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毎朝満タンのトラックで、異世界をゆっくり走る。  作者: たむ


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3/20

小さな値段の付け方

交換が成立すると人は安心する。奇跡が奇跡のままだと怖いが、値札が付けば手の届くものに見える。彼は異世界で初めて「価格」を決めることになった。高すぎれば奪われ、安すぎれば崩れる。補充員は売り手ではない。けれど荷台が毎朝満ちる以上、配り方を間違えれば、この村の明日が壊れる。彼は今日も数を数え、失敗しない範囲で世界に触れていく。

翌朝、荷台はやはり満タンだった。昨日開けた炭酸水の缶が戻っている。空き缶は残っているのに、中身だけが巻き戻ったみたいに在庫が増えている。その事実に慣れるのは早かった。慣れたくないのに、体が先に受け入れてしまう。彼は補充員として、満ちた棚に安堵する癖が染みついているからだ。

村の外れに停めたトラックへ、早朝から人が来た。最初は少年と村長だけだったのが、次は女、次は男、そして子ども。みんな喉をさすり、手振りで水を求める。昨日の一口が噂になったのだろう。彼は荷台を開けたままにせず、いったん閉めた。見せれば見せるほど欲が増える。見せないと不信が増える。どちらも危険だ。

彼は村長を呼び、地面にしゃがんだ。棒切れで丸を描き、その横に小さな線を一本引いた。硬貨一枚のつもりで。さらに別の丸を描き、線を二本。二枚。単純な表。村長はしばらく見て、頷いた。村長もまた、この村の秩序を守りたいのだろう。配るだけなら簡単だ。しかし配り続ければ村は自力を失う。村長の目には、その危うさが映っていた。

次に彼は、商品を三つに分けて指差した。水、甘い飲み物、泡の飲み物。村の言葉はわからないが、村人の反応で伝わる。水は安いほうがいい。甘いのは贅沢。泡は恐ろしくて面白い。価値が違う。

村長は硬貨の袋を出し、何枚か並べた。彼はそれを見て驚いた。この村の硬貨は思ったより少ない。豊かではない。なら、ここで高値を付ければすぐ限界が来る。限界が来たとき、彼の荷台を狙う者が出る。盗賊だけではない。村人だって追い詰められれば奪う。

彼は価格を下げるサインを出した。硬貨一枚で水二本、甘いのは一本、泡は一本。村長は眉を上げたが、やがて納得したように笑った。笑い方は、交渉がうまくいった時のそれだった。

取引は村長の家の前で行うことになった。彼が一人で捌くのは危険だし、村長の権威を通せば秩序が保たれる。村人たちが列を作り始めた。列という概念は世界共通らしい。先頭の女が硬貨を差し出し、彼が水を渡す。次の男が硬貨を出し、彼がスポーツドリンクを渡す。甘い味に男が目を見開き、子どもが羨ましそうに唇を舐める。

問題は泡だった。炭酸水を渡すと、受け取った老人がその場で開けた。プシュッという音に周囲が身構え、老人は驚いて缶を取り落とした。缶が地面を転がり、泡が白く噴く。村人がどよめく。老人は顔を真っ赤にして怒鳴った。たぶん「騙したな」か「呪いだ」だ。

彼は急いで缶を拾い、ゆっくりと開けて見せた。音が鳴る。泡が出る。そこまでは想定内だと言わんばかりに落ち着いて、彼は自分で一口飲んだ。喉を鳴らし、わざと笑ってみせる。次に、舌先を出して泡を指で掬い、老人の手の甲にちょんと付けた。老人がびくりとする。痛くない。熱くない。

周囲の緊張がほどけ、誰かが笑った。笑いは広がる。老人も渋い顔のまま、恐る恐る一口飲んだ。そして、目を瞬かせてから、妙な顔をした。痛いのに、悪くない。その顔がまた笑いを誘った。

彼は心の中で息をつく。危なかった。泡は面白いが、恐怖も呼ぶ。恐怖は噂になり、噂は誇張され、誇張は敵を作る。ここで早々に「呪いの飲み物」扱いされれば、スローライフは始まる前に終わる。

列が落ち着いた頃、村長の家からパンと干し肉が運ばれてきた。硬貨だけでなく、食料も対価として受け取っていいと言う。彼は頷き、受け取った。金属の価値がわからなくても、食料の価値はわかる。何より、受け取ることで対等になれる。

夕方、村長が地面の地図をもう一度描いた。昨日より詳しい。川の向こうに別の村、森の奥に行商路、そして城。城の絵の近くに、尖った帽子の人影みたいな印が添えられた。魔法使いか、役人か。村長はその印を指でトントンと叩き、トラックを見てから首を横に振った。行くな、という意味だろうか。

彼はその警告を胸にしまった。情報はありがたい。だが情報は、すぐに鎖にもなる。

夜、荷台で食べた干し肉は塩が強くて硬かった。だが噛むほど味が出る。彼は炭酸水で流し込み、喉を潤した。村の外では焚き火が揺れ、見張りの影が動いている。今夜も守られているのか、監視されているのか、その境界は曖昧だった。

寝袋に潜り込む前に、彼は今日渡した本数を思い出した。水が二十本、甘いのが十本、泡が五本。合計三十五本。最初に決めた上限より少し多い。だが、村の人数を考えればまだ小さな数字だ。

問題は明日だ。明日も来る。明日も求められる。求められるたびに応えれば、村は甘える。応えなければ、恨まれる。

彼はトラックの壁に背を預け、暗闇を見つめた。

補充は無限。だからこそ、選択が必要になる。

彼は初めて、補充員ではなく、配給者になってしまったことを自覚した。

第3話は「値段を付ける」回です。無限の供給があっても、社会の硬貨は有限。価格設定は優しさにも暴力にもなります。彼は売りすぎず、見せすぎず、怯えさせすぎず、その綱渡りを始めました。次は村の外へ。彼のトラックが初めて旅の相棒を得ます。

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