上限の線も描いた。今日は少しだけ。そして特別に、夜に“泡の飲み物”を見せる、と身振りで伝える。

村長の目が光った。好奇心と、慎重さが同居する目だ。彼女は頷き、広場の端に場所を用意させた。村人が木箱を運び、簡易の台を作る。あまりにも手際が良くて、彼は少し笑ってしまった。どこの世界でも、祭りの準備は早い。

夕方、太鼓が強くなり、広場に火が灯る。屋台のようなものが並び、焼いた肉の匂いが漂う。子どもが走り、大人が酒を回す。彼は荷台から缶を数本だけ持ち出し、木箱に並べた。今日は炭酸水だけではない。甘い炭酸飲料も数本。色のついたラベルが火に照らされて、宝石みたいに見える。

最初に近づいてきたのは、若い男だった。硬貨を出し、炭酸水を受け取る。彼は昨日の老人の失敗を思い出し、開け方を先に見せた。缶を顔から離し、ゆっくり引く。プシュッ。泡は出るが暴れない。男は真似をする。成功。周囲が拍手する。拍手が出ると、祭りはもう始まっている。

男が一口飲み、顔をしかめ、次に笑った。痛いのに楽しい。その表情が伝染する。次々に人が来る。彼は上限を守り、十本でいったん止めた。だが、ここからが本番だった。

彼は村長に合図し、広場の中央へ移動した。村長が太鼓を止め、皆の注意を集める。彼は両手で大きく輪を作り、笑顔を作る。見世物ではなく、遊びだと伝える。

そして、炭酸の缶を一本、火から少し離れた場所に置き、軽く揺らしてから、地面に向けて開けた。

ブシュッ!

泡が白い噴水になって噴き上がった。

子どもが悲鳴を上げ、次に笑い声が爆発する。泡はすぐ消える。危なくない。彼は次に、ミアに目配せした。ミアはニヤリとし、耳を立てて缶を受け取る。彼が「顔から離す」とジェスチャーすると、ミアは誇らしげに頷き、わざと少しだけ派手に開けた。泡が立つ。子どもたちが歓声を上げる。

彼は続けて、甘い炭酸飲料を小さな杯に分けた。ほんの一口ずつ。味見。村人が順番に口をつけ、目を見開き、誰かが踊り出す。踊りが太鼓を呼び、太鼓が歌を呼ぶ。

彼は気づいた。

炭酸は怖い。だからこそ、笑いに変えられる。恐怖の種を、遊びにしてしまえば、呪いは伝説にならない。伝説にならなければ、剣を持った誰かが来にくい。

夜が深まり、火が小さくなっても、広場の熱は残った。村長が彼に近づき、硬貨の袋を渡す。彼は受け取り、少しだけ頭を下げた。商いは成立した。だがそれ以上に、彼は今夜の笑いを受け取った気がした。

帰り道、ミアが助手席で満足そうに息を吐いた。彼女は窓に額を当て、外の闇を見ている。

彼はハンドルを握りながら考える。

自分が望むスローライフは、ただ静かに隠れて暮らすことじゃないのかもしれない。誰かと笑いを分けること。分けても、依存を生まない分け方を探すこと。

丘の上でトラックを停め、二人は荷台で眠った。遠くの村の火が、星の下で小さく揺れている。

翌朝、荷台は満タンだった。

だが彼の胸の中には、昨日までなかった小さな余裕が増えていた。

炭酸は「恐怖」と「楽しさ」を同時に運べる飲み物です。だから祭りと相性がいい。第6話で彼は初めて、奇跡を笑いに変換しました。これは防御でもあり、彼自身の心の回復でもあります。次話では再び現実へ。噂は広がり、より大きな権力の影が、静かに近づいてきます。

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