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毎朝満タンのトラックで、異世界をゆっくり走る。  作者: たむ


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20/20

満タンのままで

旅の始まりで彼は在庫を数えた。終わりに近づいた今、数えるのは自分の中身だ。荷台は変わらず満タン。だが彼はもう、飲み物を売るだけの男ではない。井戸を掘り、線を引き、解禁し、制限し、使わないことも選んだ。無限は怖い。けれど怖さと共に生きる術も覚えた。問いはひとつ。彼はいったい、何を補充してきたのか。

季節が少し進み、草の色が変わり始めていた。彼とミアは丘を越え、小さな湖のほとりに辿り着いた。水面は穏やかで、風が波紋を作る。人の気配はない。

彼はここで数日、何もせずに過ごすことにした。

売らない。配らない。

ただ、走らずに停まる。

ミアは湖で石を投げ、跳ねる波紋を数えて遊んでいる。

彼は荷台を開け、整然と並ぶ缶とボトルを眺めた。最初の日と変わらない光景。

「変わらないな」

呟く。

だが変わったのは、自分だ。

補充の仕組みを考える。使えば戻る。使わなければ減らない。空き缶は増えない。

物質の保存則を無視している。なら、どこかから来ている。

あるいは、どこかへ消えている。

彼は湖面に映る自分の顔を見る。

輪郭ははっきりしている。

だが記憶は、ところどころ白い。

彼は思い出せない住所をもう一度思い浮かべる。やはり空白がある。

それでも、恐怖は以前ほど強くない。

帰る場所が薄れても、今いる場所は濃い。

ミアが走ってきて、彼の隣に座る。

「ねえ」

言葉は通じない。

それでも彼女は、胸を指し、次に彼を指し、最後に荷台を指した。

問いだ。

あなたは、何を補充しているの?

彼はしばらく考えた。

飲み物。

水分。

糖分。

違う。

井戸を掘った村。売れ残った村。祭りで笑った夜。

彼は地面に絵を描く。

乾いた土。そこへ水。芽が出る。

次に、泣いている顔。そこへ水。笑顔。

次に、空っぽの円。そこへ小さな光。

「明日だ」

言葉に出す。

「俺は、明日を補充してる」

飲み物は手段だ。

冷たさは、今日を越えるための力。

井戸は、明日を自分で作るための仕組み。

彼は無限を配っていたのではない。

明日へ繋がる余裕を配っていたのだ。

ミアは彼の顔をじっと見つめ、やがてにっと笑った。

湖の向こうで鳥が飛び立つ。

彼は荷台を閉めた。

満タンのままでいい。

減らさなくてもいい。

必要なときだけ、少し渡す。

その繰り返しで、明日は増える。

夜、湖畔に星が落ちる。

彼は焚き火の前で缶コーヒーを開けた。

プシュッ。

静かな音。

記憶は完全には戻らない。

住所も、部屋の色も、曖昧なままだ。

それでも、今ここで呼ばれる名前は、はっきりしている。

ミアが呼ぶ。

彼は振り向く。

帰る場所が薄れても、呼ばれる場所がある。

荷台は満タン。

明日も、きっと満タン。

だが彼はもう、満タンに怯えない。

無限を抱えたまま、有限の一日を選べる。

それが、彼のスローライフだった。

最終話では「何を補充しているのか」という問いに答えを出しました。彼が配っていたのは飲み物ではなく、明日へ繋がる余裕。記憶の欠けは完全には解決しませんが、それでも彼は今を選びます。満タンの箱を抱えたまま、必要な分だけ使う生き方。静かで、少し不安で、それでも確かなスローライフです。

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